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288 外の世界へ①
しおりを挟む首都プロレアへと帰還したワシは、任務の報告をするためイエラの待つ空天の塔へ向かった。
ワシが来ることが分かっていたかのように待ち構えていたイエラに、望みのモノをくれてやる。
「ヘリオンの迷宮地図、作っておいたぞ」
「おお、中々早かったではないか! 優秀優秀」
「色々あってな」
ダリオたちが別ルートで行動してくれたおかげで、本来の倍近い速度で埋める事が出来たのだ。
面倒事もあったが、まぁプラスマイナスゼロと言ったところか。
奴隷の娘たちも解放されたしな。
ついでに隷呪の首輪の事も報告しておく。
「なるほど、そんな事がのう……」
「うむ、あぁいったモノが出回ると秩序が乱れるからな。しっかり働いて貰わねば困るぞ。魔導師協会様?」
「はは、耳が痛いのう……あいわかった。派遣魔導師に闇市場の取り締まりを強化するよう伝えておこう」
――――隷呪の首輪、人の行動を束縛し自由を奪うアイテム。
復興で協会の手が回っていない状況だ。そういったモノが出回り始めているのかもしれない。
「ところでゼフよ。外の世界の調査の件だが、わらわも行く事になったぞ」
「ほう、どういう風の吹き回しだ? イエラはあまり外へ出るのは好きではないと思っていたのだが……」
「……人をヒキコモリみたいに言うでないわ。これでもエルフの森にいた頃はやんちゃで通っていてな。森のあちこちに行っては両親を困らせたものじゃぞっ!」
「くっくっ、自慢になっていないぞそれは」
イエラの言葉に思わず笑ってしまう。
まぁ確かに、塔にこもりがちでたまにウチに遊びに来るくらいのイエラだが、それでも森に引きこもって出てこないエルフの中では十分行動的と言えるか。
「……話を戻すぞ。外の世界の事はわらわが幼い頃、ばぁちゃまに少し話を聞いたことがある。もう何百年も前の事じゃが、当時調査に来ていたこちらの大陸の船が帰る際に、数十人のエルフがついてきたのじゃ。初めての船旅で大変じゃったと聞いている」
「そうなのか。ヒキコモリのエルフたちでも、慣れ親しんだところを離れるのだな」
「茶化すでない……エルフ族は排他的なものが多くてな。こちらの大陸に来た者は、他の種族の血が混じっている、と蔑まれていたのじゃよ。ほれ、耳が少し丸いじゃろ? わらわの祖父母たちは、遠い先祖に他の種と混じっていたそうじゃ」
イエラがぴこぴこと耳を動かす。もっとも純粋なエルフの耳がどうなっているかなどよくわからんのだが……そういえばエルフ、というか亜人種は他の血が混ざるのを極端に嫌うという話を聞いた事があるな。
それでこちらに来たエルフたちも、外へ出て来る事なく森へ引きこもっているのだろう。
「じゃからその……セルベリエがあちらの大陸に行ってイジめられないか心配でな……」
「は……?」
「ほれあの子、少し対人能力がアレじゃろ? 知らない人たちの中に入って行けるか、心配で心配で……」
「……ぷっ」
「な、何がおかしいのじゃ!」
「いや、心配する所がおかしいだろ。危険な道中だからではないのかよ」
「阿呆! セルベリエの問題は戦闘力よりも圧倒的にコミュ力であろうが!」
……まぁ確かに言う通りかもしれない。
とはいえセルベリエも少しは対人能力が上がっているし、流石に心配しすぎだと思うぞ。
だがくっくっ、笑えるのだから仕方ない。
笑いをこらえるワシをジト目で見ていたイエラは、やれやれといった顔で机の中をごそごそと漁る。
「あぁもう、今日は調子が狂ったわ。早く報酬金を受け取って帰るがいい」
「わかったわかった。くっくっ」
「だから笑うなと言っておるだろうがっ!」
そう言ってイエラが投げつけてきた金貨袋をキャッチする。
重いな。少し色を付けてくれたようである。イエラに礼を言い、ワシは空天の塔を立ち去るのであった。
「ゼフ殿」
「うおっ!?」
塔を出て歩いていると、いきなり背後から声をかけられた。
びっくりするではないか……振り返ると、黒髪のごく普通の少女が立っていた。
変装したサルトビである。
「さっちゃんか」
「……好きに呼ぶといい」
呆れたような物言いのサルトビ。ばれぬように気を使ってやったというのに。
表情は普通なのに、喋り方にドスが利いている。ギャップがなんか怖いぞ。
「どうかしたのか?」
「拙者もイエラ殿に同行する事になったからな。挨拶の一つでもしておこうと思ったのでゴザル」
