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第一章

40ー閑話2 ルルのやらかし其の2

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 ここはオーベロン王国辺境の地、ティシュトリア公爵領。平和な領地にある公爵邸の厨房での出来事です。

 ――バンッ!

「イワカム!」 

 小さなシルバーのトイプードルを連れた小さな女の子が厨房のドアを思い切り開けました。

「嬢様、どうしました?」

 イワカムと呼ばれた、まだまだ若い料理人が答えます。

「イワカム、リンゴを切って」

 トコトコと厨房に入り、勝手に椅子を引っ張り出して座っています。トイプードルが短い丸い尻尾をフリフリしながら、大人しく足元にお座りしています。

「リンゴですか? ちょっと待って下さい」

 この若い料理人。ルルが突然言い出した事に何の戸惑いもなくリンゴを取りに動きます。料理人の中では一番ルルの無茶振りに振り回されていて慣れっこになっている様です。

「嬢様、皮剥きますよ」
「ううん、イワカムそのままでいいの。種も取らなくていいわ。8等分位に切ってちょうだい」
「このままッスか?」

 ルルに言われた通りリンゴを切ります。

「くぅ~ん」
「モモちゃん食べたいの?」

 リンゴの一切れをモモちゃんと呼ぶトイプードルに食べさせてあげます。短い丸い尻尾をより一層フリフリしながら器用に前足でリンゴを挟んでカシュカシュと音をたてて齧っています。

「イワカム、ガラスの瓶を煮沸してちょうだい」
「嬢様、しゃふつって何ッスか?」
「えっとね、熱湯をかけて消毒するの」
「瓶に熱湯をかけるんッスか?」
「そうよ。熱いから気をつけてね」
「分かりました」

 またルルに言われた通りお湯を沸かして瓶にかけます。

「これでいいッスか?」
「うん。瓶が冷めたらそこにリンゴを入れてお水を入れて欲しいの」
「リンゴに水ッスか? 嬢様、リンゴは食べないんッスか?」
「食べないわよ。発酵させるの」

 ルルに言われた通り、瓶にリンゴと水を入れながら……

「嬢様、はっこうて何スか?」
「んー、菌を増やす事? わかんない」
「わかんないんスか?」
「うん、わかんない」
「嬢様できましたよ」
「蓋をして1日に何度か瓶を振って時々蓋を開けたりしてほしいの。毎日よ。また明日来るわ」

