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第五十二話【原点】中

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 数日前、久しぶりに両親から連絡がきた。テレビに出ているのを見ているという話と共に、いつも通りの事を聞かれた。“Subは見つかったか?”心配ともお節介ともとれる言葉に、冬真は少し考えた。力也の事を口にせずに、今度久しぶりに実家に帰ることを告げた。
 そして、もう一軒にも里帰りの日程を伝えた。

 サービスエリアのお土産売り場から力也が動かなくなってから、かれこれ30分以上がたつ。行先が冬真の実家だと知った力也は、服装だけでなく手土産も用意していないと慌ててお土産を選びだした。

「だから、結局ご両親はなにが好きなんだ?」
「なんでもいいって。どうせならお前が食べたいの選べよ」

 先ほどからなかなか決まらず、迷っている様子に笑いながら答えれば睨まれた。
もっと早く言ってくれれば予め買っておくこともできたのに、と非難がましい視線を送るのに、むしろ楽しそうな笑みを返された力也はため息をついた。

「俺が食べるんじゃないんだから」
「うち、もらったお土産はその場であける派だから大丈夫だって」
「だからって。……何人家族だっけ?」

 力つきたような視線と共にそう聞かれ、冬真は指を四本立てた。正直いくら非難がましい視線を向けられようとも、楽しいとしか感じない。何といっても最愛のSubを紹介しにいくのだ。嬉しくないわけがない。
しかも、そのSubはいまこうして自分の家族に気に入られようと考えてくれている。その様子が愛しくて仕方ない。

「母さんと父さんと、姉貴と姪っ子の四人」
「じゃあ、姪御さんに合わせたほうがいいか」

 そう言うと、子供でも食べやすそうなバームクーヘンを手に取った。個数と日付を確認する。

「これとかどう? アレルギーとかない?」
「どうだろ?」
「あてにならないな~。じゃあ、これも一応買ってくか」

 そう言うと力也はもう一つゼリーを選んだ。二つ買っておけばなんとかなるだろうと思ったのだ。

「これでいいか」
「あ、力也それもう一つで」
「え?」
「ついでに伯父さんの家に寄るから、そっちの分も」

 そう言えばまた言われてないと軽く睨むも、力也は“了解”と言ってもうひと箱ゼリーを持ちレジに向った。

 お土産選びに時間がかかってしまい、予定より遅くなったが無事地元につき、夕飯を食べた二人は冬真の実家に向かった。

「ここ?」
「そうそう」

 駐車場にバイクを止めると、冬真は玄関のチャイムを押した。返事と共にバタバタと音が聞こえ、ドアが開いた。

「ただいま」
「おかえり冬真」

 顔を出したのは冬真の母だった。母は久しぶりの息子に弾んだ声をあげると、その後ろを見て驚いた。冬真とどこか似た顔立ちで力也を見つめてきた。

「お友達?」
「初めまして、俺はその……」
「俺のSubの力也だ」

 いつになく緊張した面持ちの力也がそう口にした時、冬真がはっきりと言い切った。
 一瞬意味がわからなそうに、力也と冬真を見た母だったが、次の瞬間口を押えた。

「本当に?」
「はい、俺はSubの滝上力也と言います。よろしくお願いします」

 確認するような表情を向けられ、頭を下げた力也に母の顔が歓喜と安堵に染まる。
 Subを求めているのに、なかなか手に入れられずにいた息子の事をずっと心配していたのだ。

「こちらこそ、よろしくお願いします。ありがとう、冬真に決めてくれて」
「母さんとりあえず、入っていい?」
「そうだよね。ごめんね、力也君もどうぞ」

 そう言われ、家の中へ入った。パタパタと二人より先にリビングに向った母は、今度は父と一緒にリビングのドアから顔を出した。

「冬真! なんで言わなかったんだ!?」
「父さん、久しぶり」

 怒鳴る様に言った父に、冬真は返事にはならないのんきな言葉を返した。母の言葉と言い、父の態度と言い、何も言ってないことに気づいた力也はまた冬真を睨んだ。

「冬真、俺を連れてくるって言ってなかったのか」
「どういう反応するかなって」

 憤る父と非難がましく睨む力也の顔を見て“いい反応”だと笑う様子は、人で遊ぶのが好きなDomらしく、悪びれた様子がない。

「お前は何でいつもそう!」
「はい、はい。父さんの反応はもういいって。正直あんま面白くねぇし」
「面白い面白くないの話じゃないだろ!」

 本気で怒っている様子に、力也の顔色が変わり心配そうに二人をキョロキョロと動かし始めた。

(もしかして、冬真お父さんと仲が悪い?)

 それとも自分が歓迎されていないだけなのだろうかと不安げな瞳へと変わる。母親は喜んでくれたが、父親はそうではないのかもしれない。もしかしたら、女性のSubを期待していたのかもしれない。
 いや、きっとそうだ。父として女性とクレイムして普通の家庭のように子供を作ってほしかったのだろう。それなのに自分みたいなかけ離れたSubを連れてきたら怒って当然だろう。

「父さん、そこまでにしてくんねぇ? 俺の力也が泣きそう」
「え?」

 尚も怒り続けていた父は、冬真のその言葉で顔色を変え慌てたように力也をみた。
 それに対し、確かに不安を感じてはいたが、泣くほどではなかった力也は、思わず父をじっと見つめ返した。

「す、すまん! 力也くんだったか? 驚かせてしまったな」
「いえ、すみません俺で……」

 先ほどまでの憤りはどこかに消え去り、必死で取り繕うとしている父の姿を見ると、冬真の方をみた。

「俺出ていったほうがいい?」
「ほら、余計な心配し始めた」
「そ、そんな! すまん! 私が悪かった! そんなつもりはなかったんだ!」
「ごめんなさい、力也君。私たちは歓迎してるの!」

 顔色を変え、申し訳なさそうに必死に言いつのる二人の様子に、力也は気遣うように二人をみた。

「女性のSubじゃなくてがっかりさせてすみません」

 そのセリフに、血相を変えたのは二人の方だった。父は何ということをしてしまったのかと慌て、母は傍によると力也の体をいきなり抱きしめた。

「ごめんなさい! そうじゃない! そうじゃないの……びっくりしただけでそんな性別なんて……」

 ぎゅっと抱きしめてくる様子に、力也は戸惑いつつももう一度冬真を見た。二人の反応が真実かどうかわからない。

「お前の勘違いだって、安心しろ。歓迎されてるから」

 念を押すようにそう言うと微笑まれ、力也は安心したように頷いた。どうやら本当に歓迎はされているらしい。

「よかった。二人ともありがとうございます」

 その言葉に、父も母もほっとしたように一息ついた。先ほどまで抱きしめていた手を離し、両手で力也の手を握り込む。

「いらっしゃい、力也君」

 一転し歓迎ムードへと変わる。力也は、二人の大げさな反応に冬真との類似点を見つけたような気になった。喜びや愛情を注いでくれているのがよくわかる。

「いつまで騒いでるの?」
「姉貴、久しぶり! 姫は?」
「寝てるに決まってるでしょ。今の騒ぎで起きてなければだけど」

 そう言いながらリビングから顔を出したのは、冬真によく似た顔立ちの女性だった。呆れたような表情で“早く来い”と言うように手招きをされ、冬真は力也の手を掴むとリビングに向った。

「改めて、紹介する。俺の父さんと母さんと姉貴。でこっちが俺のSubになってくれた滝上力也」
「よろしくお願いします」

 力也が頭を下げれば、両親も頭を下げもう一度先ほどの謝罪をしてくれた。

「勘違いさせてしまいすまなかった。冬真を選んでくれてありがとう、こんなとこまでよくきてくれた」
「いえ……すみません。まさか言ってないなんて思ってなくて……あ、これお土産です」

 気まずくなったのをどうにかしようと、力也は途中で買ってきた土産を取り出した。

「わざわざありがとうね。お夕飯は?」
「食べてくるっていっただろ?」
「一応確認しただけでしょ。じゃあ、お茶でも用意するね」
「あ、その菓子開けてよ。力也がおいしそうなの選んだんだから」
「冬真!」
「だって、力也も食べたいだろ?」
「そうじゃなくて」

 そんなつもりはないのに図々しい事を言われてしまい、慌てて止めようとする様子に母は可笑しそうに笑い返した。

「ふふっ、わかったから。ちょっと待っててね」

 息子の態度に慣れた物なのか、仲がよさそうな二人の様子に嬉しそうにしながらキッチンへ下がると少ししてお茶と先ほどのお菓子を持ってきてくれた。

「はい、どうぞ力也君」
「え、あ……ありがとうございます」

 真っ先に自分の前に出されたことに戸惑いつつ、お礼を言うと優しい笑顔で微笑まれた。
 お茶とバームクーヘンを食べつつ、改めて三人をみる。初対面で怒っていた父は、落ち着いてしまえば逆に大人しそうな人だった。

「ねぇ、もしかして力也さんもテレビ出てます?」
「はい。一応スタントマンしてます」
「やっぱり、カッコいいと思いました!」
「力也はあの孝仁さんのスタントブルしてんだよ」

 姉に聞かれ、答えれば自慢げに付け足された。その答えに、母と姉が興奮したような瞳へと変わった。

「夏樹、姫ちゃん起こさなくていい?」
「私もいまそう思った」
「なんで? せっかく寝てんのに?」
「姫、今孝仁さんにハマってるんだけど、それがスタントシーンばかりなんだよ」
「ってことは力也のファン?」
「多分ね」

 不思議そうに聞き返した冬真は、姉のその説明にニヤッとワクワクした笑みを浮かべた。それに対し状況についていけないかのような力也に、視線を送る。

「やっぱ血は争えないってか?」
「やめてよ。姫はあんたと違って純粋なんだから」
「ひでぇ、俺だって純粋だよな? な、力也?」

 なにがなんだかわからないままに、聞かれ思わずとりあえず頷いた。冬真は力也に頷かれ勝ち誇った顔を浮かべる。その様子を見ながら、確かに多少意味は違うかもしれないが、純粋には違いないかもしれないと思った。

「でも、今日泊ってくんでしょ?」
「ああ」
「伯父さんのところに泊まるんだっけか?」
「俺の部屋が使えんならそこでもいいけど……」
「無理、無理、荷物だらけだもん」
「だよな」

 実家に合った部屋が既に姉と姪の荷物で占領されているのを知っていた冬真は、近くに住む叔父の家に泊まることにしていた。

「流石に伯父さんたちには言ってあるんでしょ?」
「そこは流石にな」

 宿泊のことも聞いてなかった力也は、一瞬驚き考え込んだ。宿泊させてもらうと知っていたらもっといいお土産を選んだのに、あれじゃ失礼じゃないだろうか?

「冬真、この辺になんかお菓子屋さんみたいのある?」
「あるかもしれないけど、多分この時間じゃコンビニしか開いてねぇって」

 何を考えたかわかったんだろう、あっさりと返され、力也はまた不服そうな顔を冬真に向ける。緊張しないようにしてくれたのかもしれないが、後出しが過ぎる。

「なら、詳しいお話は明日にしましょう? 向こうにも遅くなるといけないから」

 母にそう促され、二人は“おやすみなさい。また明日”と挨拶をするとそのまま、叔父の家に向かうことになった。
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