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8巻

8-1

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「ゼフっち、皆、たっだいまー!」

 ナナミの町が盗賊団の陰謀により黒い魔物に襲われ、その事態をワシらが収拾してから数日。
 町の復興を手伝っていると、ベルタの街に帰省していたレディアが姿を見せた。レディアをテレポートで送りに行ったセルベリエも一緒だ。
 レディアは父親が心配だから、と様子を見に行っていたのだが、あの様子なら大丈夫そうである。
 ワシの家に移動し、ギルドメンバーのミリィやクロード、シルシュとも合流して居間のテーブルを囲む。

「ベルタは大丈夫だったよー。あんまり黒い魔物は出なかったみたい」
「やはり、か。この辺りの魔物が集められていたらしいからな」
「……どういうことだ?」

 問いかけるセルベリエに、ワシは事のあらましを説明する。

「実はな……」

 盗賊団が黒い魔物を集め、ナナミの町を襲おうとしたこと。
 そして合体した黒い魔物が町を呑み込み、それと戦ったこと。
 その最中、クロードと再会したこと。

「その節はご迷惑をおかけしました」

 クロードは深々と頭を下げる。

「……うんうん、大変だったんだね、ゼフっち、皆。……おかえり、クロちゃん」
「えと……ただいま」

 レディアはワシもろともクロードを抱き寄せた。
 ぎゅむ、と二人の身体に全身を包まれると、甘い匂いが鼻をくすぐる。

「あの、レディアさん、ちょっと苦しいのですが……」
「んふふ♪ クロちゃん、髪伸ばしたのね~似合ってるよ」
「あ、あはは……」

 おい、そろそろ放して欲しいのだが……こっちを見ている母さんの視線が痛いぞ。
 力いっぱい抱きしめるレディアを、無理やり引きがす。

「……そういやゼフっちが言ってた守護結界、ここに来る前に見てきたよ~」
流石さすが、仕事が早いな」

 そう言ってレディアは胸元の袋から大きな紙を取り出し、テーブルの上に広げる。
 紙に描かれているのは、ワシが一人で調べていた、町の守護結界の魔導回路図。
 とりあえずわかる範囲を描き写し、ミリィに預けておいたのだ。
 それにレディアがさらに回路に使われている素材やその働きなどを追記し、回路図のおおよその仕組みが見えてきた。
 魔導回路はともかく、回路を構築しているものの素材や働きといった知識は武器商人であるレディアのほうが詳しいからな。

「にしても、この守護結界ってヤツ? 上手くできてるよねぇ」
「魔導師協会の技術のすいを集めて作られたものだからな」

 守護結界が開発されるまではどこの街にも時々魔物があらわれ、人々を襲っていた。
 いや、結界自体は昔からあったのだが、従来のものは街の重要拠点のみに設置され、緊急の避難所くらいの働きしか持たなかったのである。
 しかし、協会の手により大幅に強化された結界は街全体をカバーするほどの効果範囲を持ち、守護結界と名を変えて街にあんねいをもたらした。
 結界強化の功績により魔導師協会は多くの支持を集め、凄まじい勢いで力を増してきたのだ。
 その権力を維持するために結界の技術はとくされており、こういう機会でもなければ協会の魔導師ですら見ることは叶わない。

「……で、この技術、流用可能か?」
「ん~。使うとしたらやっぱ魔導を込めた武器だよねぇ」
「まぁ、そうなるだろうな」

 ワシらが守護結界から得たいのは、魔力増幅器や魔導補助としての機能だ。
 レディアには、言わずともそれがわかっているようである。
 まぁレディアとはいくつか、魔導の力を持たせた武器を作ったことがあるからな。
 ワシの考えていることは大体わかるのだろう。

「でも材料がなぁ……こっちじゃ手に入らないモノばっかだし」
「ふむ。どちらにしろ、そろそろ首都プロレアへ戻ろうかと思っていたし、丁度いいのではないか?」

 くうの五天魔イエラからの要請で黒い魔物の調査を行っていたが、いい頃合いだろう。そろそろ次の天魔祭の時期だしな。
 守護結界だけ起動させて、首都へ帰っても問題ない。

