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7巻
7-3
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「さて、どうしたものかな」
とりあえず自分自身にスカウトスコープを念じる。三年ぶりで色々うろ覚えだしな。
ゼフ=アインシュタイン
レベル70
魔導レベル
緋: 49/62
蒼: 46/87
翠: 51/99
空: 48/89
魄: 44/97
魔力値
3241/3251
身体が鈍れば魔力線も鈍る。下手したらレベルが落ちている可能性もあったが、どうやら三年前と同じようだ。一安心といったところか。
とはいえ、現状では魔導を上手く扱うことができない。今使っているレッドグローブも、本来の効果よりかなり落ちている。まぁ、戦ってカンを取り戻せばいいだけか。
そしてレベル。実はワシがレベル70になってから、かなりの時間が経っている。
もちろん、その時間とは眠っていた三年間という意味ではない。
ある一定まで成長すると、次のレベルへの成長が難しくなるのだが、その壁が70なのだ。80、90の壁はさらに高い。
成長促進魔導グロウスがあるとはいえ、普通の狩りでは一年で五天魔と戦えるレベルにはならないだろう。奴らと渡り合うにはできれば95、最低90は欲しいところだ。
「焦っても仕方ないが、のんびりしてもいられないな……おっと」
早速ワシの前にあらわれたのは、大樹のような見た目をした緑色のゼリー体。
こいつはトレントゼルだ。太く長い幹に似た外見の、半透明な緑色のゼル種である。
身体にいくつかの苗木を吸収しており、それを分体として吐き出すことでウィードゼルを作り出すのだ。
トレントゼルの足元には、沢山の小さなウィードゼルがぴょこぴょこと跳ねている。
魔物を生む魔物だから、こいつを放置しているとダンジョンが急速に成長してしまうのである。
「丁度いい、こいつで試してみるか」
タイムスクエアを念じ、時間を停止させる。よし、ちゃんと発動できたな。
以前グレインとの戦いでワシのタイムスクエアは急激に進化し、五重まで合成可能になった。
しかし五重合成魔導は威力が絶大な分、反動がデカく、身体強化は自分の肉体を破壊してしまうし、普通の魔導でも魔力線が焼き切れるような激痛を伴う。
しばらくは無理をしないようにしていくか。
時間停止中に念じるのはレッドクラッシュ、ブラッククラッシュ、グリーンクラッシュ。
――三重合成魔導、ヴォルカノンクラッシュ。
ワシの手から生み出された溶岩流がトレントゼルに直撃し、その熱に焼かれて大きく仰け反った。
ぷるぷると苦しそうに痙攣しているが、恐らくそこまでのダメージは与えていない。
以前のワシであれば一撃で屠ることも可能だったはずだが、やはりまだ調子が出ないな。
トレントゼル
レベル51
魔力値
8521/12533
スカウトスコープを念じたが……うーむ、この程度しかダメージが出ないか。
恐らく本来の威力の三分の一くらいまで落ちているだろう。
リハビリも兼ねて、しばらくは基本の魔導のみでやりくりするのも悪くないかもしれない。
ダメージを受けたトレントゼルがたくさんの苗を撒き散らすと、辺りにウィードゼルが湧く。
ワシを目がけて飛び掛かってくるウィードゼルを、義手で振り払って叩き落とした。
金属製の腕は鈍器としての性能も申し分なく、殴りつけるだけでウィードゼルは破裂し、バラバラになった。思った以上の攻撃力だ。
……軽くだったとはいえ、先程ミリィの頭をどついてしまったのは少し悪かったな。
「レッドクラッシュ」
潰したウィードゼルの向こう側、立ち尽くすトレントゼルへ向けて炎を叩きつける。
苦しそうに身体をくねらせウィードゼルをさらに撒き散らすが、こんなモノ、物の数ではない。
また義手による打撃で数匹潰し、トレントゼルのぶよぶよした身体に触れてグリーンクラッシュを念じた。
ぶっとんだトレントゼルはゆっくりと立ち上がり、またウィードゼルを生み出していく。
トレントゼルは動きが鈍く、防御は自身が生み出すウィードゼルに任せているのだ。
高レベルの魔物としてはタフなわりに戦闘力が低いため、リハビリ相手としては丁度いい。
……久々の戦闘。身体の動きは鈍く魔導もかなり弱まっているが、ワシの気分はいい。
トレントゼルの攻撃を躱し、魔導を叩き込むたびに今まで切れていた糸が繋がり、ワシがワシに戻っていく感覚。
「はは……っ!」
ワシは込み上げる笑いを抑えぬまま、戦闘を続けたのだった。
「ん、そろそろミリィの洗浄が終わる頃か」
あれからワシは夢中になって戦闘を続け、気づけば一時間程が経っていた。
久々に身体を動かしたため、疲労を感じて汗びっしょりだ。
それでもまだ、トレントゼルを二匹倒したのみ。基本の魔導を使っていたせいもあるが、時間がかかってしまったな。
目の前のトレントゼル。その攻撃を躱して懐に潜り込み、タイムスクエアを念じる。
時間停止中に念じるのはレッドクラッシュとブラッククラッシュ。
――二重合成魔導、パイロクラッシュ。
