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8巻
8-2
しおりを挟む「ふぅむ……やはり東の大陸にも黒い魔物はあらわれていたんじゃの」
「あぁ、これが調査報告書だ」
そう言ってワシはどさり、とイエラの机の上に紙束を放り投げる。
東の大陸で出会った黒い魔物とその詳細な能力、対策やら何やらを記してある書類だ。
ワシは皆と一旦別れ、一人で空天の塔へ来ていた。報告書を届けるだけならワシ一人で十分だからな。
イエラは報告書を読みながら、ふむふむと頷いている。
「中々よくまとめられておるではないか……初めてやったとは思えんほどだのぅ」
「昔ちょっと、な」
前世では、よく魔物の観察やダンジョンの調査結果をまとめていたものである。
ギルドや協会は重箱の隅をつつくようなセコいチェックをするので、正確な書類の作成方法が嫌でも身についてしまったのだ。
元五天魔としてはこの程度、造作もないことである。
「まぁ出来がいい分には問題ないんじゃがの。……それで、久々の故郷はどうじゃった?」
「それなりに楽しめたよ。母さんにも会えたしな」
「はぁ~仲が良さそうで羨ましいことじゃの~。セルベリエもゼフのように、お母様、お母様~と懐いてくれんものか……」
わざとらしくため息をつくイエラ。
おい、人をマザコンみたいに言うのはやめろ。それにワシは「お母様」などとは呼んでない。
イエラはワシが睨みつけるのを全く気にも留めず、ペラペラと調査報告書を捲っている。
「しっかし黒い魔物か……思ったより種類がおるのう。能力も多様じゃし、並の使い手では歯が立たんからな……ところで、このマナでできた外殻を破壊すれば高い魔力量を無視して倒せる……というのは使えるな?」
イエラが言っているのは、クロードの白閃華で黒い魔物の外殻を破壊し、身体を消滅させたという事例のことである。
どれほど魔力値があろうと、身体を消滅させられた魔物は存在することができない。
「とはいえ、相応の攻撃力は必要だがな……黒い魔物の身体は尋常ではなく硬いぞ?」
クロードの場合は、魔力を喰らう固有魔導スクリーンポイントを剣技に組み込んでいるからこそ、マナで構成された魔物の外殻を破壊できるのだが。
「ふふふ、協会の魔導師を舐めるでないわ」
不気味に笑うイエラ。
ふむ……五天魔や上位の派遣魔導師であれば、黒い魔物の外殻を破壊して一撃で倒すことも可能か。
クロードの白閃華が思わぬ魔物対策になったな。
「そういえば最近、北の大陸では黒い魔物は出てきていないそうだな?」
「うむ、多少の目撃報告はあるが、最近はだいぶ減っておるよ。普通の魔物のように大地から無限に湧き出すわけではないからの。どこかからやってきた魔物なのではないかというのが協会の見解じゃ」
「つまり、一度倒せば二度と湧いてくることはない、と?」
「その可能性が高い」
要するに、全て駆逐してしまえば、また何かの拍子にあらわれでもしない限り安全だということか。
ナナミの町を襲った大量の黒い魔物は、盗賊魔導師イルガが集めたものだった。
そういえばナナミの町の復興中、黒い魔物は全くあらわれなかったしな。
ならば、しばらくナナミの町は安全だろう。
ちなみに、ワシがあの時バニシングボールで吹き飛ばしたダークインプは、すでに討伐済みである。
「というわけで、黒い魔物騒動も一段落したからの。無事天魔祭も開催できるというものじゃ!」
「楽しみだな。くっくっ」
イエラと同じく、ワシもニヤリと笑う。
何せ、ワシにとっては今回が初めての号奪戦だからな。血沸き肉躍るというものである。
「……ふぅん、中々に自信がありそうではないか」
「どうかな。精一杯やるつもりではあるが」
愉快そうに目を細めるイエラに、謙遜して答えておく。
「はっはっ、まぁ楽しみにしておけといったところかのーっ」
「そういうことだ……では、ワシも忙しいのでな。ここで失礼させてもらうよ」
