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先輩をお招きした後
しおりを挟む隆晴相手には耐性がない。抱き締められて撫でられて、十分足らずで優斗は限界を迎えた。だんだんと撫でる手つきが優しくなったからだ。
あまりに優しい手と、優しく名前を呼ばれてはもう駄目で、恩返しはまた今度……!! と叫んでしまった。
顔を真っ赤にする優斗にそれ以上無理を言う事はなく、いつも通りにポンと頭を撫でられる。
いつも通り。……だが、ほんの少し困った顔をしたように見えて。それを問う前にまたわしゃわしゃと頭を撫でられ、話題は授業の話へと移った。
小一時間程話し込んで、玄関までで良いと言う隆晴をマンションの入り口まで送った。忠犬みたいだと笑われて、“もう犬でいいです”と優斗が頬を膨らませると、また頭を撫でられる。今日は良く撫でられる日だ。
「また改めて挨拶に来るわ。梗子さんによろしく、……っと、さすがに結婚した人にそれはまずいか」
「母さんは気にしないと思いますけど」
「旦那は気にするだろ。他の男に名前で呼ばれてたらさ」
「正輝さんも、……あ、ちょっと嫉妬するかもです」
正輝は母にベタ惚れで、再婚も正輝が押して押して押し切っての結果だった。
「だろ。じゃ、優斗の母さんによろしくな?」
「あはは。はい。伝えておきます」
「じゃあな、優斗」
ポンポンと頭を撫で、隆晴は帰って行った。また明日には大学で会えるとはいえ、何となく寂しくなる。
ロックを解除してエレベーターホールに入ると、ふいに背後から声が掛かった。
「優くん」
「はい? あっ、直柾さん」
「ただいま」
「おかえりなさい」
寂しい、と思ったタイミングで直柾に会えてパッと気持ちが明るくなる。現金なものだと自分でも思うが、誰でも良いわけではない。家族と先輩は、特別なのだ。
明るい笑顔の思わぬ歓迎を受けた直柾は一瞬驚いた顔をして、すぐに頬を緩めて優斗の頭を優しく撫でる。
だが、部屋に入ると直柾は突然どこか不機嫌な顔になった。
「優くん、さっきの誰?」
「さっきの……、あ。大学の先輩です」
誰の事かと思ったが、入り口で見られていたのだろう。そこで、ハッとした。
「母さんたちには許可を貰ってるので! 先輩は高校の頃から母とも面識がありますし、万が一直柾さんと会っても言い振らすようなことは……」
「優斗、って、名前で呼ぶんだね」
名前? 優斗は首を傾げた。気にしていたのはそんなこと?
「えっと、はい、そうですね」
特におかしな事はない筈。だが直柾は僅かに眉間に皺を寄せた。
――直柾さんのこんな顔、初めて見た……。
何かしてしまったかと少し怖くなる。そんな優斗の腕を引き、直柾は優斗の耳元に唇を寄せた。
「優斗」
「えっ」
「優斗」
「っ……」
「ねぇ、優斗?」
「っ……!」
甘えたような声に背筋が震えた。嫌悪感ではない。普段はふわふわで緩いのに、こんな甘い声まで出せるなんて反則だ。
「これからは優斗って呼ぼうかな?」
「やめてくださいっ」
「どうして?」
「……落ち着かないから、です」
隆晴から呼ばれるのは平気なのに。いや、逆に隆晴に“優くん”と呼ばれたら落ち着かない。その逆だ。
顔を赤くする優斗の反応に満足したのか、直柾はやっと離れてくれた。
「じゃあ優くんも、お兄ちゃんって呼んで?」
「それはちょっと」
「うーん、でも、直柾さんって呼ばれるのも新婚さんみたいでいいよね」
「そうですか、兄さん」
「それはそれで可愛いね」
「……」
駄目だ。何を言ってもダメージを与えられない。優斗は肩を落とす。諦めて、お茶入れますね、と言ってキッチンへと向かった。
上機嫌になった直柾だったが、テーブルの上に並ぶ二つのカップと、隆晴が手土産に持参した老舗の和菓子店の箱を見た途端にまた不機嫌な顔になる。
「へぇ……。いいもの選ぶじゃないか」
その呟きは優斗には届かず、やはり誰かを家に入れた事を怒っているのかな、と勘違いをした。
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※続編はこちら。→ある日、人気俳優の弟になりました。2
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