炎と風が混じり合い、爆発的な破壊の奔流がトレントゼルをぐしゃぐしゃに焼き潰していく。その炎は先刻のものより明らかに強かった。ふむ、少しはカンが戻ってきたかな。
「おっ」
燃えがらの中で、キラリと光った何かをひょいと拾い上げる。鈍色に光るのは拳大の石。
「マドニウムか」
魔力の伝達率が非常に高い鉱石で、これを精錬した金属は魔導金属と呼ばれ、武器防具等に重宝される。
ワシの義手もこれを精錬して造られているのだろう。レディアへのいい土産ができたな。
ワシが戻ると、ミリィのクリアランスが丁度終わるところであった。
清浄な水は乾くのも速く、ミリィが袋から出したタオルで顔や身体を拭うと、水気はほとんどなくなった。
「よーしっ! じゃ行きましょうか、ゼフっ!」
「あぁ」
沼と言っても水質は綺麗なもので、水底の砂利や水の中を泳ぐ魚の姿が見える。そして魚を食らうブルーゼルも。
「ゼフ」
ミリィの声に振り向くと、その視線の先にある背の高い草むらがカサカサと揺れていた。これは、デカイな。
「下がってろミリィ」
「でも……」
「おいおい、ワシのリハビリだぞ」
「そ、そうね。でも危なくなったら手を出すよ?」
「もしそうなったら、な」
心配そうな顔をするミリィに、ニヤリと笑って返す。
ガサリ、と草むらを分けて飛び出してきたのは、焦げ茶色の毛並みを逆立てた四足のゼル。
毛もゼリー状であるこいつは、ビーストゼルだ。比較的大人しいゼル種の中ではかなり凶暴な奴で、このゴブニュの沼地では間違いなく最強の魔物である。
ぶるると身体を震わせ、砂利を蹴り上げながらこちらに突進してくるビーストゼルの攻撃を横っ飛びで避け、振り向きざまにタイムスクエアを念じる。
時間停止中に念じるのはブルークラッシュ、ブラッククラッシュ、グリーンクラッシュ。
――三重合成魔導、アイシクルクラッシュ。
バキバキと割れるような音を鳴らしながら、ビーストゼルの下半身が凍りついていく。
体重を支えきれずへし折れた足が、地面に転がってそのまま大地に還った。
ゼル種は温度の変化に弱く、気温の低い地域では生きていけない。その弱点をついて足を凍らせたのだが、一瞬動きを鈍らせたにすぎなかった。
新たな足を生やし、またも突進をしてくるビーストゼルに、すれ違いざまにブラッククラッシュを食らわしてやるが、一瞬よろめいただけだ。
「ちっ……タフな奴め」
本当は威力の高いグリーンクラッシュを当てたいところだが、射程の短いこの魔導は動きの鈍ったビーストゼルにすら少々厳しいか。
ワシの反撃に怯まず、何度も向かってくるビーストゼル。
ミリィにあまり心配をかけてもいけないし、ここは合成魔導で一気に決めるか。
「プギィィィィ!!」
突進してくるビーストゼルの攻撃を思い切り受け止める。
ワシの足元から土煙が巻き起こり、後ろに生えた大木に一気に押し付けられた。
「ゼフっ!?」
「心配……するなよ」
悲痛な声を上げたミリィに、余裕を持って答える。
セイフトプロテクション。一度だけ受けるダメージを九割軽減する魔導だ。こいつを戦闘前に張っておくのは定石である。
「捕まえたぞ……!」
ニヤリと笑い、ビーストゼルを見下ろすと、ワシはそのゼリー状の身体へと両腕を突き入れる。
そしてタイムスクエア。時間停止中に念じるのはグリーンクラッシュを四回。
――四重合成魔導、グリーンクラッシュスクエア。
ぼごん、とビーストゼルの身体が大きく膨れ上がったかと思うと、そのまま破裂してしまった。
「ふん、まぁこんなものだ」
ワシの言葉にミリィは心底ホッとしたような顔で息を吐く。まったく、心配性な奴だ。
近寄ってその頭を撫でると、ミリィはされるがままになって俯いた。
「ミリィに心配されるようでは、ワシも鈍ったものだな?」
「……ゴメン。私もわかってるんだけど……ゼフが傷つけられるのを見ると、あの時のことを思い出しちゃって……」
あの時とは、ミリィを庇ってグレインに嬲られた時のことか。
ミリィには色々とトラウマを与えてしまったな。
しんみりとした空気が流れる中、魔物の気配が漂ってくる。
ミリィもそれに気づいたのか、ワシから離れて戦闘態勢を取った。
……ったく、こんな時に空気の読めぬ魔物だ。
ワシらの前にあらわれたのは、またもビーストゼル。
「もぅ、邪魔しないでよ……」
ミリィがぶーたれながらワシから離れ、後ろへ下がる。
身構えるワシを一瞥したビーストゼルは、しかしワシらを無視して水しぶきを上げながら沼の中へと走り去っていった。
「あれ? どこか行っちゃった」
ビーストゼルを眺めるミリィの髪の毛が、ざわりと逆立つ。
それと同時に、ワシの背筋を走り抜ける悪寒。
ビーストゼルの出てきた草むらへ意識を集中させると、今まで感じたことのない魔力があった。
離れていてもビリビリ伝わってくる強力な魔力――ゴブニュの沼地に、ここまで強い魔物はいない。
「ゼフ……!」
「あぁ、気をつけろよミリィ」
ガサリ、と草むらをかき分けてあらわれたのは、真っ黒いぶよぶよしたゼリー状の物体。
見た感じはかなり小さめのゼルである。
「なにあれ……ゼル……?」
の、ようだがワシもこんなゼルは見たことがない。
新種だろうか。早速スカウトスコープを念じてみる。
????
