49 / 179
第一部
1-44「再開に湧く(5)」
しおりを挟む
先ほどよりも鋭さを増したカーブは音葉の手元でキュッと曲がり、ミットに収まることなく後方に逸れた。「ごめんなさい」と球を拾いに行った音葉を余所に新太は「やっぱりだ」と確信めいて顎をさする。
「へ?」
間抜けに答える彗に「はっきりとしたんだよ、違和感」と彗の方を向いて新太は音葉からボールを受け取り「腕の角度だ」と投げるポーズをとってみせる。
「腕の……角度?」
「そう。ストレートを投げる時と比べると、明らかに腕を振るスピードが遅くなってたんだ」
先ほど彗が投げたカーブの握りを左手で再現しながら、新太はゆっくりとフォームを確認するように腕を振り下ろした。音葉が駆け寄り「え? そんな風には見えませんでしたけど……」と首を傾げ、彗も「これまで言われたことなかったなー」と、自分のフォームを思い出しながらゆっくりと体を動かす。
「あ、そこ」と新太に言われて静止すると、右肘の部分を叩きながら「変化球を投げるとき、若干下がってる」とコンコンと扉をノックをするように彗の肘の内側を叩いた。
「んー……」
客観的に見てみないとわからないな、と首を傾げながらこんなもんかと何度も試行錯誤していると、見かねた新太が「明日の練習でブルペン入った時、動画でも撮ってやるからそれ確認しよう」と提案した。
「あざっす……ストレートってわかるだけで打たれるんすね、高校って」
「ある程度強いとこならピッチングマシンがあるからな。160キロを投げようが、ストレートが来るって分かれば対応できちまう」
「……だからあの人に打たれたのか」と彗は真司との対戦を思い出しながら呟いた。
一人で納得しかけていた彗だが、新太が「ま、昨日のホームランは球種じゃなくてコースもわかってたから打てた、曲芸に近いからな」と呟いたこと彗は再び混迷に突き落とされた。
彗は目を丸くして「え、どういうことですか?」と首を傾げる。
「簡単に言うと、リードが教科書通りだったってところだな。今頃、宗次郎にしごかれてるだろうなぁ、天才クン」
苦笑いを浮かべながら新太は「ま、今日はここでお開きにしよう。明日ブルペンに入るだろうから、動画撮って確認しよう。手伝うからさ」と、なんて相談しようか言葉に詰まり苦悶の表情をした彗の肩を叩く。
「それじゃ、二人はもう帰りな。電気とかいろいろやらなくちゃだから」
マネージャーの仕事をこなそうとする音葉と、先輩に雑用を任せるわけにいかない彗は『あ、手伝います』と声を重ねたが「ちょっと俺もやり残したことがあるし」と無理矢理に追い返した。
しぶしぶ、二人は帰路につく。
その姿を見送ると、一人ブルペンに残った新太は「さて、と」と呟いてストライクゾーンにペットボトルを四本、コースの端っこに立てると、マウンドからそのペットボトルめがけてボールを投げ込んだ。
ボールは見事命中。ぽん、と若干水の残っていたペットボトルが跳ねるのを見届けると、二球目の球を取り出してまだ立ったままのペットボトルめがけて投球練習を開始した。
※
「最後の、どういう意味だったんだろうね」
帰路につく音葉は、眉間にしわを寄せていた彗に話しかけた。
「んー、全くわからん!」
少々の悩む素振りすら見せず、清々しいまでに白旗を振る彗に思わず「自信、無くした?」と訊いてみた。すると、彗は「いーや、むしろ燃えるわ」と笑ってみせた。
「へー。なんでそう思ったの?」
「これまでやってた野球とは全然違うもんだって思うとさ、面白いんだよ。これから自分がどう上手くなっていくのかってさ……湧くね、めっちゃ楽しみだ」
まるで新しいゲームを買ってもらった子供のように、キラキラとした笑顔の彗。音葉はその顔を見て微笑んでいると「あれ、アイツ武山じゃね?」と彗が呟いた。
彗が指を差したその先には、暗がりで一人、ファミレスから出てきた一星の姿があった。
「何してんだアイツ」
自転車の方向を転換して、彗は一星の下へ。音葉もつられてその背中を追った。
「へ?」
間抜けに答える彗に「はっきりとしたんだよ、違和感」と彗の方を向いて新太は音葉からボールを受け取り「腕の角度だ」と投げるポーズをとってみせる。
「腕の……角度?」
「そう。ストレートを投げる時と比べると、明らかに腕を振るスピードが遅くなってたんだ」
先ほど彗が投げたカーブの握りを左手で再現しながら、新太はゆっくりとフォームを確認するように腕を振り下ろした。音葉が駆け寄り「え? そんな風には見えませんでしたけど……」と首を傾げ、彗も「これまで言われたことなかったなー」と、自分のフォームを思い出しながらゆっくりと体を動かす。
「あ、そこ」と新太に言われて静止すると、右肘の部分を叩きながら「変化球を投げるとき、若干下がってる」とコンコンと扉をノックをするように彗の肘の内側を叩いた。
「んー……」
