ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき

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今ではこんな

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 普通の兄弟のように、……なんて思っていた頃もありました。

 今日もテレビ画面にはキラキラした王子様のような兄の姿。そして優斗ゆうとの背後にも兄の姿。……何故俺は、ぬいぐるみのように抱き締められているのだろう。優斗は真顔になる。

 兄弟というには少し、いや、かなり距離が近い。普通の兄弟とは? そもそも普通を知らない。いや、でも、ここまで近くはないと思うのだ。

「あの、直柾なおまささん」
「ん? どうしたの、優くん?」
「……ちょっと、お茶を淹れに」
「紅茶にする? 緑茶がいい?」
「いえ、自分で……」
「優くん。一緒にいられる時くらい、甘えて欲しいな。俺は君の兄なんだから」
「……緑茶、お願いします」

 そう答えると、直柾は嬉しそうにキッチンへと向かってくれた。
 はあ、と大きく溜め息をつく。兄、という単語に優斗は弱い。優しい笑顔にも。寂しそうな瞳にも。いっそ直柾という存在に弱いのでは。
 と、薄々気付いていた事をしっかり自覚しても、強く拒否出来ずにまたぬいぐるみのように抱き締められてしまうのだった。




「は?」
「そんな反応になりますよね……」

 隆晴りゅうせいに、普通の兄弟は弟をぬいぐるみのように抱き締めるのかと問いかけたところ、こんな反応が返って来た。鳩が豆鉄砲を食らったような顔だ。
 空き教室の窓の外に広がる青空。ふ、と優斗は遠くを見つめた。

「俺がもっと子供だったらありかもだけど、と思ってはいましたが」
「だな。お前の認識が一般的だ」
「ですよねー……」

 それを聞いて安心した。キャスター椅子の背に凭れ掛かり天井を見上げる。
 きっと直柾は海外で暮らしていたからスキンシップが多いのだ。海外の兄弟がそうなのかどうかは、さておき。

「っ!?」

 考え込んでいるうちに突然背後から抱き込まれ、ビクリと反応してしまった。
 まさか兄が、と焦った頭が後ろを向けば、今まで目の前にいた隆晴の顔がそこにあり……。

「まあ、確かに抱き心地はいいか」
「柔らかさはないと思いますが!?」
「ないな。でも、こう、犬抱えてるみたいであったかくていい」
「犬~!」

 また犬に例えられた。ガクリと項垂れる。自分はぬいぐるみであり犬。
 そして、またやってしまった。直柾の言動について相談すると、この前から何故か隆晴も同じ事をしてくるのだ。

「可愛いな」
「っ!?」
「優斗。可愛い」
「うわわっ……」

 耳元で名前を呼ばれ、ジタバタと暴れる。一体何がどうしてこうなった。

「嫌か?」
「いっ、嫌じゃないけど嫌です……!」
「ふ、なんだそれ?」

 隆晴は楽しそうに笑う。耳元に吐息が触れ、慌ててまた暴れても、びくともしない。同じ男として悔しいが、自分が女だったらドキドキしてしま……いや、男でもドキドキするだろうこれは! 優斗は心の中で叫んだ。

「先輩のことは嫌じゃないですけど心臓が酷使するなと嫌がってます!」

 イケメン自覚しろ! また心の中で叫んだ。

「俺とお前の兄、どっちが心臓酷使してる?」
「っ……先輩です! っから!」
「なんで?」
「兄は耳元で喋ったりしませんし! それに俺、先輩には耐性がなく……!」

 直柾は会う度に抱きついて来るが、隆晴とはつい最近まで頭を撫でられる程度のスキンシップしかなかった。それが急にこれでは、心臓への負荷の度合いが違う。

 優斗の答えに満足したのか、隆晴は腕を離し、ポンと優斗の頭を撫でた。

「……先輩、顔と声がいいの自覚しててやってるでしょ」

 この顔でこの低音ボイス。天は二物も三物も与えたものだ。ふう、と息を吐くと、隆晴はどこか驚いた顔をしていた。
 先輩? と声をかけるとハッとして、今度はニヤリと笑う。

「お前も、ちゃんといいと思ってたんだ?」
「思わない人の方が少ないと思いますけど……」
「こんな時は素直じゃないよな、お前って。もっと褒めていいんだぞ?」
「またからかわれそうなので、やめておきます」

 ムッとした顔をしてみせると、隆晴はまた楽しそうに笑った。
 そして、ふと視線を伏せる。

「兄、ねぇ……」
「え?」
「いや、こっちの話」

 良く聞こえなかった優斗は気になってもう一度訊いてみたが、何でもないと頭をぐしゃぐしゃに撫でられてはぐらかされてしまった。

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