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ARKADIA──それが人であるということ──

ARKADIA────そして滅びは始まりを告げた

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「さて。若干部屋の雰囲気が和んだところで悪いが──────





 瞬間、まだアルヴァさんが言い終えぬ内に。突如としてこの執務室全体を途轍もない、形容し難く凄まじい怖気が貫く。直後、それは一瞬にしてこちらを全力で押し潰さんばかりの、あまりにも重過ぎる圧となって、一気に執務室を満たした。





 ──────ッ……!」

 アルヴァさんの顔から血の気が引き、その頬に一筋の汗がゆっくりと伝う。……いや、それは彼女だけに限ったことではない。僕は当然として、ガラウさんや『三精剣』全員も同様だった。

 ──な、んだ……これ……!?

 先程まで緩んでいた空気が、まるで嘘のようだ。一分の隙も許さない、張り詰めた糸のような緊張感が今この部屋を支配している。

 ゾワゾワと全身の肌が粟立つ。身体の震えが止まらない。止められない──今まで生きている中で、初めての感覚に僕はこれでもかと翻弄されてしまう。

 だが、流石と言うべきか────やはり番付入りランクイン冒険者ランカーたちは違った。

「こいつは、相当なモンだぜ……」

 と、呟くガラウさんは表情こそ強張っているが、特に臆した様子はなく、それどころかこの緊張感を何処か楽しんでいるようにも思える。

『三精剣』も先程先輩と(一方的に)触れ合っていた明るげな雰囲気こそ微塵も残さず掻き消え、あの楽観的なイズさんですら真剣な表情を浮かべているが、そこに恐怖や怯えといった感情は見られない。

 そしてこの中でも飛び抜けて凄いのは────言うまでもなく、サクラさんである。

「……」

 まるで抜き身の刃のように鋭く、凛々しいその美貌を一切崩すことなく、サクラは普段通りの然とした態度で壁にもたれかかっている。……のだが、やはり僕には何かが、何処かが違うように思えて仕方ない。こう、その表情こそ一片たりとも変わっていないのだが、それが固いというか、何というか……。

 ──サクラさん、ひょっとして何か考え込んでいる?それとも、思い詰めている……のか?

 心の内側から滲み出る恐怖を誤魔化すように、僕はそんなことをつい考えてしまう。……それと、ちなみに先輩はというと──

「……ん?お前らどうした?急に黙りやがって」

 ──きょとんした顔でそう言いながら、不思議そうに僕たちのことを見回していた。流石は先輩だ、女の子になってしまっても、その大物ぶりは全く変わらない。頼もしい限りである。そう現実逃避気味に僕が思った直後だった。

 バンッ──閉じられていた執務室の扉がやや乱暴に開け放たれ、その場にいる全員の視線が無意識にそちらへと向かう。そこに立っていたのは、随分と慌てた様子の、ガラウさんたちをここへ案内した先程の受付嬢であった。

「た、大変です!皆さん、今すぐ外に来てください!塔が……魔石塔が大変なんです!!」




















「……オイオイ、こりゃどうなってやがんだ」

 ガラウさんが呆然とそう呟く。いや、口に出して言ったのが彼なだけであって、僕も他の皆も、内心で全員同じようなことを呟いていただろう。

 確かに、あの受付嬢の言う通りだった。マジリカを代表する観光名所であり、そして嘗ては『創造主神の聖遺物オリジンズ・アーティファクト』と呼ばれていたらしい、あの魔石塔には────途轍もない異常が、はっきりと目に見える形で起きていた。

 ──一体、何が……たったの一、二時間で何があったら、こうまでなるんだ・・・・・・・・……!?

 簡単に言ってしまえば、僕が知る魔石塔は。あの薄青い魔石でところどころ覆われていた塔は、もはやその面影を微塵も、その欠片すらも残さずに────変わり果てていた。

 恐怖にも似た驚愕に僕が動けず固まる傍ら、ガラウさんがアルヴァさんに訊ねる。

「アルヴァさんよ。こいつは新手の改築リフォームですかい?」

 真面目半分、茶目っ気半分といった感じのガラウさんの問いかけに、しかしアルヴァさんは至って平然と、予めこうなることがわかっていたかのように落ち着いた様子で返す。

「いや。ああまでできる業者なんて、アタシは知らん」

 そう返して、アルヴァさんは真っ直ぐに見つめる────天を貫かんばかりにまで伸びる、比喩でも何でもなくまさに巨大な魔石の塔となった、魔石塔を。

 そして、その瞬間。先程執務室でもこの身で感じた怖気が大気に走り、僕が思わず身構えるとほぼ同時に────





『聞け、人の子共よ』





 ────そんな、聞き覚えのある、だがこれまでで一度たりとも聞いたことはないトーンの声が、マジリカ全体に響き渡った。

 ──この、声は……!

 間違いない、フィーリアさんの声だ。僕がそう思うと同時に、突如として膨大かつ圧倒的な魔力が塔から溢れ、それはマジリカの空に広がっていき、やがてその魔力はとあるものを模倣し始める。

 そして数秒経って────空に、その姿が浮かび上がった。



 辛うじて面影はまだ残っていた。残っていたが、それでもその姿は、今まで知る中のどれでも違っていた。

 街並みを睥睨する右の瞳には、七色が複雑に絡み混じった虹が。左の瞳には、無に限りなく近い褪せた灰が。左右それぞれに瞳を染めており、しかし共通しているのは、そこに感情らしいものが一切込められていないということ。

 左の頬に走る薄青い線は流れる水の如き曲線を描いており、仄かに燐光を発していた。

 だが、そんな異質に尽きる瞳よりも。しかし、思わず美麗に映る燐光の曲線よりも。一際目を奪われるのは────額の右から伸びる、歪で刺々しく薄青い一本のだった。



『我は予言書に記されし、五つの『厄災』の一つ。第四の滅び────『理遠悠神』アルカディアである』

 呆然とする僕らを他所に、フィーリアさん────否、アルカディアはひたすらに無機質で無感情な声で、まるで宣告するように続ける。

『愚劣にして矮小たる人の子共よ。足掻きは無意味である。ただ何もせず、我が滅びを受け入れるがいい』

 言って、唐突にアルカディアが宙に向かって腕を突き出す。

 ──な、何を?

 僕がそう思うと同時に、虚空に薄青い光が瞬く。そして次の瞬間────凄まじい勢いで魔石が噴き出した。

 噴き出した魔石は塊となり、その塊はなおも膨張を続けて横に伸びる。伸び続けて、やがて別の形へと変化していく。

 最終的にその魔石の塊は──アルカディアの身の丈を遥かに超える、巨大な杖へと変貌を遂げた。しかし杖といっても僕が知るそれとは全く違い、先端はまるで槍のように鋭く刺々しく尖っていた。

『我が滅びの一端、確とその目に焼き刻め』

 依然マジリカを──否、呆然と見上げる僕らや、何か騒ぎでも起きているのかと家から疎らに出てきた住民たちを見下ろしながら、アルカディアはそう言うと目の前に浮かぶ魔石の杖を手に取り、そしてゆっくりと振るう。





 直後、魔石塔が聳え立つ旧市街地方面に────薄青い光の柱が無数に突き立った。
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