惜しみなく愛は奪われる

なかむ楽

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第二章:牡丹は可憐に咲き乱れる

 八

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 覆いかぶさってきた英嗣に顔を覗き込まれる。劣情を隠していない男の目つきの妖しさに、落ち着くことの知らない和泉の胸が高鳴る。
 滾っている雄の部分が濡れた秘所に当てられると、和泉の腰は勝手に淫らにくねり、それをねだる。

「……ハァ……え、いじさん」
「言わされてるようじゃいけませんよ。僕はあなたの意志もほしいのですから」
「ん、んっ……」

 英嗣を求める女の一部がぐらぐらしている。それに睦言になってしまうみたいで言いたくない。英嗣の前では嘘を取り繕うことをしたくない。

「あっ、はぁ、っ!」

 英嗣の逞しいひっかかりで蜜口の浅い場所を掻き出されている和泉は、身をくねらせて悶え悦ぶ。

「ここはこんなに素直なのに」

 小刻みに揺すられて和泉の眦から涙がポロポロ零れた。淫猥な音と英嗣の吐息が耳を犯すたびに、雄をぎゅうぎゅうはしたなく締めつけてしまう。

「え、えいじ、さん……」

 快感に痺れる和泉の手が空を掻いて英嗣を望む。

「好きです……好き……ぁ――――っ!」

 急にぐっと奥まで貫かれた刹那、息を忘れる絶頂にみまわれた。

「ようやく聞けました」
「……えい、じさん」

 男は頬を上気させうっとりと和泉の前髪を大事そうに払うと、瞼に頬にくちづけた。

「僕もですよ、和泉さん」

 起こされて英嗣の膝の上に乗ると、繋がりが深くなって和泉の女の部分をより切なくさせる。

「初めてお会いした時からあなたに想いを寄せていました」

 吐息混じりの告白を聞いた途端、胸の内のなにかが弾けて嬉し涙がこみ上げた。止められない喜悦が和泉の身体を開放的にする。

「あ。ああ。い。ふか、いの。え、いじさ……ぁ」
「気持ちいいでしょう?」

 尻を掴まれ、奥襞をめちゃくちゃにするように英嗣は律動する。胸の先が英嗣の硬い胸に擦れて気持ちいい。舌を絡ませながら揺すられている和泉は、なにもかも忘れて英嗣が寄越す熱に泣きながら喜んだ。

「あ、あふぅっ、え、いじさん。……いい」

 愛し合っているから抱き合うのだとしても、言葉にできなくて、言葉をもらえなくて苦しかった。その苦しさから解放されると、快感が増幅した。

「和泉さん。締めすぎですよ」
「き、きもち……いいです。えいじさん」
「僕が、あなたに、教えて差し上げた、のですから」

 教えこまれた、好きなところも弱いところも、英嗣は容赦なく蹂躙する。和泉は達しながら背を仰け反らせた。気持ちいいはずなのに逃げてしまいたい。
 徐々に英嗣の腰の動きが早くなる。羽田をぶつけ合うたびにぴちゃくちゃ淫水が飛び散る。二人の汗はすでに混ざりあいひとつに溶け合っている。

「和泉」
「あぁ――――…………っ!!」

 和泉は恍惚に呑まれた。
 奥で放たれるはずのものを貰えなくても、和泉の心は満たされていた。



  □
  □



 熱帯夜を払う清々しい朝日の中、和泉は目を覚ました。

 爽やかな朝なのに、もう気温が高くなっているのか、肌にじわり汗が浮く。いや、暑いのは気温のせいだけではない。昨晩遅くまで絡み合った熱が、まだ身体に残り篭っているせいもある。 

 

 今……何時かしら?


