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第七十二話【クレイム、止まらない涙】前1

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 一度途切れてしまったダイナミクスの歴史が、外国からの情報でまた一般的になり数十年、今やこの国では同性婚もクレイムによって結ばれたダイナミクスのペアも何も珍しいことではないとされていた。
 しかし、それでもまだ一般的な異性婚とは違い、プランも多くなくところにより経験不足を理由に受け付けてくれないこともある。さらには宗教上の理由で、使いたい会場を使えない場合もある。
 その為、同性婚であっても多くが人前式、所謂親しい人々を集めたパーティーなどの形に収まりがちだ。
ただそれでも、女性同士で参加者も女性のみと聞けば、華やかになることも多く、ダイナミクス同士でも異性であれば、普通の結婚式として扱うことも多い。
結局のところ、大騒ぎになりそうな男だらけの式や、なにやいかがわしいことをすることを警戒されているだけなのだが、その定番とも言えるのがダイナミクスの男性同士のクレイム式だ。
いっそ差別だ、偏見だと文句を言いたいが、数々の事例やただ集まったときのノリを見ているだけでも言い返せないのが現状でもある。
 そんな状態なのでまともな式場を探すとなるとそれなりに苦労するのだが、そこは王華学校のある都市なだけあり、学校と関係のあるホテルはいくつかある。
 そのホテルであれば、学校推奨のクレイム式にも対応しており、融通もきく。冬真が選んだのはまさにそのホテルだ。

「うっわ、これ着るんすか」
「うん、ちょっと露出多めだけど、魅せ用だからって」
「露出ってかコスプレ」
「普段忍者の格好してるんだから今更じゃないの?」
「まぁ、そうなんですけど」

 目の前に用意されているのは、脹ら脛の部分にスリットが入った股上ギリギリの白いぴったりとしたズボンと、背中や腹が見えるベストというか肌襦袢のような物だった。

「入場のときは上着もあるよ」
「そうなんですね」

 Sub側のお手伝いをしてくれる翼にそう答えながら、着ていた服を脱ぎテーブルの上へ畳む。

(上も下もギリギリだな)
 それでも所謂性的な部分を押し出した訳ではなく、力也の整った体躯といくつもの傷が隠れきれず、戦士のような雄々しさと不思議な色気を放つそんな代物だった。

「うん、力也君すごい、かっこいい」
「ありがとうございます。」
「で、こっちが入場の時に着る上着ね」

 そう言って翼が次に差し出したのは、女性もの風ではあるがシンプルな黒地に流線模様、裏地には色鮮やかな布が使われた着物だった。

「なんか高そうに見えるんすけど」
「冬真君と相談して少し手直ししたからね。派手になっちゃったけど、値段はあんまり変ってないよ」

 聞けばSub用の服に限り融通してくれるところがあるらしい。どこまでも、揺るがない姿勢に感嘆を通り越して呆れたくなる。

「式が始まったら、冬真君がリードしてくれるから誓いの言葉だけ言えればいいからね」
「その誓いの言葉なんですけど、俺たいしたこと思いつかなくて、冬真に聞いてもなんでもいいって返ってくるし大丈夫なのかわかんなくて」

 招待客や日程などは相談したが、肝心の内容はほとんど聞いていない。唯一言われたのは、誓いの言葉があるからそれを考えておくようにとの事だけだった。
 主人が全て決定するのは理解できたので、内容は気になったが、お任せするのは構わなかった。ただ、誓いの言葉とだけ伝えられた所為でなにを言っていいのか、わからなかったのは事実だ。

「大丈夫だよ。本当にSubはなんでもいいから、“貴方の物になります”でも“一生ついてきます”でも。中には“貴方が愛してくれる限り貴方の物でいます”って条件付きの場合もあったぐらいだし、素直な気持ちを言えばいいんだよ」
「翼さんは何を言ったんですか?」
「俺の場合は、卓也がああだし、“貴方の目となり、時に手となり足となり共に生きていくことを誓います”って」
「素敵ですね」

 その言葉はシンプルではあったが、確かに心がこもっていた。
自分の考えた言葉も、ありきたりではあったが同じように心を込め考えた言葉には違いない。それでもこうして悩んでしまうのは、冬真がいつも沢山の事を誓ってくれるからだろう。
冬真からは既に多くの誓いの言葉を貰っているし、嬉しい言葉も貰っている。それに応えたい気持ちはあるのに、いままで伝えてはいなかったように思う。だからこそ、この機会に伝えたいと思うのに、いい言葉が出てこない。

「そんな緊張しないで、リラックスしていこう? 力也君が冬真君の事大事に思ってるのはみんなわかってるから、素直な気持ちを伝えておいで」
「はい、ありがとうございます」
「どうせ、緊張したってなんだかんだ流されるだけなんだけなんだから」

 ニコッと冗談めいた言い方をされ、気持ちが軽くなる。いままでだって考えても冬真相手では無駄になってしまったことも沢山ある。それにせっかくの記念日だ、どうせなら楽しみたい。
 そう翼と話していると、Sub用の控え室のドアがノックされた。

「力也君、孝仁だけど入ってもいい?」
「あ、はい! どうぞ!」
「おじゃまします」

 原則的にDomは立ち入り禁止となっている控え室に入ってきたのは、かなり気合いを入れた服装の孝仁だった。

「おめでとう力也君」
「ありがとうございます。お花もわざわざすみません、ありがとうございました」
「いいよ。むしろちょっと場所取っちゃったよね、ごめんね」
「いえ、すごい華やかで嬉しいです」

 今日のために孝仁は個人的に豪華な花を手配して贈ってくれたのだ。そのお花は受付のロビーに飾られ一際目立っている。

「力也君が喜んでくれたならよかった」

 孝仁は力也の言葉に、にっこりと嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。実は先ほど冬真からも言われたのだが、その時は特に嬉しくなかったので素っ気なく返していた。

「ところで、力也君のその格好は」
「あ、すみません。実はまだ着替えてる途中で」
「そうだよね。びっくりした」
「・・・・・・やっぱ、気になりますよね。傷痕・・・・・・」

 着物を着て入場すると言っていたが、おそらく途中で脱ぐ事になるのだろう。この服ではその時に他の人につけられた傷を見られてしまう。知り合いばかりではあるが、冬真以外の陰がチラつくこの傷をどう思われるかはわからない。

「ち、違うよ! 僕はそっちを気にしてるんじゃなくて・・・・・・力也君に凄く似合っててかっこいいから、見せたくなかっただけ」

 そう慌てて訂正してくれた孝仁にお礼を返せば、少し照れたような顔を返された。

「大丈夫だよ。その傷はいわば力也君の勲章でしょ? 君が負い目に感じる必要はないんだよ」
「そうだよ、戦士みたいでかっこいいよ!」

 みっともない、いい気がしないと言われた事もある傷痕を、冬真以外も認めてくれていることが嬉しく思える。

「翼さん、孝仁さん、ありがとうございます」

 改めて二人にお礼を言えば、優しい笑顔が返ってきた。

「よし、じゃあ上着も着ちゃおうか」
「あ、その前に一枚写真撮ってもいい? 写真撮れる時間あるかわからないし」
「・・・・・・はい」

 一瞬冬真みたいな事を言っているなと思ってしまったが、それを口に出すことなく力也は孝仁の隣にきた。

「さっき冬真君と同じ事言ってるとか思ったでしょ」
「え?」

 口に出していないはずなのに、何故バレてしまったのかわからず慌てる様子に孝仁は不愉快そうな顔をした。

「すっごく屈辱なんだけど」
「す、すみません」
「そんな力也君なんかこうだ!」

 次の瞬間シャッター音と同時に抱きついた孝仁は、驚く力也の頬へ触れるだけのキスをした。

「た、孝仁さん」
「冬真君の物になっても、ずっと力也君は大切な僕のスタントブルだからね。忘れないでよ?」
「はい」

 まるで大切な人を送り出す家族のような台詞に、感動と共に心からの笑顔を返した。

「そうだ。一応訂正しとくけど、僕は冬真君と違って、盗撮じゃなくて仲良し写真派だからね! そこは間違えないでよね!」
「冬真君、盗撮するんだ」
「え、翼さん」
「するって言うか、もう趣味だよね」

 幼いときから甥として可愛がっている冬真のそんな話は、ショックだろうと力也は慌てたが、意外にも翼は笑っていた。

「へぇ、冬真君盗撮が趣味なんだ。おかしいな、俺が知ってるいい子ちゃんだったときはそんなことはなさそうに見えたのに」
「猫かぶりしてるだけですよ。チラッと見せて貰っただけでも凄い量があったんですよ、あれは異常です」
「た、孝仁さん」
「そっか、俺は騙されてたんだね?」
「そうですよ!」

 これは冬真にとってまずい話になっているのではと、思いつつも気が合うらしい二人の話にどうしていいのかわからず力也はうろうろしていた。

「まだ子供のように思ってしまっていたけど、やっぱり冬真君もDomなんだね。これからは気合いを入れて見張っていかなきゃ」
「お願いしますよ」

 そう言って笑う翼は気分を害した様子もなく、言った孝仁も空気を悪くするつもりはなかったのだろうその反応に満足そうに笑った。

「じゃあ、力也君上着着ようか」
「あ、はい」

 途端に切り替えた翼に促され、着ていた服の上に着物を羽織る。
着物を止めるのはいつもの帯ではなく、柔らかい布のような物で、翼はそれを二度腰に回すと左側に蝶々結びのようにして縛った。

「あとはこれね」

 そう言って取り出したのは、ライブのステージでも見た長いリボンだった。それを力也の首に巻くと後ろで縛る。

「これで入場の服は完成だよ」
「ありがとうございます」

 なんかあちらこちらヒラヒラしている感じが、飾り付けられたように思え、動く度にヒラヒラと動く腰と首のリボンが気になる。

「孝仁さんどうです?」
「悔しいけど、似合ってる」

 あまり華奢とは言えない体つきだから、どうかと思ったが、どうやら意外と似合っているらしい。

「不安なら、鏡見てみる?」
「・・・・・・いいです」

 冬真が選んで二人がおかしくないと言うなら、想像する自分には似合っていなくても、おそらく大丈夫なのだろうと考え鏡は断った。どうせ見て気になったとしても変えられる物ではないだろう。

「冬真君、自分の服はセンスないのに、力也君のはわかってるよね」
「冬真、派手好きなんで」

 またもバッサリと言い切った孝仁に苦笑を返した。
 その後、もう一度仲良し写真を撮り、更に翼も巻き込みも一枚撮った頃、控え室のドアがノックされた。

「お支度整いましたか?」

 ホテルのスタッフの問いかけに、力也達は元気よく返事を返した。
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