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第一部
1-44「再開に湧く(5)」
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先ほどよりも鋭さを増したカーブは音葉の手元でキュッと曲がり、ミットに収まることなく後方に逸れた。「ごめんなさい」と球を拾いに行った音葉を余所に新太は「やっぱりだ」と確信めいて顎をさする。
「へ?」
間抜けに答える彗に「はっきりとしたんだよ、違和感」と彗の方を向いて新太は音葉からボールを受け取り「腕の角度だ」と投げるポーズをとってみせる。
「腕の……角度?」
「そう。ストレートを投げる時と比べると、明らかに腕を振るスピードが遅くなってたんだ」
先ほど彗が投げたカーブの握りを左手で再現しながら、新太はゆっくりとフォームを確認するように腕を振り下ろした。音葉が駆け寄り「え? そんな風には見えませんでしたけど……」と首を傾げ、彗も「これまで言われたことなかったなー」と、自分のフォームを思い出しながらゆっくりと体を動かす。
「あ、そこ」と新太に言われて静止すると、右肘の部分を叩きながら「変化球を投げるとき、若干下がってる」とコンコンと扉をノックをするように彗の肘の内側を叩いた。
「んー……」
客観的に見てみないとわからないな、と首を傾げながらこんなもんかと何度も試行錯誤していると、見かねた新太が「明日の練習でブルペン入った時、動画でも撮ってやるからそれ確認しよう」と提案した。
「あざっす……ストレートってわかるだけで打たれるんすね、高校って」
「ある程度強いとこならピッチングマシンがあるからな。160キロを投げようが、ストレートが来るって分かれば対応できちまう」
「……だからあの人に打たれたのか」と彗は真司との対戦を思い出しながら呟いた。
一人で納得しかけていた彗だが、新太が「ま、昨日のホームランは球種じゃなくてコースもわかってたから打てた、曲芸に近いからな」と呟いたこと彗は再び混迷に突き落とされた。
彗は目を丸くして「え、どういうことですか?」と首を傾げる。
「簡単に言うと、リードが教科書通りだったってところだな。今頃、宗次郎にしごかれてるだろうなぁ、天才クン」
苦笑いを浮かべながら新太は「ま、今日はここでお開きにしよう。明日ブルペンに入るだろうから、動画撮って確認しよう。手伝うからさ」と、なんて相談しようか言葉に詰まり苦悶の表情をした彗の肩を叩く。
「それじゃ、二人はもう帰りな。電気とかいろいろやらなくちゃだから」
マネージャーの仕事をこなそうとする音葉と、先輩に雑用を任せるわけにいかない彗は『あ、手伝います』と声を重ねたが「ちょっと俺もやり残したことがあるし」と無理矢理に追い返した。
しぶしぶ、二人は帰路につく。
その姿を見送ると、一人ブルペンに残った新太は「さて、と」と呟いてストライクゾーンにペットボトルを四本、コースの端っこに立てると、マウンドからそのペットボトルめがけてボールを投げ込んだ。
ボールは見事命中。ぽん、と若干水の残っていたペットボトルが跳ねるのを見届けると、二球目の球を取り出してまだ立ったままのペットボトルめがけて投球練習を開始した。
※
「最後の、どういう意味だったんだろうね」
帰路につく音葉は、眉間にしわを寄せていた彗に話しかけた。
「んー、全くわからん!」
少々の悩む素振りすら見せず、清々しいまでに白旗を振る彗に思わず「自信、無くした?」と訊いてみた。すると、彗は「いーや、むしろ燃えるわ」と笑ってみせた。
「へー。なんでそう思ったの?」
「これまでやってた野球とは全然違うもんだって思うとさ、面白いんだよ。これから自分がどう上手くなっていくのかってさ……湧くね、めっちゃ楽しみだ」
まるで新しいゲームを買ってもらった子供のように、キラキラとした笑顔の彗。音葉はその顔を見て微笑んでいると「あれ、アイツ武山じゃね?」と彗が呟いた。