レベル102
魔力値
3856905/3856905
「なっ……魔力値さんびゃくはちじゅうまんっ!?」
そこらのボスと比べても遜色ない魔力値。魔力値が戦闘力の全てではないとはいえ、尋常ではない。
そして、ノーネーム。
以前ミリィに聞いたが、スカウトスコープでは一般に認識されている数の多い名前がそこに表示されるらしい。そのため、例えば偽名を持つ者がいるとしていて、偽名のほうが広く知られている場合、スカウトスコープで表示されるのは本名ではなく偽名となる。
この表示の仕組みは、魔物でも同じだ。魔物の場合は発見者が名前を決めても良いとされており、名づけられて発見者以外にも認知されることでスカウトスコープにその名が刻まれるそうだ。
ノーネームということは、こいつは恐らく新種の魔物であろう。
「……とりあえず、ダークゼルとでも名づけておくか」
「あ、相変わらずのんきねぇ……」
「こいつの強さは未知数だ。二人でやるぞ」
ワシの言葉にミリィは、にーっと白い八重歯を見せて笑う。
その顔は自信に満ちており、三年の修業の成果を見せたくてウズウズしているようだ。
「……何だ、やる気満々ではないか?」
「うんっ! ゼフは下がってて。久しぶりの戦いだし、まだ本調子じゃないんでしょう?」
「まぁ、ワシが後衛のほうがフォローは利きやすいだろうな。ここは任せるとするか」
「にひひ♪ ゼフの出番はないかもしれないけどね!」
ワシらを敵と認識したのか、会話の隙を突いてダークゼルがミリィへと飛び掛かる。
あっさりと躱したミリィの腕へ、そのゼリー状の身体をまるで触手のごとく伸ばし、捕らえる。
「ミリィ!」
「ブラッククラッシュっ!」
捕らえられた瞬間、ミリィはブラッククラッシュを放ち触手ごとダークゼルを吹き飛ばした。
相手の攻撃を避けるため、ブラッククラッシュで吹き飛ばすのは魔導師の近接戦の基本にして奥義。
戦闘ではこの反応の速さで勝敗が決することも少なくない、魔導師必須スキルの一つである。
うーむ、あの反応の速さ。ミリィの奴、セルベリエに大分しごかれたな。
ワシに背を向けたまま、ミリィは片手でワシにチョキチョキとブイサインを見せてくる。
まったく、心配性はワシも同じだな。人のことは言えないか。
それにしても、ダークゼルだ。見た目も戦い方も、そこいらのゼル種と大差ないように思える。
だが、内包する魔力は尋常ではない。
基本的に魔力値の高い魔物はそれに比例して、大きく、凶暴になる。無論例外はあるが、こんな小さく弱々しい姿の魔物がここまでの魔力値を持つはずがないのだが……
「嫌な予感がする。あまり油断するなよミリィ」
「わかってるってば♪」
あ、この答え方は油断してるな。成長したとはいえ、ミリィはミリィか。
「ブルーゲイルっ!」
ミリィが手をかざすと地面の砂が浮き、ダークゼルが危機を感じたのか、ぷるんと震えた。
そして轟、と天高く伸びる水竜巻。
以前ミリィが使っていたものより洗練され、高密度に圧縮されたブルーゲイルはダークゼルを巻き上げ、切り刻んでいく。
「おおっ、見事なものだな」
「ふふ~ん」
得意げに控えめな胸を張るミリィ。こちらの成長はまだまだのようだ。
竜巻に巻き上げられたダークゼルは、ぼてんと鈍い音を立てて落ちてきた。
さて、どの程度効いているのか。スカウトスコープを念じる。
ダークゼル
レベル102
魔力値
3855215/3856905
「って……全然効いてないじゃないっ!」
「恐らく、こいつは霊体系の魔物だろう。魄の魔導なら効くのだろうが」
霊体系の魔物は通常の攻撃や魔導は効果が薄く、逆に魄系統の魔導がよく効く。
とはいえ、参ったな。魄系統の魔導を使う場合、魔力だけでなくジェムストーンを消費する。しかし、今はそんな大量には持ってない。
アインがいればいいのだが……どこかに行っているのだよな。
「……面倒だし、逃げるか」
「それいいかも」
弱いわりに魔力値が多く、経験値稼ぎに美味い魔物かと思ったが、これは面倒な相手だ。
また万端の準備を整えてから狩ってやるとしよう。
ワシとミリィはテレポートを念じ、その場を離脱するのであった。
◆ ◆ ◆
翌日、朝早く起きたワシはこっそりと家を抜け出す。もちろん、修業で魔物を狩りに行くためだ。
三年も寝ていたことによるブランクは、思った以上に大きい。
身体も碌に動かないし、魔導も威力が出ない。できるだけ早くまともに戦えるようにならなければ、今度はワシが皆の足を引っ張ってしまうだろう。
「今日もゴブニュの沼地だな」
あの辺りの魔物が今のワシには丁度いい。万が一、あの黒い魔物に出会っても、今度は準備万端だ。
大量のジェムストーンを、袋の中でじゃらりと鳴らす。先日狩りで手に入れたマドニウムと交換にレディアから貰ったのだ。
魄系統の魔物であるダークゼル。ワシの合成魔導が大地を傷つけてしまったので、それを修復しようと湧き出た大地のマナによって、変異・発生した魔物という可能性は否定できない。一応、見つけたら倒しておこう。
テレポートを連続で使い、すぐにゴブニュの沼地へと辿りついた。
まだまだ辺りは暗いため、足元に気をつけながら歩を進めていく。
ここは深い沼が結構あるからな。魔物との戦闘に夢中になり、底なし沼に呑み込まれ死んでいった者もいると聞く。ま、ワシはそんなドジは踏まないが。
「――む」
遠くの木陰で何かが動いたような音がした。