 和泉は気怠い首を動かした。蚊帳越しの見慣れない天井とふかふかの敷布団、隣で寝ている英嗣に胸がきゅうと締まった。

 英嗣さんとふたりで朝を迎えるのは初めて……。

 どうしても笑顔になってしまう頬を手で押さえた。
 幾度も思ってきた。本当は喜んではいけない。こうして共に過ごすのは夫である毅のはずだと。
 不貞は許されない罪なのに、今は嬉しさが止められない。

「寝顔も素敵……」


 英嗣と夜を過ごしても、いつも朝が明ける前に別れてしまっていた。
 今朝は目覚めると心地よい素肌がすぐ側にある。愛しい男のぬくもりと香りに包まれているのが、夢ではないかと思ってしまう。

「英嗣さん……愛しています」

 穏やかな気持ちで言葉を紡ぐ。

「英嗣さんのおかげでわたしは笑っていられるのです。どうかお願いです。この先も共に……置いてください」

 そうっと寝顔にくちづけると、ぎゅっと抱きしめられた和泉は目を白黒させた。


 英嗣さんは眠っていたはずなのに!?

「ほんとうに、あなたは可愛らしい」
「英嗣さん!」
「失礼。しばらく前から起きていました」

 朝日を受ける英嗣が明るく笑う。和泉は告白を聞かれた恥ずしさで顔を覆った。

「おはよう、和泉さん」
「お、おは……ようございます……」

 すっぴんでいることも思い出し、恥ずかしさにますます身体が縮こまる。そんな和泉を英嗣は身体の上に抱え込む。

「もう一度お聞かせ願えませんか?」
「……意地悪をしないでください」

 くすくすつられ笑いをする和泉の額に、英嗣がくちづけを繰り返す。


「それなら、僕が言いましょう。和泉さん、愛しています。こうやって朝を共に迎えられて……浮かれるぐらい嬉しいです」


 ぎゅ、と抱きしめられると、言葉をもらえた喜びが増して身体中に多幸感の波紋が広がる。


 ――どうか、どうか夢でありませんように。


 和泉は祈りを込めるように英嗣の頬に唇を寄せた。

 二人は朝の小鳥のようにくちづけを繰り返し。素足を絡ませ合い爪先でも戯れる。

「こんな所で申し訳なく思っています」
「……いいえ。英嗣さんとならどこだって構いません」

 昨晩、どこかの日本家屋に連れてこられた記憶がある。しかし、暗かったのと意識が朦朧としていたのとで、はっきりと覚えていない。けれど、英嗣が変な場所に連れてくるはずもないから、和泉は安心しきっている。それに、英嗣とならたとえ地獄であろうと平気だ。


「いじらしいな、あなたは」

 英嗣の整った指に輪郭をなぞられて、和泉は気持ちよさに目を細めた。


「変な場所ではありませんからご安心ください。ここは、うちが百パーセント出資している老舗の待合です」

「遠藤の……」


 英嗣が仕事をしていると聞いたことがない。ならば、ここは毅の持ち物だと気づくと、和泉は夢からさあっと醒めて現実に引き戻された。


「いくら老舗でも待合じゃ張り合いがありませんし、あなたのためにホテルをひとつ買いましょう」


 それを買うのは英嗣ではなくて毅だ。愛人の兄嫁と逢引をするためのホテルを兄に買わせてしまえば、英嗣の罪が増えてしまう。


「返って恐縮してしまいます」

「慎み深いな。もっと我儘を申してください」


 聞き覚えのない時計の微かな音が耳に届き、朝の時間がわかると夢を見る夜は霧散していく。

 胸元を吸われてチリとした痛みに喜んだ和泉は、やんわり英嗣の胸を押した。

「そろそろお暇しませんと……」
「どうして?」
「それは……その」

 毅の名前を出すのをはばかり、和泉は言い淀んだ。これ以上夫を思い出すと幸せな気分が抜けてしまう。

「遠慮しないと言いましたが、今日のところは引き下がりましょう」

 ふっと笑む英嗣に、和泉は眉を下げて微笑み返した。
 罪を重ねるのは自分だけでいいのだと。





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待合
待合茶屋→芸妓等呼び遊ぶところ。料理は仕出し。戦後料亭となる。偉い先生たちが密談する場所。
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