43 / 179
第一部
1-38「それは無慈悲な高校野球の洗礼(4)」
しおりを挟む
コースはビタビタ。
久々の試合で緊張もあっただろう一回とは別人のストレートは、真司のバットをかすらせること無く一星のミットに収まった。
空振りを奪えたことで自信を取り戻したのだろう、彗の表情に余裕が見えて、ようやく安心を感じ始めた一星は「ナイスボール!」と景気よくボールを投げ返した。
――これなら抑えられる!
勢いそのまま、一星は彗の持ち球で一番遅い球・カーブを要求した。
野球のカウントは、基本的にストライクが先行すればするほどピッチャーが有利になる。だからこそ、最初の一球やボールが続いた後の一球はストライクが欲しくなり、甘いコースに来てしまうことが多い。
一回、この真司に打たれたのも、この心理が関係している。
まず最初、試合に集中する前にまずは力強く投げて貰おうと一星は要求したが、彗は豊富な経験から、無意識の内にストライクを欲しがって中途半端な気持ちで臨んでしまった結果、バットの届く範囲にボールがいってしまった。
その些細なバッテリー間の認識の違いは失点を呼び、重なればその先に敗北が待っている。
ボールに気分が乗っている今だからこそ〝より慎重に〟と一星はミットを地面に二回ポンポンと叩きつけてから、アウトコースに構えた。
――ワンバウンドするくらい低めにお願い!
その意思がちゃんと伝わり、深く頷いた彗は再び投げ込む。
鋭い曲がりでストライクからボールに逃げていく絶好の球を、真司は「おぉ」と余裕を持って見逃した。
――やっぱりこの人、凄い。
普通のバッター、特に二回、三者凡退で抑えた下位打線の七番から九番までは降っていたボールを完全に見切った真司に、一星は感心しっぱなしだった。
カウント1-1。
気を取り直して、今度は高めのインコースに外れるボール球を要求した。
いわゆる振ってもらうことを想定した、釣り球だ。
最初のストレートで速さを、二球目のカーブで遅さと目線を感じさせた以上、有効になる要求に彗も頷いて、思いっきり振りかぶった。
一球目よりも勢いのあるストレート。
――引っかかった!
刹那の時間に体が動いたのを確認し、一星は勝利を確信した。
打てばバットの上部に当たり、フライに。
空振れば、カウントは1-2でピッチャーが圧倒的有利なカウントに持ち込める。
どちらにしても、有利に持ち込める――はずだった。
キィン、と甲高い金属音と共にボールはぐんぐんと伸びていく。
打った真司は、その打球の行方に確信を持っていたのだろう。
一星の視界の端にいた真司が一塁へ歩き出して消えると同時に、目で追っていたボールが、外に出ていくのを防止するために張られたネットに当たって跳ね返った。
完璧なホームラン。
――なんで……。
リードに間違いはなかったはず。ボールも悪くなかった。
何で打たれた――考えている内に、真司がダイヤモンドを一周して「いやー、わかりやすい」と笑いながらホームベースを踏んだ。
――わかりやすい……?
