ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき

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先輩をお招きしました

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 話の流れで、帰りに隆晴りゅうせいがマンションに立ち寄る事になった。
 高校の頃にも何度かアパートを訪れていた事もあり、連絡をすると母と正輝まさきも快く了承してくれた。

「広っ」

 リビングに入った隆晴の第一声が、それだった。

「1Kから4LDKになりました」
「いきなりこれって、落ち着かないだろ」
「あはは、はい。最初の頃は部屋の隅でソワソワしてて」
「あー、してそう。そのガラステーブルに傷付けないかビクビクしてそう。ソファにファスナーとかボタン引っ掛けないかとか」
「あー、大正解です」

 まるで見ていたかのように見透かされて、苦笑してしまう。だからいつもガラステーブルには布製のコースターやマットを敷くし、ソファにはスウェット生地の部屋着に着替えてから座る。
 今日は二人とも引っ掛けそうな物は着ていない。言われるとつい視線で確認してしまい、また隆晴に笑われてしまった。

 ソファに座ると、隆晴は改めて部屋を見渡す。

「ってか、この辺のタワマンの中でも高いとこだろ、ここって」
「そうなんですか?」
「……いや、そっか、優斗ゆうとだもんな」
「良く分からないですけど馬鹿にされてるのは分かりました」

 ムッとしてみせると、大きな手がわしゃわしゃと優斗の頭を撫でる。

「馬鹿にしてんじゃなくて、素直だって思ってんだよ。人から貰う物には安い高いとか変に値踏みしないもんな」
「値踏みも何も、すごいところだなとしか」
「いい奴だな、お前って」

 またわしゃわしゃと撫でられながら、やはり良く分からなくて優斗は首を傾げた。

「お前も梗子きょうこさんも、苦労したもんな。いい人と結婚出来て良かったよ」
「ありがとうございます。母さんが聞いたら喜ぶと思います」

 隆晴は母を“おばさん”と呼ばず、母と話す時には“優斗君のお母さん”と呼んでいた。女性を“おばさん”と呼ぶ事は隆晴の美学に反するらしい。
 そのうち母が、長くて大変だろうからと笑いながら名前で呼ぶことを勧めた。それからは“梗子さん”と呼んでいる。

「先輩には本当にお世話になりました。先輩がいなかったら俺、大学に受かるかも分からなかったし、入ってもこんなに楽しくはなかったと思います」

 授業を受けて、帰って、時間を持て余して、モヤモヤして。きっとそんな単調な日々になっていた。
 授業の空き時間や学校帰りの過ごし方や遊び方を教えてくれたのも隆晴で、着まわししやすい服のアドバイスもしてくれた。友人を作るのにも戸惑っていた優斗が、同じ学部に良い友人が出来たのも隆晴のおかげだ。

「同じ大学で良かっただろ?」
「はい。進路の相談をした時は、ちょっと無茶振りでどうしようって思いましたけど」
「お前にはそのくらいがちょうどいいんだよ。中途半端にアドバイスしたらずっと悩んでただろ」
「確かに」

 選択肢を複数提示されたら、悩みに悩んできっと授業にも身が入らなかった。隆晴は本当に、優斗以上に優斗の事を分かっている。

「そんな先輩に恩返ししたいと、いつも思ってはいるんですけど」

 ふう、と溜め息をつく優斗に、隆晴は目を瞬かせた。

「いや、恩返しも何も、俺が好きでやってることだし」
「うわ……先輩が聖人君子のようなことを……」
「おいこら、いつも何だと思ってんだよ?」
「あっ、いえ、いい人だなと思ってますよ?」
「こら、目ぇ反らすな」
「本当ですって。ちょっと俺に対する扱いだけ雑な気がしますけど」

 隆晴は何でも出来るのに、偉ぶらずに誰にでも優しい。ただ、優斗にだけは時々飴と鞭が適用されるのだ。
 だから、本当は見返りなど求める人ではないと知っていてもつい口をついて出てしまっただけ。

「愛の鞭だろ?」
「え、ええっ……鞭はいらないです」

 ふと受験勉強の時を思い出してしまった。渋い顔をする優斗に、隆晴は楽しそうに笑う。

「で、恩返ししたいんだったな?」
「え? はい」
「じゃ、ほら」
「……はい?」

 隣に座った隆晴が、両手を軽く広げる。

「来い」
「…………あー、なるほど、犬~」

 先程学校で、優斗の事を犬を抱えているみたいだと言っていた。まさか癖になったのでは。
 だが、まあ、そのくらいなら、と躊躇いながらも飛び込んでみると、愛犬にするようにわしゃわしゃと頭を撫でられた。

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