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第三十七話【不調】後

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 てっきり四人で行くのかと思っていたのだが、違ったみたいだ。とはいえ力也も時間がそこまであるわけではないので、不思議に思うこともなくスタジオを出た。
 目についた牛丼屋に入ると、席に着き店員まとめて注文をする。

「三つとも大盛りで」
「あ、すみません。俺普通で」

 そう訂正した力也の言葉に、二人は驚きその顔を見た。体力を使う者同士、お互いの必要エネルギーはなんとなくわかるが、明らかに足りない。

「それじゃ足りないだろ?」
「わかった! 減量中だろ」
「そうじゃないんですけど、なんとなく」

 どうしたのかと言われても、どう答えたらいいのかわからない。ただ、なんとなくあんまり食べる気にならないだけだった。気持ち悪いというほどでもないが、いつも通りの量は食べられないと感じていた。

「午後も動くのに大丈夫なのかよ」
「大丈夫です」

 そう言いながら、すぐに運ばれてきた牛丼を三人は食べ始めた。食べ始めてしまえば、食欲が復活するかと思ったのに、復活しないことに力也は首を傾げた。
 朝は普通に食べられたのに、何故だろうと思いながらモソモソといつもより遅いペースで食べていく。それでも、インタビューの前は食べる気はあった。
 
「午後はなにするんだ?」
「特撮の悪役です」
「へぇ、俺午後暇だから見に行ってやろうか?」
「お、いいな。どうだ力也?」

 冗談めかしたその言い方と共に、二人から弱いグレアが発せられた。“何言ってるんですか”と返そうとしたその瞬間、力也はとっさに口を押えた。急に言いようのないほどの吐き気が襲い、異変に気付いた二人へ片手をあげ止める。

「……すみません」
「どうしたんだよ」
「大丈夫か?」
「なんか急に気持ち悪くなって」

 そう言いながら水を飲み干すと、力也はごまかすように笑った。変な物を食べた覚えも、調子を崩している覚えもないのに、こんなこと初めてだ。そう言えば、インタビューの途中でも気持ち悪くなったのを思い出した。
 確か、わざわざ編集長が見に来た時だった。編集長はなにをするでもなく、インタビューを聞き楽しそうに笑い、しばらくすると出ていった。
 でていく一瞬くしゃっと力也の頭をなで、“また呼ぶから”と言われお礼を言ったその瞬間、ほんのりとしたグレアを感じ、気づくとなんとなく気持ち悪くなっていた。
 
「おいおい、風邪か?」
「午後代わってやろうか?」
「大丈夫ですって」

 やいやいと心配して騒ぐ、二人に力也はなんて事のないように笑顔を浮かべた。事実、もう気持ち悪さはなくなっていた。

 午後の撮影場所の公園につくと、既に来ていたスタッフへ挨拶をすると力也はロケバスに乗り込んだ。全身真っ黒の悪役のスーツに着替え、外へ出る。

「力也さん!」

 聞き覚えのあるその声に視線を上げれば、そこに先日たまたま知り合った子役の弥生がいた。弥生は力也の傍まで走ってくるとにこっと親しげに笑った。

「力也さんおはようございます」
「おはよう、弥生君も今日一緒だったんだな」
「僕、ヒーローに憧れる子供の役なんですよ。力也さんは悪役ですか?」
「ああ」
 
興味深そうに衣装を見ながら力也の回りを一周回ると、弥生は何かを待つかのように見上げた。その様子に、見つめ返すと力也は思い出した。

「そう言えば、なんか俺のこと指名してくれたんだって?ありがとう」
「どういたしまして」

 仕事を回してくれたのだからお礼を言わなくてはならなかったんだと、しゃがみ弥生と視線を合わせお礼を言えば満足そうに笑われた。

「でも、あれって重要な役じゃないのか?」
「いやなんですか?」

 役柄を思い出し、尋ね返せば弥生が明らかに不満そうな表情へとなり、力也はすぐに言いなおした。

「そんなことないけど、俺で大丈夫なのかって」

 スタントだけなら大丈夫だろうが、それだけではなさそうな役柄に自信がないことを伝えれば弥生の表情が変わった。

「力也さんならできますよ」
「じゃあ、頑張るよ」
「はい、頑張ってください」

 にっこりと満足そうに笑う様子に、孝仁と似たものを感じた。やっぱり幼いころから芸能界に入ると、通じる物があるのかもしれない。
 そうしていると、しゃがんでいた所為か、また再び気持ちが悪い不快感が襲ってきて力也は立ち上がった。

