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7巻
7-1
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ギルドハウスの一室にあるベッドから身を起こし、ワシは仲間のミリィから一通り状況を聞いた。
「そうか……ワシは、三年も眠っていたのか……」
「そうよっ! ゼフのバカっ! バカっ!」
ワシの頭を胸に抱きかかえたまま、すすり泣くミリィ。
ぼんやりとしていた頭が冴えていく。
サザン島へ魔物討伐の依頼をこなしにいったワシらは、以前敵対したグレインと再会し激闘を繰り広げたのだったか。
奴は卑劣にもミリィを人質にし、あまつさえその命を奪った。
ブチ切れたワシは自身の時間を進めることで強制的に身体を成長させ、辛くも勝利したのである。
そしてミリィの時間だけを戻し、生き返らせることができたのだ。
だがその代償は大きかったようで、ワシは三年も眠っていたらしい。
むしろそれだけで済んで運が良かったと言うべきだな。あれほどの魔導を瀕死の状態で使ったのだ。そのまま死んでいても全く不思議ではなかった。
しかし三年も眠っていたからか、筋肉はかなり衰えている。
あの時、ワシの身体は骨も砕け肉も断裂し、酷い状態だった。
とてもではないが、自然治癒やヒーリングでどうにかなるとも思えない。
だが、今のワシの身体は、あの時とは比べ物にならないくらい回復している。
不思議に思っていると、ミリィがワシの頭から身体を離しこちらへ向き直った。
まだ目には少し涙を浮かべて頬も紅潮しているが、大分落ち着いてきたようだ。
ミリィの顔をじっと見ると、やはり以前より少し大人びている。
「……大きくなったな、ミリィ」
「……うん。三年だもん」
指先で涙を拭う仕草は、記憶の中の子供っぽいミリィとは異なっていた。
よく見るとトレードマークであったツインテールも少し下げ、しゅるりと細長く伸ばしている。年相応に見えるようにだろうか。
しかしミリィは童顔な上に胸もまだまだ控えめなので、その様子はなんというか、背伸びしたお子様といった感じだ。
じっと顔を見ていると、ミリィは照れてしまったのか少し視線を下げる。
「……何よ、もう」
「いや、すまんすまん」
頬を膨らませ眉を吊り上げるその姿は、紛れもなくワシの知るミリィである。
ワシが完治した手足を気にしていると、ミリィは得意げな顔を向けてきた。
「ゼフの傷、私が治したのよ」
「そうなのか?」
「ゼフが眠っている間に編み出した私の固有魔導、ヒーリングビックでね!」
そう言って自分の胸に手を当てるミリィ。
「その名の通り、ヒーリングを強化した私の固有魔導! 従来の自然治癒力を強化するだけのヒーリングと違って、折れた骨もボロボロに傷ついた身体も治しちゃうんだから!」
自信満々に説明するミリィは、とても嬉しそうだ。
それにしても、天才だとは思っていたがこの歳で固有魔導を習得してしまうとはな……しかもヒーリングビック、ワシの折れた腕をも治癒してしまうとは何とも強力な魔導だ。
ただのヒーリングは時間がかかる上、軽度の傷しか治せない。
……というか、まさかとは思うが「ビック」というのは「ビッグ」と間違っているんじゃないだろうな。ミリィならやりかねないから困る。まぁ、それを言うのは野暮というものか。
褒めて欲しそうにキラキラとした目を向けてくるミリィの頭を、ゆっくり撫でてやる。
「すごいではないか、ミリィ」
「えへへ」
ワシに抱きつき、されるがままに撫でられていたミリィであったが、すぐにその顔を曇らせた。
その視線の先は、ワシの失ってしまった左腕。
流石にヒーリングビックとやらでも、千切れた腕までは再生することができなかったのであろう。
「ごめんなさい……私のせいで……」
俯いて顔を隠すミリィの声は、少し震えている。
