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287 ヘリオンの迷宮⑦
しおりを挟む「う……」
「起きたか」
ヒーリングをかけ続けていると、傷ついていた女奴隷がゆっくりと目を開けた。
どうやらある程度回復したようだ。
ぼんやりとした表情で辺りを見渡した後、少女は目を伏せて自嘲気味に笑う。
「……私は見捨てられたのですね……」
主人であるダリオが見当たらない事に気づいたのだろう。少女は自嘲気味に笑う。
哀れに思ったのか、クロードが励ますように彼女の手を握り真っ直ぐ見つめる。
「気にする事ないですよ、貴女は悪い夢を見ていただけなのですから。元気を出して下さい」
今、歯がキラリと光ったような感じがした。
流石のイケメンスマイルである。
クロードの言葉に少女は頬を赤くしている。
おーい、そいつは女だぞ。
だが少女は、思い出したように表情を曇らせ目を伏せた。
「悪い夢……それだったらどんなにいいか……」
少女が首に装着された黒い輪を細い指でなぞる。
隷呪の首輪、これを付けられている以上彼女に自由は訪れない。
主人から離れ過ぎるとそこから送られてくる魔力を受け取る事が出来ず、首輪は徐々に締まっていき、数日後には死んでしまう。
逃げることすら出来ない彼女は主人から捨てられてなお、奴隷のままだ。
例え捨て駒にされ、運よく生き延びたとしても、生き続ける為には主人の下へ帰らねばならない。
「助けていただいてありがとうございました。……私は戻ります。運が良かったらまだ入口で待っていると思いますので」
「――――待て」
よろめき立ち上がる女の肩を掴み、止める。
彼女の短い黒髪がふわりと揺れ、ワシの方を振り返る。
「奴から解放されたくないか?」
「え……? そ、それはその……はい……」
「実はいい考えがあるのだ。ワシの話に乗ってみないか?」
「あなたは一体……? 何故私にそんな事を……?」
「なぁに、あぁいうのが気に入らないだけさ……皆も少し聞いてくれるか」
皆を集め、ワシの企みを伝える。
上手くいけばダリオに一杯喰わせる事が出来るかもしれない。
――――そしてワシらは地上へと戻る。
ダリオたちは既に入り口で待っていた。
予め渡しておいたマーカーでワシらが帰ってくるのを予見していたのだろう。
「やぁお疲れ様、随分と遅かったですねぇ」
「途中で大きな拾い物をしたのでな」
ワシの後ろから、先刻『拾った』少女が顔を出す。
それを見たダリオは驚いたような顔で口笛を吹いた。
「これはありがたい。迷宮ではぐれて困っていたのですよ」
「嘘つきなさいよっ! この人を見捨てたくせに……むぎゅ!?」
噛みつくミリィの口を押さえて無理矢理下がらせる。
ちょっと黙っていろ。ミリィが出てくると面倒になるのだ。
「……それより例の勝負の為に待っていたのだろう?」
「もちろんですとも」
やたら自信満々といった顔だ。
ワシらがダリオたちのずっと先を探索していたのは、マーカーの動きで分かっていたはずなのだ。
にも関わらずこの自信、やはり何か仕込んでいるな。
ともあれ互いに袋を取り出し、手に入れた収集品を並べていく。
「うわっ……あれ古代種の甲殻鎧……そ、それにカードが二枚も……」
ダリオが取り出す収集品を見て息を飲むミリィ。
並べられる収集品の中にはレアアイテムがちらほらと見られ、既にワシらのドロップアイテムの種類を超えている。
ミリィがワシの肩に乗せていた手を、ぎゅっと握る。
「ふふ、まだまだありますよ」
四階層分、五階層分と順に並べていく。
ダリオが探索していたハズの七階層分、そこで手が止まる……はずだった。
取り出されたのは八階層の魔物のドロップアイテム、蟲の鉤爪、折れた顎、強酸の液体……
「な、何で……?」
驚きの声を上げるミリィを見て、ダリオがにやりと笑う。
「マーカーをつけた奴隷たちと二手に別れて捜索していた……と考えれば不自然ではないのではないでしょうか?」
「そんなのずっこいじゃないっ!」
「静かにしろ、ミリィ」
「うぅ……」
そもそもダリオが本当にズルをしているのはそこではない。
恐らく、ダリオはこのダンジョンに幾度が来ている。
そして収集品を貯めていたのだろう。
最初のチェックの時は持っていなかったが、念話で保管してあるアイテムを使いの者に送らせ、この場に並べているのだろう。
早めにダンジョン探索を切り上げたのは、地上でそいつらと合流する為である。
ワシらの手に入れた分46種、それを見てダリオは得意げに47種目を取り出し並べた。
「ふふ、これで私の勝ち……ですね」
勝ち誇ったように笑うダリオだったが、まだ終わってはいない。
「いいや、まだだ。鋏虫の牙、琥珀の瞳、虹色の羽……」
