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結婚式
しおりを挟むそれから数ヶ月――。
「緊張する……」
風真は一年前の婚約式と同じ言葉を零した。
結婚式は、もう終わっている。婚約式と同じ形式で、違うところは神様に誓う結婚証明書にサインをした事だ。
衣装も違った。今回は更に神々しさの増した衣装で、キラキラしているのに上品で、ケイには褒め千切られて貴族たちにも好評だった。
そして今、一つの扉の前にいる。
(胃が……胃が、痛い……)
人々の声が聞こえる、この向こうは……大広間だ。
今から、披露宴で最初のダンスを踊る。正式に王太子妃として皆に紹介されるのだ。
王宮にいるアールに昼食を運ぶ時は、直通の地下通路を使用していた。王宮内は何度も王妃と共に歩いたが、擦れ違う相手は頭を下げていた。それに、王宮に出入りする人間は限られている。
だがこの先には、大勢の貴族や良家の人間が集まっている。きっと自分に好意的な者ばかりではない。
「顔丸出しで……アールの隣に……」
「ようやく私の妃だと、皆に自慢出来るな」
「か、顔ぉ……」
披露宴用に前髪を上げたアールがあまりに神々しくて泣きたくなる。
風真も片側だけ前髪を上げて大人らしさを出しているが、居たたまれなくなり俯いた。
「以前は、フウマの言葉の意味が分からなかったが……今、理解した」
頬を両手で挟まれ、顔を上向かされる。
美しい弧を描く唇。澄んだ空色の瞳が、そっと細められて……。
「私の花嫁が、世界一美しい」
「っ……」
「私に一心に愛されているその顔を、皆に見せてやれ」
ちゅ、と唇に触れるだけのキスをされる。愛している、と甘く囁かれ、緊張どころではなくなってしまった。
「騎士たちも、傍にいるのだろう?」
赤く染まった頬を指先で撫で、風真の胸元に輝くブローチをそっとつつく。
「っ、うんっ」
アールの手の上からブローチを包み込み、ふわりと暖かな笑顔を見せた。
結婚式の前も、ずっと触れていた。皆が一緒だ。もう一度そう思うとスッと心が軽くなる。
「結局お前の緊張を解くのはユアン……と、騎士たちか」
「アールが思い出させてくれたからだよ。……アールのキスで違うドキドキにもなっちゃったし」
「そうか。ならば、この中でも」
「したら駄目だからな~」
「残念だが、分かっている」
王太子妃としてのお披露目の日に、そんな事はしない。アールは、ふっと笑みを零した。
「アール、ありがとな。緊張どっか行ったよ。ダンスも……いけそう」
「フウマには剣術で鍛えた体幹と、天性のリズム感がある。堂々と踊れ。何より、エスコートはこの私だ」
「へへ。失敗する気がしない」
へらっと風真らしい緩い笑みを浮かべ、差し出されたアールの手を取った。
会場内から声が聞こえ、扉が開く。人々の視線に一瞬だけ怯むが、しっかりと顔を上げ、堂々とした微笑みをたたえた。
アールが風真を妃だと紹介し、風真は優雅にお辞儀をする。ユアン仕込みの仕草は人目を惹き、しっかりと教育を受けた者として、礼儀を重んじる人々からも受け入れられた。
だがまだ、王太子妃として認められた訳ではない。神子としての実績があろうと、アールの伴侶としての自分はここから始まる。
(ここからが、最初の一歩だ)
華やかな音楽が流れ、二人は広間の中心へ移動する。最初のダンスは主役の二人だけだ。
「女性側の振り付けとは違いますのね」
ドレスではない風真に合わせた振り付けに、人々が静かにざわつく。
「神子様は、殿下のお隣に並ばれるには華やかさに欠けますわね」
「ええ。……でも何故でしょう、見劣りはしませんわ……」
「殿下は当然ながら完璧ですが、神子様も音とのずれがありませんね」
「殿下のエスコートがあられるから、とも言えますが……」
「滑らかで、力強さもあり……男性だからこその美しさがありますわ」
批判するには、あまりに美しい。
それに……。
「なんて、幸せそうなお顔……」
互いを見つめ、額を合わせて笑い合う。ふとした時に見せる、王太子と妃としてではない、幸せに溢れた笑顔。二人の雰囲気は、愛する人と人生を共に出来る歓びに溢れていた。
アールのマントに施された銀刺繍と、風真のマントの金刺繍が、回る度にキラキラと輝く。
「まるで、星に包まれているよう……」
人々はそっと感嘆の溜め息をついた。
音楽が止まり、お辞儀をする。一瞬広間は静まり返り、すぐに割れんばかりの拍手が沸き起こった。
(認めて、貰えた……)
楽しくなって、途中から振り付け通りに踊れていたかも分からない。ただ愛しくて、嬉しくて……。
それでもこの場で、アールの隣に立つ事を認めて貰えたのだ。
二人は視線を合わせ、心からの笑顔を浮かべた。
・
・
・
二度目のダンスは広間の人々も加わり、ぶつからないようにと気を付けながら……という事もなく、アールが流れるようにエスコートしてくれたおかげで伸び伸びと踊れた。
広間には華やかな曲が流れ続けている。アールの声で、人々がダンスに食事に歓談にと楽しみ始めた中、風真は手を引かれて階段の上に連れて行かれた。
(姉ちゃん、俺、ほんとに王族になっちゃったよ……)
祝福の言葉を告げる貴族たちの列を、高い場所から見下ろす。王座のように豪華な椅子に座って。
(異世界SSRスポット~……ってレアすぎるわっ)
微笑みをたたえたまま内心でツッコミを入れる。現実だと理解していても、この状況は夢の中のようで、もはや緊張すらしなかった。
「これからよろしくお願いしますね」
王太子妃の仕事にも携わるという重鎮たちに、そう返す。エンディングで王妃になった転生悪役令嬢の気分で。
イメージトレーニングは完璧。堂々としたその姿と声音に、重鎮たちは風真の中に妃としての風格を見た。
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