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第一部
1-37「それは無慈悲な高校野球の洗礼(3)」
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二番の雄介が送りバントで一星が二塁に進むと、彗がバッターボックスへ入る。練習の合間で少しバットを振っていた一星とは違い、ずっとピッチングの練習だけをこなしてきた彗にとっては、バットを握ることさえ久しぶり。
――こんな感じだっけか。
バッターボックスから練習場全体を見渡す景色に違和感を覚えながら、自然な流れで右のバッターボックスで構え、ボールを待つ。
「――うおっ⁉」
その彗を狙撃でもするかのように、左ひじのスレスレをボールが通過した。
――なるほどね。
尻餅をついた彗は、相手ピッチャーの顔を見てその喧嘩腰な投球に納得がいった。
やってしまったでもない、ざまあみろでもない。
真剣に、抑えに来ている目だ。
何のためかは明白。春季大会という前哨戦であっても、背番号を付けるという強い意志でのピッチング。
決して手加減をしているわけではない。必死で、真剣に抑えに来ている。
彗は「ふー……」と小さく息を吐いてから立ち上がり、「上等だ」と立つ。
打つだけではない、守る方でもこれだけ本気で向かってきてくれることが彗は嬉しかった。
こうなればただの練習試合ではない。やるかやられるか、数少ない最後の背番号を奪う〝殺し合い〟だ。
内角に投げ込まれても物怖じせず、より一層ストライクゾーンに近いところへ立つと、デッドボール上等と言わんばかりに、ホームプレートへ被るくらい上半身を前かがみにし手構えた。
ホームプレートに近づいたことでインコースを打つことは難しくなったが、アウトコースには手が伸びて打ちやすくなっている――が、あくまでこれはブラフ。
右に打つことを想定した相手は、それを阻止しようと内角へ投げるはず。
その内角のボールを打つための、彗が考えた布石。
その光景を見て、相手ピッチャーもにやりと笑みを浮かべて大きく振りかぶった。
自己紹介もなくいきなり試合なので名前も何も知らないが、恐らくピッチャーは二年生の先輩なはず。どんな選手かすらも、もちろんまだわからないが、一星や雄介に対するピッチングを見ても特筆するべきような変化球もない、右投げのピッチャー。球速も130キロ弱くらい。
ブランクがあっても、これくらいなら打てる……――彗は、予定通り来た内角の球に反応して、バットを出した。
「来たっ……⁉」
予想通りの内角のボール。
しかし、真っすぐだと思って出したバットを抉るようにして食い込んできたボールに、思いっきり詰まらされてボールはサードの前へ力弱く転がった。
「くっそ……!」
全力で駆け抜けるも、猛チャージをかけて前進してきたサードがボールを華麗に処理し、アウト。
結果、凡退。
「ツーアウト!」と、人差し指と小指を野手陣に向けながら、相手ピッチャーは笑っていた。
「今の、シュートか?」
ベンチに座る雄介に「いーや、ちょっと沈んだからもしかしたらツーシームかも……」と応えながら、バットを置く彗。
初めてみる球種に対応できず、悔しながらヘルメットを脱いだ瞬間。
ガキン、とこれまでの一年とは違う質の打球音が鳴り響く。
同じ右打者の嵐が、レフトへツーランホームランを打った音だった。
「マジかよ……」
どんな選手かわかっているとはいえ、その初球を難なく捉える。
技術、体格、読み――たったの一年という期間で生まれていたその差を、と彗はダイヤモンドを回るその先輩を見つめながら感じていた。
※
初回に三点先制、その裏に嵐のホームランで二点を返されて。
荒れるかな、と思えばそこからは膠着状態が続いた。
試合は三回まで進み、スコアは引き続き3-2のまま。
真司は「けっこー粘るね、怪物くん」と二回目のバッターボックスに入るや否や、捕手の一星に話しかけた。
「もう打たれないですよ」
「だといーけどねぇ」
軽口をたたきながら、やはり余裕のある構えを見せる。威圧感もバッチリだ。
