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連載
315 メア④
しおりを挟む「起きていらっしゃいますよね。ゼフさまぁ……?」
部屋に入ったメアは、ゆっくりワシのベッドへ近づいてくる。
どうやらワシが起きている事も気づいているようだ。
寝たふりでやり過ごそうと思ったがそうもいきそうにないな……ワシは身体を起こし、メアを正面から見据えた。
「……こんな夜更けに何の用だ?」
「ふふ、いけずですねぇ。女の子がこんな恰好で寝室に来たのですよ? 用事なんか決まっているじゃないですかぁ」
ぺろりと上唇を舐めながら、メアは寄り添うようにベッドに腰掛けた。
自身をくるんだシーツの下にはメアの褐色の肌が覗いて見える。
およそ少女らしくない、蠱惑的な表情。
エルフという種が長寿である事を再確認させられる。
「先刻は、蛇から守ってくださってありがとうございますぅ」
「……気にするな」
「いえいえ気にしますわぁ。それに私、ゼフさまが蛇から守ってくださった時、胸を射抜かれてしまいましたのよぉ」
「――――おい」
近づくメアの額に手を当て、押し返す。
だがメアはさして気にする様子もなく、ぐいぐいとワシに迫り来る。
「やめろ。そんなつもりで助けたわけではない」
「あん♪ ゼフさまったら……でもつれないところも素敵ですわぁ」
だが、聞く耳持たぬといった具合である。
メアはくすくすと笑いながら、ワシの頬に細い手を伸ばし、ゆっくりと降ろしていく。
頬から首元へを伝い、胸元へ……そしてちらりと上目づかいでワシを見上げ、呟く。
「私……ゼフさまとの子供が欲しくて……」
「は?」
思わず絶句する。
いきなり何を言いだすのだこいつは。
目が点になるワシにも構わず、メアは続ける。
「だってそうじゃないですかぁ。自分の分身を世に残し、知識を、経験を継がせることが出来るのですよぉ? 素晴らしいじゃありませんかぁ!」
「意味が分からんぞ……」
「だから私は! ゼフさまとの子供が欲しいのですぅ!」
興奮した様子でまくしたてるメア。
どうも話が通じない。いきなり子作りとは頭が飛びすぎだろう。
ドン引きするワシに狙いを定めるように、近づいてくる。
「ですからぁ……ね?」
メアの手は更に下へと降りていき、ワシの腰元に手を触れる。
布団の下の膨らみに気付いたのか、メアは目を細めてこくりと喉を鳴らした。
「ほら、ゼフさまだってこんなに窮屈そうに……」
言いかけた瞬間、メアが手に触れていたモノが布団の下で、ごろんと動く。
「……っ!? な、なんですのっ!?」
慌ててメアが布団を剥ぎ取ると、中から出てきたのは、すやすやと寝息をたてるミリィである。
メアが何か企んでいるのを察したワシは、念のため酔い潰れたミリィをベッドへと入れておいたのだ。
……とはいえまさかこんな事になるとは思っていなかったが。
「ふにゃ……?」
のんきな顔で声を漏らすミリィ。
おい早く起きろ、修羅場だぞ。
「そんな……でも……いえ、しかし……」
よろめきながら、メアはワシから離れていく。
相当ショックだったようである。何か誤解されている気もするが……まぁ好都合かもしれないな。
ミリィを抱き寄せ、メアを睨みつける。
「……ま、そういう事なので、諦めて貰うと助かる」
「ふ、ふふ……ありえない……ありえませんわぁ……」
メアはワシの言葉も届かないといった感じで、不気味に独り言を繰り返している。
やんわり断ったつもりだったが、どうも逆鱗に触れたようだ。
異様な雰囲気が周囲に漂い始め、みし、みしと何かが軋む音が聞こえてくる。
……いったい何の音だろうか。
「ミリィさまみたいなのでいいなら私の方が相応しい……ゼフさまには……私の方が絶対……絶対…………」
メアはぶつぶつと何やら呟いている。
狂気に染まるメアの顔に、背筋がぞわりと泡立つ。
怖い。怖いぞメア。
「メア、とりあえず落ち着け。ワシの話を……」
「ゼフぅ……ダメだってばぁ……」
言いかけたところで、ミリィがワシに抱きついてきた。
抱きついたまま、頭をぐりぐりと押し付けてくる。
それを見たメアが、完全に固まった。
しばし硬直していたメアだったが、不意にくすくすと不気味に笑い始める。
「あ……ははぁ……もういいですわぁ……」
とはいうものの、諦める様子は全くない。
ジリジリと、にじり寄って来る。
「ダメならダメで……力づくで奪い取るだけですからぁ!」
「ちっ!」
一瞬にして膨れ上がる殺気を叩きつけるように、眠るミリィへと飛びかかってくるメア。
――――疾い。
運動能力が高いとは思っていたが、その範疇を遥かに超えている。
咄嗟に手をかざし、タイムスクエアを念じる。
時間停止中に念じ、解除と同時に発動させるのはスリープコード。
目を見て発動させると相手を眠らせることが出来るが、念唱時間が非常に長い魔導である。
だがタイムスクエアを使えば、即座に発動させる事が可能。
「く……っ!?」
ぐらりとメアがよろけ、ベッドへと倒れ伏す。
よし、効いてくれたな。ここは逃げるが勝ちという奴である。
眠るミリィを抱きかかえ、ベッドを飛び降りた。
「一応親切にしてもらった恩もあるし、乱暴にはしたくないからな。悪いがこのままおさらばさせて貰うとするか……っ!?」
眠らさせたはずのメアが、ベッドからむくりと起き上がる。
馬鹿な、スリープコードがまともに入ったはず……だがしかし、メアはゆっくりと起き上がりこちらを向き直る。
「あ……はぁ……不思議な技を使いますのねぇ……? ますますゼフさまの事が欲しくなってきましたわぁ……」
ぽたぽたと、メアの口元からは血が滴り落ちている。
なんと……スリープコードによる眠気を、舌を噛み切って耐えたというのか。
確かにスリープコードを痛みで無理矢理押さえつける事は可能だが……余程の反応速度と思いきりが必要だ。
「く……ぅ……?」
小さくそう漏らし、ガクンと片膝をつくメア。
だが流石に完全に耐えきる事は出来ないようだ。この様子では追ってこれまい。
改めて部屋を出ようとすると、外の方でバリバリと爆裂音が聞こえてくる。
おっと、丁度いいタイミングで来たようだな。
「ゼーフーっちーっ!」
見下ろすとそこにいたのは、レディアのバイロードである。
「そんな……酔わせ潰したはずですのに……」
「生憎だったな。レディアは酔わない体質なのだよ」
それでも珍しく顔を赤くしていたので、少しは酔っていたのかもしれないが。
しかしすぐに素面に戻ると、胸騒ぎがすると言ってバイロードを取りに行ったのである。
レディアのカンがズバリ的中だったな。
「……ではな、世話になった。機会があればまた会おう」
「お待ちくださ……」
メアの言葉を最後まで聞くことなくワシはミリィを抱え、窓から飛び降りるのであった。
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