ミリィの時間は巻き戻したはずだったが、グレインに人質にされた時の記憶はあるのか。
「気にするな、ワシの身体を治すために固有魔導を編み出したのだろう? 深い傷を負ったワシが目を覚ますことができたのは、お前のおかげだよ」
「ゼフ……」
固有魔導に目覚めるためには、本来、長い修業と強い思いが必要だ。
若く経験の浅いミリィが固有魔導を習得してしまったのだから、その思いは余程のものだったに違いない。
「……そう言えば他の皆は今、どこにいるんだ?」
ギルドメンバーである他の四人の姿は、ここにはない。
セルベリエは看病などという柄ではないから不在でも不思議ではないが、レディアやシルシュもいないようだ。
クロードがいない理由は、なんとなく想像できるが……
「あ、うん。えーとね……」
どこから話すべきかと考えていたミリィだったが、やがてぽつりぽつりと語り始める。
――ワシとグレインとの戦いが終わった後、目を覚ましたミリィはボロボロになったワシや倒れたクロードを助けるため、皆を呼んだらしい。
すぐに島の医療施設で治療を受け、ワシは何とか一命を取り留めたが、意識はずっと回復しないままであった。それから半年ほど、絶対安静の状態が続いたそうだ。
「ゼフってば、ずっと意識が戻らなくて……何とかしなきゃって思って、考えついたのが強化版のヒーリングだったの。修業して修業して、やっとものにしたんだから」
習得後もミリィは修業を続け、鍛えたヒーリングビックを何度も使い、ワシの身体は回復に向かっていったという。
「それでゼフが回復に向かい始めた頃だったかな、クロードは一人で旅に出てっちゃったの。ボクの未熟が招いたことだから、今はゼフ君と合わせる顔がないって。ギルドエンブレムも置いて行っちゃったのよ。持ってると皆のことを思い出して辛いからって」
「……そうか」
あの時、クロードはグレインに操られてワシに襲い掛かってきた。洗脳されていたとはいえ、やはり気に病んでしまったのだろう。
ギルドメンバーの証であるエンブレムがなければ、念話をすることができない。
今は一人になりたい、と言うことか。確かにクロードの性格ならそんなことを言いそうである。
「うん、私にもクロードの気持ちは痛いくらいわかったから止めなかった。あ、でもね! 絶対戻ってくるって言ってたから大丈夫よ! ボクはゼフ君のモノですからって言ってたし。よかったわね、ゼフぅ?」
「……そうだな」
ジト目でワシを睨みつけてくるミリィから目を逸らした。
クロードは、前のように何も言わず去ったわけではないし、そこまで心配することもないだろう。
そういえば、ミリィは胸に三つのギルドエンブレムを付けている。
一つはミリィ、もう一つはクロードのものとして……もう一つは誰だ?
ワシの視線に気づいたのか、ミリィは胸に手を当てエンブレムを輝かせる。
「あぁ、こっちはシルシュのよ」
「シルシュも抜けてしまったのか?」
「うん。クロードと一緒にね。今はイズの町にいるみたい。ゼフのお見舞いにもよく来てたわ」
「そうか」
シルシュはイズの町にある教会で孤児たちの面倒を見ていたが、色々あってワシらと共に旅をしていた。こういう時くらいは、戻って子供たちと一緒にいればいいだろう。
「あとはレディアとセルベリエだけど……折角だし、今から会いに行きましょうよ」
「街にいるのか?」
「うん、二人でお店をやってるんだよ。ゼフがいきなりあらわれたら、びっくりするわよ!」
楽しそうに笑うミリィに手を引かれベッドから立ち上がろうとしたが、よろけて転びそうになる。
それを咄嗟にミリィに抱きとめられ、支えられてしまった。
「あ、ごめんねゼフ。三年も寝てたんだもん。まだ動けないよね」
「なんのこれしき、大丈夫だよ」
不安そうなミリィへ笑みを返しつつ、筋力強化魔導レッドグローブを念じる。
緋色の魔力が全身を包み込み、すっかり鈍っていたワシの身体に力が満ちていった。
ゆっくりと立ち上がり、身体を動かす感覚を確かめる。
