効率厨魔導師、第二の人生で魔導を極める

謙虚なサークル

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7巻

7-2

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「しっかし……ゼフっちも、や~っと起きたか~長い眠りだったけど……うん、めでたいっ!」

 ――その後、レディアはすぐに店を閉め、他の店員と客を帰らせてしまった。
 店が終わってからでいいと言ったのだが、こんな日に仕事なんかしていられないとのことだ。
 そして店内はワシらだけになった。店とはいえ、台所や寝室といった生活するための部屋もある。奥には工房があって、レディアが鍛冶をする時にはここに泊まり込んでいるらしい。
 台所のある部屋で、レディアたちが夜に食べるはずだった弁当を広げる。
 そう言えば、ずっと食事を取っていなかったので腹ペコだ。
 レディアの作った弁当は美味うまそうで、見ただけで腹がぐぅと鳴る。

「でも残念だったな、セルベリエの仕事してる姿を見たかったのだが」
「……見なくていい」

 話によると、セルベリエは意外なことにレディアの店を手伝っているらしい。
 驚きだ。そんなこともできるようになったのか。ある意味、一番の成長かもしれない。

「でも、まだ接客は苦労してるみたいなんだけどね~」
「おい、もうその話はいいだろう……それよりゼフが目覚めたのならば丁度良かった。レディア、アレを試してみないか?」
「おおっ、そだったね。何というか、ゼフっちっていつもタイミングいいよねぇ~」
「どうかしたのか?」
「それは見てからのお楽しみってことで♪」

 不思議に思いながらも食事を終わらせると、ワシは店の奥にある工房へと案内された。
 暗い中でレディアがスイッチを押し、部屋に明かりがともる。

「これは……」

 目の前にある無骨な金属の塊。レディアはそれをひょいと手に取り、ワシに手渡した。
 太い金属の軸には何本かのチューブが走り、何やら駆動機関のようなものが見える。
 先の方は可動式でクネクネとスムーズに動き、その先端には五本の細い駆動部が伸びていた。
 端的に言うと、金属でできた腕だ。

「ゼフっちのために私とセっちんで開発した、魔導金属製の義手だよ」
「……使ってくれ」

 レディアとセルベリエは、ワシを見てにこりと微笑む。

「えーと、私も一応手伝ったからね。材料集めとか、ちょっとだけど……」

 ミリィは頬を染めてそう付け足した。

「あぁ、皆ありがとう」

 感動で目がうるみそうになるのを誤魔化すため、三人を一緒に抱擁する。
 少し照れくさそうに笑う三人。
 ワシは仲間に恵まれた。ひしひしとそう感じるのであった。
 義手は特殊な魔導金属でできており、魔力を動力として作動するらしい。
 取り付けは容易で、接続部に魔力を込めたら磁石のようにぴったりとくっついた。
 接続した義手に魔力を込めていくと、少し違和感はあるが、自身の身体と同様に魔力をよどみなく流すことができた。これならば、こちらの手からも魔導を放つことが可能だ。

「……驚いたな、この義手は魔力線が走っているのか」
「苦労したぞ。魔力の伝達率の高いスパイダーメットの糸を紡ぎ、巻いてある。太ければ伝達率が悪く、細すぎれば簡単にちぎれてしまう。適切な太さを見極めるため、何度も実験を繰り返し……」
「はいはーい! 私がそれいっぱい狩ってきたのよっ!」


 得意げに解説を行うセルベリエと、ここぞとばかりに自己主張するミリィ。そんな二人を見て苦笑を浮かべるレディアに礼を言い、ワシは義手を動かすよう魔力を込めていく。
 ギシギシときしむ音を上げ、指が、手首が、ひじが問題なく可動した。
 可動部は本来の腕と比べてもそんしょくないほどの柔軟性を誇り、レッドボールを念じると義手の手のひらからちゃんと火球が生まれた。
 その様子を見た三人は、安堵の息を大きく吐く。

