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第四十八話【じゃれ合い】前
しおりを挟む基本的に力也は冬真のことを優しいし面白い、物わかりもいいと思っている。それは力也のマネージャーの氷室も同じで見た目はチャラチャラして見えるが、Domとして奢ることなく真摯に接していると評価していた。
公表していないのにベタベタしているが、元々パーソナルスペースが狭い力也は他の人との距離も近く、ちょっかいを出されることも多い。
強引な奴がいてもケロッとしているから、今回やたら依頼が来るようになったことも気にしていなかった。そのせいで、多少対策は遅れてしまったが、冬真を呼び出したことで結果的にすべてが落ち着いた。
幾つかの仕事を他のスタントマンに振り分け、直接指名してきた相手には力也本人が跳ね返しに行き既に勝利を収めている。
従順差と勝気差を併せ持ち、更には絶対的な味方もいる。息子ほども年が離れている力也だが、頼もしいと感じていた。同時にその主人である冬真のことも信用していた。
「じゃあ撮影には間に合うように帰ってくるから」
「はい」
ベテランに入る力也は一人で現場を熟すこともよくあるが、今回は諸々の事情と、後々につながる役どころでもある為、そうはいかない。
他の担当している若手スタントマンを何とかし、すぐに戻ってくるつもりの氷室にそう言われ力也は申し訳なさそうに返事を返した。
「俺がいない間頼むな、ご主人様」
「任せてください」
今回特別に同行の話を付けた冬真にも、そう頼むと二人をスタジオに残し車で走り去った。
「ってことで離れるなよ?」
「もう具合悪くないし、そんなに心配しなくてもいいと思うんだけど」
「お前、好みに目を付けたDomの厄介さを知らないだろ」
「あー、ものすごく厄介だよな」
あえて突っ込まず、同意するに務めた力也に冬真はムッとした顔を返した。
「突っ込めよ」
わざとだったらしいその言葉も“はいはい”と流しながら控室へ向かう。心配してくれるのはわかるが、慣れていないためうまく返せない。そんな様子の力也に冬真はため息をついた。
「とりあえず、今日はお前の付き人ってことで」
「冬真もこれ終わったら仕事あるだろ」
「そうだけど!……かわいくねぇな」
せっかく心配しているのにと、機嫌を悪くしたような言い方をされ、力也は思わず冬真の顔を見た。明らかに拗ねて怒っている顔をしばらく見つめ頷いた。
(大丈夫そうだ)
これは本気で怒っているわけじゃないと判断し、気にせず控室のドアをノックした力也に今度は冬真が突っ込んだ。
「っておい!」
「おはようございます!」
わざと怒っている演技をして、それを見たはずなのに見破られてしまったらしい。慣れてきているなと思いながら、苦笑し力也に続き挨拶をして中に入った。
「衣装持ってくるからその辺で待ってろ」
他の役者たちに挨拶をしている力也をその場に残し、まとめて置かれていた衣装の中から力也の衣装を選ぶ。
「彼も出演者じゃないんですか?」
「いえ、出演者じゃないんですけど……」
「確か最近出てきた役者ですよね」
「はい」
顔見知りの役者に話しかけられ、力也はどう説明しようかと困りながら返事を返す。
Sudに偏見がない業界なのはわかっているが、流石にそこまで個人的な話をしていない人相手に俺のご主人様だと説明するのは躊躇いがある。
「ちょっと勉強のためにあっちこっち回らせてもらってるんですよ」
そう言いながら、冬真は衣装を渡し話し相手を変わった。ごまかすのが苦手な力也では、根掘り葉掘り聞かれたら太刀打ちできない。
「ってよく見たら同じ事務所冬真さんじゃないですか。なんで力也さんに」
「【怪盗と探偵と忍者】で仲良くなって、頼み込んでついてきたんですよ」
普通に返すが、実のところ相手の顔は何となく思い出せるが名前が思い出せない。それも事務所の中の記憶ではなく、テレビで見ただけかもしれないが、バレないように祈りながら適当に話を合わせる。
「そうだったんですね。付き人経験ないとその辺大変ですよね」
から笑いで返し、力也に視線を送れば警官の衣装に着替え終わりこっちに戻ってくるところだった。
「この前のヤクの売人の役、性悪らしくてとてもいい演技でしたよ」
「そう言ってもらえると自信尽きます。ありがとうございます」
「いつか共演できるといいですね。これからも頑張ってください」
そう言われてやっと思い出した。確か、彼はいくつかの作品に悪役の一人として出てくる役者だ。目立たないながらも、役に溶け込み、一つの作品を作り上げるうえで重要な役割をもっていた。
わき役として生きていくのも悪くない、そう思う冬真にとって目指すべき役者の一人でもある。
「こちらこそ、その時はよろしくお願いします」
そう話していると、戻ってきた力也が冬真の名前を呼んだ。話を締めくくり、力也と一緒に控室をでた。