……うむ、軽い運動程度なら何とかなりそうだ。
「うーん、本当に大丈夫みたいね……ちょっと残念」
「おいおい、どういうことだ」
「まだ私が色々とお世話しないとダメかなぁーって思ってたんだけどねぇ」
「……そのことに関しては礼を言うが、できるだけ早く忘れてもらえると嬉しい」
「にひひ、ずーっと覚えてるもん♪」
考えてみれば、三年も寝たきりでミリィに介護されていたわけか。
ぐぬ、妙な弱みを握られてしまったな。
「すまん、ミリィ。ワシの荷物や服はあるか? 街に行く前に風呂に入りたいのだが」
「うん、私も一緒に入ったげようか?」
「いらんわ馬鹿者っ!」
悪戯っぽく笑うミリィに荷物を手渡され、ワシは逃げるように風呂へと駆け込むのであった。
「ブルースフィア」
少し広めの風呂場に、大量の水がざばぁと溢れた。
その中にレッドボールをいくつか放り込むと、ホカホカと湯気が上がってくる。
「あっちち……」
少し熱くしすぎたようだ。ブルーボールでそれを薄めるが、今度は逆にぬるい。
うーむ。久しぶりなので、魔導を使う感覚がうまく掴めないな。
レッドボールとブルーボールを交互に使い、何とか入れる温度になった頃にはワシの身体はすっかり冷えてしまっていた。
身体へ湯をかけるため手桶を取ろうとして、左腕を失ったことを自覚する。
「やはり不便だな……」
グレインの攻撃で奪われた左腕。
日常生活はそのうち慣れるだろうが、戦闘となると不利は免れないだろう。
とはいえ、ワシは剣士ではなく魔導師だからまだマシか。神剣アインベルを使う際は不便だが。
「そう言えば、アインの奴は……?」
ふと、ワシの使い魔の姿を思い浮かべる。
グレインとの戦いで、神剣アインベルはその刀身をへし折られ、消滅してしまった。
あの時、アインは大丈夫だと言っていたが、どうなったのだろうか。
サモンサーバントを念じてみるが、アインはあらわれない。
そもそも、あいつが無事でワシが目覚めたと気づけば、呼ばなくても出てくるはずだよな……と、そこまで考えたところでハッとなる。
折れた時にはうっすらと感じていたアインの気配が、ワシの中から完全に消滅していたのだ。
アインを維持するには、魔力の込められた石、ジェムストーンが必要である。その数は一日十個ほど。しかし、大飯食らいのアインを三年間、放置し続けていた。その結果は……想像したくない。
「まさか、餓えて死んでしまったのでは……」
思わず風呂場を飛び出そうと扉を開けると、脱衣場で服を脱いでいるミリィと思いきり目が合う。
「きゃああああっ!?」
ギリギリで前を隠したミリィは、悲鳴を上げつつワシが開けた扉を閉めた。
危ない、扉に手を挟むところだったぞ。
「……何をしているのだ、ミリィ」
「えと、その……片手で身体洗えなくて、困ってるかと思って……」
ゴニョゴニョと消え入るように呟くミリィ。
さっき一人で大丈夫だと言ったろうに。まぁ、返事をした時は片腕がないのを忘れていたからで、確かにその、助かるのではあるが。
っと、そんなことよりアインだ。
「それよりミリィ、アインの奴を知らないか? ワシが倒れている間に何かなかったか?」
「……アインちゃん? ん~、そういえば前にゼフの看病してる時にいきなり出てきて、しばらく留守にするって言ってたわよ?」
「留守……だと……?」
「うん、ゴハンが貰えないから故郷に帰るってさ」
「そう……か」
ふぅ、と大きくため息を吐く。
何とか死んではいないようだな。三年も寝たきりのワシの側にいるのは退屈だろうし、ある意味ではアインらしいといえるか。
ワシが思考を巡らせていると、扉がガラガラと開き、裸の上にバスタオルを巻いたミリィがあらわれた。胸元でバスタオルを握り締めたミリィは、ほんのりと顔を紅潮させている。
「そ、そんなジロジロ見ないでよ……」
「いや、バスタオルがずり落ちそうだと思って……ごふっ!?」
「……ばか」
