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ユアンのイタズラ
しおりを挟むアールとトキは仕事へと向かい、ユアンと二人きりになった。
二人の前に新しい紅茶が出され、部屋に戻るのは飲んだ後にしようと風真もゆったりとカップを傾ける。
「そういえば、ユアンさん。アールから、落ちてた肉まんを持って行ったと聞きまして。白くて丸くてふかふかの食べ物なんですけど、どうしたのか気になってしまって……」
「ああ、あれはニクマンというのか。不思議な名だね」
「肉入りの饅頭で、肉まんです」
「マンジュウ、とは?」
「饅頭は、小麦粉を練って蒸したものです。回りを包んでいたのが饅頭部分です」
「なるほど」
肉まん、と反芻した。肉はフィレステーキしか食べないとでも言いそうな顔からその単語が出ると、些か不思議な気分だ。
「美味しかったよ」
「食べたんですかっ? 足元に落ちてたんじゃ……」
「戦いに出れば、砂埃の中で食べる事もあるからね。磨かれた床に落ちたくらいは大した事じゃない」
「っ、かっこいいです」
思わず本音を零すと、ユアンは一瞬目を丸くして、嬉しそうに笑った。
ユアンは珍しい物が好きだ。特に他国の食に関心がある。公爵家の者がそんな得体の知れない物を、平民の食べ物を、と普段から周りに言われてきたが、拾い食いを格好良いと言われたのは初めてだ。
「俺の世界の食べ物を、美味しく食べて貰えて嬉しいです」
そう言って心から嬉しそうに笑う。
元の世界の食べ物。
帰れないのに、と泣いていた風真の顔を思い出す。あれは、彼がもう二度と帰れない世界の、最後の食べ物だ。
「……君に返さなくてすまなかった」
「いえ、そんな、この世界の人に美味しく食べて貰えたのが、本当に嬉しいので」
「君は……、トキが言う通り、神に愛された子だね」
純粋で素直で、何に対しても真っ直ぐだ。
俺とは真逆だ。ユアンはそっと琥珀色の瞳を揺らした。
「神子君、昼過ぎに時間はあるかな?」
「はい。いつでも大丈夫です」
時間は幾らでもある。
「美味しい物を食べさせてあげるよ。期待してて」
「っ……、食べ物……ですよね……?」
あまりに甘い笑みを向けられ、思わずそんな返しをしてしまった。
「俺の事、アールから聞いたのかな?」
「あっ、いえっ、モテそうだし色気すごくてつい失礼なことをっ」
「男には興味はないけど、俺の色気は男にも通用するのか。知らなかったな」
ユアンは立ち上がり、風真の隣に立つ。そして身を屈め、耳元へと唇を寄せた。
「期待しているなら、そちらも食べさせてあげようか」
「ひっ、っ……結構ですっ」
「いい声で鳴くね」
琥珀の瞳が愉しげに光る。慌てて逃げようとする風真の肩を掴み、椅子の背に押さえ付けた。
(こんなイベントが発生するとか聞いてないっ……)
間近で見つめる甘い瞳。キスされる、と顔を俯けると、熱い吐息はまた耳元に触れた。
「ひゃっ……、ちょっ、ユアンさんっ噛んじゃ、っ……」
耳朶を甘噛みされ、ビクリと跳ねる。何度も噛まれたそこはジンジンと熱を持ち始めるが、幾ら抵抗しても身動きすら取れない。
「可愛いね」
「んっ、やめてくださいっ……」
耳だけ。それなのに、下肢に触れられたように全身がゾクゾクする。
女好きの騎士。その情報だけでは分かるはずもないテクニック。すり……と膝を擦り合わせた。
「感じてくれてるね」
「違いますっ」
「いいよ。……女の子相手じゃイけないように、君の身体を変えてあげる」
「っ!」
するりと腰を撫でられ、声もなく震えた。
だがそれきり何も起こらず、ユアンの手も肩から離れる。
「君が想像しているのは、こういう俺かな?」
席に戻ったユアンは満足げに笑う。
笑ってはいるが、いつもと違う。風真は呆然として、すぐに慌てて頭を下げた。
「ごめんなさいっ……、俺、失礼なこと言ってっ」
「怒ってないよ? 謝るなら、君の反応が良くてつい悪戯をしてしまった俺の方かな」
「……お見苦しい姿を」
「神子君は面白いね」
表情がクルクルと変わって見ていて飽きない。
ユアンの言わんとする事を正しく察し、風真はまず安堵した。反応を楽しみたいだけなら、この先何かあっても今の触れ合い以上の事はないだろう。
「残念だけど、そろそろ仕事の時間だな」
ユアンは何事もなかったように立ち上がると、また昼過ぎに、と言って扉を開ける。
「ああ、そうだ。抱かれたくなったらいつでも声を掛けて。忘れられない一時を約束するよ」
「!」
パチンとウインクをして、油断ならない言葉と共にユアンは食堂を出て行った。
(……ある意味、今のも忘れられない)
忘れたらまた悪戯される。そっと服の裾を引っ張り、深く溜め息をつく。
(あれだけで反応したとか……)
治まるまで立ち上がれない。
テーブルに突っ伏し、ユアンの事も絶対に部屋に入れないリストに脳内で追加した。
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