「義手の修理もしないとだしねぇ?」
「う……」

 先日の黒い魔物との戦いで義手はへこみ、真っ二つに割れてしまった。
 これを直すのは相当手間だろう。

「すまない、レディア……」
「あっはは、いいのよ。ゼフっちが無事ならね」

 笑いながらペチペチとワシの背を叩くレディア。
 そう言ってもらえるとありがたい。
 苦笑するワシの前に、母さんが近づいてくる。

「……もう行ってしまうの? ゼフ」

 寂しそうな母さんの瞳。
 ここ数日随分と騒がしくしてしまったが、その分いなくなった時はきっと寂しい、だろう。

「……よかったら母さんも来ないか?」

 首都にはワシらの家がある。十分に広いし、一人や二人増えてもどうということはない。
 だがワシの言葉に、母さんは首を横に振った。

「ふふ、母さんに気を遣わなくてもいいわ」
「気を遣ってなど……」
「ううん、私だってゼフの負担にはなりたくないもの。家を出たのも、私に迷惑をかけないため、でしょう?」
「母さん……」

 確かに、ワシらと一緒にいると何かしらの面倒事に巻き込んでしまう可能性が高い。
 他の皆ならともかく、戦闘力のない母さんにそれを退けることはできないだろう。
 ワシがずっとついていられるワケでもなし、やはりここで別れるしかない、か……
 ぎり、と歯をきしませたワシの頭を、母さんが優しく抱き寄せる。

「いいのよ、私はゼフがこうして顔を見せてくれただけで満足なんだから……でも、たまには帰ってきなさいね?」
「……うむ」
「それと結婚式には……」
「だーっ! それはもういいと言っただろうがっ!」
「ふふ、行ってらっしゃい」

 以前旅立った時と同じように、ワシは母さんに手を振って別れを告げたのであった。
 相変わらずだな、まったく。


    ◆ ◆ ◆


「ん……くぅ……っ」
「どうしたミリィ、もうへばったのか?」
「だ……大丈夫……ゼフはじっとしてていいから……っ」
「わかったわかった、無理はするなよ」

 真っ赤な顔で汗を流し、必死に励むミリィ。
 その頭を撫で、ワシはもう一度寝そべるのだった。

「……ゼフ君、ミリィさんが頑張っているんですから、少しは手伝ってあげたら……」

 クロードは呆れたようにワシを見るが、問題ない。

「いいんだよ、ミリィはあの戦いの後、身体が戻るまで数日間魔力を出せなかったのだ。今は力があり余っているだろう」
「そぉいうこと♪ 全部私に任せてってば! にひひ♪」

 ――というワケで、ワシらはミリィが一人で守護結界に魔力を流し込むのを眺めていた。
 高レベルの魔導師ともなると体内を流れている魔力の量が多く、それをずっと放出できないでいると結構ストレスが溜まるのだ。
 ここに来るまでウズウズと落ち着かない様子のミリィであったが、今はすごく解放感に満ちた表情をしている。
 久しぶりに魔力を放出するのが気持ちいいのであろう。

「……くっ……はぁ……はぁ……」

 しかし流石さすがにキツイようだ。荒い息を吐いて苦しそうな顔をしている。
 守護結界に魔力を注ぎ始めてからかなり経つしな。
 すでに汗だくで顔は真っ赤。いくら魔力量の多いミリィでも、そろそろ限界だろう。

「ミリィ、私が代わろう」
「し、ししょー……」

 汗だくのミリィの肩をぽんと叩き、守護結界から退かせるセルベリエ。
 まったく、ワシが言ってもめないくせに、セルベリエの言うことならよく聞くのだな。
 フラフラとよろめくミリィをワシは抱きとめ、床に寝かせてやる。
 ハァハァと息を弾ませながら、薄い胸を上下させるミリィ。

「つっかれたぁ~」
「くっくっ、だが気持ちよさそうな顔をしているではないか?」
「えへへ……まぁね♪」

 ごろんと転がったミリィはにっこりと笑うと、あぐらをかいていたワシのひざに頭を乗せた。
 おい、動けないではないか。
 ジトっとした目を向けるが、ミリィは機嫌良さそうにこたえる。

