【架空戦記】炎立つ真珠湾

糸冬

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後編

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(一)

 アメリカ第三十二代大統領フランクリン・D・ルーズベルトが日本の真珠湾奇襲攻撃を知ったのは、ワシントン時間の午後一時四十分(ハワイ時間午前八時四十分)の事であった。

 この報告に、言うまでもなくルーズベルトは大きなショックを受けた。

 日本の連合艦隊が近々行動を起こすであろう事は、通信解析やスパイからの情報でつかんでいた。

 だが、ハワイが奇襲されるとは、さすがに予想外であった。

(しかし、これでどうあれ戦争が始まるのだ)

 日本が仕掛ける形での戦争開始は、ルーズベルトにとって悪いことばかりではなかった。

 これで、アメリカは日本の同盟国であるドイツへの参戦が可能になり、また軍需産業の活性化は必ずアメリカを覆っている大不況を吹き払ってくれるだろう。

 そして、計らずも日本の最後通告が攻撃に間に合わなかった。

 不正を憎むアメリカ合衆国国民は日本の卑怯さに怒り、ジャップを滅ぼせと戦意を燃え上がらせるに違いない。

 真珠湾の打撃は痛かったが、アメリカが負けた訳ではない。

 ルーズベルトは心の動揺が消えて、笑みさえ浮かんでくるのを感じていた。それは決して国民に知られてはならない表情だった。

 ハル国務長官は、日本の最後通告を、「私は五十年間の公職生活を通じて、これほど恥知らずで虚偽と歪曲に満ちた文書を見たことがない。こんな大がかりな嘘とこじつけを言い出す国がこの世の中にあろうとは、今まで夢にも思わなかった」と評し、最後通告が遅れたことを激しく非難した。

「リメンバー・パールハーバー!」
 という声はアメリカ合衆国中に満ち、世論は対日徹底抗戦一色に染まっていった。

 緒戦においてアメリカに大打撃を与え、厭戦気分を高め、講和の道を探るという山本五十六の構想は早くも難色を見せ始めたのである。

 しかし、アメリカ合衆国国民をハルは欺いていた。

 日本の日本大使館への最後通告の電報が、アメリカ軍の暗号解読機により解読されたのはワシントン時間で午前十時五十分。

 つまり日本軍の攻撃開始の三時間以上も前に、アメリカ側は日本軍の攻撃がある事を知っていたのである。

 本来なら真珠湾への奇襲は失敗していたのである。

 とはいえもし仮に、アメリカの首脳部がハワイに警報を伝えていたとしても、大して出来る事はなかったであろうとは思われるのであるが。

(二)

 真珠湾が攻撃を受けた時、空母「エンタープライズ」を主軸とする、ウィリアム・ハルゼー中将率いる第八任務部隊は、オワフ島の西三百八十キロの地点を真珠湾に向けて航行していた。

 第八任務部隊は、日本軍の攻撃に備えてウェーキ島に航空機を輸送した帰りだったため、図らずも奇襲攻撃を免れる格好になっていた。

「パールハーバー空襲さる。これは演習にあらず」
 との緊急電報を受け取ったハルゼーは怒りで拳を振るわせた。

「ジャップめ!よりにもよって、太平洋艦隊の本拠地を空襲するとは。……こんなところまで出てきたのが運のつきだ。後悔させてやるぞ!」

 ハルゼーは直ちに索敵機を出させた。

 最初は午前十時十五分に受けた、太平洋艦隊司令・キンメル長官からの、「バーバス岬北西三十マイルの沖合に敵空母二隻を発見」という報告を信じて、オワフ島の南側を中心に偵察させた。