魔物か――そう思い意識を向けると、ぶよぶよの緑色の塊、ビーストゼルがいた。
周りには魔物の気配がないし丁度いい、狩るか。
まだ気づいていないビーストゼルに、先制のレッドクラッシュをぶちかます。
だが、やはり威力が足りない。
反撃してくるビーストゼルの攻撃を避けつつ、ブラッククラッシュで後方へと吹き飛ばした。
当然大火力で焼き払ったほうが早く終わるし消耗も少ないのだが、今のワシは身体能力も魔力線も弱体化しており、戦闘のカンも鈍っている。
それを取り戻すには、そこそこ強い魔物と長時間戦闘を行うのが効率的だ。
怯まずにまた突進してくるビーストゼルの攻撃を受けながらも、グリーンクラッシュを叩きこむ。
ビーストゼルの攻撃を避け、受け流し、こちらも地道に反撃を当てていく。
昨日はミリィが心配そうな顔で見ていたからさっさと終わらせてしまったが、本来はこうしたかったのだ。
……見える。ビーストゼルの動きが、それに対応する道筋が。
徐々にカンが戻ってきている。
しばらく戯れていただろうか。トドメに放ったグリーンクラッシュで、ビーストゼルは力尽きて消滅した。
ビーストゼルの跡に残ったマドニウムを拾おうと近づいていくと、後ろから人の気配を感じる。
この魔力の気配は……
「セルベリエ、か」
木陰に向けて声をかけると、しばし沈黙の後、ゆっくりとセルベリエが姿をあらわした。
気づかれると思っていなかったのか、気まずそうな顔をしている。
「……べ、別に隠れて後をつけようと思ったわけじゃないからな……たまたまだ」
「いや、嘘が下手すぎるだろセルベリエ……」
「嘘じゃ……っ……」
真っ赤な顔で黙り込み、くしゃりと髪をかき上げるセルベリエ。
相変わらず嘘のつけない人だ。ワシが朝起きて出ていくところを追ってきたのだろう。
「まぁいいさ。ではセルベリエ、ついてきてくれるか?」
「……いいのか?」
「いいとも!」
セルベリエなら、ミリィのように心配で死にそうな目で見てこないだろうしな。
早足でこちらに向かってくるセルベリエは、どこか嬉しそうだ。
「ブラッククラッシュ!」
ゴブニュの沼地で狩りを始めて半日、そろそろ日が真上に昇り始めていた。
ミリィから念話があったが、セルベリエと二人で狩りに行ったと言うと、物凄く渋い声で「……そう」と返してきた。……帰ったら何か言われそうである。
「それにしても、ダークゼルとやらは姿をあらわさんな」
「うむ……どこかへ行ってしまったのかもしれないな」
半日、ゴブニュの沼地を回っていたわけだが、ダークゼルなど影も形もなかった。
もう誰かに倒されたか、偶然遭遇しなかったか、それとも他の場所に移ったか……
「そろそろ戻るか? セルベリエ」
「ん……あの……もう少し……」
赤い顔でぶつぶつと呟くセルベリエ。
もう少し……か。まぁ、セルベリエと二人きりになるのは久しぶりだしな。あと数刻くらいなら構わないだろう。
「……では、もう一回りくらいするか?」
「う、うん。そうだなっ」
嬉しそうに答えるセルベリエを連れ、もう一周、今度は索敵重視で狩りを行う。
出てきた魔物は瞬殺だ。どんどん調子が戻ってきているな。くっくっ。
そのまま歩くことしばし、セルベリエの使い魔であるクロが草むらを睨みつける。
セルベリエとワシが身構えると、草むらからノソノソと何かがゆっくり這い出てきた。
――ダークゼル。だが、その姿は前回見たものより明らかに大きい。
念のためスカウトスコープを念じる。
ダークゼル
レベル103
魔力値
3972153/3972153
むぅ、かなり魔力値が増え、レベルも上がっている。
昨日見た時ビーストゼルを襲っていたが、もしかしてこいつは他の魔物を倒してレベルを上げていたのだろうか。
「……これが、ダークゼルか」
「そうだ、しかも昨日会った時より成長しているようだな」
「成長する魔物……初めて聞くな」
魔物の強さはダンジョンによって決まっており、成長する魔物などワシも未だかつて聞いたことがない。
ぷるぷると身体を震わせるダークゼルだが、そのとぼけた仕草とは裏腹に計り知れない恐ろしさも感じる。ワシらを敵と認めたようで、こちらを見て戦闘態勢を取った。
「とりあえずやってみるか……セルベリエ」
「わかっている」
そう言って髪をかきあげるセルベリエは、クロを巻きつけていた腕を前にかざす。
「……ホワイトスフィア、ハイネス」
セルベリエの紡いだ言葉と共に、発現した光球がダークゼルを呑み込んだ。
ダークゼルは苦しみもがいている。セルベリエの魄魔導でも十分なダメージを与えたようだ。
とはいえ、この魔力量だ。こいつの戦闘力は大したことはないが、簡単に削りきれるものではないな。アインがいれば、かなり楽になるのだが……
アインの能力は魄の魔導の効果を増幅し、さらにはジェムストーンの消費もゼロにする。その分、本人が大食らいなので結果的にはプラスマイナスゼロかもしれないが、戦闘中にジェムストーンの残量を気にしないでいいのは、非常に楽だ。
だから、こういった魔物には便利な能力といえるのだが、いないものは仕方ない。
ため息をつきながら、タイムスクエアを念じる。
時間停止中に念じるのはレッドスフィアとホワイトスフィアを二回ずつ。
――四重合成魔導、ノヴァースフィアダブル。
緋と魄の魔導は、合成することで霊体系の魔物に絶大な効果を与える一撃になるのだ。
