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第一部
1-43「再開に湧く(4)」
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「あ、ありがとうございます」
宗次郎につられて小さな声で一星も返す。何か違法なものでも取引しているようなか細い声は、とても野球部のそれではない。
「いくつか気付いたことがあって今日は呼び出したんだ」
食事を終えてもひそひそ声が改善される様子はなく、恐らくこの人はそういう人なのだろうと決めつけて一星は「は、はい」と反応した。
その反応を見て、ふむ、と腕を組んだ宗次郎は「そんなかしこまらなくていい」と腕を組みながら、試合の状況を思い返しながらぽつりぽつりと話し始めた。
「技術はやはりいいものがある」
「あ、ありがとうございます」
「ストライクに見せるフレーミング、ボールを逸らさないブロッキングはやはり一級品だ。俺以上かもしれん」
「そんな、まだまだですよ」
「慢心しないのはいい心がけだ。だからあそこまで上手くなれるのだろう。感心するよ」
「いえ……」
「ただ、やはり問題なのはリードだ」
ずいっ、とテーブルに乗り出して「二打席目、真司の打席の配球の意図を教えてくれ」と凄む。
一星を見つめるその瞳は狂気にも思えるほど愚直で気圧されそうになるが、逃げたらだめだと自分に言い聞かせて「はい」と応えた。
「要求した三球は覚えてるか?」
「はい。一球目はアウトコースにストレート、二球目はボールになるカーブで三球目にインコース高めのボール球を……ホームランです」
「よし。じゃあ問題だ。何が悪かったと思う?」
練習試合が終わってから今に至るまで、ほぼ隙があれば考えてきたこの難問。いくら考えても答えは見えて来ず、終始胸の奥がモヤモヤしていた一星は「ずっと考えてましたが、わかりません」と少しだけ語気を強めて素直に言葉を出した。
先ほどの宗次郎のように、真っすぐ見つめ返す一星。
自分で答えを言わせようとしているようだが、そんな時間すらも惜しいと一星は「教えてください。何がいけなかったんですか?」と改めて凄んだ。
「……強いて言えば、教科書通りってことだ」
観念して様子で宗次郎がその答えを出す。
「教科書……通り?」
「ああ。もっと言ってしまえば、わかりやすい配球だったってことだ」
一年生と言えども、長い間キャッチャーとして守り、投手をリードしてきたというプライドがある。一星は若干睨みつけながら「えっと……どうしてそう思ったんですか」と尋ねてみた。
「教科書通りは悪いことじゃない。事実、格下相手やデータのない相手にはよく俺も使う」
「じゃあ……」
――間違ってないじゃないですか。
そう言いかけたところで言葉が詰まった。
「……切り口を変えよう。一打席目、中途半端なボール球を打たれて、〝田名部真司〟をどんな選手だと感じた?」
「反応で打っていて、手の届く範囲なら積極的に打ちに行く、反応タイプの人なのかなって思いました」
「そこに間違いがある」と少しだけ声が大きくなった宗次郎は「アイツは人の性格を掴むのが得意で、リードや心情を読み取って打つ、観察タイプなんだ」と言い切ると、お冷で喉を潤した。
ここまでくると性格の部分になってくる。
そりゃ二年も一緒に練習をしていればわかるだろうけど、初めての対戦でそこまで見抜くなんてことは、ほぼほぼ不可能。第一印象で性格を見抜けと言っているようなものだ。
そんな神業ができれば苦労はしないや、と一星は「まだ数回しか話したこともないのにわかるわけないじゃないです」と背中を丸くした。
「……なぜそう思う?」
「だって、そこまでなってくると性格の部分じゃないですか」
「いや、明確な判断材料があった」
それは何ですか、と訊こうとするも「それがわからないと、高校野球の世界でキャッチャーは無理だな」とシャットアウトされる。
「なっ……!」
「基本的に野球には答えなんぞ存在しないことがほとんどだが、これは明確な答えがある」
宗次郎は一星の分もまとめて会計すると「宿題だ」と言い残して店内を後にした。
「なんなんだよ……」
悔しさが言葉になって溢れ出ていた。
※
彗の投げたカーブを上手くキャッチした音葉に「ナイスキャッチ」と新太が声をかける。
「いや、凄いね。ホントに野球やってたんだ」
「一応レギュラーでしたから」
「なるほどね」と顎を触りながら「もう少し思い切り投げ込んでもらっても大丈夫?」と音葉に問いかける。