成程、イエラが来ると言う事はサルトビも来るのか。
レディアにも匹敵する腕前を持つシノビ、更に原種の獣人でもあるサルトビは戦力としても申し分ない。
「とはいえ隠れて、だがな。表向きは料理人のサチとして乗り込む事になっている。他にも他の冒険者ギルドもいくつか乗るらしいでゴザル」
「そうか。わざわざ教えてくれたのか?」
「言いふらされては敵わぬからな。クギを刺しに来たのだ」
そう言って睨みつけてくるサルトビ。
くるりと振り返ってワシに背を向けると、マフラーを口元に当て呟く。
「……ではな。拙者も忙しい。けしてこの事は他言無用でゴザルぞ」
「あぁ、内密にしておくよ。さっちゃん」
「……」
ワシを一瞥し、サルトビは人混みに紛れて行った。
イエラにサルトビ、他の冒険者ギルド連中か……何とも賑やかな旅になりそうだな。
そしてイエラのくれた報奨金は七百万ルピ。バートラムから貰った支度金も含めると、かなりの装備が整いそうだ。
ついでに言うと、先日ダリオとの勝負で脅し取った金もある。くっくっ、資金は潤沢だぞ。
「八割くらいはレディアに任せて、残りは皆で色々買うか」
旅の準備に必要なモノを揃えるのは、商人組合に入っているレディアに任せるのが適任だ。
安く揃えてくれるだろうし、義手のスペアも造りたいと言っていたからな。
残りの金で十分装備は揃うだろう。
「とりあえず一旦戻ってから……ん?」
市場を通りかかると、見知った顔とすれ違う。
先日助けた奴隷の少女である。
少女もワシに気付いたのか、小走りで近づいてきた。
「あなたは!」
「よう、先日ぶりだな」
小走りで駆け寄ってきた少女はワシの傍で止まると、丁寧に頭を下げてきた。
「ありがとうございましたっ! おかげさまで私、私……っ!」
礼を言い、顔を上げて少女は微笑む。その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「うむ、気にするな。もののついでだよ」
「それでも……ありがとうございますっ!」
「ところでダリオのやつはどうなったのだ?」
「さぁ……私は気が済んだので途中で帰りましたが、他の二人はまだまだといった様子だったので……」
「……ま、自業自得だな」
無茶苦茶な事をしていたのだ。
自業自得という奴である。慈悲などあるまい。
……それにしてもこの少女、どこかで見た記憶があるな。
ワシが訝しんでいると、少女が首を傾げた。
「あの、もしかして何処かで会った事がありませんか……?」
「ふむ……?」
どうやら少女も同じ事を思ったようだ。
ワシが考え込んでいると、少女は慌てたように手をパタパタと振る。
「す、すみません。そんなはずないですよね……忘れて下さい」
「いや、気にするな」
だが、ワシは少女の事を思い出した。
以前……と言っても本当に昔だが、ワシがこの時代に戻った頃ナナミの街で出会った奴隷の少女だ。
高価なアクセサリーを渡し、時期が来たら自由になるために使えと言っておいたのだ。
それにしても、まさかまた奴隷になっているとは思わなかったが……
あの時は少女も幼かったし、それっきりだったからワシの事も忘れてしまったのだろう。
「しかし気をつけなければいかんぞ。世の中には悪い奴がいるのだからな」
「……はい」
しょんぼりと返事をする少女の頭を、ぽんと撫でてやる。
その時、彼女の胸元できらりと宝石のようなものが光った。
「それは……?」
「あ……これはその、昔ある人に頂いた大事なものなのです。その時から肌身放さず、ずっと持っているんですよ。あいつに見つからなくてよかったです」
そう言って、袖の下に仕込んだ袋を見せてきた。
あそこに隠しておいたのだろう。よく見つからなかったものである。
……しかし売って生活の足しにしろと言っておいたのに、まさかまだ持っていたとは。
「いつかあの人に、お礼を言いたいと思っているんですけどね」
遠くを見て、悲しげに微笑む少女。
ワシはそれを見てぽつりと呟いた。
「……それはもう叶ったのではないか?」
きょとんとした顔でワシを見る少女。
「えと、何か言いました?」
「何でもないさ。それより今度は気をつけろよ」
「……はい、本当にありがとうございました」
ずっと頭を下げ続ける名も知らぬ少女に別れを告げ、ワシは帰途へつくのであった。
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