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7、俺のコト、好き?

抵抗する純情

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 そうそういつもそっちを期待していると思われたくない。

 だから瞬は、伸幸がしかけてくるまで、自分からは何もしない。

 これはささやかな瞬の抵抗だ。

(抵抗……? 何に? 伸幸さんに?)

 伸幸に誤解されたくない。

 伸幸の望むことなら何でもしてしまう、そんな盲目的な恋人だと思われたくない。

 どんなおかしな組み合わせでも、持ち込まれれば何とかうまい料理に仕立ててしまう。その腕を評価されたとしても。

(だからって、何でも許すと思うなよ)

 恋人を喜ばせるためなら、何でもするような人間じゃない。

 ほれているからって、どこまでも振り回されて、いいようにされるのはもうごめんだ。

(「いいように」……されてた、な)

 近頃では思いだすこともなくなった「あいつ」。

「あいつ」は、瞬をいいようにした。

 自分に都合のいいように、瞬のすべてを使いつくした。

 朝早くから市場へやり、仕込みをさせ自分と職人たち全員のまかないを作らせ。そこまではいい。仕事だ。

 瞬に新メニューを考えさせ、それを自分の手柄にして兄弟子たちに水をあけようとした。

 先代の言いつけを瞬がこなせば自分がやったことにし、失敗を指摘されたら瞬に濡れ衣を着せた。

 夜の営業が終わり、厨房を片付けているところをわざと呼びつけ、口答えしない瞬を部屋へ連れこんだ。

 そこからはもうひと仕事だ。気分次第で飽きたら一〇分で床から放りだされる夜もあったし、二時間も三時間も執拗に責め立てられた夜もあった。作業着の襟から見えるところにわざとしるしをつけられたり、瞬の身体の辛さなんて考えてくれたこともなかった。

 社長気分で自分はいつまでも朝寝していられるが、瞬は仕入れで四時起きなのに。

 厨房に重いトロ箱を運びこむとき、瞬の腰が崩れそうになると、職人たちは蔭で笑った。「ゆうべは三代目にずいぶんと可愛がられたんだろう」と。

(まったく……何で黙ってあんな目に遭わされていたんだ。ばかじゃないか)

 ……好きだったんだと、思う。

 瞬を「好きだ」と言ってくれた。

 行き場のない瞬を、自分の家へ置いてくれた。

 親とも疎遠になり友人もない瞬にとって、世界のすべてのようなものだった。

 記憶をたどると、確かに「あいつ」はあいつなりに、瞬を愛していたのだと思う。

 瞬の名前を呼んでくれて、笑いかけてくれていた頃もあった。

 だが。

 最後にはあっさりと捨てた。

 要らなくなったおもちゃのように。

(伸幸さんは……)

 伸幸を、そんな風にしたくない。

 いくら気に入っても、熱情はいつか冷める。

 気持ちが冷めたら、手のひらを返す。

 それが人間だ。

 来たり来なかったり、しばらく居ついたりまた数日見えなくなったり。

 そんな今くらいの中途半端な付きあいを踏みこえたくない。

 恋人のような関係になって、そしてしばらくして気持ちが冷めて、伸幸にあんな冷たい目で見られたら。

 もうあんな思いはしたくなかった。

 伸幸が豹変するのだけは、見たくなかった。

 なのに。

 伸幸のために身体を清め終わり、バスルームの扉にかけた瞬の手は。

 腰の奥の深いところは。

 期待に甘くふるえていた。
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