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3、もう、ムリなんだって

夕ぐれの、パエリアの香り

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 夏至が近い。

 まだ外は明るく昼間だ。

 ぐぐ~っと伸幸の腹が鳴った。

「はは。お腹空いたでしょ。食べよっか」

 瞬は自分の身体に巻きついた伸幸の腕をほどいて、立ち上がろうとした。伸幸は瞬の手首をつかまえて止めた。

「瞬」

 伸幸の目。じっと瞬の顔を見ている。

「何」

 何を言おうとしたのか。瞬はそれを知りたいと思った。

 聞きたくないと思った。ひとの心の中は知りたくない。

 どっちが自分の本心なんだろう。

(聞かせてよ、あなたが俺をどう思ってるのか)

 その質問を瞬は飲みこんだ。

 瞬は伸幸の手をポンポンと軽く叩いて振りほどいた。

 部屋には食べもののニオイが充満していた。

 魚とアサリが煮えたニオイ。

 そして米が炊けたニオイ。

 サフランと玉ネギのニオイ。

 つけ合わせに瞬はキャベツを茹でた。午後ふたりでパエリアの材料を買いに出たとき、一緒にアンチョビも買ってきた。パエリアに合う野菜のおかずを一品作った。

「相変わらず手早いな。味見もしないんだな」

 伸幸が感心して言った。

「意味ないから。俺、味分かんないから」

 いただきまーすとテーブルに向かって唱和する。誰かと囲む食卓の雰囲気。こんな感じだったろうか。

「ホントに味分かんないの? どれもすごくうまいよ。味オンチのひとの作る料理じゃないなあ」

 伸幸は貝をむきながらそう訊いた。瞬は箸でキャベツをつまみ、しばらくながめた後、意を決して口に入れた。

「元から分かんなかったわけじゃないからな。手が覚えてるんじゃない?」

 魚の発酵したニオイは難しいと思ったが、案外イケた。ニオイに反応さえしなければ、味が分からないのはかえって抵抗がなくて、食えた。米料理よりは箸が進む。

 もっといろいろ訊かれるかと思ったが、伸幸はそれ以上何も訊かなかった。
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