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連載
307 ゴーストシップ⑦
しおりを挟む小舟に乗ってすぐ、ゴーストシップが徐々に消滅していくのが見える。
ドレイクデッドのブルーバレットを、船内で跳ね返しまくったからかもしれない。
なんだなんだで、色々と噛み合った相手だったな。
さて脱出だ。救助を要請すべく、ミリィへと念話を送る。
《脱出成功だ。ロープを降ろして貰えるか》
《ゼフっ! 無事だったのねっ!》
ワシの念話の直後、ミリィが甲板の上からいきおいよく顔を覗かせてきた。
危なっかしい奴だな、落ちても知らんぞ。
ワシらを見つけたミリィは、満面の笑みで大きく手を振っている。
「すぐロープ降ろすからーっ!」
「頼む」
そう言うと、ミリィは顔を引っ込める。
ロープを取りに行ったのだろう。
さて、その間にクロードを起こしておくか。
「クロード、おい起きろ。クロード」
ぺちぺちとクロードの頬を叩いてやると、小さく声を漏らしながらゆっくりと目を開く。
「ん……ゼフ……くん……?」
「目が覚めたか」
「ぁ……ボクまた気を失って……」
「あぁ、だが安心しろ。もう終わったからな」
ワシが指差す先、ゴーストシップが霧に飲まれるように消滅していくのを見て、クロードは心底安心したような顔で息を吐いた。
ふにゃふにゃと腰砕けになり、力なく笑う。
「えへへ……安心したら力が抜けちゃいました……」
「今日はゆっくり休むといい」
クロードとしては精神的に負担が大きい戦いだったからな。
せめてワシが近くにいてよかったと言ったところか。
かろうじて笑ってはいるが、表情に普段感じる芯の強さがない。
ぽっきりと折れてしまったかのような、とにかく相当参っているようである。
早く休ませてやるとするか。
「ロープ降ろすよーっ!」
ミリィの声と共に、するすると甲板からロープが垂らされる。
クロードを抱いたまま、ワシはロープへとしがみつく。
「よし、引き上げてくれ!」
「おっけーっ!」
ぎし、ぎしとゆっくりロープが引き上げられていく。
やれやれ、これでやっとひと段落か。
クロードも同じことを思ったのだろう。力なく息を吐いた。
「カカーッ!」
その瞬間である。
海面から白骨化した腕が伸び、クロードの足を掴んだ。
「いやぁーーっ!?」
悲鳴を上げ、思いきりワシに抱きつくクロード。
海から飛び出してきたのはスケルトンパイレーツである。
トドメを刺してない奴が海を漂っていたのか。
即座にホワイトクラッシュを叩き込む。
「ガ……カガ……」
カタカタと骨を鳴らしながら、スケルトンパイレーツは消滅していった。
しぶとい事だが、流石にもう終わりだろう。
……ちなみにクロードはワシにしがみついたまま、完全に固まっていた。
両手足をワシの背に回し、万力のような力で締め付けてくる。痛いぞクロード。
「ご、ごめんなさいゼフ君……でも、あと少しでいいからこのまま……っ!」
「……まぁ構わないがな」
あと少しと言いつつも、引き上げられた後もワシにしがみついて離れないクロードであった。
仕方ないので、そのまま部屋まで運んでやったのである。
「……ふう、しかしえらい目にあったな」
クロードを部屋まで運んだワシは、甲板へと登ってきた。
ずっと朽ちた船の底に居たので、いい空気を吸いたくなったのだ。
甲板には戦闘待機しているミリィとセシルが残っていた。
「ゼフ、もういいの?」
「あぁ、クロードは眠ったよ」
ちなみにクロードは、眠るまでずっと手を握っていてくださいと、子供のようなことを言っていた。
しかも眠った後も中々手を離さなくて大変だったのである。
だがミリィはワシの答えが気に入らないといった顔で、じろりと睨んでくる。
「じゃなくて、ゼフは大丈夫なの?」
「む、当然だ。ワシを誰だと思っている?」
「心配をかけてばかりの副ギルマス様よっ! ……ホント、心配したんだから」
心配そうに目を伏せるミリィ。
ぽすん、とワシの胸を小さな手で叩いてくる。
……ふん、心配性な事だ。ワシはため息を吐いて、ミリィのデコを指でペチンと弾く。
「あたっ! 何すんのよもーっ!」
「全く、ワシの心配なぞ10年早いぞ。心配をかけてばかりのギルマス殿?」
「むぐぐ……私の方が年上なのに……」
膨れつらでワシを睨むミリィだが、その表情にはどこか安堵の色が見えた。
ま、素直でないのはお互い様だな。
「……仲が良いのですね」
「にひひ、まぁねー♪」
セシルの言葉に、ミリィがにっこりと笑って返す。
セシルの表情はどこか憑き物が落ちた様に、さわやかだ。
ミリィがセシルの手を取り、ワシの方へ連れてくる。
「さっき話してさ、仲良くなったのよ! ねっセシル!」
ちょっと前までいがみ合っていたような気がするが……まぁミリィはすぐ忘れるとしても、セシルの方は結構執念深そうな性格だと思ったのだがな。
訝しむワシを見て、セシルは礼儀正しく頭を下げてきた。
「ゼフ、あなたにも謝らせて貰いたい。先刻は色々と見苦しいところを見せてしまった」
「共に外大陸を目指す仲間だ。当然の事だろう」
「その当然の思考が私には出来ていなかったようで……ともかく非礼を詫びよう。すまなかった」
深く首を垂れるセシル。
プライドの高い奴だと思っていたが、案外話が分かるではないか。
それともワシの活躍が功を奏したのだろうか。少々無茶もしたが、結果オーライだ。
「わかった、これからは仲良くしていこう」
「そう言ってくれると、助かる」
差し出されたセシルの手を握り、固く握手を結ぶ。
それを祝福するかのように、霧が晴れ平穏な大海原が広がっていく。
境界を抜けたのだ。
「わぁ……きれい……」
ミリィが船べりから乗り出すようにして、外を見る。
他の皆も難所を抜けた喜びからか、手を取り合って笑い合っている。
ちらほらと、他のギルド同士でもそんな光景が見られた。
難所を超えた事で、皆の心がまとまったのを感じた。
うむ、雨降って見事、地面が固まったと言ったところかな。
(ぜ、ゼフ……)
感動にふけっていると、小声でセシルが話しかけてきた。
(私が女だと言う事はその……)
(あぁ、わかっているとも)
(そ、そうか……そうであったな)
ほっとしたようにワシから離れるセシル。
もしかして弱みを握られたと思ったから、仕方なくワシらに友好的に接する気になったのだろうか。
ワシとしては本意ではないのだが……思いがけずいいネタを手に入れてしまったな。
「……何ニヤニヤしてるの? ゼフ」
「くっくっ、気にするなミリィ」
ミリィの頭を撫でながら、ワシは遠く海の向こうを見やるのであった。
外の大陸は、近い。
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