「いいでしょ? ちょっとくらい。頑張ったんだからさ♪」
「……まぁ別に構わんがな」

 しかし、皆の視線が冷たい。
 特にセルベリエは、ワシを睨みながら凄まじいまでの魔力を放出している。
 頼むから、やりすぎて守護結界を壊すのだけはやめてくれよ。
 セルベリエが魔力を注ぎ込む様子を冷や汗をかきながら見ていたが、別段どうということはなく、無事注ぎ終えた。
 超速と言っていい異常な速さで魔力を出し尽くしたセルベリエは、肩で息をしながら床に座り込む。
 そしてひざに顔をうずめ、隙間から鋭い目でワシを睨みつけた。
 怖いぞセルベリエ。

「えーと……では、次はワシがやろうかな……と……」

 射抜くような視線に耐えきれずワシが立ち上がろうとすると、セルベリエは動くなと言わんばかりにさらに目を細めた。
 たじろぐワシのかたわらで、犬耳の獣人シルシュが恐る恐る手を上げる。

「わ、私がやりましょう……か……?」
「……頼む」

 セルベリエが頷く。
 シルシュの魔力はあまり高くないのだが……まぁこうなったセルベリエは怖いからな。
 ここはシルシュに任せるとしよう。

「ああ、すごく疲れたな」

 そう言ってセルベリエは、上気した顔でワシの足を枕にして寝そべった。
 ……もしかして、ワシにひざまくらされているミリィがうらやましかったのだろうか。

「あっはは♪ 両手に花ねぇ、ゼフっち」
「はぁ……相変わらずですねぇ、ゼフ君は……」

 セルベリエとミリィを足に乗せたワシを見て、呆れたように笑うレディアとクロード。
 しかもミリィはいつの間にか完全に眠っているし……セルベリエはというと、まだ怒っているのかワシと目を合わせようとしない。
 ……はぁ、まったく仕方がないな。


「ん……全部注ぎ終わったよ、ゼフ」
「うむ、お疲れ様だったな」

 ――その後、ローテーションで魔力を注ぎ込み、守護結界は無事その機能を回復することができた。
 淡い光が部屋を満たし、魔力回路が上手く循環しているのがわかる。
 美しくすらある、その構造。
 うーむ、やはり素晴らしい機能だな。
 稼働中の状態を見ていると、これまた違った発見があるというものだ。
 レディアもワシと同じように、興味津々といった顔で魔力回路が動く様子を観察している。
 魔力の巡る動作をじっくりと目に焼き付けていると、頭の中に声が響いた。

《おうゼフよ、守護結界は無事起動したようじゃの。人が入れぬよう封印を施すので、ほこらから出てくれるか?》

 イエラからの念話だ。
 できればもう少し見ていたかったのだが、こんなに早く起動を知られてしまうとはな。

《……あぁ、わかったよ》
《はっはっ、残念そうじゃなーっ》
《そう言うイエラは楽しそうではないか?》
《もうすぐ天魔祭じゃしのう♪ 今年はウロヒメの番だから楽しみで仕方ないわ》

 ……そうだったか? 今年はそうの五天魔だと記憶していたが。ワシの知っている前世と順番が異なるのかもしれんな。
 ――魄の五天魔ソウルオブソウル、ウロヒメ=タツミガワ。
 今から数年前、魄の五天魔ソウルオブソウルを代々輩出してきたヒェムス家に嫁いだ、異国の姫君だ。
 それからメキメキと頭角をあらわし、夫を差し置いて五天魔になってしまったはく魔導の天才である。
 異国かぶれのイエラは、ウロヒメとよくつるんでいるらしい。

