ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき

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これから

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 流れるような動きで片膝を付き、そのままそっと優斗ゆうとの左手を取る。
 その手を愛しげに指先で撫で、チュ、と手の甲にキスをした。

「優くん、俺の命は君のものだよ。望むものは何だってあげるから、俺のことを好きになってね」

 恭しく優斗の手を取ったまま胸元に手を当て、蕩けそうな笑みを浮かべた。

 ――お……、王子様がいる……。

 優斗は固まった。あまりにも様になっていて。じわじわと顔が熱くなる。そういえば、彼との出逢いもこうだった。もしかしたらあの頃から……。


 すると隆晴りゅうせいが逆の手を取り、手首の内側にキスをした。

「優斗、俺を好きになれよ。後悔はさせないから」

 もう一度唇が触れ、チクリとした感覚。

「……?」

 隆晴が唇を離すと、小さな赤い痕が付いていた。

「っ……! 優くんっ」
「わっ、何っ……」

 今度は直柾なおまさが手首の上の方に唇を付け、またチクリとした感覚が残る。

「張り合わないでくださいよ」
「君が先にしたんだろっ」
「俺のは無意識です」
「余計に悪いよねっ?」
「アンタも何なんですか、薬指って」
「親愛のキスだけど?」
「どの口が言ってます?」

 二人で優斗の手を握ったまま言い争う。直柾が最初にキスをしたのは手の甲だが、限りなく薬指に近い付け根付近。それが隆晴は気に入らなかった。

 優斗はジッと自分の手を見つめる。右手首と、左手首の上。虫刺されのような痕が、二つ。


 ――……これ、って……、……キスマーク……?


「っ……!? 二人ともしばらく触るの禁止ですっ!!」

 ばかっ!!!!

 二人の手を振り払い、距離を取ったのだが。

 ばか。
 ばか、って。

 二人は表情を崩さずに悶える。顔を赤くしてそんな子供のような怒り方をされても、可愛いとしか思えない。
 だが、優斗を怒らせた事は事実だ。二人は真剣な顔をした。

「優くん、ごめんね。もうしないから」
「悪い。調子に乗った」
「…………俺がもういいって言うまで、触らないでくださいね」

 不機嫌な顔をして腕を組めば、二人は大きく頷く。
 こんな時はどちらが悪いと張り合わずに素直に謝ってくれる。こんな出逢いでなければ、二人は良い友人になれたかもしれないのに。
 と思うが、こんな出逢いだからこそ二人に接点が生まれたのだ。何とも複雑な気分だった。

「ちゃんと考えられなくなるので、しばらくは適切な距離感でお願いします」

 既に頭と心がキャパオーバーして、恋人として付き合えるのか、なんて冷静に考えられない。

 その理由に、二人は驚いたような、安堵したような顔をした。
 キスマークなんて付けられて嫌じゃなかったの? と直柾は口にしかけて、やめた。そんな選択肢を与えるのはよろしくない。

「うん。優くんのお許しが出るまで、見つめるだけにするね」

 直柾はそう言って顔を覗き込む。穏やかな笑顔。だが、やはり顔が良くて、見つめられるのも今はつらかった。

「お手柔らかにお願いします……」

 見る事まで禁止するのはさすがに、と優斗はそういう意味で言ったのだが、直柾は笑顔のまま内心で呻いた。無意識に煽る優くん、小悪魔かな。

「俺も、見るだけにするな」
「先輩は近いです。ちょっと離れてください」
「おいこら、態度が違い過ぎだろ」
「そうです?」
「自覚なしか」

 頭を小突こうとして、接触禁止令が出ているのだったと渋々腕を下ろす。だが、変に余所余所しくされるよりもこちらの方が良いかもしれない。

「優くん。俺にももっと遠慮なく接して欲しいな」
「直柾さんは、……雑に扱ってはいけないお顔をしているので。王子様みたいですし、その……」

 可愛い、捨てられた犬みたい、と思ってしまってから雑に扱うと可哀想な気がして。など本人には言えないが。
 王子様と言われた直柾は、仕方ないね、と嬉しそうに笑った。言われ慣れた言葉も、優斗から言われると全く違うものに聞こえる。

「俺の顔もいいって言ってなかったか?」
「先輩は、こう、頑丈そうなので」
「なんだよそれ」
「っ、ちょっ……近いですっ……」

 ズイ、と顔を近付ければ優斗は頬を染めて後退る。お、と隆晴はおとなしく引いた。
 距離を保っていれば普通に話せるだけで、意識されなくなったわけではないらしい。

「優くん。明日また来るね」
「あっ、はい。お仕事頑張ってください」
「ありがとう」

 時間切れになってしまった直柾は、名残惜しそうに優斗を見つめる。そして。

「君も帰るんだよ」
「は?」
「この状況で優くんと二人きりにさせるとでも?」
「何もしませんよ」
「何かしようものなら再起不能にさせるけどね」
「アンタ、綺麗な顔して物騒ですね」

 隆晴は肩を竦めた。確かに今日ここに残るのはフェアではない。

「じゃあな、優斗」
「はい」
「次は恋人らしく甘やかしてやるから、覚悟してろよ?」
「は、……、っ……、お手柔らかにお願いします……」

 顔を赤くする優斗に、隆晴はニヤリと笑った。

「大好きだよ、優くん」

 こちらはこちらでストレートに愛を告げてくる。

 この、とんでもなく顔が良くて、声も良くて、優しくて何でも出来て……、誰もが恋をしてしまうような二人と、これから恋人“候補”として……。贅沢が過ぎる……。


 ……これから、やっていけるだろうか。二人が帰った後の扉を見つめながら、胸元を押さえた。
 もしかしたら、とんでもない結論を出してしまったのでは。

「甘やかす、って……」

 隆晴がすれば、直柾も対抗してくるだろう。心臓、耐えられるだろうか。以前とは状況が違うのだ。

 視界に入る、皮膚に残された二つの赤い痕。思わず両手で顔を覆った。

「っ……、思い出すな、思い出すな……」

 自己暗示を掛けようにも、触れる唇の感触も、熱も、瞳も、ここに二人はいないというのに、鮮明に思い出してしまう。
 これを嫌悪感ではなくただただ恥ずかしいと思うのは、相手が尊敬する先輩と溺愛してくれる兄だからだ。と、優斗は思っていた。

 これからはお試しとはいえ“恋人”として過ごすのだと思うと……。……やっていけるだろうか。またグルグルと同じ事を悩みながら、熱くなる顔を両手で更に覆う。

 目を閉じるとまた思い出してしまい、その場にずるずると座り込んでしまった。






‐‐‐‐‐‐‐






※お読みいただきありがとうございました。
 こちらのお話で一旦終了です。少しお休みして、また続きを書きたいと思っております。
 恋人“候補”としてお付き合いを始める三人を、これからも見守っていただければ幸いです。
 お読みいただき、本当にありがとうございました!

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