彗星と遭う

皆川大輔

文字の大きさ
上 下
42 / 179
第一部

1-37「それは無慈悲な高校野球の洗礼(3)」

しおりを挟む
 二番の雄介が送りバントで一星が二塁に進むと、彗がバッターボックスへ入る。練習の合間で少しバットを振っていた一星とは違い、ずっとピッチングの練習だけをこなしてきた彗にとっては、バットを握ることさえ久しぶり。

 ――こんな感じだっけか。

 バッターボックスから練習場全体を見渡す景色に違和感を覚えながら、自然な流れで右のバッターボックスで構え、ボールを待つ。

「――うおっ⁉」

 その彗を狙撃でもするかのように、左ひじのスレスレをボールが通過した。

 ――なるほどね。

 尻餅をついた彗は、相手ピッチャーの顔を見てその喧嘩腰な投球に納得がいった。
 やってしまったでもない、ざまあみろでもない。
 真剣に、抑えに来ている目だ。
 何のためかは明白。春季大会という前哨戦であっても、背番号を付けるという強い意志でのピッチング。
 決して手加減をしているわけではない。必死で、真剣に抑えに来ている。

 彗は「ふー……」と小さく息を吐いてから立ち上がり、「上等だ」と立つ。

 打つだけではない、守る方でもこれだけ本気で向かってきてくれることが彗は嬉しかった。
 こうなればただの練習試合ではない。やるかやられるか、数少ない最後の背番号を奪う〝殺し合い〟だ。
 内角に投げ込まれても物怖じせず、より一層ストライクゾーンに近いところへ立つと、デッドボール上等と言わんばかりに、ホームプレートへ被るくらい上半身を前かがみにし手構えた。

 ホームプレートに近づいたことでインコースを打つことは難しくなったが、アウトコースには手が伸びて打ちやすくなっている――が、あくまでこれはブラフ。
 右に打つことを想定した相手は、それを阻止しようと内角へ投げるはず。
 その内角のボールを打つための、彗が考えた布石。
 その光景を見て、相手ピッチャーもにやりと笑みを浮かべて大きく振りかぶった。
 自己紹介もなくいきなり試合なので名前も何も知らないが、恐らくピッチャーは二年生の先輩なはず。どんな選手かすらも、もちろんまだわからないが、一星や雄介に対するピッチングを見ても特筆するべきような変化球もない、右投げのピッチャー。球速も130キロ弱くらい。

 ブランクがあっても、これくらいなら打てる……――彗は、予定通り来た内角の球に反応して、バットを出した。

「来たっ……⁉」

 予想通りの内角のボール。
 しかし、真っすぐだと思って出したバットを抉るようにして食い込んできたボールに、思いっきり詰まらされてボールはサードの前へ力弱く転がった。

「くっそ……!」

 全力で駆け抜けるも、猛チャージをかけて前進してきたサードがボールを華麗に処理し、アウト。
 結果、凡退。

「ツーアウト!」と、人差し指と小指を野手陣に向けながら、相手ピッチャーは笑っていた。

「今の、シュートか?」

 ベンチに座る雄介に「いーや、ちょっと沈んだからもしかしたらツーシームかも……」と応えながら、バットを置く彗。

 初めてみる球種に対応できず、悔しながらヘルメットを脱いだ瞬間。
 ガキン、とこれまでの一年とは違う質の打球音が鳴り響く。
 同じ右打者の嵐が、レフトへツーランホームランを打った音だった。

「マジかよ……」

 どんな選手かわかっているとはいえ、その初球を難なく捉える。

 技術、体格、読み――たったの一年という期間で生まれていたその差を、と彗はダイヤモンドを回るその先輩を見つめながら感じていた。


       ※


 初回に三点先制、その裏に嵐のホームランで二点を返されて。
 荒れるかな、と思えばそこからは膠着状態が続いた。
 試合は三回まで進み、スコアは引き続き3-2のまま。

 真司は「けっこー粘るね、怪物くん」と二回目のバッターボックスに入るや否や、捕手の一星に話しかけた。

「もう打たれないですよ」

「だといーけどねぇ」

 軽口をたたきながら、やはり余裕のある構えを見せる。威圧感もバッチリだ。

「ギアが入ってきたんで……こっから本領発揮ですよ」

 自信満々に、一星は彗へサインを出した。
 出したのは、先ほどと同じアウトコース。ただ、今回はストライクゾーンに入る、様子見ではない球。
 頷いた彗は、一回のピッチングよりもダイナミックに投げ込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

全体的にどうしようもない高校生日記

天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。  ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...