「うむ、期待しておるぞ。あぁ調査の件、ご苦労じゃったのう。報酬金は後ほど届けさせよう」
そう言ったイエラと別れ、ワシは空天の塔を後にした。
天魔祭まであとわずかということもあり、街はお祭りムードに包まれている。
そこかしこで、ユカタを着た者が歩いていた。
以前の天魔祭でワシらが金儲けのために流行らせた、異国の祭りで使う衣装の『ユカタ』。これだけ広まっていると、中々に感慨深い。
感傷に浸りながらレディアの店へ向けて歩いていたら、ものすごい人だかりが見えた。
その中心にいるのは、ユカタ姿でお立ち台に上り、踊っているミリィ。
金色のツインテールが、ユカタの袂とともにひらひら舞う様子が愛らしい。
あれは一体……ミリィの奴、いつの間に店のマスコットになったのだろうか。
「そこのおねーさん! ユカタどうですかーっ! かわいいですよーっ!」
「あらどうしようかしら~」
「きっと似合いますよっ! ささ、どうぞどうぞ! お客様ごあんなーい♪」
ミリィの踊りを見ていた女性客を、店員が引き込んでいった。
多分レディアの商業戦略なのだろう。流石、やり手である。
「あっ、ゼフさん戻られたのですね」
ふいに後ろから聞こえた声。
振り向けば、やはりユカタ姿のシルシュが立っていた。
「シルシュか、何をしているのだ?」
「皆さんと一緒にお店のお手伝いをさせてもらっています。レディアさんはゼフさんの義手の修理にかかりっきりで手が離せず、人手が足りないらしくて……あ、セルベリエさんはイエラさんのお手伝いで魔導師協会に行っていますけどね」
「なるほどな」
レディアには悪いことをした。天魔祭の前の書き入れ時なのに、ワシが義手を壊してしまったからな。しかも、号奪戦までに義手を直してくれという無茶な注文だ。
そんなレディアの助けに少しでもなればと思い、ワシもこうして手伝いに来たわけである。
「何か手伝えることはないか?」
「はいっ! 猫の手も借りたいくらいですから」
そう言って耳をピンと立てるシルシュ。
犬が猫の手を借りるとは言い得て妙なり。……もちろん、そんなことは口に出さないが。
「はいはーい♪ もうすぐ天魔祭っ! ユカタは蒼穹亭でお買い求めくださーいっ!」
「「「きゃーっ! ミリィちゃーん!」」」
お立ち台の上で手を振るミリィに客が歓声で応える。
ミリィの奴、結構人気があるではないか。
まぁ見た目は可愛らしいし、ちょっとアホなところも愛嬌があって親しまれているのだろう。
客層は女性や小さな女の子が多いが、どう見ても如何わしい目的の男が一人いた。
あまりの怪しさに様子を探るべく近寄ると、メガネをかけた小太りのその男は荒い息を吐きながらダラダラと汗をかいている。
「み、ミリィたんハァハァ……」
「おい」
「な、何だよ君は……僕は今忙し……コポォ!?」
男が言い終わらぬうちに、みぞおちに拳を叩き込む。
ちっ、ロリコンめ。寒気がするわ。
冷たい目で小太りの男を見下ろすワシに、シルシュが冷や汗をかいている。
「あわわ……ぜ、ゼフさん、お客様にそんなことをしては……」
「気にするな。それより何を手伝えばいい?」
「え、えーと……ではこっちに……っていいのかなぁ……」
白目を剥いて気絶した男を放置して、ワシはシルシュとともに店の中へ向かう。
中に入ると、ユカタ姿のクロードが迎えてくれた。
どうやらクロードは接客を担当しているようだ。
「いらっしゃいませー……っと、ゼフ君じゃないですか」
「よう、クロード。ワシも手伝いに来たぞ」
「あはは。レディアさん、忙しそうですからねぇ……あ、いらっしゃいませー」
客の方に振り向いたクロードの胸元から谷間が覗く。どうやらサイズが少し合っていないようだ。
ワシの視線に気づいたのか、クロードはユカタを着直してにっこりと微笑んだ。
「……シルシュさん、ゼフ君を倉庫の奥へ案内してくださいね」
「はい。えと、ゼフさんこちらへついて来てくださいますか?」
「うむ」
シルシュについて、ワシは店の奥へと移動する。
