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その晩
しおりを挟む「感無量……いや、絶景、と言うべきか……」
風真の部屋に入ったアールは、呟くように零した。
今夜は結婚初夜。以前教えて貰った通りに、アールが選んだ下着を着け、ベッドで待っていた。
「絶景と言うには普通で驚いてるよ……」
てっきり女性物のようなヒラヒラの上下か、布面積の限りなく少ない下着を贈られると思っていた。だが今着ているのは、伸びが良くぴったりと体にフィットするトランクスだ。
艶のある白い生地で、その下にレースの白いガーターベルトを着けている。ガーター自体は男性も正装時に着用する事もあるため、つまり、とても普通だ。
(下だけだし、ローブも透けてないし……)
こちらも艶のある白い生地で、薄いことは薄いがバスローブと何ら変わらない。だがアールは笑みをたたえたままベッドの縁に座り、風真の頬を撫でた。
「見えないその下に、私の選んだ下着を着け、私に抱かれるために待っていたフウマに感動している」
「っ……、あ、そういう……」
事実しか言われていないというのに、顔が火照ってしまう。
(いや、わりと日常的に抱かれるために待ってるしな! ……っ)
照れる事はない、と己に言い聞かせたはずが、ますます真っ赤になってしまった。
「んんっ、ええっと、ちなみに、お香は焚いてませんっ」
「ああ。香がなくとも、私は理性を飛ばしかけている」
「……俺も、えっちな気分になってるよ」
ベッドの上で待っている間、この下着にアールが煽られるのかと想像しただけで体が疼いてしまった。思い出して、もじ、と膝を擦り合わせる。
予想外の返答に、アールは一瞬目を見開く。だがすぐに綺麗な笑みを浮かべ、風真の額に口付けた。
「誘淫の香など焚かれていたら、フウマを壊すところだった」
「ッ……、……アールになら、いいよ」
「煽るな。比喩でもないのだからな」
眉を下げて笑い、頬を撫でる。その瞳の奥の鋭い光が、風真の口を噤ませた。
「私は、私の心でフウマを抱きたい」
向かい合い、触れ合うだけのキスをする。何度も触れるじゃれあうようなそれがくすぐったくて、風真はくすりと声を零した。
「俺が言うのもなんだけど、普通の下着で良かったの?」
「ああ、それが良かった。披露宴の衣装の下に着ていると想定したものだ」
「あっ、そういう……」
確かにあの衣装に合いそうな生地だ。実際には透けないようにベージュの下着を着て、ガーターはなかったが。
「ベルトの段差が出るために実際には使えなかったが……。それを着ていたと仮定して、大勢の視線を受けていたフウマのあの時間ごと、抱きたかった」
全てを自分のものにしたいという嫉妬を感じ、アールだな、と風真は頬を緩める。
風真に似合うようにと細身のスラックスだった。もしアールが妥協してゆったりしたものに替えていたら、これを着けて踊るはずだったのか。太股の締め付けを感じ、ふと気付く。
(もしかして、これを披露宴で着けてたら、休憩室とかで抱かれてた……?)
広間からの声が聞こえる場所で、あの時間と空間の中で、アールのものだと示すように。
それも悪くない、と思ってしまう。人々の前で威厳を見せていた完璧な王太子が、そんな場所で一人の男として必死に求めて愛してくれる。想像すると優越感を覚えてしまう。
(俺も、かなり独占欲強いんだよなぁ)
きっとあの場で抱かれていたら、俺のだ、どうだ、という顔で広間に戻っただろう。……アールに熱っぽい視線を向けていた人々に向かって。
(でも……大事に抱いてくれようとするアールも、好き……)
夜まで待ち、きちんと結婚初夜の作法をさせてくれる。一生で一度の夜だから。
「俺、愛されてるな……」
「私が夜まで待てが出来た事に対してか?」
「あれっ、顔に出てたっ?」
「ああ。視線も素直だったな」
太股に視線を落とし、瞳を揺らし、僅かに赤くなった後に自慢げな顔をしていた。そしてふわりと幸せそうに笑ったのだ。全て、分かってしまう。
「一生に一度だからな。伴侶としての最初の夜は、ベッドの上で大切に抱きたかった」
正座をする風真と向かい合い、そっと頬を撫でる。
もう何度も体を重ねているというのに、風真の肌はじわじわと朱に染まり、伏せた睫毛を震わせる。
「可愛いな……」
ぽつりと心の声が零れ、引き寄せられるように風真の唇を塞いだ。
触れては離れ、柔らかな感触を、体温を感じるために口付ける。深いキスよりも、それが好きだった。
理性のあるまま互いを感じられるキスが、……二人の好きなもの。
「ふぁ……、きもちぃ……」
素直な言葉と共に、風真もアールの唇を唇で軽く喰む。心地よくて、また唇を押し付けた。
キスだけで夜が終わりそうだ。
唇を離し、二人は額を合わせて笑い合う。
「古い慣習も、少しだけ取り入れたい」
そう言ってアールはまたキスをする。
「慣習……あ。全部夫の言う通りにするってやつ。いいよ」
何でもする、と言って風真はアールの頬にキスの場所を変えた。本当にキスで朝を迎えてしまいそうだ。
「フウマの手で捲って、私に見せてくれ」
「あっ、そういう楽しみ方っ」
そのための透けていないローブか。するりと太股を撫でられ、小さく笑ってしまった。
「アールってけっこうムッツリだよなぁ」
「おじさんぽい、とも言っていたな」
ふっとアールは笑う。
「ムッツリという言葉は学んだが、私は違うぞ。人前でもフウマへの情欲を隠していないからな」
「ンッ、……んっ?」
「ロイや大臣たちの前でも、隠す必要性を感じない」
「……あまりにも堂々としててそれでいい気がしてきた」
むっつりと言うには、あまりにオープン。それを顔が正当化させる。
「フウマの性的な姿に興味しかない」
「そんないい顔で~……って、この体勢に本気を感じる」
膝立ちにさせられ、興味の本気を見た。
「……普通の下着でも、恥ずかしいな」
「見ていてやるから、そう恥ずかしがるな」
「見られてるから恥ずかしいんだよ~」
色気のない言い方をしても、心臓がドキドキと脈打ち始めた。
(バッと捲っちゃえばいいんだけど……)
アールの視線に晒されると思うと、それが出来ない。
(めちゃくちゃ見てくる……)
急かすでもなく、ただ薄く笑みを浮かべてそこを見据えている。わざとだ。わざと、恥ずかしがらせている。
それならひと思いに、と思っても羞恥が手を震わせる。それでも、アールがこの下を見たいと思ってくれるなら、応えたい。
「っ……」
ローブの裾をグッと握り、そっと持ち上げる。だがそれでは長い裾に隠れ、意を決して左右に割り開いた。
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