白炎がダークゼルを包み、轟々と燃やし続ける。
「このまま削り切るぞ、セルベリエ」
「あぁ」
ダークゼルの動きは鈍い。ワシとセルベリエが少し距離を取って魔導を撃っていれば、奴になす術はないようだ。
約400万あった魔力値もすぐに半分になり、さらにじわじわとダメージが蓄積していく。
そして魔力値が三分の一を切ろうとした瞬間、ダークゼルに異変が起こった。
ぴし、と黒い粘液に包まれた身体にヒビが入る。
黒い欠片をパラパラと落としながら脈動するダークゼルを前に、ワシとセルベリエは動きを止めた。
――発狂モード。恐らくそうだろうと思ってはいたが、ダークゼルはボスの特性を持っていた。
とりあえず自分自身にスカウトスコープを念じる。三年ぶりで色々うろ覚えだしな。
ゼフ=アインシュタイン
レベル70
魔導レベル
緋: 49/62
蒼: 46/87
翠: 51/99
空: 48/89
魄: 44/97
魔力値
3241/3251
身体が鈍れば魔力線も鈍る。下手したらレベルが落ちている可能性もあったが、どうやら三年前と同じようだ。一安心といったところか。
とはいえ、現状では魔導を上手く扱うことができない。今使っているレッドグローブも、本来の効果よりかなり落ちている。まぁ、戦ってカンを取り戻せばいいだけか。
そしてレベル。実はワシがレベル70になってから、かなりの時間が経っている。
もちろん、その時間とは眠っていた三年間という意味ではない。
ある一定まで成長すると、次のレベルへの成長が難しくなるのだが、その壁が70なのだ。80、90の壁はさらに高い。
成長促進魔導グロウスがあるとはいえ、普通の狩りでは一年で五天魔と戦えるレベルにはならないだろう。奴らと渡り合うにはできれば95、最低90は欲しいところだ。
「焦っても仕方ないが、のんびりしてもいられないな……おっと」
早速ワシの前にあらわれたのは、大樹のような見た目をした緑色のゼリー体。
こいつはトレントゼルだ。太く長い幹に似た外見の、半透明な緑色のゼル種である。
身体にいくつかの苗木を吸収しており、それを分体として吐き出すことでウィードゼルを作り出すのだ。
トレントゼルの足元には、沢山の小さなウィードゼルがぴょこぴょこと跳ねている。
魔物を生む魔物だから、こいつを放置しているとダンジョンが急速に成長してしまうのである。
「丁度いい、こいつで試してみるか」
タイムスクエアを念じ、時間を停止させる。よし、ちゃんと発動できたな。
以前グレインとの戦いでワシのタイムスクエアは急激に進化し、五重まで合成可能になった。
しかし五重合成魔導は威力が絶大な分、反動がデカく、身体強化は自分の肉体を破壊してしまうし、普通の魔導でも魔力線が焼き切れるような激痛を伴う。
しばらくは無理をしないようにしていくか。
時間停止中に念じるのはレッドクラッシュ、ブラッククラッシュ、グリーンクラッシュ。
――三重合成魔導、ヴォルカノンクラッシュ。
ワシの手から生み出された溶岩流がトレントゼルに直撃し、その熱に焼かれて大きく仰け反った。
ぷるぷると苦しそうに痙攣しているが、恐らくそこまでのダメージは与えていない。
以前のワシであれば一撃で屠ることも可能だったはずだが、やはりまだ調子が出ないな。
トレントゼル
レベル51
魔力値
8521/12533
スカウトスコープを念じたが……うーむ、この程度しかダメージが出ないか。
恐らく本来の威力の三分の一くらいまで落ちているだろう。
リハビリも兼ねて、しばらくは基本の魔導のみでやりくりするのも悪くないかもしれない。
ダメージを受けたトレントゼルがたくさんの苗を撒き散らすと、辺りにウィードゼルが湧く。
ワシを目がけて飛び掛かってくるウィードゼルを、義手で振り払って叩き落とした。
金属製の腕は鈍器としての性能も申し分なく、殴りつけるだけでウィードゼルは破裂し、バラバラになった。思った以上の攻撃力だ。
……軽くだったとはいえ、先程ミリィの頭をどついてしまったのは少し悪かったな。
「レッドクラッシュ」
潰したウィードゼルの向こう側、立ち尽くすトレントゼルへ向けて炎を叩きつける。
苦しそうに身体をくねらせウィードゼルをさらに撒き散らすが、こんなモノ、物の数ではない。
また義手による打撃で数匹潰し、トレントゼルのぶよぶよした身体に触れてグリーンクラッシュを念じた。
ぶっとんだトレントゼルはゆっくりと立ち上がり、またウィードゼルを生み出していく。
トレントゼルは動きが鈍く、防御は自身が生み出すウィードゼルに任せているのだ。
高レベルの魔物としてはタフなわりに戦闘力が低いため、リハビリ相手としては丁度いい。
……久々の戦闘。身体の動きは鈍く魔導もかなり弱まっているが、ワシの気分はいい。
トレントゼルの攻撃を躱し、魔導を叩き込むたびに今まで切れていた糸が繋がり、ワシがワシに戻っていく感覚。
「はは……っ!」
ワシは込み上げる笑いを抑えぬまま、戦闘を続けたのだった。
「ん、そろそろミリィの洗浄が終わる頃か」
あれからワシは夢中になって戦闘を続け、気づけば一時間程が経っていた。
久々に身体を動かしたため、疲労を感じて汗びっしょりだ。
それでもまだ、トレントゼルを二匹倒したのみ。基本の魔導を使っていたせいもあるが、時間がかかってしまったな。
目の前のトレントゼル。その攻撃を躱して懐に潜り込み、タイムスクエアを念じる。
時間停止中に念じるのはレッドクラッシュとブラッククラッシュ。
――二重合成魔導、パイロクラッシュ。
炎と風が混じり合い、爆発的な破壊の奔流がトレントゼルをぐしゃぐしゃに焼き潰していく。その炎は先刻のものより明らかに強かった。ふむ、少しはカンが戻ってきたかな。
「おっ」
燃えがらの中で、キラリと光った何かをひょいと拾い上げる。鈍色に光るのは拳大の石。
「マドニウムか」
魔力の伝達率が非常に高い鉱石で、これを精錬した金属は魔導金属と呼ばれ、武器防具等に重宝される。
ワシの義手もこれを精錬して造られているのだろう。レディアへのいい土産ができたな。
ワシが戻ると、ミリィのクリアランスが丁度終わるところであった。
清浄な水は乾くのも速く、ミリィが袋から出したタオルで顔や身体を拭うと、水気はほとんどなくなった。
「よーしっ! じゃ行きましょうか、ゼフっ!」
「あぁ」
沼と言っても水質は綺麗なもので、水底の砂利や水の中を泳ぐ魚の姿が見える。そして魚を食らうブルーゼルも。
「ゼフ」
ミリィの声に振り向くと、その視線の先にある背の高い草むらがカサカサと揺れていた。これは、デカイな。
「下がってろミリィ」
「でも……」
「おいおい、ワシのリハビリだぞ」
「そ、そうね。でも危なくなったら手を出すよ?」
「もしそうなったら、な」
心配そうな顔をするミリィに、ニヤリと笑って返す。
ガサリ、と草むらを分けて飛び出してきたのは、焦げ茶色の毛並みを逆立てた四足のゼル。
毛もゼリー状であるこいつは、ビーストゼルだ。比較的大人しいゼル種の中ではかなり凶暴な奴で、このゴブニュの沼地では間違いなく最強の魔物である。
ぶるると身体を震わせ、砂利を蹴り上げながらこちらに突進してくるビーストゼルの攻撃を横っ飛びで避け、振り向きざまにタイムスクエアを念じる。
時間停止中に念じるのはブルークラッシュ、ブラッククラッシュ、グリーンクラッシュ。
――三重合成魔導、アイシクルクラッシュ。
バキバキと割れるような音を鳴らしながら、ビーストゼルの下半身が凍りついていく。
体重を支えきれずへし折れた足が、地面に転がってそのまま大地に還った。
ゼル種は温度の変化に弱く、気温の低い地域では生きていけない。その弱点をついて足を凍らせたのだが、一瞬動きを鈍らせたにすぎなかった。
新たな足を生やし、またも突進をしてくるビーストゼルに、すれ違いざまにブラッククラッシュを食らわしてやるが、一瞬よろめいただけだ。
「ちっ……タフな奴め」
本当は威力の高いグリーンクラッシュを当てたいところだが、射程の短いこの魔導は動きの鈍ったビーストゼルにすら少々厳しいか。
ワシの反撃に怯まず、何度も向かってくるビーストゼル。
ミリィにあまり心配をかけてもいけないし、ここは合成魔導で一気に決めるか。
「プギィィィィ!!」
突進してくるビーストゼルの攻撃を思い切り受け止める。
ワシの足元から土煙が巻き起こり、後ろに生えた大木に一気に押し付けられた。
「ゼフっ!?」
「心配……するなよ」
悲痛な声を上げたミリィに、余裕を持って答える。
セイフトプロテクション。一度だけ受けるダメージを九割軽減する魔導だ。こいつを戦闘前に張っておくのは定石である。
「捕まえたぞ……!」
ニヤリと笑い、ビーストゼルを見下ろすと、ワシはそのゼリー状の身体へと両腕を突き入れる。
そしてタイムスクエア。時間停止中に念じるのはグリーンクラッシュを四回。
――四重合成魔導、グリーンクラッシュスクエア。
ぼごん、とビーストゼルの身体が大きく膨れ上がったかと思うと、そのまま破裂してしまった。
「ふん、まぁこんなものだ」
ワシの言葉にミリィは心底ホッとしたような顔で息を吐く。まったく、心配性な奴だ。
近寄ってその頭を撫でると、ミリィはされるがままになって俯いた。
「ミリィに心配されるようでは、ワシも鈍ったものだな?」
「……ゴメン。私もわかってるんだけど……ゼフが傷つけられるのを見ると、あの時のことを思い出しちゃって……」
あの時とは、ミリィを庇ってグレインに嬲られた時のことか。
ミリィには色々とトラウマを与えてしまったな。
しんみりとした空気が流れる中、魔物の気配が漂ってくる。
ミリィもそれに気づいたのか、ワシから離れて戦闘態勢を取った。
……ったく、こんな時に空気の読めぬ魔物だ。
ワシらの前にあらわれたのは、またもビーストゼル。
「もぅ、邪魔しないでよ……」
ミリィがぶーたれながらワシから離れ、後ろへ下がる。
身構えるワシを一瞥したビーストゼルは、しかしワシらを無視して水しぶきを上げながら沼の中へと走り去っていった。
「あれ? どこか行っちゃった」
ビーストゼルを眺めるミリィの髪の毛が、ざわりと逆立つ。
それと同時に、ワシの背筋を走り抜ける悪寒。
ビーストゼルの出てきた草むらへ意識を集中させると、今まで感じたことのない魔力があった。
離れていてもビリビリ伝わってくる強力な魔力――ゴブニュの沼地に、ここまで強い魔物はいない。
「ゼフ……!」
「あぁ、気をつけろよミリィ」
ガサリ、と草むらをかき分けてあらわれたのは、真っ黒いぶよぶよしたゼリー状の物体。
見た感じはかなり小さめのゼルである。
「なにあれ……ゼル……?」
の、ようだがワシもこんなゼルは見たことがない。
新種だろうか。早速スカウトスコープを念じてみる。
????