連れていかれた先は、沢山の商品を保管してある倉庫。そこでは様々な品がひっくり返され、散乱していた。
「これはひどいな……」
「もう人手が足りなくて……とりあえず不足している品を言いますね……えと、大輪花の大きいサイズと、雪月花……あと月凛のユカタを探してもらえますか?」
「わかった。だが、種類を言われてもわからんぞ」
「箱に名前が書かれているのでわかると思います」
なるほど、確かに箱にはユカタの名前とサイズが書かれている。
百合車……これは違う、あれも違う。
箱を一つずつ調べていくが、目当てのものは中々見つからない。
シルシュはあまりの忙しさで混乱しているのか、くるくると同じ場所を回っている。
というか、その箱はすでに一度調べただろう。
今のシルシュの姿は犬が混乱してくるくると回る様子にそっくりで、思わず苦笑してしまった。
「やれやれ、落ち着けよシルシュ。ワシが倉庫を整理するから、お前は足りない品を向こうに持っていってくれ」
「は、はいっ!」
慌ただしく走り去っていくシルシュが床に置いてあった荷物に躓き、思いきりずっこけてしまった。
「あわわわっ!?」
「……ちっ」
上に積んであった荷物が、転んだ衝撃でシュルシュ目掛けて落ちてきたのを見て、ワシは咄嗟に床を蹴る。
シルシュを落下物から庇うべく押し倒し、上に覆い被さった。
ドサドサという音とともに背中に走る激痛。
「ぜ、ゼフさん……っ!?」
「ぐ……うぅ……っ」
苦悶の声を上げ、衝撃に耐える。
ぽたり、とシルシュの頬に赤いものが垂れ落ちた。
「ぁ……ああああっ!」
「ちょ、こらシルシュっ! 暴れるなっ!」
叫び声を上げたシルシュは荷物を弾き飛ばし、ワシを抱き上げて側にあったソファの上に寝かせる。
そしてワシの頭を抱きかかえ、頭の傷口をペロペロと舐め始めた。
……本当に犬のような行動だな。原種の獣の力は大分制御できるようになったはずだが、動揺して思わず、といったところだろうか。
「ん、くすぐったいぞ、シルシュ」
「ん……ゼフさん、らいじょうぶでふか?」
「あぁ、心配するな。大したことはない」
「ほ、ほんとにほんとに大丈夫ですか?」
「大丈夫だと言っている」
そんな泣きそうな顔で見るのはやめろというのに。
心配するなとばかりにシルシュの頬を抓ると、その口から情けない声が漏れた。
「ふえぇ……」
すると、店の方からクロードの声が聞こえてきた。
「ゼフくーん、シルシュさーん、何かすごい音がしましたけどー?」
ワシはシルシュをどかし、ソファに腰掛ける。
「大丈夫、荷物を倒しただけだ。……ほらシルシュ、早く仕事に戻るぞ」
「は、はい……」
シルシュの尻をペチンと叩き、ワシは作業に戻るのであった。
◆ ◆ ◆
レディアの店を夜まで手伝い、次の日の朝――
「ミリィ、おいミリィ!」
「ふみぃ……」
「寝ぼけてないで早く起きろ! もう朝だぞ」
正確にはまだ早朝前、といったところだが。
日は当然昇っておらず、辺りは暗い。
ワシは今日から早起きをして、号奪戦に向けて特訓することにしていた。
ミリィもそれに参加すると言ってきたとき、ねぼすけのくせに起きられるのかと不安に思ったが、案の定である。
ごしごしと目をこするミリィから布団を剥ぎ取り、ベッドから引きずり下ろす。
だが余程寒いのか、温もりを求めるかのようにワシの身体にしがみついてきた。
「うぅ……寒いよぉ……」
「まったく、今日から早起きしてワシに付き合うと言ったのはお前だろうが。早く起きないとワシ一人で行くぞ」
「……はぁ~い」
温もりを名残惜しむようにワシの身体から離れたミリィは、寝間着のボタンをプチプチと外し始めた。
そのたびにミリィの鎖骨が、薄い胸が少しずつ露になっていく。
ぱさり、と寝間着を全てベッドに投げた後、下着姿になったミリィはその辺に脱ぎ散らかしていた服を漁り始めた。
組み合わせが気に入らないのか、服を見比べながら何やら悩んでいるようだ。
「早くしろよ」
「も~……ちょっと待ってよぉ。ゼフって……ば……」