《ウロヒメか……くっくっ、それはワシも楽しみだ》
《ほう、号奪戦に出るつもりか?》
《まぁな》

 定期的に開かれる天魔祭は、そうすいくうはく系統魔導のそれぞれのトップである五天魔が持ち回りで主催する。それが、今年はウロヒメの番というわけだ。
 祭りの締めには、はくの五天魔――ソウルオブソウルの称号を賭けた号奪戦が行われる。
 今回の里帰りで、経験値の高い黒い魔物を倒し続けたワシのレベルは88まで上がった。
 まだ前世の全盛期には若干及ばないが、そろそろ五天魔の一人くらい倒せるはずだ。

《なるほどの。しかしウロヒメは難敵じゃぞ? せいぜい頑張るんじゃの。はっはっは》
《あぁ、胸を借りるつもりでやるさ》

 楽しそうに声を上げるイエラに、ワシはニヤリと笑いこたえる。

《ところで、そろそろほこらから出たかの? 早く守護結界を完全復旧させたいのじゃが》
《……もうすぐ出るさ》

 ちっ、もう少し守護結界の動く様子を見ていたかったのだが……時間切れか。
 ワシが皆を連れてほこらを出ると、扉が閉まりまばゆい光を放ち始める。
 広がった光はナナミの町を包み込み、すぐに消えてしまった。
 ……ふむ、魔物を封じる結界が町全体に展開したようだな。
 しかし、まるで見ていたかのようなタイミングだった。
 恐るべし、イエラ。

「これでこの町は大丈夫……ですよね?」

 不安そうなクロードに、ワシは先日のイエラの言葉を思い出しながら答える。

「イエラによると黒い魔物は減ってきているらしい。少なくとも北の大陸では、な。それに手が空いた派遣魔導師を何人かすと言っていた」

 ……ここ東の大陸は安心とは言いがたいし、派遣魔導師数人ではたかが知れているが、いないよりはマシといったところか。
 まぁ、何かあってもワシらがすぐ駆けつければいいだろう。
 ほこらを一度振り返り、ワシらはナナミの町を出ていくのであった。


「でさ、どうやって帰るの? また船?」
「ありゃ、そういえばそうだねぇ……」

 ミリィの問いに、レディアが困ったように呟く。
 言われてみれば帰る手段がないのだよな。
 ここ東の大陸から北の大陸へは船で十日ほどかかる。

「天魔祭には間に合わないかもな」

 ともあれ、他に方法がないのだから仕方ない。
 そうして港のある商業都市ベルタへ向かおうとした時、ワシらの前に人影があらわれた。

「やっと来ましたわね」
「エリスっ!?」

 ミリィが驚くのも無理はない。
 赤い帽子を被った銀髪の少女、エリス。
 現フレイムオブフレイム、バートラム=キャベルの娘で、まだ年若いが一応派遣魔導師である。
 転移魔導ポータルにてワシらをここへ送り届けてくれたのだが、別行動を取っている最中に盗賊にさらわれてしまった。それを、ワシが偶然助け出してやったのだ。
 帰れと言っておいたのだが、まだいたのか。思ったより根性があるようだ。

「てっきり、もうお父様のところへ帰ったと思ったのだがな?」
「……ふざけないでくださいまし。私も派遣魔導師の端くれです。任務を放り出して帰るはずがないでしょう」
「くっくっ、中々責任感のあることだ」

 そう言って、不機嫌そうにワシを睨みつけるエリスの頭にぽんと手を載せる。
 まだまだひよっこだが、強い信念を持って仕事をまっとうせんとしているのだろう。
 他の派遣魔導師も、これくらい真面目に任務をこなしてくれればいいのだがな。
 エリスはワシの態度が不満だったのか、じろりと睨みつけてきた。

「い、いつまでそうしているつもりですのっ! 馴れ馴れしいですわよっ!」
「はいはい、悪かったよ」

 ワシの手を払い除け、エリスはぷいと背を向ける。
 だったら、わざわざ会いに来ることもなかろうに……相変わらず、わけのわからん奴である。
 やれやれとため息をついていると、クロードがワシに近づいてきた。

「えーと……ゼフ君、この子は……?」
「あぁ、クロードは初顔合わせだったな。派遣魔導師エリス。ここへは彼女の転移魔導で連れてきてもらったのだよ」
「派遣魔導師……ですか」