脇腹にミリィの拳が突き刺さる。
おい、こっちはさっきまで三年も寝込んでいたのだぞ。
「ほらっ! さっさと後ろ向いて!」
無理やり洗い場に座らされ、頭からお湯をかけられる。
石鹸と湯で前が見えぬ状況。ミリィの小さな手でワシの髪の毛が洗われていく。
「どう? 痛くない?」
「あぁ、いい気持ちだ」
ワシの言葉に気を良くしたのか、ミリィは頭から首すじ、肩から背中をスポンジで丁寧に洗っていってくれた。
絶妙な力加減にウトウトし、つい力が抜けてミリィに身体を預けてしまう。
「ひゃっ! ち、ちょっとゼフったら……」
驚きながらも避けることはせず、ワシを抱きかかえたままだ。
背中にミリィの薄い膨らみを感じていると、またお湯をざばぁとかけられた。
「……前も洗ってあげよっか?」
「……遠慮しておこう」
ミリィからスポンジを受け取り正面を洗うと、一緒に湯船につかった。
「はぁー……気持ちいいね」
「あぁ」
やはり風呂はいい、まるで生き返るようだ。実際、生き返ったようなものだしな。
「あのね、ゼフ。ずっと言いたかったことがあるんだ」
「……何だ?」
「ありがとう」
ちゃぷ、と音を立て水が撥ねた。
ミリィが湯の中で、ワシの手を握ってくる。
「私を助けるために片腕を失くして、三年も眠っちゃったんだよね……」
「……気にするな」
「するよっ!」
さらに強く、強く、ミリィはワシの手を握り締める。その目は潤み、今にも泣いてしまいそうだ。
「気にするよ……いつも効率効率って言ってたゼフの大事な時間をいっぱい奪っちゃったんだもん」
――効率、か。ミリィのために捨てたそれを、今度はミリィが気にしていたとはな。
「だから私が一刻も早く治して、ゼフが失くした左腕の代わりになろうと決めたの」
ミリィはワシの失った腕へ重ねるように、身体を押し付けてきた。
そして顔を近づけ、こちらを見上げる。
「クロードじゃないけど、私もゼフのモノだから……ゼフの好きに、使っていいから……」
「ミリィ……」
健気に抱きついてくるミリィに応えるよう、小さな背に腕を回して抱き寄せると、ミリィの肩がぴくんと震えた。
ゆっくりと、ミリィの小さな背を撫でてやる。
その時、小さな傷痕が指先に引っかかった。
以前はなかった傷痕。少しだが筋肉も付き、魔力線も随分鍛えられている。
ワシの意識を取り戻すため、目覚めたワシの力になるため、ミリィは魔物と戦い、ダンジョンを駆けずり回り、己を鍛えていたのだろう。
よしよしと頭を撫でてやると、ミリィは心地よさそうにワシへと身体を預けてくる。
「……三年と腕の一本程度、大した支障にはならんよ。ワシは魔導を極めてみせるさ。もちろんミリィの、皆の力を借りて、な」
「ゼフ……」
「だから、もう泣くな」
「……うんっ!」
ミリィは目尻一杯に溜まった涙をごしごしと拭いて、にっこりと笑った。
それでいい。ミリィに涙は似合わない。
しかし、三年か。確かサザン島に行く前に開かれた天魔祭の主催者は、空の五天魔イエラだったはず。とすれば、その三年後は……
「……どうしたの? ゼフ、悪い顔して」
「なに、丁度いい目標ができたなと思ってな」
毎年行われる天魔祭は、各属性の頂点を極めた五天魔が順に主催する。その順序は緋、空、魄、翠、蒼の順だ。
来年の天魔祭はフレイムオブフレイム、緋の五天魔が開く。その締めにある号奪戦で勝利すれば、ワシがフレイムオブフレイムの称号を手に入れることができるわけだ。
一年もあれば鈍った身体を鍛え直し、号奪戦で勝利することは十分に可能であろう。
「腕が鳴るではないか……確かさっき、お前をワシの好きに使っていいと言っていたな? ミリィ」
「えと……お手柔らかに……」
「くくく……」
現フレイムオブフレイム、バートラム=キャベルは歴代の五天魔の中で最強と言われる男だ。
ワシが前世で首都プロレアに初めて来た時、バートラムはすでに孫に五天魔を譲った後であった。
だから、全盛期のバートラムをワシは見たことがない。