「な、何……!?」
並べられていく収集品に、ダリオは驚きの声を上げる。
並べられた収集品はワシらが49種、ダリオたちが47種。ワシらの勝ちだ。
「馬鹿なっ! どんな汚い真似をしたのだっ!?」
「おいおい、やる前に袋の中身は互いにチェックしただろう? それにお前たちの方が先に出ていたのだから、細工をする暇などなかったはずだがな? 例えば自宅に貯めていた収集品を持ってこさせたり……とか」
「ぐ……っ!?」
図星だったのか口ごもるダリオ。
トレジャードロップは粗が多く、インチキなどやり放題のゲームだ。その程度は想定済である。
だが、ダリオたちはダンジョン最下層まで潜ってはいない。潜れるレベルではないのだ。
ヘリオンの迷宮は九階層と十階層の魔物が段違いで強く、最初にスカウトスコープで見た時のダリオたちのレベルでは七階層、頑張っても八階層が限度である。
前世の知識でこのダンジョンのドロップアイテムはある程度把握済み、少々レアアイテムを持ち出されても九、十層でのドロップ差で十分勝てる算段だった。
とはいえここまで露骨にレアアイテムを並べて来るとは思わなかったがな……ボスのレアドロップがなければ危なかったかもしれない。
「馬……鹿な……」
「やったぁっ! 私たちの勝ちぃ~っ!」
敗北を突きつけられよろめくダリオと、飛び跳ねてワシに抱きつくミリィ。
本当に負けるかもと思ったのだろう。ミリィは大いに喜んでいるようだ。
ぺちぺちと跳ねるツインテールが当たっている。
おい、くすぐったいぞ。
(それよりも、ダリオが敗北を認めた今がチャンス!)
皆の意識が逸れた一瞬を狙い、セルベリエの指先から魔導が放たれる。
黒き風の弾丸、ブラックショットが奴隷たちの首元を掠めると、隷呪の首輪がぶちりと千切れ落ちた。
高速かつ精密な魔導発動。見事である。
「ナイスだセルベリエ」
「今回のダンジョンではいいところがなかったからな……最後くらいは、だ」
片目を瞑り、不器用にウインクをするセルベリエ。
突如首輪が切れた少女たちは、困惑しているようだ。
「え……?」
「首輪が切れた……どうやっても外せなかったのに……」
「隷呪の首輪は主人が強い敗北感を受けた瞬間、その強度は格段に落ちる。その状態であれば簡単に外れるのだよ」
「そんな事は聞いていないぞっ!」
――――裏ルールだからな。
元々は裏世界でも少数しか取り扱っていないようなアイテムだ。
完全な仕様を知る者も少ないし、知っていても客に教えるような親切な輩などもっと少ないだろう。
だがそれは奴隷たちも同じ。
隷呪の首輪が外れたら主人の言葉に強制力はなくなる。だがそれでも、ずっと奴隷扱いを受けていた彼女たちは動けない。
隷呪の首輪の効果など知らないだろうし、『もしかしたら外れても効果が続いているんじゃあないか』という思いが残っているだろうから。
――――だから、彼女の協力が必要だった。
「このぉぉぉおおっ!!」
叫び声と共に繰出される回し蹴りがダリオのどてっぱらに突き刺さる。
蹴りを放ったのはワシらが迷宮で助けた少女。
レベル差のある彼女の攻撃は、見事ダリオを吹き飛ばした。
「がはっ!?」
「よくもっ! やってくれたわねっ!」
「やめ……っ! やめろっ! 何をしているかわかっているのかっ!」
「えぇわかっているわよ! 人をこき使って! 使い捨てにしてっ! あんたは絶対……絶対許さないっ!」
少女はダリオに馬乗りになり、何度も拳を振り下ろす。
他の少女たちも最初は遠巻きに傍観していたが、意を決したように頷き、攻撃に加わる。
「アンタのせいで私の人生めちゃめちゃよっ!」
「よくも私の婚約者をっ! 殺してやるっ!」
「ひ、ひぃぃ~っ!? やめてくれっ!」
元奴隷だった少女たちにボコボコにされていくダリオ。
レベル差もあるし、ひどい事になっているな。
当然止めるつもりはない。
隷呪の首輪から解放された事を分かりやすく伝える一番の方法は、奴隷の反逆だ。
あの少女には先刻、首輪を破壊してやるからすぐにダリオを攻撃しろと伝えておいたのである。
「ひ、ひどいものですね……」
「因果応報だな」
ダリオの奴、余程恨みを買ってそうだからな。
後の始末は彼女たちに任せよう。
「……ところでゼフ、結構ギリギリだったけどもしボスが出てこなかったら……どうするつもりだったの?」
「さてな。その時はミリィが責任を取るしかなかったのではないか?」
「ちょ……ひどくないそれっ!」
「これに懲りたらもっと慎重に行動すべきだな。何度も言っていると思うが?」
「うぅ……」
冷や汗を流し口ごもるミリィ。
たまにはいい薬だろう。
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