上 下
424 / 440
ARKADIA──それが人であるということ──

ARKADIA────極者と厄災、今こそ相見えて

しおりを挟む
 扉の先は、通路であった。扉の外からでは一寸先も見えぬ闇に覆われているようにしか見えなかったが、いざ突き進めばそれは間違いであると思い知らされた。

 まるで王城を彷彿とさせるような通路は、存外明るかった。壁に薄青く発光する魔石が繋がっているおかげだろう。

 果てしないこの先の終着点を目指しながら、独りサクラ=アザミヤは進む。罠を警戒しながら。ゆっくりと、慎重に。

 通路内の空気がサクラに纏わりつく。そしてそれはこうして一歩一歩足を進める程に、濃く重たいものへと変わっていく。

 恐らくだが────この通路の最果てに、己を待ち受ける存在モノが影響しているのだろう。

 つう、と。サクラの首筋を一筋の汗が静かに伝う。その感触が、彼女の気をさらに、そして否応にも引き締めさせる。

 ──……刻は近い、か。

 そう、刻はすぐ其処まで迫っている。終焉おわりが、迫ってきている。

 果てしてそれは一体──────










 唐突だった。本当に、それは唐突なことだった。果ての見えぬ通路を歩いていたサクラであったが、刹那気づけば──彼女はもう、通路内には立っていなかった。

 言うなれば、そこは広間。主座す、玉座の間。

 サクラの視線の先。彼女の瞳に映り込むのは、あまりにも仰々しい玉座。そしてそこに座る────





「やっと、辿り着いてくれましたか」





 ────一人の少女。汚れ一つとしてない純白の髪を伸ばした、額の右側に歪に刺々しい角を一本生やした、少女の姿。

「待っている間、本当に退屈で退屈で、危うく退屈に縊り殺されるところでした──お久しぶりですね、サクラさん」

 巨大な薄青い魔石の玉座に座る、反して小柄な少女は己の頬に──正確にはそこに走る刺青の如き、曲流する薄青い線に指を這わせ、そして瞳を閉ざしたまま、押し黙っているサクラに続ける。

「どうしたんですか。黙ってないで、挨拶の返事一つくらいしてくださいよ。さっきと違って、こうしてちゃんと、面と向かって会っているんですから」

 言って、玉座に背を預けもたれながら、クスクスと肩を僅かに揺らす少女。

 そんな少女に対して、数秒の沈黙を挟んでサクラは────

「君に、その玉座は似合わない。……フィーリア」

 ────と、ようやく言葉を返した。返したが、それは少女が求めていたものから、遠くかけ離れた代物であった。

 玉座の間に、両者の間に静寂が流れる。それを先に破り裂いたのは、少女の方だ。

「それ、どういう意味ですか?」

 先程と聞き比べても、その声音は明らかに機嫌を損ねていた。だがサクラは大して気にすることもなく、平然とその問いに答えてみせる。

「そのままの意味だ。すっかりその気になっているようだが……正直言って、今のお前は見苦しい。見るに、堪えられん」

 再び、静寂が流れる。が、さっきよりも俄然ずっと早く、少女が口を開いた。

その気・・・?」

 機嫌を損ねるを通り越し、僅かに怒りすら感じさせる雰囲気を纏いながら、玉座の少女はそう言って、そこでようやく────閉ざしていたその瞳を、ゆっくりと開眼させた。

 複雑に入り乱れ絡み合う七色の瞳は、最初よりも爛々とした光を妖しく漏らし。対する無色とも形容できる灰色の瞳は、さらなる翳りが差している。

 明らかに人外の瞳をした少女が、言葉を続ける。

「その気も何もありませんよ。私はあなたたち人類の絶対敵────第四の『厄災』、『理遠悠神』アルカディアなんですから」

 言って、少女──アルカディアがスッと細めた瞳でサクラを見下ろす。その眼差しに、もはや人間的な温かみなど皆無で。何処までも人外的な冷淡さが込められていた。

 ……だが、しかし。

「よくもまあ、そう心にないことを、思ってもいないことを平気な面して言えたものだな。それとも何だ?もしやお前は演技だとかに関心でもあったのか?」

 それでも飄々としたサクラの態度は変わることがなかった。聞くものによれば酷いと思うだろう言葉を彼女にぶつけて、さらに続ける。

「だとしたら大根役者にも程がある。……もうこんな茶番、さっさと終いにするぞ────フィーリア」

 サクラの物言いは、もはや罵倒に近い。対するアルカディアは、数秒沈黙していたと思えば、唐突にその口を開いた。

「私は、フィーリアじゃない。『理遠悠神』アルカディアです」

 そう言う彼女は、何処までも無表情だった。だが、こちらに有無を言わせない迫力がこれでもかと押し出ており、並大抵の者であったらこれだけで戦意を喪失せざるを得なかっただろう。