彗が指を差したその先には、暗がりで一人、ファミレスから出てきた一星の姿があった。
「何してんだアイツ」
自転車の方向を転換して、彗は一星の下へ。音葉もつられてその背中を追った。
「へ?」
間抜けに答える彗に「はっきりとしたんだよ、違和感」と彗の方を向いて新太は音葉からボールを受け取り「腕の角度だ」と投げるポーズをとってみせる。
「腕の……角度?」
「そう。ストレートを投げる時と比べると、明らかに腕を振るスピードが遅くなってたんだ」
先ほど彗が投げたカーブの握りを左手で再現しながら、新太はゆっくりとフォームを確認するように腕を振り下ろした。音葉が駆け寄り「え? そんな風には見えませんでしたけど……」と首を傾げ、彗も「これまで言われたことなかったなー」と、自分のフォームを思い出しながらゆっくりと体を動かす。
「あ、そこ」と新太に言われて静止すると、右肘の部分を叩きながら「変化球を投げるとき、若干下がってる」とコンコンと扉をノックをするように彗の肘の内側を叩いた。
「んー……」
客観的に見てみないとわからないな、と首を傾げながらこんなもんかと何度も試行錯誤していると、見かねた新太が「明日の練習でブルペン入った時、動画でも撮ってやるからそれ確認しよう」と提案した。
「あざっす……ストレートってわかるだけで打たれるんすね、高校って」
「ある程度強いとこならピッチングマシンがあるからな。160キロを投げようが、ストレートが来るって分かれば対応できちまう」
「……だからあの人に打たれたのか」と彗は真司との対戦を思い出しながら呟いた。
一人で納得しかけていた彗だが、新太が「ま、昨日のホームランは球種じゃなくてコースもわかってたから打てた、曲芸に近いからな」と呟いたこと彗は再び混迷に突き落とされた。
彗は目を丸くして「え、どういうことですか?」と首を傾げる。
「簡単に言うと、リードが教科書通りだったってところだな。今頃、宗次郎にしごかれてるだろうなぁ、天才クン」
苦笑いを浮かべながら新太は「ま、今日はここでお開きにしよう。明日ブルペンに入るだろうから、動画撮って確認しよう。手伝うからさ」と、なんて相談しようか言葉に詰まり苦悶の表情をした彗の肩を叩く。
「それじゃ、二人はもう帰りな。電気とかいろいろやらなくちゃだから」
マネージャーの仕事をこなそうとする音葉と、先輩に雑用を任せるわけにいかない彗は『あ、手伝います』と声を重ねたが「ちょっと俺もやり残したことがあるし」と無理矢理に追い返した。
しぶしぶ、二人は帰路につく。
その姿を見送ると、一人ブルペンに残った新太は「さて、と」と呟いてストライクゾーンにペットボトルを四本、コースの端っこに立てると、マウンドからそのペットボトルめがけてボールを投げ込んだ。
ボールは見事命中。ぽん、と若干水の残っていたペットボトルが跳ねるのを見届けると、二球目の球を取り出してまだ立ったままのペットボトルめがけて投球練習を開始した。
※
「最後の、どういう意味だったんだろうね」
帰路につく音葉は、眉間にしわを寄せていた彗に話しかけた。
「んー、全くわからん!」
少々の悩む素振りすら見せず、清々しいまでに白旗を振る彗に思わず「自信、無くした?」と訊いてみた。すると、彗は「いーや、むしろ燃えるわ」と笑ってみせた。
「へー。なんでそう思ったの?」
「これまでやってた野球とは全然違うもんだって思うとさ、面白いんだよ。これから自分がどう上手くなっていくのかってさ……湧くね、めっちゃ楽しみだ」
まるで新しいゲームを買ってもらった子供のように、キラキラとした笑顔の彗。音葉はその顔を見て微笑んでいると「あれ、アイツ武山じゃね?」と彗が呟いた。
彗が指を差したその先には、暗がりで一人、ファミレスから出てきた一星の姿があった。
「何してんだアイツ」
自転車の方向を転換して、彗は一星の下へ。音葉もつられてその背中を追った。
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