ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき

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そして

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 そして。
 一旦落ち着けば、妙な気まずさが襲ってくる。結局自分が一人で変に悩んで拗らせて、“どちらも選ぶ”という元の結果に収まっただけだった。
 お試し期間の間に恋人になれるかをまた考えて答えを出さなければならない。

「え、っと……、お茶、淹れますね?」

 二人から視線を反らし、今度はどの茶葉にしようかと棚を開ける。最初は緑茶だったから次は紅茶にしようか。

 優斗ゆうとがクルクルと動く姿を見つめながら、二人は小声で話し始めた。

「……優くん、可愛いね」
「可愛いですね」
「どちらも選ばないって選択肢もあったのに」

 自分は男だと優斗は気にしていたが、直柾なおまさ隆晴りゅうせいも男だ。そこは彼の中でクリアしているのか、気付いていないのか。
 まあ、敢えて言うつもりはないが。

「どっちも選ばなくても、離れるなんてことないですけどね」
「だよね」
「諦めるつもりもありませんけど」
「俺もだよ。断ったら失くしちゃうって勘違いしちゃう優くん、可愛いなぁ」

 これも敢えて言うつもりはないが。
 どちらも選ばれないより、二人ごとだろうが選ばれた方が良いに決まっている。
 前向きに検討する気持ちになれば、本気で好きになって貰える確率も格段に上がるだろう。本当の勝負はこれからだ。


「あっ……、待って、恋人じゃなくて恋人候補ですよねっ?」

 時間差で気付きハッとする優斗。可愛い、と二人は和んだ。

「長いから恋人でいいだろ」
「候補くらい頑張って言ってくださいよっ」
「はいはい」
「先輩、言う気ないでしょ」
「あるって。ってか、俺のことも名前で呼んでよ」
「は……、え、無理です」
「なんでだよ?」
「先輩は先輩ですし」
「兄貴のことは呼ぶのに?」

 と言えば直柾は自慢げな顔をした。

「直柾さんは、兄さんと呼ぶ方が時間かかりました」
「今ではどちらも呼んでくれるよね」

 ニコニコと笑う直柾に、隆晴は眉間に皺を寄せた。

「優斗。言えよ」
「無理ですってば」
「……そのうち呼ばせてやる」
「え、何だか不穏なんですけど……」
「まあ、そんなに警戒すんなよ?」
「しますよ!」
「ねえ優くん。キスしていい?」
「は、……いやいや、駄目ですからね!?」

 脈絡ない! と思うが直柾が突然なのは今に始まった事ではない。

「俺が先だろ」
「まっ、て!? まだお試し期間ですよね!?」

 やっぱり張り合ってくる! と思った時には二人してキッチンへと入って来ていた。右と左、挟み撃ちにされて逃げられない。
 距離はある。人ひとり分くらいは。

「あの、まだ、申し訳なくもお断りする可能性もあるわけで……」

 そう言うと、二人はピタリと動きを止めた。

「あっ、脅しとかじゃなくて、そういうのはまだするべきじゃないかと」
「優くんは真面目だね。うん。分かったよ」
「まだ、な」
「ちょっと君、警戒させるようなこと言わないで」

 咎める直柾に隆晴は肩を竦めるだけ。直柾は不機嫌な顔をした。
 この二人、気が合うようでとんでもなく合わない。優斗を挟んで睨み合う二人。

 そこで直柾はチラリと時計を見た。そろそろ時間が迫っているらしい。

「優くん。口以外なら、許して貰える?」
「え? っと……」
「親愛のキスにするから……、許して……?」

 眉を下げ、優斗を見つめる。今まさに捨てられようとしている犬のような瞳で。

 ……絆されてはいけない。目を反らせないまま、グッと唇を引き結ぶ。何故か今回は隆晴は割って入らず、優斗の返答待ちのようだ。
 断れば良いのに、それが出来ない。この瞳には魔力でもあるのかもしれない。いや、この寂しそうな顔と瞳に弱いのだ。……と、分かってはいるのに。


 ――親愛、なら……でも、頬はちょっと心臓が……。


「…………………………顔以外、なら……」

 妥協案でそう答えると、直柾はパッと顔を輝かせた。

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