客観的に見てみないとわからないな、と首を傾げながらこんなもんかと何度も試行錯誤していると、見かねた新太が「明日の練習でブルペン入った時、動画でも撮ってやるからそれ確認しよう」と提案した。
「あざっす……ストレートってわかるだけで打たれるんすね、高校って」
「ある程度強いとこならピッチングマシンがあるからな。160キロを投げようが、ストレートが来るって分かれば対応できちまう」
「……だからあの人に打たれたのか」と彗は真司との対戦を思い出しながら呟いた。
一人で納得しかけていた彗だが、新太が「ま、昨日のホームランは球種じゃなくてコースもわかってたから打てた、曲芸に近いからな」と呟いたこと彗は再び混迷に突き落とされた。
彗は目を丸くして「え、どういうことですか?」と首を傾げる。
「簡単に言うと、リードが教科書通りだったってところだな。今頃、宗次郎にしごかれてるだろうなぁ、天才クン」
苦笑いを浮かべながら新太は「ま、今日はここでお開きにしよう。明日ブルペンに入るだろうから、動画撮って確認しよう。手伝うからさ」と、なんて相談しようか言葉に詰まり苦悶の表情をした彗の肩を叩く。
「それじゃ、二人はもう帰りな。電気とかいろいろやらなくちゃだから」
マネージャーの仕事をこなそうとする音葉と、先輩に雑用を任せるわけにいかない彗は『あ、手伝います』と声を重ねたが「ちょっと俺もやり残したことがあるし」と無理矢理に追い返した。
しぶしぶ、二人は帰路につく。
その姿を見送ると、一人ブルペンに残った新太は「さて、と」と呟いてストライクゾーンにペットボトルを四本、コースの端っこに立てると、マウンドからそのペットボトルめがけてボールを投げ込んだ。
ボールは見事命中。ぽん、と若干水の残っていたペットボトルが跳ねるのを見届けると、二球目の球を取り出してまだ立ったままのペットボトルめがけて投球練習を開始した。
※
「最後の、どういう意味だったんだろうね」
帰路につく音葉は、眉間にしわを寄せていた彗に話しかけた。
「んー、全くわからん!」
少々の悩む素振りすら見せず、清々しいまでに白旗を振る彗に思わず「自信、無くした?」と訊いてみた。すると、彗は「いーや、むしろ燃えるわ」と笑ってみせた。
「へー。なんでそう思ったの?」
「これまでやってた野球とは全然違うもんだって思うとさ、面白いんだよ。これから自分がどう上手くなっていくのかってさ……湧くね、めっちゃ楽しみだ」
まるで新しいゲームを買ってもらった子供のように、キラキラとした笑顔の彗。音葉はその顔を見て微笑んでいると「あれ、アイツ武山じゃね?」と彗が呟いた。
彗が指を差したその先には、暗がりで一人、ファミレスから出てきた一星の姿があった。
「何してんだアイツ」
自転車の方向を転換して、彗は一星の下へ。音葉もつられてその背中を追った。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
ファンファーレ!
ほしのことば
青春
♡完結まで毎日投稿♡
高校2年生の初夏、ユキは余命1年だと申告された。思えば、今まで「なんとなく」で生きてきた人生。延命治療も勧められたが、ユキは治療はせず、残りの人生を全力で生きることを決意した。
友情・恋愛・行事・学業…。
今まで適当にこなしてきただけの毎日を全力で過ごすことで、ユキの「生」に関する気持ちは段々と動いていく。
主人公のユキの心情を軸に、ユキが全力で生きることで起きる周りの心情の変化も描く。
誰もが感じたことのある青春時代の悩みや感動が、きっとあなたの心に寄り添う作品。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/1/17:『ねえ』の章を追加。2025/1/24の朝4時頃より公開開始予定。
2025/1/16:『よみち』の章を追加。2025/1/23の朝4時頃より公開開始予定。
2025/1/15:『えがお』の章を追加。2025/1/22の朝4時頃より公開開始予定。
2025/1/14:『にかい』の章を追加。2025/1/21の朝4時頃より公開開始予定。
2025/1/13:『かしや』の章を追加。2025/1/20の朝4時頃より公開開始予定。
2025/1/12:『すなば』の章を追加。2025/1/19の朝8時頃より公開開始予定。
2025/1/11:『よなかのきせい』の章を追加。2025/1/18の朝8時頃より公開開始予定。
あの音になりたい! 北浜高校吹奏楽部へようこそ!
コウ
青春
またダメ金か、、。
中学で吹奏楽部に挫折した雨宮洸。
もうこれっきりにしようと進学した先は北浜高校。
[絶対に入らない]そう心に誓ったのに
そんな時、屋上から音が聞こえてくる。
吹奏楽部で青春and恋愛ドタバタストーリー。
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる