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昨日と今日のアール
しおりを挟む翌朝。
風真が食堂に向かうと、向かいからアールが歩いて来た。
「アール、おはようっ」
好きになるならないは別として、良い関係を築いていこうと昨夜風真は決めた。それにはまず挨拶だ。
案の定アールは怪訝な顔を返すだけだったが、気にせずニコニコと笑う。
「おはようっ!」
「……ああ」
「おはよー!」
「煩い」
「根性叩き直す宣言したからには、俺は有言実行するからな。おはよー!!」
開けようとする扉の前に立ち、見上げると、アールは面倒臭げに溜め息をついた。アールは朝に弱く、起きたばかりの今日は喧嘩する元気もない。
「……おはよう。これで良いか?」
「うんっ」
パッと満面の笑みを浮かべ、ありがと、と風真は笑った。
怒ったり泣いたり笑ったり騒がしい奴だ、と溜め息をついて食堂に入るが、まだ誰も来ていなかった。
奥の席に座ったアールの向かいに、風真は座る。
(改めて見ると、本当に綺麗でかっこいいよな……)
黙っていればこの世で最も美しい彫刻のようだ。
「……何を見ている」
「綺麗な顔してるなって思って」
「当たり前だろう?」
「その馬鹿にした顔さえしなきゃなー」
楽しげに笑う風真に、アールはまた怪訝な顔をした。昨日はいちいち怒っていたくせに、今朝はやけに機嫌が良い。
昨日、と記憶を辿り、アールの機嫌は下降した。
「お前は何故、私にだけその口調なのだ」
「え、歳近いだろ?」
「二十二だが?」
「二つ上だったか。俺はハタチ」
「…………その間抜けな顔と、貧弱な体で……?」
「いちいち腹立つなぁ。そこまで貧弱じゃないって」
アールは疑うように見据える。
気付かなかった……というより興味がなく見てもいなかったが、鎖骨はくっきりして、首も腕も細い。それでも骨格は確かに男だ。十代ならまだしも、これで二十歳だという。
一方の華奢に見えるアールは、栄養を考えられた充分な食事と、王族の嗜みとしての剣術稽古で筋肉も付いている。周りの王侯貴族も皆しっかりとした体型をしていた。
これが、平民……。
初めて至近距離で対面し、衝撃を受ける。
二十歳といえば、弟と同じ歳ではないか。
「……ここでは遠慮せず好きなだけ食べて良いぞ」
「え、いや、あっちでもちゃんと食べてたから」
見栄を張るなとばかりの視線が向けられ、風真は苦笑した。平民は満足に食べる事も出来ないと勘違いしてくれた方が、王太子の今後には良いのかもしれない。
そしてその通り、平民は満足に食べられないというのに、こうして笑っているのかとまた衝撃を受けている。
(アールって、ただ横暴なだけじゃないんだな)
興味を向けないだけで、目の前に突きつけてやればきちんと考える事が出来る。少々早とちりで思い込みが激しいところはあるが。
今後の接し方の参考にしよう。
「……昨日は、私も少し言い過ぎた」
「ふぇっ?」
「何だその間の抜けた声は」
「驚いたんだよっ。もう、間抜け間抜けって……」
唇を尖らせると、アールはほんの僅かに目元を緩めた。
こんなに騒がしい男、ただの討伐の道具とは思えなくなってしまった。それに、年齢のわりに華奢な体を知ってしまったから……。
「私が自ら届け物をしてやったというのに邪険にされ、平民ごときの為に食事を待たされ、私の為に働けるというのに何が不満なのだと……何より、私の神子が私を軽視し、拒絶するのが気に食わなかった」
(俺ってアールの神子なんだ……)
真剣なアールに対して、風真はそこが気になった。
「家族がいたとは思わなかったが……王族の血は国宝より貴重なものだ。私の血で召喚した神子は、私に従う義務がある」
「いや、だから義務とか言われても……」
「その貧弱な体で魔物と対峙するのは恐ろしいだろうが、騎士がお前を守る。安心して浄化に集中しろ」
淡々と紡がれる言葉。風真は目を見開き、まじまじとアールを見つめた。
「昨日のアールと別のアールなんじゃ……」
「私のように完璧な者が他にいると思うか?」
「そのエラそうな顔、アールだわ……」
ついでに馬鹿にしたような言い方。確かに昨日と同じアールだ。
「最初からそんな風に言ってくれたら、協力しようかなって思うのにさ」
「協力など求めていない。私がやれと言っている」
「……適当に機嫌取ればいいのに、アールって素直なんだな」
言い方が悪いだけで、ただ素直なだけかもしれない。きっと嘘をつけない人だ。
無駄な期待をしないよう帰る方法はないと言っていた。確かに期待させながら利用する方が卑怯だろう。
(褒めたのにすごい睨んでるし)
ここでまた言い合いになれば、せっかくの穏やかな雰囲気が壊れてしまう。
(何か別の話題……)
「あ。そういえば、肉まん食べた?」
ふと思い出したのは、肉まんの行方だった。
「ニクマン?」
「俺の持ってた袋に入ってた、白くて丸い食べ物だよ」
「……ああ、ユアンが持って行ったあれか」
「ユアンさんが?」
「足元に落ちていたから自分の物だと言っていた」
ユアンもか、と風真は遠い目をする。王侯貴族は他人の物も自分の物なのか。そう考えるときちんと届けてくれたアールは根は優しいのかもしれない。
(落ちてた物は、さすがに食べないだろうな)
きっと捨てられてしまった。仕方ないと無理矢理諦める事にした。
そこで扉が開き、ユアンとトキが入ってくる。
「おや? もう仲良くなったのかな?」
「なっていない」
「なりましたっ」
「……煩い」
元気な声に、アールは眉間に皺を寄せる。それに反して風真は嬉しそうだ。その場の皆が、元気に尻尾を振る犬の姿を風真に重ねた。
「神子君。アールは朝が弱いから、親睦を深めるなら早朝が狙い目だよ」
「余計な事を言うな」
「言わなくても見たら分かる事だけどね」
「そうかなって思ってました」
「ほら、神子君にもバレてるよ」
神子君にすらという含みを感じ、ユアンよりアールの方が素直だなと風真はそっと苦笑した。
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