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連載
318 メア⑦
しおりを挟むタイタニアは軽量化の為かはたまた視界確保の為か、意外と隙間が多くあっさりと中に入り込むことが出来た。
まるで肋骨を思わせるようなタイタニアの内部はほぼ石で出来ており、それを繋ぎ合わせるように鉄板が張り巡らされている。
眼下には走り去っていくレディアの姿が見えた。心配そうにこちらを振り向くレディアに念話を送る。
《いいから任せておけ》
《……ん》
名残惜しそうに去っていくレディアを見送る。
とりあえず、これでレディアの安全は確保されたか。
(あとはメアをどうやって止めるか……だな)
メアの方に視線を移すと、狂気に濁った瞳でワシをじっと見つめていた。
……しかし厄介な事に巻き込まれてしまったな。
蛇に噛まれそうになったのを助けただけでこうなってしまうとは、迂闊に人助けなどするものではない。
ま、それがワシの性分なのだが。
「あはぁ、ゼフさま? 他の女をよそ見するのはやめて、私だけを見ていただけますかぁ?」
「生憎、興味のない女に向ける程、ワシの目は余っていないのでな」
「では私だけしか見られないようにしてあげますわっ!」
メアがゆらりと身体を傾けたかと思うと、こちらに向かって跳びかかってきた。
立っていた石の上にヒビの入った足型が残っている。
おいおいどんな踏込みの強さだよ。驚くワシに、高速でメアの攻撃が迫りくる。
――――握撃だ。こんな巨大な石の塊を動かすメアの力で掴まれたら、骨まで砕ける。
ギリギリで身体をひねって躱した直後、凄まじい程の風圧がワシの眼前を通り過ぎていく。
さしずめ黒い風、ワシの後方に着地したメアは残念そうに舌打ちをした。
メアが閉じた掌を開くと、ワシの衣服の破片がはらりと舞い落ちる。
まるで猛禽類を思わせるようなメアの爪……気のせいか、先刻より伸びている気がする。
「今のを避けますかぁ、流石ですわ、ゼフさまぁ」
「無茶をするではないか……殺す気かよ」
「あらぁ?そんなことありませんわよ。……ただ腕の二、三本は千切ってもいいかと思っています……がっ!」
更なる跳躍を見せるメア。ガガガ、と何度もワシの周囲を跳び回り、翻弄してくる。
ワシの腕は三本もないわ馬鹿者が。そう毒づいてタイムスクエアを念じる。
時間停止中に念じるのはブラックブーツを三回。
――――三重合成魔導、ブラックブーツトリプル。
ワシの全身を旋風が覆い、身体が一気に軽くなる。
迫りくるメアの握撃を、今度は反応して躱す。
着地したメアは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに薄ら笑いを浮かべる。
「あらすごい……でもゼフさまなら、そのくらいやってくるのは想定内ですわぁ」
「……中々見る目があるではないか」
「ふふ、自信家ですのねぇ……そういう所も素敵ですわよぉ」
メアは口元をゆがめて笑うと、力を貯めるかのように深くしゃがみ込む。
ビキビキと、軋むような音がしてメアの太腿が倍ほどの太さに膨れ上がった。
直後、衝撃音と共にメアの姿が消える。
その突進は先刻のものより更に、疾い!
(マズ……っ!? 見えないっ!)
咄嗟に手をかざし、タイムスクエアを念じる。
時間が止まった世界の中、ワシの義手は既に真っ二つに切り裂かれていた。
腕の二、三本もという言葉は本気なようだ。
知りたくもない事実ではあったが。
(それよりもメアはどこへ……?)
飛び散る金属片の軌跡の先は、真っ直ぐワシの後ろへと続いている。
ということはメアは今、ワシの背後か!