 表情を硬くするクロードに、エリスが手を差し出す。

「初めまして、エリス=キャベルですわ」
「……こちらこそ、ボクはクロード=レオンハルトと申します」

 ぎゅう、と力強く握手をする二人。
 ……何だか熱い握手だ。クロードはエリスのことを警戒しているようである。
 派遣魔導師だからだろうか。三年前、クロードを洗脳したグレインの奴も、一応派遣魔導師だったからな。
 ここは話題を変えたほうがよさそうだ。

「……それで、何しに来たのだエリス?」
「あなたたちのことだから、どうせ帰る手段がなくて困っているんだろうと思っただけですわ。そ、それ以外に用なんてあるわけないでしょうっ!?」
「それもそうだな」
「……ふん、勘違いしないことですわね!」

 かエリスの声が裏返っている。よくわからん。

「い、いいからそこでちょっとお待ちなさい! すぐ準備しますわ」
「はいはい」

 後ろを向いたまま、エリスは袋から大きな布を取り出した。
 魔導紋の描かれた布……魔導の力を増幅する魔導具で、これを使えば大人数を同時に転移させることができるのだ。

「さ、準備完了です。乗りなさいな」
「せ、狭い……」

 ミリィと同様、皆苦労しながら魔導具の上に乗る。
 以前よりギュウギュウ詰めな気がするのは、クロードが増えているからか。
 ワシにくっついたクロードが、小声で話しかけてくる。

「ゼフ君……また増やしてしまったんですね……」
「いきなり何の話だ?」
「……何でもないです」

 とても不満そうにワシを睨みつけるクロード。
 すごく黒いオーラを感じるが、気のせいだろうか。
 エリスもクロードが気になるのか、時折目を向けては警戒している。
 エリスとクロード……この二人、何だか相性が悪そうだ。

「……では、いきますわよっ!」

 エリスが目をつむって念じると、魔法陣から青い光が発現し、ワシらを呑み込む。
 光が全身を包み込んだ後、徐々に目の前が暗くなっていくのであった。


 ――しばらくして闇が晴れると同時に、ワシは土の上に投げ出された。
 その直後、ドサドサとワシの上に重なるように皆が落ちてくる。

「さ、つきましたわよ」
「いてて……ここは一体……?」

 クロードの疑問に、目を合わせずに答えるエリス。

「首都から少し離れた場所の草むらですわ。変な所に出て人とぶつかったら危ないでしょう? そんなこともわからないのですか」
「む……」

 刺々とげとげしい態度に、クロードも少し気を悪くしている。
 うーむ、やはりこの二人、相性が良くないな。
 けんのんな空気の中、ひょいと立ち上がったミリィがエリスに近づいていく。

「相変わらずすごい魔導ね。ありがと、エリスっ♪」
「べ、別に大したことはありませんわ!」
「にひひ、素直じゃないんだから♪」

 ミリィに絡まれ、まんざらでもなさそうなエリス。
 逆にこっちの二人は相性が良さそうである。
 ミリィはあまり他人との間に壁を作らないからな。
 警戒心の強い者は、その壁を遠慮なく破って近づいてくる者に意外と弱いものだ。

「……とにかく、そろそろ私は行きますわ。ご機嫌よう」
「うむ」
「またねーっ♪ エリスーっ」

 元気に手を振るミリィをじっと睨みつけるエリス。決意に満ちた眼差しは、ライバルへと向けるそれだ。
 不思議そうな顔をするミリィに背を向け、エリスはテレポートを念じて姿を消した。
 飛び去るエリスを見送りながら、ミリィの頭をぽんと撫でる。

「うかうかしていると負けてしまうぞ」
「ほえ? 何が?」
「何でもないさ」

 まぁ、この天然さがミリィの強みでもある。
 未来の大魔導師か。
 良きライバルを得て互いにせったくし合うのは大事だ。
 ミリィにエリス……才能あるこの二人であれば、いつかは五天魔にも届くだろう。

「ま、ワシほどではないけどな」
「?」

 くっくっと笑いながら、首を傾げるミリィを連れてワシは首都へ向かうのだった。


    ◆ ◆ ◆


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