真司の呟きを反芻しながら肩を落としていると「おら、切り替えろ!」と一番悔しいはずの彗が声を出して空気を取り持つ。
――そうだ……試合の後に確かめよう。
まずはこの試合に集中すること、と一星は右手で拳を作り、額を二回叩いて気合を入れ直す。
「さ、締まって行こう!」
そこからは、安定したピッチング。
二打数二安打と打ち込んでいた真司が試合から退いたこともあり、結果五回四失点、球数は百十一球。
試合は元々七回の予定ではあったものの、一年生でピッチャーの試合出場を希望した生徒がおらず、試合は終了。
一星は四打数二安打。彗は四打数一安打でそれぞれヒットを打つことはできたものの、三打数三安打一ホームランと格の違いを見せつけていた嵐の前にランナーを出して回すことができず。結果、スコアは二軍チームが四点、一年生チームが三点で一年生チームの負け。
とても上出来とは言えない、ほろ苦い高校デビューとなった。
※
真田は試合終了後、部員たちが帰った後、一年生チームと一緒に試合をした嵐、対戦した真司をそれぞれ呼び出すと、開口一番「真司、あの二人はどう見えた?」と問いかけた。
「なるほど、俺らが駆り出されたのはこのためってことっすか」
真司は納得した様子で「ま、所詮は中坊ってことですね。まだまだ甘いっす」と続ける。
「どういう点がそう感じた?」
「んー」と悩みながら真司は「あの二人、全部が都合よく進むように思ってるような気がするんすよ」と頭を捻りながら続けた。
「なるほど」
隣にいた嵐も頷き、同調する。
「どういう点が?」
「最初はまあしょうがないとして、俺の二打席目、二球までは良かったのに一気に勝負かけてきたりとかっすかね」
「なるほどな。嵐は?」
話を振ると、嵐も「概ね同じです」と前置きをしてから「ただ、センスは抜群に感じました」と言いながら一歩前に出る。
「ほう? どうしてそう思った」
「まず最初に〝試合に挑む姿勢〟が違ったって感じですね。他の一年は消極的でしたが、あの二人と……坂上の三人だけは最後まで声出してたんで」
「それは普通だろ。他には?」
「武山は一打席目の反省をしっかりと踏まえてのリードができ、バッティングもいい。コイツ以外には充分通用してたように思います。あとは、試合の経験をどれくらい積めるかかなと」
「ほう」
「空野については、正直球が速い以外はまだまだですが……それだけで価値があります」
「なるほどな。よくわかった」
立ち上がると、真田は「じゃ、最後に二人に質問だ」と襟を正し「土曜日の春大会、連れていくべきか?」と問いかけた。
久々の試合で緊張もあっただろう一回とは別人のストレートは、真司のバットをかすらせること無く一星のミットに収まった。
空振りを奪えたことで自信を取り戻したのだろう、彗の表情に余裕が見えて、ようやく安心を感じ始めた一星は「ナイスボール!」と景気よくボールを投げ返した。
――これなら抑えられる!
勢いそのまま、一星は彗の持ち球で一番遅い球・カーブを要求した。
野球のカウントは、基本的にストライクが先行すればするほどピッチャーが有利になる。だからこそ、最初の一球やボールが続いた後の一球はストライクが欲しくなり、甘いコースに来てしまうことが多い。
一回、この真司に打たれたのも、この心理が関係している。
まず最初、試合に集中する前にまずは力強く投げて貰おうと一星は要求したが、彗は豊富な経験から、無意識の内にストライクを欲しがって中途半端な気持ちで臨んでしまった結果、バットの届く範囲にボールがいってしまった。
その些細なバッテリー間の認識の違いは失点を呼び、重なればその先に敗北が待っている。
ボールに気分が乗っている今だからこそ〝より慎重に〟と一星はミットを地面に二回ポンポンと叩きつけてから、アウトコースに構えた。
――ワンバウンドするくらい低めにお願い!
その意思がちゃんと伝わり、深く頷いた彗は再び投げ込む。
鋭い曲がりでストライクからボールに逃げていく絶好の球を、真司は「おぉ」と余裕を持って見逃した。
――やっぱりこの人、凄い。
普通のバッター、特に二回、三者凡退で抑えた下位打線の七番から九番までは降っていたボールを完全に見切った真司に、一星は感心しっぱなしだった。
カウント1-1。
気を取り直して、今度は高めのインコースに外れるボール球を要求した。
いわゆる振ってもらうことを想定した、釣り球だ。
最初のストレートで速さを、二球目のカーブで遅さと目線を感じさせた以上、有効になる要求に彗も頷いて、思いっきり振りかぶった。
一球目よりも勢いのあるストレート。
――引っかかった!