「もちろん」と応えた音葉を確認してから、彗は再び振りかぶり、先ほどよりも少し強めに投げ込んだ。
宗次郎につられて小さな声で一星も返す。何か違法なものでも取引しているようなか細い声は、とても野球部のそれではない。
「いくつか気付いたことがあって今日は呼び出したんだ」
食事を終えてもひそひそ声が改善される様子はなく、恐らくこの人はそういう人なのだろうと決めつけて一星は「は、はい」と反応した。
その反応を見て、ふむ、と腕を組んだ宗次郎は「そんなかしこまらなくていい」と腕を組みながら、試合の状況を思い返しながらぽつりぽつりと話し始めた。
「技術はやはりいいものがある」
「あ、ありがとうございます」
「ストライクに見せるフレーミング、ボールを逸らさないブロッキングはやはり一級品だ。俺以上かもしれん」
「そんな、まだまだですよ」
「慢心しないのはいい心がけだ。だからあそこまで上手くなれるのだろう。感心するよ」
「いえ……」
「ただ、やはり問題なのはリードだ」
ずいっ、とテーブルに乗り出して「二打席目、真司の打席の配球の意図を教えてくれ」と凄む。
一星を見つめるその瞳は狂気にも思えるほど愚直で気圧されそうになるが、逃げたらだめだと自分に言い聞かせて「はい」と応えた。
「要求した三球は覚えてるか?」
「はい。一球目はアウトコースにストレート、二球目はボールになるカーブで三球目にインコース高めのボール球を……ホームランです」
「よし。じゃあ問題だ。何が悪かったと思う?」
練習試合が終わってから今に至るまで、ほぼ隙があれば考えてきたこの難問。いくら考えても答えは見えて来ず、終始胸の奥がモヤモヤしていた一星は「ずっと考えてましたが、わかりません」と少しだけ語気を強めて素直に言葉を出した。
先ほどの宗次郎のように、真っすぐ見つめ返す一星。
自分で答えを言わせようとしているようだが、そんな時間すらも惜しいと一星は「教えてください。何がいけなかったんですか?」と改めて凄んだ。
「……強いて言えば、教科書通りってことだ」
観念して様子で宗次郎がその答えを出す。
「教科書……通り?」
「ああ。もっと言ってしまえば、わかりやすい配球だったってことだ」
一年生と言えども、長い間キャッチャーとして守り、投手をリードしてきたというプライドがある。一星は若干睨みつけながら「えっと……どうしてそう思ったんですか」と尋ねてみた。
「教科書通りは悪いことじゃない。事実、格下相手やデータのない相手にはよく俺も使う」
「じゃあ……」
――間違ってないじゃないですか。
そう言いかけたところで言葉が詰まった。
「……切り口を変えよう。一打席目、中途半端なボール球を打たれて、〝田名部真司〟をどんな選手だと感じた?」
「反応で打っていて、手の届く範囲なら積極的に打ちに行く、反応タイプの人なのかなって思いました」
「そこに間違いがある」と少しだけ声が大きくなった宗次郎は「アイツは人の性格を掴むのが得意で、リードや心情を読み取って打つ、観察タイプなんだ」と言い切ると、お冷で喉を潤した。
ここまでくると性格の部分になってくる。
そりゃ二年も一緒に練習をしていればわかるだろうけど、初めての対戦でそこまで見抜くなんてことは、ほぼほぼ不可能。第一印象で性格を見抜けと言っているようなものだ。
そんな神業ができれば苦労はしないや、と一星は「まだ数回しか話したこともないのにわかるわけないじゃないです」と背中を丸くした。
「……なぜそう思う?」
「だって、そこまでなってくると性格の部分じゃないですか」
「いや、明確な判断材料があった」
それは何ですか、と訊こうとするも「それがわからないと、高校野球の世界でキャッチャーは無理だな」とシャットアウトされる。
「なっ……!」
「基本的に野球には答えなんぞ存在しないことがほとんどだが、これは明確な答えがある」
宗次郎は一星の分もまとめて会計すると「宿題だ」と言い残して店内を後にした。
「なんなんだよ……」
悔しさが言葉になって溢れ出ていた。
※
彗の投げたカーブを上手くキャッチした音葉に「ナイスキャッチ」と新太が声をかける。
「いや、凄いね。ホントに野球やってたんだ」
「一応レギュラーでしたから」
「なるほどね」と顎を触りながら「もう少し思い切り投げ込んでもらっても大丈夫?」と音葉に問いかける。
「もちろん」と応えた音葉を確認してから、彗は再び振りかぶり、先ほどよりも少し強めに投げ込んだ。
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