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316 メア⑤
しおりを挟む「うふ……ふふふ……」
ゼフたちの逃げた後、メアは誰もいない寝室で一人、薄ら笑いを浮かべていた。
意を決して迫った相手に拒絶され、あまつさえ他の女に寝取られ、逃げられ……強烈な眠気で混濁したメアの頭の中を、ぐるぐると様々な思いが巡る。
遠ざかっていくバイロードの音だけが、メアの意識をなんとか繋ぎ止めていた。
「逃がしま……せんわぁ……!」
殆ど無意識にそう呟くメア。
足取りもおぼつかない様子でベッドを降りる。
「……っ!?」
その拍子に、メアはバランスを崩して尻餅をついてしまった。
彼らは手練れだ。通常時でもまともに戦えば後れを取る恐れもある。
こんなフラフラでは、とてもではないが彼らを追う事は出来ない。
「しっかり……しなさいな……メア……っッ!」
そう呟くと、メアは足元にあった一本の酒瓶を握りしめる。
更にそれで、自身の頭を思い切り叩きつけた。
ガシャァァン、と響く破裂音。
バラバラとガラスの破片が辺りに散らばる音を聞きながら、メアの頭は冷えていく。
頭部から吹き出る血、目の前が真っ赤に染まり、同時にメアの頭にかかっていた霞が晴れていく。
「ふー……ふー……はぁ……これで……ゼフさまを追えますわぁ……!」
ポタポタと頭から流れ落ちる血をぺろりと舐めて、メアは不気味に笑う。
メアは知るよしもないが、スリープコードは脳へ衝撃を加える事で解除が可能なのだ。
メアは直感で、その弱点を突いたのである。
「逃しませんわよ……あぁでも、アレ《バイロード》はすごく早いですから走っても追いつけない……そうだ、タイタニアを使えばいいのでしたぁ……」
ふらり、と立ち上がると、メアは階段を降りていく。
床板を剥ぎ取ると鉄の扉があらわれた。
ギギギと音を立て、鉄の扉が開くと中にあるのは黒光りする石の巨人。
これぞメアがつい先日完成させたモノ――――タイタニア、である。
「うふふ……楽しい追いかけっこの始まりですわぁ……」
メアの言葉に呼応するように、タイタニアの瞳がギラリと光るのだった。
ワシらを乗せたバイロードは、村の外へ向けひた走る。
レディアの運転は相変わらずおっかないが、今は非常時なので飛ばしてくれるのはありがたい。
眠るミリィの頭が、振動のたびにがっくんがっくんと揺れている。
「それにしてもいいタイミングだったぞ。レディアの予感がズバリだったな」
「何か胸騒ぎがしたんだよねぇ……それにしてもいきなり襲うなんて……」
「あぁ、まさか夜這いをかけて来るとは思わなかったな」
「ぶっ!」
ギャリギャリと土煙を上げながら、バイロードがあわや横転とばかりに傾く。
あ、危ないな……ワシはともかくミリィがぶっ飛ぶところだったぞ。
だがミリィはワシの心配など無用とばかりに眠ったままだ。
ぎぎぎ、とぎこちない動きでレディアがワシの方を向いてくる。
「そそ、それでどどど、どうしたのかなぁ? ゼフっちぃ……?」
「いや、レディアが間に合ったからな。なんとか逃げ出したよ……というか前を見ろ前を」
ワシの言葉に渋々前を向くレディアだが、まだこちらを睨んでいる。
ただでさえバイロードに乗るのは怖いのだ。
運転手が後ろを向いたままなど、生きた心地がしないのだが。
「……案ずるな。別に何もなかったよ」
「ならいいけどさぁ……ミリィちゃんやクロちゃんならともかく、今更ぽっと出の娘にゼフっちを持っていかれたら敵わないわよ、もう……」
「何か言ったか?」
「いーえ、べっつにー?」
べーと舌を突き出すレディア。
どうやら不機嫌にさせたようだ。荒々しくバイロードのアクセルを回す。
抱えていたミリィが苦しそうに声を漏らした。どうやら先刻の運転で、うなされ始めたようだ。
「……ところでさ、これからどうするの?」
「そうだな、とりあえず一旦戻……」
ごぉぉぉぉん、とワシの声が後方からの轟音にかき消される。
思わずレディアと共に振り返ると、夜の闇に何やら巨大な物体があらわれた。
「なっ!? 何よアレっ!?」
驚き声を上げるレディア。
なんと、巨人がドスドスと土煙を上げながらワシらを追ってきているではないか。
『あははぁ、お待ち遊ばせぇ~』
しかも巨人から聞こえてきたのはメアの声だ。
どうやらアレに乗っているようである。
『私のタイタニアからは、逃げられませんわよぉ~っ!』
タイタニア、そうメアの呼ぶ巨人は石の鎧に包まれている。
否、あれは恐らく石を組み合わせ、作られたゴーレムのようなものだ。
