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319 メア⑧
しおりを挟む「ぅ……」
「あ、ゼフっち。メアちゃん目を覚ましたよ」
メアは小さく声を漏らすと、ゆっくり目を開ける。
「こ……こは……?」
「悪いがこの大陸にはあまり詳しくなくてな」
「もーゼフっちってば、メアちゃんはそういう事を聞いたんじゃないでしょ!」
レディアからぺちんとツッコミが入る。
ぼんやりと辺りを見渡していたメアは、向こう側に操者を失ったタイタニアが夕日に照らされているのを見つけた。
隣には、タイタニアが崩した岩壁の跡。
「……ここは、さっきメアちゃんが私を通せんぼしたところよ」
「そう……ですか……何となく思い出してきましたわ。私は確かゼフさまに負けて、タイタニアから落ちて……そして……助けていただいた……」
どこか夢でも見ているかのような顔で、メアは呟く。
夕日に照らされたその頬は、褐色の肌の上からでも赤く染まって見えた。
「……何故、あれだけ事をした私を助けてくれたのですか……?」
「ふん、目の前で死なれると寝覚めが悪いからな。化けて出そうだし」
おどけたように言うワシを見て、メアはクスクスと笑う。
「別に化けて出たりなどは、しませんよぉ」
「どうだか、執念深そうではないか」
「執念深くはありますけどぉ、そういう非現実的なものは信じておりませんわぁ」
メアの表情はいつの間にか、先刻の狂人めいたものではなくなっている。
どうやら少しは落ち着いてきたようだ。
またいきなりワシに飛びかかって来られたら、やりたくはないがあまり好ましくない手に出ざるを得なかった。
特にレディアに襲い掛かったら、加減をするつもりもなかった。
まぁギリギリ、穏便に済んでよかったと言ったところか。
やれやれと胸をなでおろす。
「……えぇっとぉ、ところでこれは一体なんでしょうかぁ?」
メアの身体は、その肢体に亀の甲羅を描くかのように縄で縛られていた。
これは以前、狂獣化したシルシュを調教する際に使った魔力の込められたロープである。
協会のマジックアイテムの一つで、とても丈夫なのだ。
メアが暴れても、そう簡単には千切れたりしない。
「あぁその……私は止めなさいっていったんだけどねぇ……ゼフっちがどうしても縛るって……」
「馬鹿者、あれだけの事をしてきたのだぞ。当然拘束くらいするべきだ。いきなり暴れられたらどうする」
「そりゃまぁ、そうかもだけどさぁ……」
文句をつけてくるが、どうもレディアには危機感が足りないようだ。
メアの戦闘力は常軌を逸している。
というかレディアだって義手も破壊されたのだ。少しは怒っていいのだぞ。
だがメアは文句を言うどころか、どこか嬉しそうな顔をしている。
「いえいえ、構いませんわよぉ。お気持ちは痛い程にわかりますからぁ。……それにぃ、私縛られるのも意外と好きなのかもしれませんしぃ」
「あ、あの~メアちゃん?」
レディアの言葉も聞こえないかのように、メアが身体をくねらせ縄をその肢体に食い込ませる。
しかし痛がるどころか、逆に興奮しているようだ。
……今更だが、こいつちょっと危ないヤツのかもしれない。
ドン引きするワシに、メアが縛られたままの状態でグイと詰め寄ってきた。
「ゼフさま! それよりも先ほどの非礼を詫びさせてください!」
そう言ってメアは、ものすごい勢いで頭を地面に叩きつける。
ずどん、と凄まじい音がして、メアの頭が少し埋まった。ピシピシと地面がひび割れる音が聞こえる。
何と言う荒々しい土下座だろうか。
「私、熱くなるとどうも自分をコントロール出来なくなってしまいますの……本当に何と詫びていいやら……」
「う、うむ……別に反省してくれたのなら構わんのだが……」
「それでは私の気がすみませんわっ! どうかっ、何でもいたしますのでっ!」
顔を上げ、メアはまっすぐワシを見つめる。
貫くような目の光には先刻の狂気の色が仄かに灯って見えた。
なるほど、これがメアの本質。
思い込んだら踏み留まることなく突っ走る。
それが人からどう思われるかなど関係なく、自分がやりたいと思った事ならなんでもやるのだ。
……ある意味、巻き戻す為に全てを捨て去った昔のワシに似ているかもしれないな。
そう考えるとあまり憎めなくなってしまった。
やれやれ、我ながら甘いな。そうため息を吐き、ワシはメアを見つめ返す。
「……わかったよ。ではメア、道案内を頼めるか? ワシらはこの地に来て日が浅くてな」
「え……? そ、そのような事でいいのですか……? 鞭打ちや水責め、火責めなどは……?」
「そんな事をしてワシに何の得がある……」
「あぁん、ちょっと残念ですわぁ」
いきなり物騒な事を言い出すやつだな。
呆れるワシの袖を、レディアがくいくいと引っ張ってくる。
(ちょっとゼフっち、メアちゃん連れて行くつもりなの?)
(いいではないか。ワシらの目的は黒い魔物の討伐、手掛かりなしではどうしようもないだろう。それにメア程の戦闘力があれば、足手まといにはなるまい)
(そりゃそーですけど……はぁ、皆がどう言うか……)
心配そうな顔で、頭を抱えるレディア。
確かにメアはちょっとアレなところがあるが、背に腹は代えられないだろう。
案内人がいなければ、この見知らぬ地では何が起こるかわからない。
「黒い魔物? ゼフさまたちはそれを探しているのですかぁ?」
どうやらワシらの内緒話が聞こえていたようだ。
メアが話に割って入ってくる。
「知っているのかメア?」
「少し前、おお~きな黒い竜を見たことがありますわぁ。他にも真っ黒な生き物がちらほら……それのことでしょうかぁ?」
思わずレディアと顔を見合わせる。
まさにビンゴというやつだ。
「それだ! そいつらはどこにいる!?」
「えぇっと……北の方に精霊と呼ばれるヘンな種族が住んでいる森があるのですよぉ。そこに行った時、見ることができましたわぁ」
「精霊……それってアインちゃんたちの事……?」
「恐らくな」
黒い魔物は、アインたち異界の使い魔と似た方法でワシらの世界に具現化していた。
という事は両者は似たような存在である可能性が高いといえる。
住んでいる場所も同じだし、行ってみる価値はある……か、
――――決まりだ。
メアの言う場所に行けば、目的である黒い竜……ティアマットのオリジナルと会えるかもしれない。
「メア、そこへ案内出来るか?」
「も……もちろんですわっ! ゼフさまぁ!」
そう言ってメアはぶちぶちと拘束を引き千切ると、思いきりワシに抱きついてくるのであった。
どうやら縄は意味なかったようだ。ものすごい力である。
「……おい、痛いぞ」
「す、すみませんですぅ……あはは」
「あっはは、メアちゃんは少し力の使い方をコントロールするやり方を学ばないとねぇ」
「シルシュにしていたようにしてみるか?」
「そ、それはちょっと……私が教えたげるからさ!」
あっははと笑うレディアを、メアは不思議そうに見ている。
ともあれ、だ。
「――――よろしくな、メア」
「はいですわぁ!」
ワシの差し出した手を、メアは力強く握りしめるのであった。
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