 しかし、その後に真珠湾から入ってくる無線は、陸戦隊が上陸しただの、空挺部隊が降下しただのと、要領を得ないものばかりだった。

「こんな調子じゃあ、敵が南にいるとは限らんな」
 ハルゼーはそう考え、オワフ島の北側にも索敵機を出すことにした。

「しかし、わが方は空母が一隻のみ、それに対してジャップは最低でも四隻は持っていると思われますが」

 参謀の一人が不安そうに尋ねた。

 ハルゼーはその参謀をにらみつけると、強気に言い放った。

「ふん。確かにそうだ。だが、だからといって、このまま奴等を逃がすわけにはいかんのだ! ここで一撃を喰わせなければ、一生後悔する羽目になるぞ」



 午前十一時五十分。
 「赤城」の艦橋に、一人の下士官が飛び込んできた。

「『筑摩』索敵機より入電です。『我レ、敵機見ユ。我ガ艦隊ニ向カイツツアリ』」

 この時、「筑摩」の水上偵察機が接触したのは「エンタープライズ」から発進したVS6・偵察爆撃飛行隊所属のSBD「ドーントレス」爆撃機である。

 このドーントレスもまた、直ちにエンタープライズに敵水上機発見の報を送っていた。

「まずいぞ。まだ第二次攻撃隊は帰還していないというのに」
 南雲は顔色を変えた。

「正確な位置はつかめておりませんが、『筑摩』の索敵機がいる方角に敵空母がいるはずです。直ちに第三次攻撃隊を編成し、出撃させましょう」

 源田が南雲に詰め寄り、索敵攻撃を進言する。

 今度は南雲にも異存はない。

 第二次攻撃隊の収容が終わると同時に、大わらわで各空母が準備を整える。

 第一次攻撃隊第二波の可動全機である九十六機が編成を終えて発進を開始したのは、午後十二時三十分。

 離陸作業を行っている最中に、ついにハルゼーの放った攻撃隊が日本機動部隊の上空に姿を現した。

 日本の空母六隻は合成風力を得るために艦首を風上に向けており、艦隊の陣形は乱れていた。

 そして爆装、雷装した航空機が甲板に並んでいる今、空母は言うまでもなく最も危険な状態にある。

「見つかったか! 攻撃隊の発進を急がせろ!」

 南雲は眉間に皺を刻みながら命じる。

 敵機襲来の報を受け、各空母の飛行甲板の慌ただしさが増していく。

 アメリカの攻撃隊の内訳は、TBD「デバステイター」攻撃機七機、SBD「ドーントレス」爆撃機八機、F4F「ワイルドキャット」戦闘機十二機である。

 これは、「エンタープライズ」の搭載していた艦載機から、上空直掩用のワイルドキャットを除いたほぼ全機である。

 敵機を発見した上空直掩の零戦が挑みかかっていく。

 発艦したばかりの第三次攻撃隊の零戦も戦闘に参加する。

 巷間喧伝されるほど、零戦の性能はワイルドキャットと桁違いのものではない。

 しかし、この時期の日本の戦闘機搭乗員の技量は、アメリカのそれを大きく引き離していた。

 たちまち零戦が得意とする巴戦に巻き込まれたワイルドキャットが、次々に煙を吹き上げて墜落していく。

 鈍重なデバステイターも銃撃を受けて火を吹き、海面に叩きつけられて水柱を上げる。

 それでも、ワイルドキャット隊が大損害を被りながらも多数の零戦をひきつける間に、六機のデバステイターが零戦隊を振り切り、海面すれすれに空母へと肉薄していく。

 真っ先に攻撃目標となったのは、たまたま最も敵攻撃機隊に近い位置にいた空母「加賀」である。

 「加賀」とデバステイター隊の間に入ってきた、重巡「利根」と駆逐艦「谷風」が対空砲火を浴びせる。

 二機のデバステイターが、ほぼ同時に海面へと墜落し、粉々に砕け散る。

 だが、生き残った四機のデバステイターが、次々と魚雷を投下した。

 そのうちの一本は、走り出すことなくそのまま海底へと沈んでいったが、残る三本の魚雷は「加賀」目がけて海面上に白い雷跡を曳いて疾走する。

 「加賀」は取舵を行い、どうにか二本の射線からは逃れた。

 しかし、残る一本は依然「加賀」を射線上に捉えている。

「駄目か! 総員衝撃に備えよ!」
 「加賀」艦長、岡田次作大佐が悲痛な声で命じる。

 が、そのとき、並走していた「谷風」が果敢にも船体を魚雷の射線上に乗せた。

 「谷風」駆逐艦長・勝見基中佐は身を挺して「加賀」を守ろうというのだ。

 次の瞬間、鈍い衝撃音と共に「谷風」の舷側に水柱が上がった。

 艦底を破壊された「谷風」は浸水してたちまち傾いていく。

「敵機、急降下!」

 「加賀」の見張員の声が飛ぶ。

 「谷風」の乗組員を気遣う間もなく、上空からドーントレス八機が一団となって突っ込んでくる。

 デバステイターとワイルドキャットに気を取られていた零戦が、慌てて機体を翻して、ドーントレスに向かっていく。

 対空砲火も一斉に火を吹く。しかし、全機を阻止する事は出来なかった。

 射点に無事たどり着いたのは五機。

 五機は次々に爆弾を投下していく。

 「加賀」は舵を切るが、全弾を躱す事は出来そうになかった。

 一発が至近弾となって水柱をあげた。

 至近弾は場合によっては命中弾よりもダメージを与える場合がある。

 基準排水量二万六千九百トン、元々戦艦として建造された「加賀」の巨体が揺さぶられる。

 そして、ついに「加賀」の前部飛行甲板に命中弾が出た。

 爆発が発生して飛行甲板に大穴が開く。
 甲板の前部寄りに並んでいた九七艦攻が数機吹っ飛び、海面に落下していく。

 火災が発生してほどなくして、九七艦攻が搭載していた魚雷が誘爆を起こし、さらに被害が広がった。

 しかし、アメリカ側の攻撃が一旦ここで終わったため、「加賀」にはそれ以上の命中弾が出なかった。

 命中弾が一発のみであったために、どうにか火災も鎮火出来るレベルに留まり、爆沈を免れた。

 もしも複数発命中していたら、おそらく誘爆によって「加賀」は沈没していただろう。

 艦載機発艦時の空母の脆弱さについて、日本側はあらためてその恐ろしさを肝に銘じたのであった。

(三)