「よかったぁ~」
「……当然の結果だがな」
「あっはは~、セっちんが一番不安がってたくせに~」
「ふん」

 レディアがセルベリエの背中をべしべしと叩き、それを満更でもなさそうな顔で受けるセルベリエ。何とも仲良くなったものだな。

「さぁ~! めでたい日だし、今日はぱーっと行きましょ~か!」

 袋から取り出されたのは酒瓶。レディアはそれを両手に握り、カチンカチンと鳴らしている。
 その様子を見たセルベリエはため息を吐いた。

「まったく……まぁこんな日くらい、いいか。グラスとつまみを持ってこよう」
「あ、私ジュース取ってこよーっと♪」

 セルベリエとミリィが台所の方へと小走りに駆けていく。
 酒か。前世では付き合いで何度か飲んだことがあるが、そんなに好きではないんだよな。
 飲み過ぎて一日つぶれた時は二度と飲むかと思ったものだが……こんな日くらいは構わないか。
 三年経って、年齢的にも酒が飲めるようになったわけだしな。

「ゼフっち」

 そんなことを考えていると、後ろからふわりと抱きしめられた。
 頭の後ろにこつんと、レディアのひたいが乗っかる。
 そこからワシの首すじに、温かな液体がポタリと落ちるのを感じた。
 涙――それを誤魔化すように、レディアが頭をグリグリ押し付けてくる。

「……おかえり」
「あぁ、色々と助かったよ」
「あっはは……でも背、伸びちゃったね~! もうカワイイとか言えないなぁ~」
「それでもレディアの方がデカいのは、少しさまにならないがな……」
「私は気にしないから、だいじょぶだいじょぶ♪」

 ワシが気にするというのに。
 重ねた身体を離し、向き合ったレディアの表情はいつもと同じ笑顔だった。

「さ、テーブルも用意しましょっか」
「……こんなところでやるつもりか?」

 確かに台所よりスペースは広いものの、工房は酒盛りする場所ではないと思うのだが。

「あっはは、まぁいいじゃない♪」

 結局備え付けのテーブルを置き、ワシらはそこで飲み始めた。
 ワシはちびちびやっていたが、レディアもセルベリエもうわばみなのか、次々に酒をけていく。そろそろ十本目に到達しそうだ。しかも、これだけ飲んで普段と全く様子が変わらないから驚く。

「二人共、酒に強いのだな……」
「れりあと……せるへりえはぁ……しゅごいねぇ~……」

 逆に真っ赤な顔のミリィは、完全にれつが回っていない。
 先刻、ミリィは間違えてワシの酒を口に含んでしまったのだ。真っ赤な顔でよだれを垂らしながら、頭をフラフラと振っている。
 こっちはこっちで弱すぎるだろ。まさか一口でここまで酔ってしまうとは……今後、ミリィには酒は飲ませぬよう注意しなければな。

「ミリィ、もう帰ったほうがいいのではないか?」
「そんなことないよぉ~へへへ~」
「また吐いてしまうぞ」
「うっ……」

 能天気だったミリィの表情が引きつる。ワシの背中で吐いたことは未だにトラウマらしい。

「……背負ってベッドまで運んでやろうか?」
「え、遠慮しときます……」

 何故か敬語になるミリィ。その様子がおかしくて、くっくっと笑みがこぼれてしまった。

「あっはは、じゃ今日は私が運んであげるね~」
「ちょ……いいよぉレディアっ」

 レディアにひょいと抱え上げられたミリィは、そのまま工房の外へと強制連行されてしまった。
 残されたワシとセルベリエ。しばし無言の後、セルベリエは酒瓶を一本手に取り、口につける。
 そしてぐいと傾け、ごくごくと白い喉を鳴らし始めた。
 おいおい、まだ飲むのかよ。しかも瓶ごととは恐れ入る。あまりの飲みっぷりに若干引くな。
 気づけばセルベリエの顔は先刻より少しだけ朱に染まっており、切れ長の目でワシをじっと見つめていた。

「……ゼフ」
「ん?」
「その……あれだ」

 何か言いたそうなセルベリエの目を、無言で見つめ返す。
 口をパクパク動かし、目を左右に揺らすさまは挙動不審である。そして真っ赤な顔でうつむき――

「……なんでもない」

 そう言ってセルベリエは黙り込む。
 やれやれ、口下手は直っていないようだ。仕方ない人だな。

「何か言いたいことでもあるのか?」

 冗談めかしてそう言うと、セルベリエが小刻みに肩を震わせ始めた。
 む、怒らせてしまっただろうか?
 と思ったが、ワシを睨みつけてくるセルベリエの顔は怒っているというより、今にも泣きそうだ。

「あー、その……セルベリエ?」
「……ばか」

 そして、言葉と同時にワシは地面につかみ倒された。ワシに馬乗りになったセルベリエの頬から、大粒の涙がボロボロと落ちてくる。
 そのまま弱々しくワシの胸を叩き続けるセルベリエに、ワシは何も言葉を返せずにいた。

「ばか……ゼフのばか……っ!」

 子供のように泣きじゃくるセルベリエ。……もしかして酔っているのだろうか。顔も真っ赤だし、視点も定まってない。何より、普段のセルベリエなら「ばか」ではなく「馬鹿者」と言うはずだ。

「寂しかったんだぞ……ずぅっと寝ていて……っ。いつもそうだ……ゼフはいつも私に優しくするくせに、すぐ離れていく……っ。そんなのなら、ずっと一人にしてくれればいいのだっ、ばかっ!」

 ぽすん、と震える拳が、言葉が、ワシの胸に刺さる。
 まぁ、そうだったかもしれないが……いや、考えてみれば逃げているのはセルベリエではないか。
 それに気づいた時、不意にセルベリエがワシへ顔を近づけてきた。

「……責任を取るべきだ」
「……は?」
「そうだ、そうすべきだ! 私を寂しくさせたんだ、そのくらいは当然だろう!」

 さらに顔を近づけるセルベリエ。少し動けば唇が触れそうな距離で、ワシは逃げられぬよう頭を両手でしっかり固定されてしまった。
 別段、逃げようとは、思っていない、のだ、が……

「セルベリエ、ワシは……」

 目をつむり、ワシに身体を預けるセルベリエ。その細い身体から伝わる心臓の音は妙に穏やかで……

「……もしかして寝てるのか?」

 すぅすぅと酒臭い寝息がワシの耳元で漏れている。……この人は本当に仕方がないな。
 やれやれとだけつぶやいて、ワシは備え付けのソファーにセルベリエを運ぶのであった。


    ◆ ◆ ◆


 結局昨日はレディアの店で夜を明かした。
 朝起きて、ミリィとレディアの作った朝飯を食べていると、頭を押さえたセルベリエがヨロヨロと起きてきた。

「うぅ……頭が割れる……」
「あっはは~やっぱり酔ってたのね~セっちん」

 レディアの奴、多分逃げていたな。ミリィを寝室へ運ぶと見せかけて、ワシに酔っ払いの相手を任せたのだろう。
 ワシがジト目でレディアを睨みつけると、あっははと笑いながら目をらされた。

《セっちん、結構泣き上戸でしょ? 絡み酒だし、苦手なのよねぇ》

 話によると、セルベリエと打ち解けようとしたレディアは、彼女に酒を飲ませまくったそうだ。
 レディアはかなり飲める体質だが、セルベリエも全然酔わないので自分と似たようなモノだと思っていたらしい。
 しかしセルベリエは顔に出ないだけで、あるラインを超えると豹変する。
 絡まれ泣きわめかれたレディアは、ほとほと困り果てたが、その夜はずっとセルベリエに捕まえられたままだったそうな。

《……ま、それがきっかけで店の手伝いをしてくれるようになったんだけどね~。大変だったんだよ? ゼフっちがいなくなったーって子供みたいに泣きわめいてさ》
《……ワシも同じことをされたのだが……もしかしてレディア、はかったか?》
《あっはは~》

 念話でのやり取りだったのだが、セルベリエがこちらを不審そうな顔で見ていた。

「……二人とも何を話している」
「何でもないって。さ~今日も一日頑張ってこ~」
「おーっ♪」

 レディアの苦しまぎれの掛け声に同調したのは、何も知らぬミリィのみであった。 

「では、ワシはこの義手を戦闘で試してみるとするよ。なまった身体も鍛え直さねばならないしな」

 今はレッドグローブを常時発動して筋力を補っている。それくらい、身体が弱っているのだ。
 三年も寝たきりだったのだから、本来はゆっくりリハビリすべきかもしれないが、来年の号奪戦で勝利するためにはのんびりしてはいられない。
 即実戦あるのみ。まぁ、流石さすがにいきなり強力な魔物がいる場所に行くつもりはないが。

「はいはーいっ! 私は当然ついて行くからねっ!」

 元気よく手を上げるミリィ。今の状態だと一人ではいざという時に不安があるため、元々誰かについて来てもらうつもりだった。丁度いい、ミリィの成長も見ておきたいしな。

「私も……行く……うぷ」
「あっはは、セっちんは寝てたほうがいいよ」
「そうは……いかな……ふぐっ!?」

 青い顔でうように進むセルベリエの首筋に、レディアの鋭い手刀が振り下ろされた。
 崩れ落ちたセルベリエを抱きかかえるレディアを見て、ワシとミリィは顔を見合わせる。
 恐ろしくはやい手刀……残像しか見えなかったぞ。達人であるセルベリエをいとも容易たやすく……レディアの身体能力も進化しているようだ。