レベル102
魔力値
3856905/3856905
「なっ……魔力値さんびゃくはちじゅうまんっ!?」
そこらのボスと比べても遜色ない魔力値。魔力値が戦闘力の全てではないとはいえ、尋常ではない。
そして、ノーネーム。
以前ミリィに聞いたが、スカウトスコープでは一般に認識されている数の多い名前がそこに表示されるらしい。そのため、例えば偽名を持つ者がいるとしていて、偽名のほうが広く知られている場合、スカウトスコープで表示されるのは本名ではなく偽名となる。
この表示の仕組みは、魔物でも同じだ。魔物の場合は発見者が名前を決めても良いとされており、名づけられて発見者以外にも認知されることでスカウトスコープにその名が刻まれるそうだ。
ノーネームということは、こいつは恐らく新種の魔物であろう。
「……とりあえず、ダークゼルとでも名づけておくか」
「あ、相変わらずのんきねぇ……」
「こいつの強さは未知数だ。二人でやるぞ」
ワシの言葉にミリィは、にーっと白い八重歯を見せて笑う。
その顔は自信に満ちており、三年の修業の成果を見せたくてウズウズしているようだ。
「……何だ、やる気満々ではないか?」
「うんっ! ゼフは下がってて。久しぶりの戦いだし、まだ本調子じゃないんでしょう?」
「まぁ、ワシが後衛のほうがフォローは利きやすいだろうな。ここは任せるとするか」
「にひひ♪ ゼフの出番はないかもしれないけどね!」
ワシらを敵と認識したのか、会話の隙を突いてダークゼルがミリィへと飛び掛かる。
あっさりと躱したミリィの腕へ、そのゼリー状の身体をまるで触手のごとく伸ばし、捕らえる。
「ミリィ!」
「ブラッククラッシュっ!」
捕らえられた瞬間、ミリィはブラッククラッシュを放ち触手ごとダークゼルを吹き飛ばした。
相手の攻撃を避けるため、ブラッククラッシュで吹き飛ばすのは魔導師の近接戦の基本にして奥義。
戦闘ではこの反応の速さで勝敗が決することも少なくない、魔導師必須スキルの一つである。
うーむ、あの反応の速さ。ミリィの奴、セルベリエに大分しごかれたな。
ワシに背を向けたまま、ミリィは片手でワシにチョキチョキとブイサインを見せてくる。
まったく、心配性はワシも同じだな。人のことは言えないか。
それにしても、ダークゼルだ。見た目も戦い方も、そこいらのゼル種と大差ないように思える。
だが、内包する魔力は尋常ではない。
基本的に魔力値の高い魔物はそれに比例して、大きく、凶暴になる。無論例外はあるが、こんな小さく弱々しい姿の魔物がここまでの魔力値を持つはずがないのだが……
「嫌な予感がする。あまり油断するなよミリィ」
「わかってるってば♪」
あ、この答え方は油断してるな。成長したとはいえ、ミリィはミリィか。
「ブルーゲイルっ!」
ミリィが手をかざすと地面の砂が浮き、ダークゼルが危機を感じたのか、ぷるんと震えた。
そして轟、と天高く伸びる水竜巻。
以前ミリィが使っていたものより洗練され、高密度に圧縮されたブルーゲイルはダークゼルを巻き上げ、切り刻んでいく。
「おおっ、見事なものだな」
「ふふ~ん」
得意げに控えめな胸を張るミリィ。こちらの成長はまだまだのようだ。
竜巻に巻き上げられたダークゼルは、ぼてんと鈍い音を立てて落ちてきた。
さて、どの程度効いているのか。スカウトスコープを念じる。
ダークゼル
レベル102
魔力値
3855215/3856905
「って……全然効いてないじゃないっ!」
「恐らく、こいつは霊体系の魔物だろう。魄の魔導なら効くのだろうが」
霊体系の魔物は通常の攻撃や魔導は効果が薄く、逆に魄系統の魔導がよく効く。
とはいえ、参ったな。魄系統の魔導を使う場合、魔力だけでなくジェムストーンを消費する。しかし、今はそんな大量には持ってない。
アインがいればいいのだが……どこかに行っているのだよな。
「……面倒だし、逃げるか」
「それいいかも」
弱いわりに魔力値が多く、経験値稼ぎに美味い魔物かと思ったが、これは面倒な相手だ。
また万端の準備を整えてから狩ってやるとしよう。
ワシとミリィはテレポートを念じ、その場を離脱するのであった。
◆ ◆ ◆
翌日、朝早く起きたワシはこっそりと家を抜け出す。もちろん、修業で魔物を狩りに行くためだ。
三年も寝ていたことによるブランクは、思った以上に大きい。
身体も碌に動かないし、魔導も威力が出ない。できるだけ早くまともに戦えるようにならなければ、今度はワシが皆の足を引っ張ってしまうだろう。
「今日もゴブニュの沼地だな」
あの辺りの魔物が今のワシには丁度いい。万が一、あの黒い魔物に出会っても、今度は準備万端だ。
大量のジェムストーンを、袋の中でじゃらりと鳴らす。先日狩りで手に入れたマドニウムと交換にレディアから貰ったのだ。
魄系統の魔物であるダークゼル。ワシの合成魔導が大地を傷つけてしまったので、それを修復しようと湧き出た大地のマナによって、変異・発生した魔物という可能性は否定できない。一応、見つけたら倒しておこう。
テレポートを連続で使い、すぐにゴブニュの沼地へと辿りついた。
まだまだ辺りは暗いため、足元に気をつけながら歩を進めていく。
ここは深い沼が結構あるからな。魔物との戦闘に夢中になり、底なし沼に呑み込まれ死んでいった者もいると聞く。ま、ワシはそんなドジは踏まないが。
「――む」
遠くの木陰で何かが動いたような音がした。
魔物か――そう思い意識を向けると、ぶよぶよの緑色の塊、ビーストゼルがいた。
周りには魔物の気配がないし丁度いい、狩るか。
まだ気づいていないビーストゼルに、先制のレッドクラッシュをぶちかます。
だが、やはり威力が足りない。
反撃してくるビーストゼルの攻撃を避けつつ、ブラッククラッシュで後方へと吹き飛ばした。
