ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき

文字の大きさ
30 / 40

愛犬の進化版

しおりを挟む

 それから数日後の、学校帰り。
 教授が指定した追加の教材や参考書を書店で買い、ついでに気になっていた本も買って、更についでに履きやすくてオススメだと隆晴りゅうせいが言った靴もついつい買って、隆晴と共に帰宅した。

 叶多かなたがあんな事を言うものだから変に身構えてしまったが、隆晴はいつも通り、頼りになる先輩のままだった。

「運んで貰ってすみません」
「気にすんなって」

 そう言って優斗ゆうとの部屋に荷物を置く。隆晴は当然のように一番重い本の入った袋を持ってくれた。
 体格差が、とからかうように言いながらも、本当はただ優しいのだと知っている。昔からそうだった。

 高校の頃もそうだったな、と思い出していると、隆晴はふと思い付いたような声を出した。

「やっぱ、礼して貰おうかな」
「あ、はい。俺に出来ることなら」

 と、言うが早いか、隆晴の腕が伸びてきてギュッと抱き締められる。

「わっ、先輩?」
「しばらくこのまま、な」
「え、あ……はい……」

 これがお礼になるのだろうか。優斗は首を傾げながらも、言われた通りにじっとしておく事にした。

 抱き締められ、背を撫でられ、髪を撫でられて。それはいつもの事。
 だが今日はいつものように愛犬用の手付きではなく……、まるで、恋人にするようで……。

 ――……って、いやいやいや、きっと先輩にとってはこれは、愛犬の進化版……。

「っ……、あの、先輩、そろそろ……」
「んー」

 んー、じゃなくて。と言いかけてやめた。
 動揺してはいるが、これがお礼になるならば。それに優斗としても嫌なわけではない。それこそ相手は、心から尊敬する先輩なのだから。

「優斗」
「はい?」
「……優斗」
「っ!? あっ、あのっ……」
「どうした?」
「っ、……えっと、声が」
「声が、なに……?」

 ひっ、と上げかけた声は何とか抑えた。
 隆晴の声が、……良く言えば、甘い。
 悪く言えば…………いやらしい。
 こんなの聞いた事がない。以前にされた時よりも更に腰砕け仕様になっている。女の子なら崩れ落ちている。男の自分でも、若干膝が震えている。

「優斗」
「っ……!」

 吐息と共に唇も耳に触れ、たまらずに隆晴を押し返した。

「先輩っ、悪ふざけが過ぎますよ!」
「悪ふざけ、ってか、本気、ってか」
「なんですかそれっ」
「本気で、癒されるなって。ありがとな、優斗」

 ポン、と頭を撫でる。
 思わずポカーンとして見上げる優斗。隆晴は優しい瞳で見下ろして、今度はナデナデと頭を撫でた。

 本気、の意味を、勘違いするところだった。優斗はスッ……と視線を反らす。

「顔、真っ赤」
「誰のせいですかっ」
「俺のせいだな」
「そうですよっ」
「俺のせい、な」

 なんで嬉しそうなんですか、と優斗は頬を膨らませるが、可愛い事この上ない。
 優斗が以前よりも顔を赤くするようになったのも、怒るのも、隆晴の事を意識し始めているからでは、と推測すると顔がニヤけてしまう。

 叶多には優斗は男だ、後輩だ、と言ったが、とっくにただの後輩ではなくなっている。男だとしても、優斗が良い。

 優斗が欲しくて本気でいくと決めたものの、焦って玉砕する気はなかった。今はまだ、伝える時ではないのだ。
 思い出すのは、優斗の兄。……今更後には退けない。退く気もなかった。

 優斗の事を守ると決めた。それなのに、一番危険なのは自分だと自覚してはいるのだが……。

「ちょっ……先輩、またっ……」

 まだ足りずに抱き締めると、優斗が慌てた声を出す。今度はわしゃわしゃと頭を撫で、ポンポンと背を叩いた。

「あー、犬ですね」

 すると優斗は苦笑して、ふっと体の力を抜いた。


 一度得た信頼は、警戒心を殺してしまうらしい。
 このまま彼をどうにでも出来てしまう自分は、一番の危険人物に違いなかった。


 ……優斗を傷付けるような事は、しないけれど。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

ある日、人気俳優の弟になりました。2

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。穏やかで真面目で王子様のような人……と噂の直柾は「俺の命は、君のものだよ」と蕩けるような笑顔で言い出し、大学の先輩である隆晴も優斗を好きだと言い出して……。 平凡に生きたい(のに無理だった)19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の、更に溺愛生活が始まる――。

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

【完結】我が兄は生徒会長である!

tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。 名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。 そんな彼には「推し」がいる。 それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。 実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。 終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。 本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。 (番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

【完結済】スパダリになりたいので、幼馴染に弟子入りしました!

キノア9g
BL
モテたくて完璧な幼馴染に弟子入りしたら、なぜか俺が溺愛されてる!? あらすじ 「俺は将来、可愛い奥さんをもらって温かい家庭を築くんだ!」 前世、ブラック企業で過労死した社畜の俺(リアン)。 今世こそは定時退社と幸せな結婚を手に入れるため、理想の男「スパダリ」になることを決意する。 お手本は、幼馴染で公爵家嫡男のシリル。 顔よし、家柄よし、能力よしの完璧超人な彼に「弟子入り」し、その技術を盗もうとするけれど……? 「リアン、君の淹れたお茶以外は飲みたくないな」 「君は無防備すぎる。私の側を離れてはいけないよ」 スパダリ修行のつもりが、いつの間にか身の回りのお世話係(兼・精神安定剤)として依存されていた!? しかも、俺が婚活をしようとすると、なぜか全力で阻止されて――。 【無自覚ポジティブな元社畜】×【隠れ激重執着な氷の貴公子】 「君の就職先は私(公爵家)に決まっているだろう?」

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

息の合うゲーム友達とリア凸した結果プロポーズされました。

ふわりんしず。
BL
“じゃあ会ってみる?今度の日曜日” ゲーム内で1番気の合う相棒に突然誘われた。リアルで会ったことはなく、 ただゲーム中にボイスを付けて遊ぶ仲だった 一瞬の葛藤とほんの少しのワクワク。 結局俺が選んだのは、 “いいね!あそぼーよ”   もし人生の分岐点があるのなら、きっとこと時だったのかもしれないと 後から思うのだった。

なぜかピアス男子に溺愛される話

光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった! 「夏希、俺のこと好きになってよ――」 突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。 ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!

処理中です...