 午後一時四十分。
 ハルゼーの第八任務部隊は、ハワイ北西八十キロの地点まで戻ってきていた。

 その上空に、日本軍の第三時攻撃隊第一波の八十一機が姿を現す。

 アメリカ軍の攻撃により「加賀」が損傷を受けた分だけ機数は少なくなっているが、強力な戦力である事に変わりはない。

 上空に待機していたわずか六機のワイルドキャットに、二十二機の零戦が殴りかかった。

 機体性能もさることながら、機数で上回るうえにと搭乗員の技量も勝る日本側は、たちまちワイルドキャットを一機残らず撃ち落としてしまった。

 急降下爆撃隊の長機である九九艦爆が翼を振り、ト連送を発した。

 急降下爆撃隊は縦一列になり、逆落としに突撃を開始する。

 同時に雷撃隊の九七式艦攻は射点につくべく弧を描きながら高度を下げていく。

 攻撃目標はもちろんどちらも、「エンタープライズ」である。

 九七艦攻の一機が重巡「ノーザンプトン」の対空射撃を浴びて主翼が千切れ、もんどりうって海面に突っ込む。

 九九艦爆にも、高角砲の破片を浴びて隊列を離れる機体が続出した。

 しかし、生き残った機はそのまま突撃を続け、必殺の魚雷と爆弾を叩き付けた。

「くそったれ!」
 ハルゼーが叫んだ次の瞬間、艦橋に爆弾が命中した。

 当時、世界最高の技量と評して過言ではない日本の攻撃隊は「エンタープライズ」に対して魚雷六本、二百五十キロ爆弾八発を命中させた。

 これほどの打撃を受けては、いかに「エンタープライズ」が基準排水量二万トンの巨艦であっても、浮いていられるはずがなかった。

 攻撃を受けてから十分後には「エンタープライズ」は転覆し、そのまま海底へと消えていった。

 ハルゼーもこの攻撃で戦死した。

 だが、第八任務部隊の受難はそれだけで留まらなかった。

 一時間後に第三次攻撃隊第二波が来襲したのである。

 沈めるべき目標が既に海面上にない事を知った彼等は、生き残りの重巡、軽巡、駆逐艦へと突撃を開始した。

 第三次攻撃隊第二波は、重巡「ノーザンプトン」「ペンサコラ」、駆逐艦二隻を撃沈する戦果を挙げ、意気揚々と引き上げていった。

(四)

 アメリカ太平洋艦隊は、真珠湾の重油タンクの破壊により、保有していた四百五十万バレルの重油の半数を失った。

 消火剤の混じった重油は、たとえ焼失は免れたにせよ、もはや使い物にはならない。

 破壊されたタンクから漏れ出た重油の一部は真珠湾内に流れ込んでおり、その除去には大変な労力を必要とすると見込まれた。

 適切な消火活動が間に合わなかったため、港湾施設の被害も大きい。

 基地機能の完全な再建には、一年以上かかると考えられた。

 そのため、アメリカ太平洋艦隊の実質的な本拠地は、真珠湾からアメリカ大陸西海岸のサンディエゴ軍港にまで後退を余儀なくされた。

 そして十二月八日の「エンタープライズ」撃沈に続き、十二月十六日には日本の潜水艦・伊10潜が、そのサンディエゴ軍港を出港したばかりの空母「サラトガ」を大破させるという戦果をあげた。

 これにより、アメリカ太平洋艦隊が使用出来る空母は「レキシントン」ただ一隻となった。

 その結果、真珠湾奇襲に呼応して日本軍が発動した南方攻略作戦は予想を超えたスピードで進展していった。

 一九四二年二月には、第一次作戦の目標であった、マレー、フィリピン、ボルネオを始めとする南方資源地帯の大部分の制圧をほぼ完了していた。

 山本五十六は改めて持論を周囲に宣言する。
「六月にはMI作戦によってミッドウェー島を占領、敵機動部隊を壊滅させる。そして十二月には、ハワイに旭日旗を掲げるのだ!」

(おわり)
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