当然大火力で焼き払ったほうが早く終わるし消耗も少ないのだが、今のワシは身体能力も魔力線も弱体化しており、戦闘のカンも鈍っている。
それを取り戻すには、そこそこ強い魔物と長時間戦闘を行うのが効率的だ。
怯まずにまた突進してくるビーストゼルの攻撃を受けながらも、グリーンクラッシュを叩きこむ。
ビーストゼルの攻撃を避け、受け流し、こちらも地道に反撃を当てていく。
昨日はミリィが心配そうな顔で見ていたからさっさと終わらせてしまったが、本来はこうしたかったのだ。
……見える。ビーストゼルの動きが、それに対応する道筋が。
徐々にカンが戻ってきている。
しばらく戯れていただろうか。トドメに放ったグリーンクラッシュで、ビーストゼルは力尽きて消滅した。
ビーストゼルの跡に残ったマドニウムを拾おうと近づいていくと、後ろから人の気配を感じる。
この魔力の気配は……
「セルベリエ、か」
木陰に向けて声をかけると、しばし沈黙の後、ゆっくりとセルベリエが姿をあらわした。
気づかれると思っていなかったのか、気まずそうな顔をしている。
「……べ、別に隠れて後をつけようと思ったわけじゃないからな……たまたまだ」
「いや、嘘が下手すぎるだろセルベリエ……」
「嘘じゃ……っ……」
真っ赤な顔で黙り込み、くしゃりと髪をかき上げるセルベリエ。
相変わらず嘘のつけない人だ。ワシが朝起きて出ていくところを追ってきたのだろう。
「まぁいいさ。ではセルベリエ、ついてきてくれるか?」
「……いいのか?」
「いいとも!」
セルベリエなら、ミリィのように心配で死にそうな目で見てこないだろうしな。
早足でこちらに向かってくるセルベリエは、どこか嬉しそうだ。
「ブラッククラッシュ!」
ゴブニュの沼地で狩りを始めて半日、そろそろ日が真上に昇り始めていた。
ミリィから念話があったが、セルベリエと二人で狩りに行ったと言うと、物凄く渋い声で「……そう」と返してきた。……帰ったら何か言われそうである。
「それにしても、ダークゼルとやらは姿をあらわさんな」
「うむ……どこかへ行ってしまったのかもしれないな」
半日、ゴブニュの沼地を回っていたわけだが、ダークゼルなど影も形もなかった。
もう誰かに倒されたか、偶然遭遇しなかったか、それとも他の場所に移ったか……
「そろそろ戻るか? セルベリエ」
「ん……あの……もう少し……」
赤い顔でぶつぶつと呟くセルベリエ。
もう少し……か。まぁ、セルベリエと二人きりになるのは久しぶりだしな。あと数刻くらいなら構わないだろう。
「……では、もう一回りくらいするか?」
「う、うん。そうだなっ」
嬉しそうに答えるセルベリエを連れ、もう一周、今度は索敵重視で狩りを行う。
出てきた魔物は瞬殺だ。どんどん調子が戻ってきているな。くっくっ。
そのまま歩くことしばし、セルベリエの使い魔であるクロが草むらを睨みつける。
セルベリエとワシが身構えると、草むらからノソノソと何かがゆっくり這い出てきた。
――ダークゼル。だが、その姿は前回見たものより明らかに大きい。
念のためスカウトスコープを念じる。
ダークゼル
レベル103
魔力値
3972153/3972153
むぅ、かなり魔力値が増え、レベルも上がっている。
昨日見た時ビーストゼルを襲っていたが、もしかしてこいつは他の魔物を倒してレベルを上げていたのだろうか。
「……これが、ダークゼルか」
「そうだ、しかも昨日会った時より成長しているようだな」
「成長する魔物……初めて聞くな」
魔物の強さはダンジョンによって決まっており、成長する魔物などワシも未だかつて聞いたことがない。
ぷるぷると身体を震わせるダークゼルだが、そのとぼけた仕草とは裏腹に計り知れない恐ろしさも感じる。ワシらを敵と認めたようで、こちらを見て戦闘態勢を取った。
「とりあえずやってみるか……セルベリエ」
「わかっている」
そう言って髪をかきあげるセルベリエは、クロを巻きつけていた腕を前にかざす。
「……ホワイトスフィア、ハイネス」
セルベリエの紡いだ言葉と共に、発現した光球がダークゼルを呑み込んだ。
ダークゼルは苦しみもがいている。セルベリエの魄魔導でも十分なダメージを与えたようだ。
とはいえ、この魔力量だ。こいつの戦闘力は大したことはないが、簡単に削りきれるものではないな。アインがいれば、かなり楽になるのだが……
アインの能力は魄の魔導の効果を増幅し、さらにはジェムストーンの消費もゼロにする。その分、本人が大食らいなので結果的にはプラスマイナスゼロかもしれないが、戦闘中にジェムストーンの残量を気にしないでいいのは、非常に楽だ。
だから、こういった魔物には便利な能力といえるのだが、いないものは仕方ない。
ため息をつきながら、タイムスクエアを念じる。
時間停止中に念じるのはレッドスフィアとホワイトスフィアを二回ずつ。
――四重合成魔導、ノヴァースフィアダブル。
緋と魄の魔導は、合成することで霊体系の魔物に絶大な効果を与える一撃になるのだ。
白炎がダークゼルを包み、轟々と燃やし続ける。
「このまま削り切るぞ、セルベリエ」
「あぁ」
ダークゼルの動きは鈍い。ワシとセルベリエが少し距離を取って魔導を撃っていれば、奴になす術はないようだ。
約400万あった魔力値もすぐに半分になり、さらにじわじわとダメージが蓄積していく。
そして魔力値が三分の一を切ろうとした瞬間、ダークゼルに異変が起こった。
ぴし、と黒い粘液に包まれた身体にヒビが入る。
黒い欠片をパラパラと落としながら脈動するダークゼルを前に、ワシとセルベリエは動きを止めた。
――発狂モード。恐らくそうだろうと思ってはいたが、ダークゼルはボスの特性を持っていた。
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