「本当にいくのか?」
「いくよ」
二人は弥生の控室に挨拶に向おうとしていた。あんなことがあったのだから挨拶に行く必要はないと言う冬真に、話を通してもらっておいてそういうわけにはいかないと力也が言い張り、渋々ながらも受け入れた形になる。
「冬真が怒ってるのはわかるけど、この後、撮影もあるから喧嘩すんなよ?」
基本的にSubには寛大な冬真だが、逆にDomには狭量なところがある。力也からすれば、自分のことよりも冬真と弥生が喧嘩にならないかが心配だった。
自分のSubに手を出されそうになったのだから仕方がないこととは言え、力也には実害がなく、今後のこともあるなるべくなら穏便に終わらせたい。
「わかってる。我慢する……その代わり、写真いい?」
何を言い出すかと思ったら、予想外の交換条件を持ち出されて、力也は苦笑と共にため息をついた。
「冬真、実はコスプレ好き?」
「警備員の服もよかったけど、お前そういうの似合うんだよな!」
その反応を了承の意として、スマホを構えシャッターをきる楽しそうな様子に仕方なさそうに応じた。事実、いつもの軽装とは違うが、きっちり整った制服は力也の雰囲気と合っていた。
「こういうのどっちかっていうとDomのイメージのような気もするけど」
「そうでもないだろ。そう言う恰好してるSubってのも結構征服欲をそそるっていうか」
「まって、なんか変な想像してない?」
「コスプレしてってのもありかもな?」
どうやらまた変なスイッチを押してしまったようだ。冬真の想像している内容が心配なのと同時に、胸が高鳴るのを感じる。何をするつもりなのだろう、何をさせられるのだろう、絶対振り回されるし、いいようにされるのに不安どころか楽しみしかない。
「お手柔らかに」
「そこはお前次第だな」
悪い笑みで返され、困ったような苦笑を力也は浮かべた。
「俺、そこまで演技力ねぇよ」
「わかってる。いつも一杯一杯になっちゃうもんな」
「あれは冬真のせい」
事実、前は望まれた時は嫌がる演技ぐらいできた。嫌がって勿体ぶったほうが、興奮するからと言われ、それに努めたこともある。
あれも一種のごっこ遊びだとわかってはいたが、言われたとおりにしているのに、お仕置きがひどくなるのだけは勘弁してほしかった。
最初は嫌ではなかったはずなのに、お仕置きがひどくなる度、本当に嫌になって、訳が分からなくなる。嫌がる演技をしているのに、“悪い子”だと侮蔑の言葉を投げつけられると泣きたくなる。
似合いもしないし、みっともないだけなのに、泣いて喚きたくなる。放置された時なんか最悪だった。大丈夫だろうと思ったのか、部屋を出ていかれた。
結局そのDomとはそれっきりになった。
「どうした?」
昔の相手とのことを思い出した力也に、気づいたのか訝しげに尋ねられた。
「ううん、冬真でよかったなって」
相手が楽しむだけで力也は楽しめなかったごっこ遊びも、楽しめると確信できる。まともに頭が動かなくなるほどにされようとも、泣かされようとも、みっともなくともきっと冬真は褒めてくれるだろう。
じゃれ合って、戯れあって幸せを感じられるだろう。
「そういう可愛いこと言うとまた加減できなくなるだろ」
「そこは手加減してって」
笑いながら、弥生の控室についた二人は、一息ついてドアをノックした。
久しぶりにあった弥生はあの時とは違い、落ち着いていた。挨拶にきた力也に謝罪をすると冬真にもマネージャーと共にお礼を言った。
「あれから王華学校に連絡させていただき、カウンセリングも受けることができました。本当にありがとうございます」
「いえ、弥生君も元気そうで安心しました」
「力也さん怒ってないですか?」
申し訳なさそうに話を聞いていた弥生が、恐る恐る顔を上げ力也を見た。
「怒ってないよ。俺のほうこそなんかごめんね」
むしろ自分が目覚めさせてしまったようなものだと思っている力也は、申し訳なさそうに謝った。
「……僕やっぱり力也さんがいい」
その言葉と力也の顔をじっと見ていた弥生は、急に立ち直ったかのようにそう呟いた。
「はぁ!?」
「だって優しいし、カッコいいし!」
「力也は俺のだって言ってんだろ!」
「孝仁さんには勝てないかもしれないけどあんたには負けない!」
売り言葉に買い言葉というのはまさにこのことだろう。互いにグレアを出すわけでもなく、それでいて冗談には見えない言葉の応酬が始まった。
「んだと!」
「冬真だめだってば」
「弥生!失礼でしょ!」
結局心配していた通り、口喧嘩が始まってしまった事にため息をつき、力也とマネージャーは二人をなだめることに専念することになった。
Domである冬真が一番、Domとの共演がNGになりそうな状況に頭を抱えながら。
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