言いかけて、ギギギと油の切れたオモチャのようにこちらを振り向くミリィ。
その顔は真っ赤に染まっている。
「どうした? 待っているのだぞ?」
「ゼフのアホーっ! 待つなら部屋の外にしなさいっ!」
「わかったわかった。でも二度寝はするなよ」
「出てけーっ!」
飛んでくる枕を躱しながら、ワシは部屋の外に出るのであった。
――魄天の塔の敷地内にある広場には、いくつかの隔離空間が設置されている。
そこは魔導師の鍛錬に使われる訓練場で、内部で魔導を食らった場合、肉体的ダメージを受けない代わりに魔力が減少するという特殊な環境になっている。
魔力が尽きれば動けなくなって戦闘不能となるため、安全に模擬戦を行えるというわけだ。
しかし号奪戦の前は人で混雑するので、ワシらは早朝に利用することにした。
「流石に朝が早いし、誰もいないな」
「ふぁ……朝っていうか……まだ夜だよぉ……」
大あくびをするミリィは、未だ眠そうである。
隔離空間の入口にある柱に手をかざすと、装置が起動して扉が開いた。
ミリィと二人で隔離空間へ入った後、互いに離れて向かい合う。
ぺちぺちと自分の頬を叩いて眠気を覚まし、ワシを真っ直ぐ見据えるミリィ。
先程までは気だるそうにしていたが、やる気は十分といったところか。
「では早速始めるとしよう」
「うんっ!」
気合いとともにミリィが魔導を念じると、眩い光の中から翼の生えた白馬があらわれる。
――サモンサーバントにより呼び出されたミリィの使い魔、ウルクだ。
凶暴だが戦闘能力は高く、飛行能力も持つ馬である。
ウルクは近接戦闘主体だが、魔導師のミリィが乗れば相手に遠距離攻撃をすることも可能だ。
呼び出している間、術者は多くの魔力を消費するため長期戦には不向きであるものの、短期決戦を狙うなら使い魔の高い戦闘力を活かすことができる。
短期戦を仕掛けたい場面はたびたびあるからな。例えば号奪戦、とか。
「あれ? ウルク、なんか大きくなってない?」
ウルクに跨がりながら、ミリィが首を傾げる。
「魄天の塔の隔離空間にいるからな」
隔離空間では、その塔の系統の魔導が大幅に強化される。
魄天の塔では魄の魔導――サモンサーバントが強化され、故にウルクもパワーアップしているのだ。
一般に、魄の魔導は実体を持たぬ霊体などには非常に有効だが、対人では効果が薄い。
しかし使い魔はその定義に当てはまらないものも多いため、この魄天の塔での号奪戦は、使い魔の強さが勝利のカギを握ると言っていいだろう。
ワシもミリィに対抗すべく、サモンサーバントを念じる。
「来い、アイン」
「呼ばれて飛び出てーっ♪」
光とともにあらわれたのは、大きな翼を生やした金髪の少女、アインベル=ルビーアイ。
ワシの使い魔である。
結構お調子者ではあるが神剣形態となったアインは相当に使い勝手がよく、何度も助けられたものだ。
とはいえ、今は義手の修理中。かなりの重さを持つ大神剣アインベルは片腕では振るうことができない。
今回は人間形態のアインが、戦闘でどこまで使えるかという実験だな。
「……な、何この場所……力が溢れてくる……!」
「隔離空間にいるからな」
「すごい……私が私じゃないみたい……!」
アインは隔離空間でのパワーアップに感動しているようだ。
うーむ、しかし、元が元だからなぁ。
魔導が使えるとはいえ期待薄であるが、とりあえず戦わせてみるか。
「よし、行けアイン!」
「任せといて……っええええええええぇぇぇ!?」
元気よく飛び出したアインだったが、ウルクに軽く蹴飛ばされ空の彼方へと消えてしまった。
……瞬殺か、思った以上にダメだったな。
「にっひっひ♪ 残念だけど、今回ゼフは五天魔の称号は取れないわね」
「何故そう思う?」
「そりゃー私が勝つからで……きゃうんっ!?」
言い終わる前に、ウルクがワシに向かって突撃してきた。
喋っている最中に動き出したため、ミリィは舌を噛んでしまったのだろう。口を押さえて涙目になっている。