ワシらの大陸ではゴーレムは魔導で動かすのがポピュラーだが、あのタイタニアからは魔力を感じない。
動力は何なのだろう……気にはなるが、そんな場合ではない。
「あれ、多分先日完成したばかりっていってたやつだよ。動きも出来も、荒いもん」
「確かに、完成度は低く感じるな」
レディアの言うとおり、あのタイタニアとやらはやたらとゴチャゴチャしている。
とはいえ性能は折り紙つきだ。
見た目鈍重そうだが、その速度はバイロードに勝るとも劣らない。近くの家々を蹴散らしながらワシらに迫ってくる。
「ふーむ、あんな走るのに非効率的なボディでバイロードと同じくらいの速度を出すとは……一体どんな動力を使ってるのだろう……」
「分析している暇はないよっ!」
レディアの声と共に、タイタニアがその巨腕を地面へと叩きつける。
そしてごりごりと地面を削り取り、救い上げた土を――――思いきり投げつけてきた。
『そぉーれ! ですわぁ!』
タイタニアの投げつけた土は広範囲に撒き散らされ、ワシらへと迫り来る。
躱す場所はないが、問題はない。迫りくる土の雨を防ぐべく手をかざしブルーウォールを念じた。
出現した氷の壁が土を弾く。
「今度はこちらだ。悪いが少々乱暴に止めさせてもらうぞ」
あんなデカブツ相手に加減をする余裕まではない。
氷の壁を投げ捨てて、タイムスクエアを念じる。
時間停止中念じるのはレッドスフィア、ブラックスフィア、グリーンスフィア。
――――三重合成魔導、ヴォルカノンスフィア。
「……足を壊させて貰うっ!」
タイタニアの片足を狙い発動させる。
溶岩弾の一撃が片足を破壊しタイタニアは走行不能に陥る……そのはずであった。
『ふふん、なんですの、それはぁ?』
だがタイタニアの足は、溶けるどころかびくともせずにこちらへと向かってくる。
熱により一瞬緋色に染まったが、それだけだ。
硬いな……ヴォルカノンスフィアはただの岩程度なら一撃で融解させるのだが。
やはり特殊な石なのだろう。
何事もなかったかのように、タイタニアはワシらへの追跡を再開する。
「無駄、無駄、無駄、無駄、ですわぁ~っ!」
どすん、どすんと土煙を上げながら、タイタニアはしつこく追ってくる。
何度か魔導を放つが、
くそ、思ったより隙がない。
「それにしてもメアの奴、無茶苦茶だな」
「家とか壊しまくってるもんねぇ……」
メアの駆るタイタニアは建物を踏み潰しながら走ってくる。
逃げ惑う町人たち。うーむ、被害はすでに甚大だ。
これ以上、ここでやり合うわけにはいかんな。
「レディア! 村の外へ向かって走ってくれ!」
「もう向かってるわよ! すぐに出る……っ!」
大きく傾いた家の屋根に飛び乗り、そのままアクセルを全開に回して、飛ぶ。
一気に跳躍したバイロードは村の外へ降り立った。
何度かバウンドしながらも、すぐに走行を開始する。
「ふい、これで余計な被害はでないねぇ」
「あとはタイタニアとやらをどうするか、だな……」
メアの駆るタイタニアと、建物を吹き飛ばしながら村の柵をぶち破って追ってきた。
あれを倒すには大技でなければ厳しいか。
とはいえ安定感のないバイロードの上からでは大した魔導は撃てないし……どうしたものかと考えていると、抱きかかえていたミリィがもぞもぞと身体を揺する。
「ふぁ……なにぃゼフ、大きな音出してぇ……」
どうやら今の騒ぎで目が覚めたようだ。
ミリィが眠そうに声を出す。
ガコン、と石を踏んだバイロードが大きく跳ねた衝撃でミリィがしがみついてきた。
「ひゃっ!? な、なに!? ここはどこっ!?」
「騒ぐな、舌を噛むぞ」
コクコクと頷くミリィは、バイロードに乗っている事に気づくと、顔を青ざめた。
「えっと、どういう状況?」
「色々あってメアから逃げているのだ。……アレで追ってきている」
どすどすと土煙を上げながら迫るタイタニアを見て、ミリィは驚き目を見張る。
「うわデカ! ……何アレ?」
「メアの作った巨人……タイタニアというらしい。止めようとはしているが、決定打がなくてな……ワシらだけでは分が悪いかもしれん。悪いがミリィは皆を連れてきてもらえるか」
「わかったわ! ……けどゼフたちはどうするつもり?」
「何とか逃げ続けて見せるさ」
「……無理はしないでね」
「馬鹿者、心配は無用だ」
心配そうにワシを見るミリィの頭に手を載せ、ぐりぐりと撫でてやる。
「……では行け」
「うんっ!」
ミリィはバイロードから飛び降りると、空中でウルクを呼び出しそれに跨がる。
それと共に、バイロードはぐんと加速していくのだった。
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