 だが今アルカディアの前に立つのは、サクラ。『極剣聖』サクラ=アザミヤ。これしきのことで狼狽する彼女ではない。

 己は『理遠悠神アルカディア』だとあくまでも主張する少女に対して、サクラは平気な顔で言葉を返す。

「違うな」

 それは、あまりにも強靭な否定の意思を込めた言葉だった。その言葉を前に、玉座の少女の肩がほんの僅かに、跳ねる。

「お前はフィーリアだ。フィーリア=レリウ=クロミアだ。それ以上でも以下でも、それ以外でもない」

 そう言って────サクラは仏頂面を崩した。そこでようやく、ここで初めて、彼女は微笑みを浮かべたのだ。

「そんな当たり前のこと、わかっているだろう?」

 サクラは優しい声音で、優しい言葉を投げかける。……だが、それに対して返されたのは。

「違わない。違わないですよ」

 これ以上にないくらいに底冷えた、ただひたすらに無感情な声だった。

「……」

 サクラの微笑みが、僅かばかり曇る。それからまた彼女は口を開いた。

「フィ「その名で私を呼ぶなァアッッッ!!!」

 バキンッ──それは、明確な怒りであった。サクラの声を遮り、憤怒に叫びながら少女が玉座から立ち上がり、その直後玉座諸共その周囲の薄青い魔石が、独りでに砕かれ飛び散った。

「私はお前たち人類に滅びを齎す存在モノ!救いを与える存在!それが『厄災』、『理遠悠神』アルカディア!それ以上でも以下でも、それ以外でもない!あるものかッ!」

 鬼気迫る表情で、その瞳を見開かせて、喉を潰さんばかりに激しくそう叫んで、少女が続ける。サクラに向かって激情のままに吼える。

「今一度告げてやる、私はアルカディア!お前たち人類が打倒すべき絶対の敵────『理遠悠神』アルカディアだァッ!!!!」

 そう言い終えたアルカディアは、息を切らして苦しそうに肩を小さく上下させる。そんな彼女の姿を、サクラはただ黙って見上げていた。浮かべた微笑みを消して、少し哀しげに、寂しげに見つめていた。

 ある程度呼吸を整え、冷静さを取り戻したのだろうアルカディアは、先程の激昂がまるで嘘のように淡々と続ける。

「再会早々に争う程、野蛮なつもりはありません。ねえサクラさん、私実はこんな余興を用意したんです」

 言って、スッとアルカディアが手を振り上げる。瞬間、何も乗せられていない手のひらの上で、薄青い粒子が舞い、そして渦巻いて──気がつけば、それは真球へと変化を遂げていた。

「さあ、ほんの一時……存分に楽しみましょう?」

 その真球が一体何であるのか、疑問に思うサクラを置いて、アルカディアはそう言うと可愛らしく笑んでみせ、そしてその手に乗せた真球を宙へと放り投げた。

 直後、投げ出された真球の真下から、生物の触手が如き柔らかで滑らかな挙動で数本の魔石の柱が突き出し、真球を絡め取る。刹那、その柱群の中央から極太の柱が突き出て、真球と激突した。

 真球と柱、その二つが激突した瞬間、その間に薄青い閃光を迸らせ、硝子でも割ったかのような甲高く儚い音を広間に響き渡らせる。だが、真球も柱にも、ごく僅かな罅すらも走ってはいない。

 ──何だ?

 突如としてその場に完成した奇妙な魔石のオブジェを前に、サクラがそう思った矢先だった。

 ブゥン──という奇妙な音と共に、そのオブジェから薄青い光が虚空に向かって放出された。

「投影機みたいなものですよ」

 アルカディアの言葉に続くようにして、やがてオブジェから放たれる光は形を取り、四角となる。そして、彼女の言う通り────遅れてそこには映像が映し出された。

 その映像にあったのは──────頭上に天使を彷彿させる輪を浮かべ、背に得物たる大剣を八振り握る八本の巨腕を生やし、己の周囲に無数の腕を展開させる、そんな異形と呼ぶ他ない青年を模した薄青い魔石の像と、それと対峙する、傷だらけで血塗れのガラウ=ゴルミッドと、彼がその背後に庇っている、満身創痍の『三精剣』の面々──────という、まさに衝撃の一言に尽きる光景であった。

 それを目の当たりにしたサクラに対して、アルカディアは浮かべていたその可愛らしい笑顔を──凶悪に歪ませ、口元を吊り上げて言い放つ。

「『極剣聖』サクラ=アザミヤ。直視せよ、確とその眼に焼き刻め────圧倒的、絶望を」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

声楽学園日記~女体化魔法少女の僕が劣等生男子の才能を開花させ、成り上がらせたら素敵な旦那様に!~

卯月らいな
ファンタジー
魔法が歌声によって操られる世界で、男性の声は攻撃や祭事、狩猟に、女性の声は補助や回復、農業に用いられる。男女が合唱することで魔法はより強力となるため、魔法学園では入学時にペアを組む風習がある。 この物語は、エリック、エリーゼ、アキラの三人の主人公の群像劇である。 エリーゼは、新聞記者だった父が、議員のスキャンダルを暴く過程で不当に命を落とす。父の死後、エリーゼは母と共に貧困に苦しみ、社会の底辺での生活を余儀なくされる。この経験から彼女は運命を変え、父の死に関わった者への復讐を誓う。だが、直接復讐を果たす力は彼女にはない。そこで、魔法の力を最大限に引き出し、社会の頂点へと上り詰めるため、魔法学園での地位を確立する計画を立てる。 魔法学園にはエリックという才能あふれる生徒がおり、彼は入学から一週間後、同級生エリーゼの禁じられた魔法によって彼女と体が入れ替わる。この予期せぬ出来事をきっかけに、元々女声魔法の英才教育を受けていたエリックは女性として女声の魔法をマスターし、新たな男声パートナー、アキラと共に高みを目指すことを誓う。 アキラは日本から来た異世界転生者で、彼の世界には存在しなかった歌声の魔法に最初は馴染めなかったが、エリックとの多くの試練を経て、隠された音楽の才能を開花させる。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...