細かい位置はわからんし、確認している暇もない。……ここはあれで行くか。
改めて時間停止中に念じるのはブルーウェーブ、グリーンウェーブ、ブラックウェーブ。
――――三重合成魔導、アイシクルウェーブ。
時間停止が解除されると共に、ワシを中心に冷気の渦が巻き起こり、広がっていく。
「冷……っ!?」
背後で聞こえるメアの悲鳴。どうやらヒットしたようだ。
振り返るとメアは白く輝く義手を持ち、霜の生まれた鉄骨の上で立ち尽くしていた。
無論動こうともがくメアだが、手足の表面が凍結した金属と引っ付き、剥がれなくなったのである。
「あぁ動かない方がいい。無理すると皮膚が破れてしまうぞ。完全にくっついているからな」
「く……また奇妙な技を……!」
ま、これはただの自然現象なのだが。
先刻の村でのミリィとの会話で、メアは氷を知らない様子だった。
この暑い地域では氷というものが存在しないのだろう。
なので冷えた金属に素手で触るとくっつくという現象も知らないのである。
ワシがぎし、ぎしと霜の張った鉄骨の上を往くのを見て、戸惑うメア。
大したパワーとスピードだが、動けなければどうという事はない。
「さてと、終わらせてもらうぞ」
「く……ち、近づかないでくださいっ!」
「おいおい、追ってきたのはメアなのだがな……」
そう言って、ワシは魔力を集中させメアに向け発する。
――――威圧の魔導。
相手に強い威圧感を与える魔導である。それを受け、びくんと身体を震わせるメア。
「ひっ!? な、なんですのそれは……っ!」
「さぁてね」
我流故、本来であれば大した効果はない筈なのだが、今のメアにはよく効いているようだ。
氷や威圧の魔導といった、メアの見た事のないモノ。
立場が逆転し追い詰められた事で恐怖に駆られているのだろう。
「……う……うぁああああああああああああっ!!」
メアは叫び声を上げ、半狂乱になりながら暴れ始めた。
ぶんぶんと手に張り付いた義手を振るう。
一振りたびに凍りついていた手足の皮膚がぷちぷちと破れ、じわりと血が滲んでいく。
「おいメア! 暴れるな! それ以上はお前が……」
「来ないでくださいましっ!」
ぶぅん、と思いきり振り下ろされた義手は空を切り、壁に叩きつけられバラバラに砕け散った。
その衝撃でメアの手足は凍りついた金属板から解放された……が、同時に代償に皮膚が裂け鮮血が噴き出す。
ぐしゅう、とトマトが潰れたような音がして、メアの手足から血が噴き出す。
「あ……」
そう言葉を漏らし、メアは足を滑らせた。
立て直すことも出来ず、そのままタイタニアの下へと落ちていく。
「きゃあああああっ!?」
「メア!」
くそ、世話の焼ける。
メアを追い、ワシも飛び降りるが……間に合わん。このままではメアの方が落ちてしまう。
「タイム……スクエア……っ!」
時間停止中に念じるのはレッドクラッシュとブルークラッシュ。
――――二重合成魔導、バーストクラッシュ。
を、後方に向け解き放つ!
どおん、とワシの背後で巻き起こる大爆発。
一気に加速したワシは、徐々にではあるが、メアが近づいてきた。
「あと……少し……!」
手を、指を伸ばし、メアの手の、指の、その先端を――――掴む。
そしてぐいと抱き寄せた。
抱きかかえられたメアは、不思議そうにワシの顔を見て呟く。
「ゼフ……さま……どうして……」
「いいから黙ってろ!」
「……はい」
そう言って、メアはワシの身体にしがみつく。
だが地面がもう近い。ならばとばかりにブルースフィアを念じる。
地面のすぐ上に高速回転する水球が出現。そこへ、メアを抱いたまま突っ込んだ。
ざぶんと水に濡れた感覚の直後、ワシの身体は激流に飲まれる。
(ぬぐ……っ! 我ながら凄まじい程の回転、上も下も分からなくなりそうだ……っ!)
だが高速回転する水球はワシらの落下の勢いを殺し、そのまま彼方へとぶん投げた。
地面との激突を待つワシの耳に、レディアの声が聞こえる。
「ゼフっち!」
直後、ワシは柔らかな感触に抱きとめられた。
くらくらする頭を叩き起こし目を開けると、ワシの目にレディアの顔が映る。
「……なんだ、任せろておけと言ったのに……戻ってきたのかよ」
「あっはは、心配だったからねぇ……」
「全く、信用の無い事だ」
「……そりゃもう、信用なんて出来るわけないじゃん。ゼフっちってば、いつも危ない事ばかりするんだもん」
指で目に浮かぶ涙を拭きながら、レディアはワシを見てくしゃりと笑う。
ぽたりとワシの頬に落ちる涙の感触を感じながら、ワシは普段通り突っ込む。
「……だから前を見ろというのに」
「あっはは」
応えるレディアは仕方ないなとばかりに前を向き、バイロードを走らせるのだった。
全く、危ない事をするのはお互い様だぞ。
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