刹那の時間に体が動いたのを確認し、一星は勝利を確信した。
打てばバットの上部に当たり、フライに。
空振れば、カウントは1-2でピッチャーが圧倒的有利なカウントに持ち込める。
どちらにしても、有利に持ち込める――はずだった。
キィン、と甲高い金属音と共にボールはぐんぐんと伸びていく。
打った真司は、その打球の行方に確信を持っていたのだろう。
一星の視界の端にいた真司が一塁へ歩き出して消えると同時に、目で追っていたボールが、外に出ていくのを防止するために張られたネットに当たって跳ね返った。
完璧なホームラン。
――なんで……。
リードに間違いはなかったはず。ボールも悪くなかった。
何で打たれた――考えている内に、真司がダイヤモンドを一周して「いやー、わかりやすい」と笑いながらホームベースを踏んだ。
――わかりやすい……?
真司の呟きを反芻しながら肩を落としていると「おら、切り替えろ!」と一番悔しいはずの彗が声を出して空気を取り持つ。
――そうだ……試合の後に確かめよう。
まずはこの試合に集中すること、と一星は右手で拳を作り、額を二回叩いて気合を入れ直す。
「さ、締まって行こう!」
そこからは、安定したピッチング。
二打数二安打と打ち込んでいた真司が試合から退いたこともあり、結果五回四失点、球数は百十一球。
試合は元々七回の予定ではあったものの、一年生でピッチャーの試合出場を希望した生徒がおらず、試合は終了。
一星は四打数二安打。彗は四打数一安打でそれぞれヒットを打つことはできたものの、三打数三安打一ホームランと格の違いを見せつけていた嵐の前にランナーを出して回すことができず。結果、スコアは二軍チームが四点、一年生チームが三点で一年生チームの負け。
とても上出来とは言えない、ほろ苦い高校デビューとなった。
※
真田は試合終了後、部員たちが帰った後、一年生チームと一緒に試合をした嵐、対戦した真司をそれぞれ呼び出すと、開口一番「真司、あの二人はどう見えた?」と問いかけた。
「なるほど、俺らが駆り出されたのはこのためってことっすか」
真司は納得した様子で「ま、所詮は中坊ってことですね。まだまだ甘いっす」と続ける。
「どういう点がそう感じた?」
「んー」と悩みながら真司は「あの二人、全部が都合よく進むように思ってるような気がするんすよ」と頭を捻りながら続けた。
「なるほど」
隣にいた嵐も頷き、同調する。
「どういう点が?」
「最初はまあしょうがないとして、俺の二打席目、二球までは良かったのに一気に勝負かけてきたりとかっすかね」
「なるほどな。嵐は?」
話を振ると、嵐も「概ね同じです」と前置きをしてから「ただ、センスは抜群に感じました」と言いながら一歩前に出る。
「ほう? どうしてそう思った」
「まず最初に〝試合に挑む姿勢〟が違ったって感じですね。他の一年は消極的でしたが、あの二人と……坂上の三人だけは最後まで声出してたんで」
「それは普通だろ。他には?」
「武山は一打席目の反省をしっかりと踏まえてのリードができ、バッティングもいい。コイツ以外には充分通用してたように思います。あとは、試合の経験をどれくらい積めるかかなと」
「ほう」
「空野については、正直球が速い以外はまだまだですが……それだけで価値があります」
「なるほどな。よくわかった」
立ち上がると、真田は「じゃ、最後に二人に質問だ」と襟を正し「土曜日の春大会、連れていくべきか?」と問いかけた。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
最高の楽園〜私が過ごした3年間の場所〜
Himeri
青春
あなたにとって、1番安心できる場所はどこですか?一緒にいて1番安心できる人は誰ですか?
両親からも見捨てられ、親友にも裏切られた主人公「川峰美香」は中学デビューをしようと張り切っていた。
そして、学園一最高で最強の教師「桜山莉緒」と出会う。
果たして、美香の人生はどんなものになるのか⁉︎性格真逆の2人の物語が始まる
真夏の温泉物語
矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる