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早朝の森
しおりを挟む翌日。ユアンは早朝から森にいた。
「魔物が現れるのは、どうして朝なんだろ」
「鳥目だからじゃないですか?」
「どう見ても、牛だけど」
「牛も夜は寝てますよ」
「どっちにしろ夜は現れないのか」
そんな話をしながら、ユアンと副隊長は魔物を倒していく。
風真を呼んで良いほどの数だったが、ユアンは呼ばずに倒す事を部下たちに命じた。その分を、ユアンが全て担う。
「あの群れは俺がやる。後の指示は任せた」
「隊長っ、あの数はっ……」
「自分の仕事に集中しろ」
止める副隊長の声を一蹴して、ユアンは群れの方へと駆け出した。
精鋭の騎士たちでも、三人一組で慎重に一体を仕止める。そんな中ユアンは、まるで蝋人形でも斬るように軽々と牛の魔物を掻き斬っていく。
牛の角が頬を掠めても、周囲を囲まれても、焦る事なく淡々と攻撃を続けた。
「神子君にこんな姿見せたら、泣きながら怒りそうだな」
どうして俺を呼んでくれないんですか。強いのは知ってますけど、無茶しないでください。そう言って。
呼んで欲しいと言えるほど、風真の力は強い。自分たちが一瞬で命を落とすような魔物でも、風真なら倒せるかもしれない。
それなのに、馬鹿な事をしている。
分かっている。これは、愚かな選択だ。
「でも、俺は……」
自分の命より、君を守りたい。
君を、危険なもの全てから遠ざけたい。
それほどまでに想えるこの気持ちを、愚かな自分を、誇りたかった。
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「隊長!!」
「慌てるな。魔物の血だよ」
全身血だらけのユアンは、魔物の死骸の中でひらひらと手を振ってみせた。
頬の傷以外は負った覚えはない。だが、肩と脚が痛い気もする。焼けるような熱さではなく、鈍い痛み。打撲だな、と溜め息をついた。
「神子君が見たら大泣きしてしまうかな」
「当然です。何故あのような無茶を……」
副隊長の渋い顔に、ユアンは視線を落とす。
何故。彼らに対する答えは、以前と変わらない。
「俺は、隊長だからね」
皆で背負う命。それをこの中の誰より多く背負うのは、自分の役目。彼らを率い、生きて帰すのが役目だから。
「またそのような事を……」
「まあ、死ぬつもりはないけど」
「当然ですっ」
副隊長は珍しく声を荒げた。
「悪かったよ。あのくらいなら俺一人でやれると思ったんだ」
「……次回からは、神子様に救援要請を」
「それは許可しない」
ぴくりと動いた魔物に剣を刺し、笑顔で返した。
「彼は最強の武器。最後の砦だ。この程度の魔物で呼ばなくていい」
「ですが……」
「俺が必要だと思ったら呼びに行かせるよ。それでいいだろ?」
「……判断は早めにお願いします」
これ以上言っても無駄だと、副隊長は渋い顔で溜め息をついた。
ユアンは剣を収め、周囲の状況を確認する。
「負傷者は?」
「軽傷が三人。二人は治療済みです」
「そうか。しばらくはこの作戦で良さそうだな」
一体の魔物に三人も掛けて、怪我を負わないように慎重に進めた。誰一人欠けないように。風真が、悲しまないように。
「一番の負傷者は隊長ですが」
「それなら負傷者は二人か」
さらりと返して、生きている魔物がいないかもう一度確認する。副隊長のあからさまな溜め息が聞こえるが、ユアンは負傷者に自分を含める気はなかった。
勿論、死ぬつもりはない。
それでも自分の命は、風真を護る為に使いたかった。
「神子君に会いたいな……」
空を見上げる。太陽はまだ、低い位置で静かに輝いている。
彼に触れるのは、最後かもしれない。昨日の朝は、そんな柄にもない事を考えていた。
もし神子の力がなくなったら。風真がそんな事を言うから、力を使い過ぎて枯渇したらなどと有りもしない事を考えてしまった。
そんな記述はどこにもない。神子の力は、神が死なない限り途絶えないと言われている。
いっそなくなってしまえば、彼が戦う事もないのに。安全な場所にしまっておけるのに。……そんな事を言ったら、嫌われてしまうだろうか。
「その姿のまま会いに行かれて、怒られてきてください」
「感傷に浸ってるのに酷いな」
「知りませんよ」
「悪かったって。次は気を付けるよ」
「そういう話ではありません」
本気で怒っている副隊長に、ユアンは肩を竦めた。
「神子君に見つからないようにシャワー室まで戻れるかな」
「どうでしょうね。神子様は勘の鋭いところがあられますから」
「怖いこと言うなよ」
苦笑したものの、風真なら何故か訓練場のシャワー室でばったり出くわす事も有り得そうだ。慎重に移動しようと、そっと視線を逸らした。
朝食まではまだ二時間ある。血の匂いを落とすには充分だ。
時々察しの良いところのある風真が気付きませんように。ユアンは空を見上げ、そっと目を細めた。
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「……変な夢見た」
ぱちりと目を開けた風真は、天井を見つめぽつりと呟いた。
森の外で牛が走り回っているのを、森の中から眺める夢だ。牛はすぐに座り込んでおとなしくなったが、何故か不安なような、悲しいような、不思議な夢だった。
昨日の夕食が牛肉だったからだろうか。牛乳を飲み過ぎたからだろうか。
そう思っていると、ポンッと小さな音がして宙に画面が現れた。
「体力って90上限じゃなかったっけ?」
ステータス画面を見つめ、首を傾げる。今は93だ。
「RPGみたいに99上限かな」
実際のゲームとは変わってしまったため、上限が変わってもおかしくはない。だが討伐には、数値は高ければ高いほど良い。これからも頑張ろうと気合いを入れ、ベッドから起き上がった。
「っ……、ユアンさん、おはようございます……」
ベッドの隣に視線を向けると、絵の中のユアンと目が合いドキリとした。どうやら後ろを向け忘れていたようだ。
肖像画の話をした昨日のうちに、ユアンは棚と一緒に肖像画を持ってきた。
この棚には私服で寛いでいるユアンと正装のユアンを三枚と、赤ん坊と幼少期のアールを三枚置いている。後はテーブルの上だ。
壁にはアールとユアンの肖像画が、距離を離して一列に並んでいる。どちらも正装した姿で、美術館みたいな部屋になったなと苦笑した。
「こうなったら、トキさんの絵も飾りたくなってくるな……」
ちょうどその分の隙間が空いている。今度事情を説明して、肖像画を貸して貰えるようお願いしてみよう。
その前にアールとユアンにも事情を話して。更にその前に、ユアンの肖像画を置いた経緯をアールに説明しなければ。
怒るかなと、ふと思いながらも、幼いアールを見ると心が癒される。
「可愛いなぁ。おはよ、アール」
つん、と額縁をつつき、へらりと笑った。
ベッドから降りて伸びをして、風真は棚の上を見つめる。
「……ユアンさんの絵、ベッド横にもういっこ増やそ」
テーブルの上から一枚持ってくる。どれにしようか迷い、私服で微笑んでいる絵にした。
(うん、なんか、安心する)
もう一度ベッドに横になり、よし、と起き上がる。
酔って寝落ちた朝の記憶があるからだろうか。朝にユアンの顔を見ると安心感が違った。きっと、悪夢からも護ってくれる。
並んだ肖像画を見つめ、これはこれで異世界っぽい部屋だよな、と肖像画に囲まれた部屋に、早くも順応していくのだった。
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