ワシはウルクの突進を横っ飛びに躱しながら、グリーンスフィアを念じた。
巨石並の質量を備えた緑色の魔力球――ワシの手から生まれたそれは、ウルクを押し潰すべく転がっていく。
「ウルクっ!」
「ブルルゥ!」
が、ミリィの声に応じるように魔力球が半分に割れた。
ウルクが額に生やした一本角で、グリーンスフィアを半分に断ち切ったのだ。
「ふふん♪ ウルクの角は高純度の魔力結晶。あらゆる攻撃を防ぐことができるのよっ!」
得意になって解説するミリィ。
だが、言葉の先にワシはいない。
進むスピードが遅く、大きな球体であるグリーンスフィアの陰に隠れて、ワシはミリィの後ろに回り込んでいたのだ。
それを主に知らせるべく、ウルクがいななく。
「ヒヒィィン!」
「う、後ろっ!?」
後ろ足でワシを蹴り飛ばそうとするウルクの蹄を踏み台にして、ミリィの背後から襲い掛かる。
それを迎撃すべく、ミリィが振り向き手をかざした。
「ブルーゲイル……っ!」
振り向きざまにミリィが放ったのは、得意の大魔導、ブルーゲイル。
だが念唱時間の長い大魔導は、発生直後は非常に薄く、脆い。完全に発動しきる前であれば、下位の魔導でも相殺を狙うことが可能だ。
まだ発動しきっていないブルーゲイルをレッドクラッシュで貫き、そのままミリィの胸に手を押し当てる。
「――薄い」
タイムスクエアを念じて、時を止める。
時間停止中に念じるのは、ホワイトクラッシュとレッドクラッシュ。
――二重合成魔導、ノヴァークラッシュ。
ぽう、とミリィの中心で灯った白炎がゆらめき、まるで蛇がその肢体を舐めるかのように広がっていく。
そして次の瞬間、炎は一気に爆発した。
「きゃあああんっ!?」
悲鳴を上げてウルクから落馬したミリィは、顔から地面へと落ちてしまう。
べちん、とカエルが潰れたような音がした後、ウルクが消滅した。
術者であるミリィが気絶して、使い魔を維持できなくなったのだろう。
頭に衝撃を受けたからか、ミリィは意識が朦朧としているみたいだ。
「おいおい、大丈夫かよ」
駆け寄ってヒーリングをかけてやる。
隔離空間内では魔導による肉体へのダメージは無効化されるが、落下や衝突といった物理ダメージはそのまま受けてしまうのだ。
「うぅ……」
「目が覚めたようだな。大丈夫か? ミリィ」
「多分……」
しばらくヒーリングしてやると、ミリィが目を開けた。
まだぼんやりとしているみたいだが、まぁ大したことはなさそうだな。
「ならばすぐに魔力を回復させろ。時間が惜しいぞ。再戦だ」
「……っわかってるっ!」
そう言ってすぐに立ち上がり、瞑想を始めるミリィ。
目を閉じて深呼吸するミリィの魔力が、急速に回復していくのを感じる。
相当集中しなければ、これだけの瞑想は不可能だ。
しばし待っていると、魔力を全回復させたミリィが戦意をみなぎらせてワシを睨みつける。
実際、先刻のブルーゲイルも咄嗟に使ったわりにはかなりの魔導行使速度であった。
やはりミリィの魔導の才能は大したものだ。
「……ふぅ、いいわよ」
「よし、では来い」
「言われなくても――ッ」
――その後、ボロボロになるまで何度もミリィを打ちのめし、日が昇りかけたところで訓練は終わりとなった。
戦績はワシの十五勝〇敗と言ったところか。
クロードの持ってきてくれた朝食を食べながら、ミリィが愚痴をこぼす。
「何で勝てないのよーっ!」
「出力は申し分ないが、お前は周りが見えていないのだよ。馬鹿正直に突っ込んでいては簡単に足元をすくわれるぞ。……こんな風にな」
「あーっ! それ私の卵焼きーっ!」
「あはは……ミリィさん、ボクのをあげますから……」
それにしても、やはり人型のアインでは戦闘に使うのは厳しいか。
かといって、ミリィ相手ならともかく、五天魔であるウロヒメ戦で使い魔なしで戦うのもきつい。
やれやれ、何か手を考えなければならないな。
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