「んじゃ、私はセっちんの看病と店番をやってるよ」
「……いいの? レディア」
「いいってば~。いきなり店を閉めらんないし、久しぶりに二人きりで行ってらっしゃいな」

 ぱちんとウインクをするレディアを見てその意図を汲み取ったのか、ミリィはワシにちらりと視線を送り、赤くなってうつむく。そしてワシの指を、小さな手できゅっと握ってきたのだった。

「それでは、行って来る」
「じゃあねーっ♪」
「はいは~い、二人とも気をつけてね~」

 セルベリエを背負ったままひらひらと手を振るレディアに見送られ、店を出る。

「何か、気を遣わせてしまったな。せっかくだし、レディアが喜びそうなものでも取ってくるか?」
「ならゴブニュの沼地に行きましょうよ! 魔導金属の合成材料の鉱物が取れるし、魔物もそんなに強くないしさ」
「ふむ、悪くないな」
「何かあっても私が守ってあげるからね、ゼフっ♪」
「……期待しておこう」

 ゴブニュの沼地は首都プロレアの東にある、多くのゼル種が棲息する場所である。
 ゼル種は向こうから攻撃してくるものは少なく、比較的安全な奴が多いため、ワシのリハビリには最適だ。
 ワシらはすぐにテレポートを念じ、沼地へと飛んだ。


 軽く準備運動をしていると、ミリィが嬉しそうに笑っている。

「えへへ、こうしてゼフと一緒に戦うの、久しぶりだよね」
「そうだな」

 ミリィは機嫌よくスキップしているが、ここは滑りやすいから気をつけたほうがいいぞ。
 と思った瞬間、ミリィが足を滑らせ転びそうになったのを、ワシはギリギリで支える。
 とっに手を握らなかったら落ちていたぞ、馬鹿者。

「あ、ありがと」
「気をつけろよ、まったく。ワシを守ってくれるんじゃなかったのか?」
「むぅ……」

 頬を膨らませるミリィだったが、何か思いついたのか得意げな顔をワシに向けてきた。

「ね、ゼフ。私にスカウトスコープ使ってみてよ」

 ふむ、成長したミリィか。どれほどのものか見せてもらおう。
 スカウトスコープをミリィに向けて念じる。


 ミリィ=レイアード
 レベル86
 魔導レベル
  緋: 49/94
  蒼: 88/98
  翠: 29/92
  空: 43/96
  魄: 65/85
 魔力値
  4253/4253


 ついにと言うか、やはりと言うか、ミリィのブルーゲイルのレベルは99となっていた。ミリィの奴、相変わらずのブルーゲイル脳だったようだ。
 ただし、以前は覚えていなかったいくつかの魔導を使えるようになっている。セルベリエから教わったのだろうか。
 それにしても、固有魔導ヒーリングビックのネーミングセンスが異彩を放っているぞ。
 さらにその下に、見慣れた文字がある。

「む、これは……」
「にひひ♪ 気づいたみたいね」

 ミリィの所有魔導欄の片隅にあったのは、サモンサーバントの文字。
 これは使い魔を呼ぶ魔導で、三年前、ミリィはいつもワシの使い魔アインを見て「私も欲しい」とぶーたれていた。それをついに習得したようだ。

「見なさい、ゼフ。これが私の……サモンサーバントよっ!」

 まばゆい光と共にあらわれたのは、白い大きな馬。頭には角が生え、背には身体に見合うほどの大きな翼が生えている。
 ミリィが頬ずりをするように顔を近づけたかと思うと、馬はミリィの首……というか鎖骨のあたりをペロペロとめている。おい、どこめてるんだこのエロ馬。