「ギアが入ってきたんで……こっから本領発揮ですよ」
自信満々に、一星は彗へサインを出した。
出したのは、先ほどと同じアウトコース。ただ、今回はストライクゾーンに入る、様子見ではない球。
頷いた彗は、一回のピッチングよりもダイナミックに投げ込んだ。
――こんな感じだっけか。
バッターボックスから練習場全体を見渡す景色に違和感を覚えながら、自然な流れで右のバッターボックスで構え、ボールを待つ。
「――うおっ⁉」
その彗を狙撃でもするかのように、左ひじのスレスレをボールが通過した。
――なるほどね。
尻餅をついた彗は、相手ピッチャーの顔を見てその喧嘩腰な投球に納得がいった。
やってしまったでもない、ざまあみろでもない。
真剣に、抑えに来ている目だ。
何のためかは明白。春季大会という前哨戦であっても、背番号を付けるという強い意志でのピッチング。
決して手加減をしているわけではない。必死で、真剣に抑えに来ている。
彗は「ふー……」と小さく息を吐いてから立ち上がり、「上等だ」と立つ。
打つだけではない、守る方でもこれだけ本気で向かってきてくれることが彗は嬉しかった。
こうなればただの練習試合ではない。やるかやられるか、数少ない最後の背番号を奪う〝殺し合い〟だ。
内角に投げ込まれても物怖じせず、より一層ストライクゾーンに近いところへ立つと、デッドボール上等と言わんばかりに、ホームプレートへ被るくらい上半身を前かがみにし手構えた。
ホームプレートに近づいたことでインコースを打つことは難しくなったが、アウトコースには手が伸びて打ちやすくなっている――が、あくまでこれはブラフ。
右に打つことを想定した相手は、それを阻止しようと内角へ投げるはず。
その内角のボールを打つための、彗が考えた布石。
その光景を見て、相手ピッチャーもにやりと笑みを浮かべて大きく振りかぶった。
自己紹介もなくいきなり試合なので名前も何も知らないが、恐らくピッチャーは二年生の先輩なはず。どんな選手かすらも、もちろんまだわからないが、一星や雄介に対するピッチングを見ても特筆するべきような変化球もない、右投げのピッチャー。球速も130キロ弱くらい。
ブランクがあっても、これくらいなら打てる……――彗は、予定通り来た内角の球に反応して、バットを出した。
「来たっ……⁉」
予想通りの内角のボール。
しかし、真っすぐだと思って出したバットを抉るようにして食い込んできたボールに、思いっきり詰まらされてボールはサードの前へ力弱く転がった。
「くっそ……!」
全力で駆け抜けるも、猛チャージをかけて前進してきたサードがボールを華麗に処理し、アウト。
結果、凡退。
「ツーアウト!」と、人差し指と小指を野手陣に向けながら、相手ピッチャーは笑っていた。
「今の、シュートか?」
ベンチに座る雄介に「いーや、ちょっと沈んだからもしかしたらツーシームかも……」と応えながら、バットを置く彗。
初めてみる球種に対応できず、悔しながらヘルメットを脱いだ瞬間。
ガキン、とこれまでの一年とは違う質の打球音が鳴り響く。
同じ右打者の嵐が、レフトへツーランホームランを打った音だった。
「マジかよ……」
どんな選手かわかっているとはいえ、その初球を難なく捉える。
技術、体格、読み――たったの一年という期間で生まれていたその差を、と彗はダイヤモンドを回るその先輩を見つめながら感じていた。
※
初回に三点先制、その裏に嵐のホームランで二点を返されて。
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「もう打たれないですよ」
「だといーけどねぇ」
軽口をたたきながら、やはり余裕のある構えを見せる。威圧感もバッチリだ。
「ギアが入ってきたんで……こっから本領発揮ですよ」
自信満々に、一星は彗へサインを出した。
出したのは、先ほどと同じアウトコース。ただ、今回はストライクゾーンに入る、様子見ではない球。
頷いた彗は、一回のピッチングよりもダイナミックに投げ込んだ。
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