何度か顔を合わせたことはあるが、その魔力のすさまじさは当時天狗になっていたワシを委縮させるほどだった。
恐らく今のバートラムの年齢は三十五くらい、年齢的に最盛期といったところか。
歴代最強の五天魔を倒し、フレイムオブフレイムを奪還する。
目標としては申し分ない。この一年、さらに忙しくなりそうだ。
ワシらは商店街に向かって歩いていた。
ミリィによると、この三年の間にレディアは首都プロレアで店を立ち上げたそうである。
「私が固有魔導を習得するまでのゼフの治療費も、レディアがいっぱい稼いできたお蔭で何とかなったんだよ」
「……礼を言わねばな」
わかってはいたが、ワシが寝ている間、皆には色々と世話になっていたらしい。
商店街の大きな道を歩いていると、前方に黒山の人だかりが見えてくる。
「あそこだよ」
どうやらレディアの店は結構繁盛していようだ。天魔祭で浴衣を売って、商売人として名が売れたからだろうか。
人だかりの中から、懐かしいレディアの声が聞こえてくる。
「さーいらっしゃいー! 夕方だけの大特価、安いよ、安いよーっ!」
レディアは時間を限定して値引きセールを行っているらしい。
だが、あまりの人だかりにレディアの姿は見えず、その長い手をちらちらと覗かせるのみだ。
「今行くと邪魔かもしれないな」
「そうかも。折角だし、ちょっと街を歩いてきましょっか」
ミリィはワシの手をちょんと握ってくる。その手に指を絡ませると、小さく握り返してきた。
真っ赤な顔で、俯いてワシから目を逸らすミリィ。
まったく、風呂に一緒に入ったりするくせに、こういうところはあまり変わってないな。
そのまま来た道を引き返そうと振り返ると、買い物袋を両手に抱えた女性が立っていた。
驚き目を丸くしているのは――セルベリエだ。
「ゼフ……なのか……?」
「久しぶりだな、セルベリエ」
どさり、と抱えた袋を地面に落としたセルベリエに近づいていく。
まるで幽霊でも見ているかのような顔だが、まぁ三年ぶりなのだ。仕方あるまい。
しばし見つめ合っていたワシらだったが、セルベリエが目元を指で拭い、微笑んだ。
「……おかえり、ゼフ」
「あぁ、ただいま」
「レディアも心配していたぞ。すぐに顔を見せに行こう」
「いやしかし、今は忙しそうで……」
「関係ない」
セルベリエはワシの手を無造作に掴むと、レディアの店の方を向き魔力を集中させていく。
おい、何をする気だセルベリエ。
「……サイレンス」
セルベリエの言葉と共に、周囲の音が完全に消え去る。
空系統サイレンス。術者を中心に風の結界を作り、結界内部の音を消す魔導である。
基本的な使い方は、詠唱の必要な敵の大魔導をキャンセルすることだが、範囲が狭く自分にも効果があるためイマイチ使い勝手は悪い。
「――――!?」
「――――! ――――!」
いきなり音が消えたことで商品に夢中だった人々が戸惑い、人だかりが緩んだその中へ、ワシとミリィを連れてセルベリエが突っ込んでいく。
しかし、自分が通りたいからって何ともまぁ……セルベリエらしいといえばらしい。
人混みをかき分けていくと、やはり声が出ず驚いているレディアがいた。
長いポニーテールを、三年前の時よりさらに伸ばしている。豊満な身体を露出高めの服で包んでいるのは以前と同じだが……店用の前掛けからはみ出る肉体は、以前より成長しているようだ。
ワシと目が合い、きょとんとしているレディアへ、声が出せぬため手を振って挨拶する。
パクパクと口を動かすレディアが呼んでいるのは、音がせずともワシの名だと簡単に理解できた。
直後、飛びついてくるレディアに思いきり抱きつかれ、地面に押し倒されてしまう。
そのまま人だかりの中、ワシは硬い地面と、レディアの柔らかい感触を同時に味わうハメになるのであった。
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