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320 精霊の森へ①
しおりを挟む握っていた手を離すと、メアの手にじわりと血が滲んでいる。
先刻、アイシクルウェーブで凍りつかせた為、皮が剥がれたのだろう。
一応、さっきヒーリングをかけたのだが、それでも裂けた跡が残っている。
「悪いな。折角の綺麗な肌を、こんなにしてしまって」
「いえ、いいのですよぉ。手当てして下さっただけありがたいですぅ……それにゼフさまにつけられた傷だと思うとぉ……」
やや興奮しながら、メアは指で地面に丸を描き始める。
地面をゴリゴリと削る音が聞こえてくる。
怖いぞメア。
そんなメアに気づかれぬよう、レディアが小声で話しかけてくる。
(ねぇゼフっち、メアちゃん皆と上手くやっていけるかしら……)
(うーむ……少し心配ではあるが、案内人は必須だろう)
(そうなのよねぇ……はぁ、気が重いなぁ)
手首まで埋まりながらも地面をゴリゴリと抉るメアを見ながら、ワシとレディアは互いに顔を見合わせるのだった。
「ぜーふーっ!」
「お、ミリィちゃんが戻ってきたみたいよ」
声の方を向くと、遠く空の彼方から近づいてくる白馬の姿が見えた。
噂をすれば、である。ミリィの駆るウルクは馬車を引いている。
クロードたちも乗せているようだ。
「降りるわよーっ! 皆、しっかり掴まっててーっ!」
「は、はひっ!」
ミリィの声にクロードが応えた直後、土煙を巻き上げながら馬車が駆け落ちてくる。
落下したのではないかと思えるほどの衝撃音の後、馬車をガコガコと揺らしながら、何とか着地するウルク。
……やはりこの荒地では、馬車を使うのは困難だな。次に着地したらぶっ壊れるかもしれん。
煙を上げる馬車の中から青い顔をしたクロードたちがよろめきながら這い出してきた。
「うぅ……酷い目にあいました……」
「……乗り心地はバイロードといい勝負だったな……うぷ……」
「でもちょっと楽しかったですねっ!」
クロードとセルベリエは今にも吐きそうといった感じだが、どうやらシルシュは平気だったようだ。
むしろ楽しげにパタパタと尻尾を振っている。
そういえば以前、ウルクの引く馬車に乗った時も凄く楽しそうにしていた気がするな。
ウルクから飛び降りたミリィが、ワシの元へと駆けてきた。
「ただいまゼフ。メアは……止められたみたいね」
「あぁ、この通りだ」
「……ふーん」
ワシの横にちょこんと座るメアとミリィの目が合う。
瞬間、周りの空気が凍りつくような感じがした。
メアがゆっくり立ち上がりミリィに一歩近づくと、それに合わせてクロードとセルベリエがいつでも動けるよう、構える。
ミリィから大まかな話は聞いているのだろう。
まさに一触即発の空気というヤツだ。
「皆さま、先刻はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
だがワシの心配を無用と言わんばかりに、メアは頭を下げミリィの前に跪いた。
面喰ったのか、ミリィは慌てて後ずさる。
「う、うん……?」
「せめてお詫びさせてください。私に皆さまを黒い魔物の住処へと案内させていただけないでしょうか……! どうか、よろしくお願いします」
礼儀正しく頭を下げるメアに皆、あっけにとられている。
だれしも警戒していた相手に頭を下げられ下手に出られると、拍子の一つも抜けてしまうものだ。
めちゃくちゃに見えてメアのヤツ、案外やり手なのかもしれない。
ミリィたちの警戒心も揺らいでいるとようだ。小声でワシに話しかけてくる。
「ちょっと! どういうことなのよ、ゼフ」
「改心したんだとさ。この辺りには詳しいらしいので、お詫びにワシらの目的、黒い魔物のオリジナルがいる場所へ案内してくれるそうだ」
「……ゼフは、信じたの?」
じっと、ミリィが大きな瞳でワシを見つめてくる。
真っ直ぐなまなざしに、ワシは頷いて応えた。
「うむ、信用してもいいと思うぞ」
7割方な、と内心で付け加える。
ワシとて完全に信用したわけではないが、どちらにしろメアの案内がなければ目的は果たせない。
ま、攻撃してきた事に関しても、完全な悪意をもってというわけでもないしな。
ワシの言葉に、ミリィはくるりとメアの方を振り返り、手を差し出した。
「――――そ、じゃあ私も信じるわ! よろしく、メアちゃん」
「ミリィさま……ありがとうございますぅ!」
そう言って思いきりミリィの手を握るメア。
みしみしという音が響き、ミリィの顔が見る見るうちに青ざめていく。
「あだっ! あだだっ! ちょっとメアちゃん、力強すぎよ!」
「あ、あら申しわけありません……」
力加減を間違えたようで、メアは慌てて手を離す。
ミリィが赤く型の付いた手にふーふーと息を吹きかけている。
……本当に大丈夫だろうか。
「ゼフとレディアがいいなら何も言うつもりはない。私はセルベリエと言う者だ」
「私はシルシュと申します。よろしくお願いしますね。メアさん」
「はいですわぁ! セルベリエさまに、シルシュさまですね」
メアは二人にペコリと頭を下げた。
「少しいいですか」
だが最後にクロードがメアの前に立つ。
その口元はきりと結ばれ、厳しい顔でメアを見下ろしていた。
「ボクはクロードと申します。ミリィさんから話は聞いています。ゼフ君をその……ごほん、その……襲おうとしたとか」
「えぇと……はい、まぁ……」
「……今後、そういった事は一切やめていただきたい。皆がキミの同行を許可するのであればボクとしてもやぶさかではありませんが、問題を起こすのであれば話は別ですから」
冷たい口調、突き放すようにクロードは言う。
クロードは普段こういうことを言う奴ではない。
恐らくあえてメアに厳しく接することで釘を刺しているのだろう。
「もちろんです! もう私に下心など全く……えぇ全くありませんとも! ゼフさまへのお詫びの気持ち……それのみですわ!」
「…………」
メアの言葉に少し驚いたような顔をするクロードだったが、不意に優しげな微笑みを浮かべた。
「……そうですか。約束して下さるのでしたら、ボクはこれ以上何も言いません」
「クロードさま……」
クロードのイケメンスマイルに、メアの顔が赤く染まっていく。
目にハートマークが浮かんでいるかのようだ。
おーい戻ってこいメア。
「あぁそれと」
そう言って立ち止まり、クロードが振り返り、にっこりと笑う。
「ボクは女ですよ」
「……へ?」
大きく口を開けて固まるメア。
もしかしたらワシの次はクロードに迫るつもりだったのかもしれない。
意外と見境がない奴である。
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