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ご飯が美味しい
しおりを挟む朝食はパンとオムレツとウインナーと、カリカリベーコンの乗せられたサラダだ。どれも上品で美味しく、由茉の言っていた通りだった。
紅茶もとても良い香りがする。ペットボトル飲料は飲んでいたが、茶葉から淹れるとこんなにも香りが広がるものなのか。茶葉も最高級品なのだろう。
昨日は朝食前に喧嘩して、結局そのまま部屋に戻ってふて寝してしまった。
昼は体調不良を装い引きこもり、夜はテーブルの上の果物を食べた。一日中寝て過ごしたせいもあるが、落ち込みが酷くて果物すら喉を通らなかった。
(クエストクリアしたら、また話せるもんな)
由茉と話して元気も出て、この世界で生きていく覚悟も出来た。すっきりした気持ちで味わう食事のなんと美味しいこと。
ふわふわと幸せな気持ちで食事をする風真を、三人はそっと見つめる。
ユアンもトキも、尻尾を振って嬉しそうにする犬を見るような微笑ましい表情だ。
料理人たちもこっそりと見つめ、作り甲斐のある神子様がお越しになった、と嬉しそうに微笑んでいた。
アールがメイドを呼び何かを伝えると、もう一皿運ばれてきた。そしてそれは、風真の元へ。
「え? あの……?」
俺だけ? と戸惑う風真にメイドはただにっこりと笑い、スッと離れて行った。
「俺だけ? いいの?」
「遠慮するなと言っただろう?」
「えーっと……じゃあ、お言葉に甘えて」
風真がナイフとフォークを持つと、ユアンとトキは信じられないものを見る目をする。
あのアールが。一体何があったのか。
「チーズ入りだ、美味しいっ」
思わず声を上げてしまう。
先程とは違うオムレツ。ホワイトソースと、中から溢れるとろりとしたチーズが合わさり、まさに絶品。風真の知らないチーズの味もして、お高いチーズだろうなとしっかりと味わった。
添えられたベーコンもサラダに乗っていたものよりジューシーな焼き加減だ。離れとはいえさすが王宮お抱えの料理人。
「聞いてた通り、美味しい~」
これが毎日食べられるなら、討伐も頑張ろうと思える。
「聞いていた、だと?」
「彼は神の子だからね」
「神が、そんな些細な事を伝えるか?」
「私に問われましても……。食は生命の基本ですから、あり得ない事では……」
ユアンはどうでも良いとばかりの答えを返し、アールはトキを見る。トキは己を納得させるように理由付けた。
しまった、と風真は固まる。
だが、この世界の事や起こる出来事を知っている由茉は、いわば神のような存在。違う世界から啓示を与えていると言っても間違いではなかった。
「頭の中に響く声が、ここのご飯は美味しいと言ってました」
嘘は言っていない。すると三人はまじまじと風真を見据えた。
「フウマ様の慈悲深いお心を、神も愛しておられるのでしょうね」
トキは眩しげに目を細める。
家族から無理矢理引き離し、食事が美味しいという役に立たない情報を与える神を、全く責める気配がない。
召喚したアールたちの事ももう責める事をしない、心優しく、健気な神子だ。
「神の声を聞けるなら、手違いという事はなさそうだね。これは討伐も期待出来るかな」
ユアンは普段通りの笑顔で風真を見つめた。
「そうか……。神の言葉を受け、楽しみにしていたのか」
アールだけが重い雰囲気で呟く。メイドに視線を向けると、言葉もなくメイドは頷き隣室に消えて行った。
「神子君。アールと何があったんだ?」
「ええっと……俺が貧弱なのを心配してくれて」
「アールが?」
「殿下が?」
ユアンとトキは目が落ちてしまうのではという程に驚く。アールに他人を心配するという心が存在していたのかと。
「俺、そんなに貧弱じゃないと思うんですけど」
「……よく見たら、痩せているね」
「十代ですよね?」
「ハタチです」
二十歳、と二人はアールと同じ反応を返す。性格の違う三人が上手くやっていける理由が分かった気がした。
「二十歳なら、教会で育てている子ももう少し……、……手首も細いですね」
隣に座っているトキがぼそりと呟き、風真の手首に視線を止める。何故か背筋がゾワリとして、パッと手のひらで手首を隠した。
「食べ方が足りなかったのかな?」
「しっかり食べてましたけど……」
そこで風真は気付く。メイドの女性も、細身だが風真より骨格がしっかりしている。どうやら人種の違いのようだ。
「ちなみに俺は二十五で、トキは二十四だよ。俺たちが二十歳の頃もそこまで痩せてはいなかったな」
「そうですね。私が初めてお会いした頃の殿下と同じくらいでしょうか。十五でいらしたのですが……」
「十五……」
それは心配もされる。
「ここでは遠慮なく食べるといいよ」
「たくさん食べて大きくなってくださいね」
二人もアールと同じような事を言った。
(人間扱いされたかったけど……ちょっと、違う……)
これでは小さな子供扱いだ。
「俺のいた国ではそこまで痩せては……」
「気を遣わなくていいよ。神子君は遠慮がちな子だね」
「欲しい物があれば何でも言ってくださいね」
風真の言葉を遮り、二人はそっと目を細める。
アールもだが、二人も人の話を聞かない。どうしようと思っていると、デザートが運ばれてきて話はそこで終わってしまった。
三人にはカットフルーツ。風真には長方形に切られた固めのプリンとフルーツと生クリームが美しく盛られた、プリンアラモードだった。
アールがメイドに視線で指示したのはこれだ。楽しみにしていた風真を喜ばせる為だと気付き、ハッとする。
(喜ばないと……!)
「すごく綺麗っ、美味しそうっ」
渾身の演技。
だが、実際に見た目にも美しく、きっと味も美味しい。
(お、美味しそう……絶対、美味しい)
本当にワクワクし始めた風真の笑顔に、その場の皆が微笑ましい表情を浮かべた。
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