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青天の霹靂
しおりを挟む時は戻って、櫻井が優斗に接触した日の、夜。
直柾は、不機嫌だった。
櫻井が一人で勝手に優斗に会ったからだ。
独り占めしておきたいと言ったのに。
櫻井の事だ、直柾の為を思っての事だろう。その気遣いは嬉しい。だが。
「俺も優くんに会いたいのに」
もう一週間も会えていない。毎日会いたいのに一週間は長い。長過ぎる。
訂正。不機嫌ではなく、拗ねていた。
そこでメールの着信を告げる電子音が鳴った。
『兄さん、こんばんは。突然すみません。マネージャーさんにお許しを貰ったので、メールしました』
ぎこちない書き出しに笑みが零れる。これを書くのにどのくらい時間をかけたのだろう。優斗の事だから、たくさん悩んだに違いない。
『最近も忙しいようですが、ちゃんと寝ていますか? ご飯は食べていますか?』
ドラマに出てきた母親のようで、優くんは母性もあるのかな、と頬を緩めた。
それから、ドラマの直柾が格好良かった事や、応援している旨の文章が続く。
このメールはパソコンにも転送して、そうだ、印刷もしておこう。直柾はいそいそとパソコンを立ち上げた。
櫻井はもっと短文の意味で優斗にお願いしたのだろうが、優斗は真面目だ。最初のメールは長くなると直柾には分かっていた。
最後まで噛み締めるように読み、返信ボタンを押す。
『この文章を書く間、優くんがずっと俺のことを考えてくれていたと思うと、嬉しくてたまらないよ』
と、最初に書いたのが悪かったのか、それから30分返信は来なかった。
「文章にすると上手くいかないな」
直柾は首を傾げる。声なら抑揚も付けられるが、文章だと受け取る側の想像次第になる。
台本から感情を読み取るのは得意なのに、書くとなると上手くいかない。
直柾が考え込んでいる間、優斗は“イケメンにしか許されない発言!”と悶えていた。言われる事には慣れたが、文章だとまた破壊力が違うのだ。
それから数日、ほぼ毎日のように短い文章のやり取りをした。おやすみ、おはよう、そんな挨拶程度のものだ。返信が返ると優斗も嬉しくなって、そんな穏やかな日々が続いていた、筈なのに……。
隆晴が訪れた日の翌日、直柾は真剣な顔をして優斗の部屋を訪れた。
「兄さん……?」
突然抱き締められ、普段とは違う様子に戸惑った声を出す。
「優くん、好きだよ」
「え……はい」
「優くんのことが、好きなんだ」
「えっと、知ってますよ?」
俺もですよ、と、こんな時に言えない。素直じゃない口の代わりに、直柾の服をギュッと掴んだ。
すると直柾は少しだけ腕を緩め、優斗を真っ直ぐに見つめて。
「優くん、……俺のものに、なって?」
「え……?」
「俺の、恋人になって?」
恋人……?
恋人に……?
ハッとして視線を反らした。慌てて直柾の腕から逃れようとするが、身を捩ってもびくともしない。
「な、直柾さんっ、また役が抜けて……」
「こんな役はしたことないよ」
「えっと、じゃあ、からかって……」
「からかっているつもりもないよ?」
「え、っと……じゃあ……」
「本当に……本当に、ね。俺は、心から君のことが、好きなんだ」
そう言って頬に手を添え、真っ直ぐに優斗を見つめた。
澄んだ深い深い湖のような瞳に見つめられれば、もう、逃げ出すなど出来なくて。
「初めて逢った日から、ずっと君のことが忘れられなかった。ずっと、この気持ちを伝えたかったんだ。……まさか、兄弟になるとは思わなかったけどね」
再会した日、これからずっと一緒にいられる歓びと、“兄弟”になる絶望に襲われた。
だが、すぐに“兄”になれて良かったと気付いた。
「でも、兄弟なら俺にもしものことがあっても、君に全てを遺すことが出来るよね」
「そんな、もしもなんて……」
そんな事を気にする優斗に、優くんは優しいね、と微笑んだ。
「俺の命も、俺の全てが、君のものだよ」
真っ直ぐに見据えたまま、甘い声で紡ぐ。
「だから、俺を選んでよ」
“あの男”よりも。
君に当然のように触れるあの男より、もっと沢山のものをあげるから。
もっともっと、甘やかしてあげるから。
だから……。
「俺のことを、選んで」
君と同じ学校、同じ時間、同じ話題、記憶、信頼、……俺の持っていないものばかり、欲しいものばかり持っているあの男に、君まで取られたら……。
「優。君が、好きだよ」
想いを込めた言葉と共に、蕩けそうな笑みが零れた。
……青天の霹靂、とはこんな時に使うのだろうか。優斗は妙に冷静に考えた。
頭は冷静なのに、鼓動は早くて。
だが、見つめてくる瞳が、どこか泣きそうに見えて……突き放す事が、出来なくなってしまった。
戸惑う優斗をもう一度そっと抱き締める。
昨日、この家を訪れた。その時に、優斗の部屋から二人の声が聞こえたのだ。半分程開いたドアから、姿が見えた。
隆晴に抱き締められあんな声で囁かれても、元のように笑ってまた抱き締められて……。
直柾が“許されている”行為とは違う。彼の事を優斗自身が受け入れている、そんな今更な事に気付かされてしまった。
「困らせてごめんね。でも俺は、優くんのことが、本当に……」
そこまで言い、直柾はゆっくりと腕を離した。そして優しく頬を撫でる。慈しむように、大切な宝物に触れるように。
「あのっ……」
慌てて口を開いた優斗の唇に、そっと指を当てる。
「今は、言わないで。もう少しだけ、君の返事を待つ幸せに浸っていたいんだ」
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※続編はこちら。→ある日、人気俳優の弟になりました。2
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