「きゃっ! もう変なところめないでよ~」
「ブルル……」

 ミリィがエロ馬を身体から離し、ワシの方に向き直らせた……が、この馬、ワシを見ようともしない。なんつー奴だ。

「えと、この子が私の使い魔のウルクね。よろしく」

 ミリィに紹介され、ウルクと呼ばれた馬はワシに嫌々頭を下げてくる。

「……よろしくな、ウルク」
「あ、あはは……ごめんね? この子ちょっと人見知りで……」

 いや、こいつはただのエロ馬だろう。いつか馬刺しにして食ってやろうか。

「まぁいい。それでコイツは何ができるんだ?」
「私を狙う攻撃を、角やヒズメでガードしてくれるのよ」

 えへん、と胸を張るミリィであったが、何かそれイマイチではないか?
 微妙な顔をするワシを見て、ミリィはあせったように続ける。

「な、仲間への攻撃も防いでくれるのよ。でもそれはウルクと仲が良くないとダメだけどね。セルベリエへの攻撃はよく防いでるけど、レディアへの攻撃には全然動こうとしないし」
「……それはレディアなら避けるから大丈夫と思ってるのではないか?」
「レディアがウルクに攻撃を防いでもらおうと、わざと攻撃を食らってみてもダメだったわ」
「まったく、何をしているのだレディアは……」

 ともあれ、使い魔によるオートガードと言われてもイマイチピンとこない。どんな感じなのだろう……試してみるか。
 ミリィに気づかれぬよう義手を動かし、その後頭部へと軽く振り下ろした。
 こーん、と良い音が響きミリィが地面に突っ伏す。

「いったぁ~……何すんのよっゼフっ!」
「すまぬ、どんな感じでガードが発動するのかと思ってな……」
「仲間からの攻撃は防がないのっ! 助けようとして突き飛ばすとかでガードが発動しても困るでしょっ! てか、そんな硬いので叩かないでよっ! バカになっちゃうじゃないっ!」

 なるほど、常時発動ならこんな風にじゃれ合っているのに水を差されるかもしれないわけだな。
 まだ痛いのか、頭をさすりながら歩くミリィ。その足元に緑色のトゲトゲした魔物が見える。
 ウィードゼルだ。こいつは頭に緑色のトゲトゲが生えたゼル種で、普段は草に擬態しており、踏んづけられるとトゲから毒液を吐き出し反撃する。
 とはいえその毒は弱く、高レベル冒険者が間違えて踏んでも何の影響もない。ワシらにとっては、無害な魔物である。
 ふむ……。ミリィはまだワシを睨みつけていて、ウィードゼルに気づいていないようだ。
 丁度いい、魔物相手ならオートガードとやらは発動するだろう。見せてもらうとするか。

「もぉ、私怒ってるんだからね!」

 頬を膨らませるミリィを観察していると、そのままウィードゼルをぐにょりと踏みつけた。

「ひゃあっ!?」

 悲鳴を上げるミリィへ、いきり立ったウィードゼルの先端部から白い液体が吐き出される。
 大量の白濁液をかぶったミリィはびっくりしてしまったのか、完全に硬直している。
 いや、そもそも……

「……発動しないではないか。オートガード」
「う……絶対発動するわけじゃないし……」

 発動は確実ではない、と。ウルクだったか、何とも微妙な使い魔のようである。

「べとべとだよぉ……ねぇ、ちょっと身体洗ってもいい?」
「うむ」
「んじゃ……清浄な水にて、我が身の不浄の汚れを洗い流し、清めたまえ……クリアランス」

 ミリィが呪文を唱えると、身体を透明な筒が覆う。
 中は清浄な水で満たされており、身体に付着した汚れを洗い清めていく。
 ――そう系統魔導クリアランス。戦闘での汚れを洗い流す清浄の魔導だ。身体だけでなく衣類や防具も綺麗にできるが、かなりの長時間、清浄の水にかっていなければならない。
 使用場面は多岐にわたり、泊まり込みのダンジョン攻略や長旅などでは非常に便利な魔導で、冒険者必須魔導の一つである。

「ふう……私、今動けないからあまり遠くに行かないでね」
「ウルクに守ってもらえばいいではないか」
「うぅ……ゼフのいじわる……」
「冗談だよ」

 水に顔を半分つけてぶくぶくと泡を立てるミリィの頭を、よしよしとでてやる。

「守るのはいいが、辺りは無害なゼル種ばかりだ。少しくらい離れても構わないだろう? ワシも色々と試したいことがあるしな」
「うん、何かあったら念話で呼ぶわ。でも、あんまり離れないでよ?」
「わかっているさ。すぐ駆けつけられる場所にいる」

 透明な筒の中でちゃぷんと音を立てるミリィに手を振り、ワシはその場を立ち去った。
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