 そう言うと、ルルはさっさとトイプードルを連れて厨房を出て行きました。

「イワカム、ルル嬢様今度はなんだ?」
「料理長、まだわかんないんだそうッス」
「「???」」

 そして翌日。

「イワカム、どお?」
「嬢様、あまり変わりないッスよ」
「そう、じゃあまた明日来るわ」

 そう言うと、またルルはさっさと厨房を出て行きます。

 また翌日。

「イワカム、どお?」
「嬢様、腐ってるんじゃないッスか?」
「見せてちょうだい」

 リンゴの入った瓶を持ってきて蓋を開けます。

「うん、大丈夫。また明日くるわ。瓶を振って時々蓋を開けてね」

 またまた翌日。

「イワカム、どお?」
「嬢様、小さい泡が出てきましたよ」
「うん、良い感じ」
「良いんッスか?」
「うん、いいのよ。また明日くるわ」

 またまたまた翌日。

「イワカム、どお?」
「嬢様、たくさん泡が出てきたッス」
「うんうん、良い感じ。また明日くるわ」

 またまたまたまた翌日。

「イワカム、どお?」
「泡が落ち着いてきましたよ」
「うん、もういいかな? イワカム、フォークちょうだい」 
「はい、嬢様」

ルルは徐に瓶のリンゴをフォークに刺して嚙りました。

「ちょっ、嬢様。腐ってますよ!」
「大丈夫よ。イワカム、これを濾したいの」
「ちょっと待って下さい」

 イワカムと呼ばれる若い料理人は濾す為の布を持ってきました。

「イワカム、この液を使うからね」
「嬢様、わかりました」
「イワカム、パンを捏ねて」
「え? パンですか?」
「そうよ」
「待って下さい」

 またこの若い料理人はルルに言われた通りに小麦粉を出してきてパン生地を捏ねます。

「イワカム、この瓶は蓋をして涼しい所に置いといてちょうだい。生地は明日使うからね」
「嬢様、パンは焼かないんスか?」
「まだ焼かないわ。また明日くるわ」

 またルルはさっさと厨房を出て行きます。

 またまたまたまたまた翌日。

「イワカム、どお?」
「今日は焼くんスか?」
「まだよ。イワカム、昨日捏ねた生地に瓶の液と少しの砂糖と塩を入れて捏ねてちょうだい」
「あの液体を入れるんッスか?」
「そうよ。ああ、液はお砂糖の方に入れてね。」
「? こうッスか?」
「そうそう。捏ねて」
「こんなもんッスか?」
「うん、バターも入れてちょうだい」
「了解ッス」
「捏ねて」
「はい」
「まだ捏ねて」
「はいッ」
「まだまだ捏ねて」
「はいッス」
「もういいかしら。丸めて濡らした布を掛けておいてちょうだい」
「これでいいッスか?」
「うん、また明日くるわ」

 またまたまたまたまたまた翌日。

「イワカム、どお?」
「嬢様、膨らんできました」
「手に取って丸々ナデナデしてほしいの」
「丸々ナデナデッスか?」
「そう。大きめの気泡があるでしょ? それを優しく無くしてほしいの」
「なるほど……こんな感じッスか?」
「うんうん、イワカム上手。少しこのまま置くわ」
「嬢様、これはパンなんスよね?」
「そうよ、フワフワのパンよ」
「フワフワッスか!?」
「うん、うちのパン美味しいけど固いでしょ? フワフワのが食べたいの」
「ルルお嬢様、パンは固いものなんじゃないですか?」

 2人の様子を見ていた料理長が、堪らず口を挟みます。

「違うわ。パンはフワモチなものよ」
「「フワモチ?」」
「うん、でもフワモチのパンの作り方はわからないの。だからとりあえずフワフワを作るの。あとはイワカムに任せるわ」
「嬢様、また!?」
「もういいかな? イワカムもう一度丸め直して」
「こんな感じッスか?」
「うんうん。これにね、塗れた布を被せたいの」
「こんな感じッスか?」
「お嬢様、まだ焼かないんですか?」
「料理長、まだよ。あと1時間しない位で倍位の大きさにふくらむ筈なの。そしたら、いつも通り焼いてちょうだい」
「倍位に膨らんでからッスね」
「うん。夕食に間に合うかしら?」
「大丈夫ッスよ。楽しみにしといて下さい」
「イワカム、有難う。お願いね」

 そしてやっと焼かれたルル考案のフワフワパンは……

「料理長!  食べてみて下さい!」
「イワカムどうした?」
「コレ! コレッ!! 嬢様の言う通りに焼いたパンです!」
「やっと焼いたのか」

 料理長は少し摘むと……

「なんだこの柔らかさは!」

 料理長が口に入れます。

「美味い! ルルお嬢様の言う通りフワフワだ……!」
「そうッスよね! 凄いッス!」

 そして夕食に出されたパンは……

「うん、イワカム上手だわ」

 ルルが満足そうにパンを食べています。
 そして家族は……

「「「「……!!」」」」
「またルルか!?」
「お父様、なんですか?」
「ルル、このパンは何かしら?」
「お母様、ルルはフワフワのパンが食べたかったのです。それでイワカムに作ってもらいました」
「そう。ルルが食べたかったのね」
「はい、お母様」

 ルルが食べたかったからと言い出して、領地に増えた食材がどれほどあるのか……? この両親も兄達も、そして料理人達も既に慣れっこの様です。
 まだまだルルの「食べたかったから」に巻き込まれる使用人はいそうです。それはまた別の機会にご紹介しましょう。
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