「とりあえず、今日は悪役だからよろしく」
「はい、そうだ。力也さん後で連絡先教えてください」
「わかった」

 そう答えた瞬間、弥生の名が呼ばれ弥生はそちらを向き返事を返した。
打ち合わせに呼ばれた弥生と違い、撮影に備え、不快感を吹き飛ばすようにストレッチを始めた力也の様子を弥生は名残惜しそうにしながら弥生は走っていった。

 撮影を始めてしまえば、感じていた不快感はどこかに行き、力也はいつも通りの激しい動きを難なくこなした。高い場所からジャンプして着地し、ヒーローに襲い掛かり、見せ場となる組み手を繰り広げる。
 編集されることも考えて長めに、互いに蹴りやパンチを繰り出し、そろそろというところで出された合図と共に派手に後ろに吹っ飛ぶ。
 演出の為に用意されていた壁へ当たり、破壊しそして力尽きる。迫力のある戦闘シーンが終わりカットがかかった。

「よし、いい感じ悪役お疲れ様」

 これで出番は終わりだと、力也は汚れを軽く払うと立ち上がった。まだ続く撮影の邪魔にならない場所まで移動し、用意されていた水を飲み休憩する。
 この後は、ヒーロー役と助けられた子供たちとの会話がある。それが終わり問題なければ今日の撮影は終わりだ。

「力也、お疲れ」

 撮影をのんびり見ていれば、いつの間に来たのか手を振りながらマネージャーの氷室がこっちに近づいてきた。

「お疲れ様です」
「インタビュー大丈夫だったか?」
「大丈夫、きっと何とかしてくれます」

 その他人任せの言葉に、氷室は驚いたように力也を見た。確かに、どうせマウンテンスポーツの宣伝なのだから、多少ずれた内容でもごまかしてくれるだろう。しかし、いくら向いてない内容とは言え、力也らしくない他人任せの答えだったと思い、はっと気づく。

「ご主人様の受け売りか?」
「バレました?はい、冬真ならこう言いそうだなって」
「まぁ、既に流れは決まってるようなもんだしな」

 そうして話していると、全員集合の合図がかかり、力也はそちらへ向かい走っていった。 
 映像チェックを終わり、問題ないと言われ戻ると、タブレットで明日の確認をしていた氷室は顔を上げた。

「この後は冬真君と夕食だよな? 迎えにきてくれるのか?」
「実は近くの駅で待ち合わせしてて……」

 朝連絡したときに場所を教えたら、近くの駅を指定されたから飲酒目的だろうとはわかっていたがどうしようかと考える。もう気持ち悪さはなくなっていたけど、いつまた気持ち悪くなるかもわからない。

「どうかしたか?」
「いえ、着替えてきます」

 断ったほうがいいという思いと、断りたくないという思い競り合う中、力也は着替え車を降りた。

「お待たせしました」
「じゃあ、駅まで送ってく」
「ちょっと待ってください」

 そういうと力也は、まだ連絡先を交換していなかった弥生を探した。ほどなく、見つかり走り寄るとスマホを取り出し互いに、連絡先を交換した。

「また連絡しますね」
「うん、今日はお疲れ様」
「はい、お疲れさまです。力也さん」

 ニコリと笑う弥生が片手を差し出してきたので、握り返したその瞬間、急激な吐き気が襲い力也は息を飲んだ。気づかれないように、握手を終えそのまま氷室のところに戻る。

「どうした?」
「ちょっと気持ち悪くて」
「え、夕飯止めたほうがいいんじゃねぇか?」

 ごまかしてきたつもりなのに、すぐに気づかれてしまい、仕方なく理由を話すと顔をしかめられた。

「やっぱそうですよね」
「言いにくいなら俺から言ってやろうか?」
「大丈夫です」

 機嫌を損ねることなどないが、心配されるだろうなと思いながら、L●NEをすれば既読の印がすぐにつき、通話がかかってきた。

「具合悪いってどうしたんだ?」
「ごめん、なんかちょっと気持ち悪くて夕飯は無理ってだけだから」

 明らかに心配しているとわかる声で、どんな顔しているか頭に浮かび苦笑する。

「ほんとかよ。いまタクシー呼ぶから、そこで待って……」
「大丈夫、マネージャーに送ってもらうから。夕飯行けなくて悪い」
「そんなの気にすんな。とにかく、ゆっくり寝ろよ。明日も無理すんな」
「わかった。じゃあまた」

 予想通り咎められることなどなかったが、それなりに楽しみにしていたのにと心が沈む。明日もあるのだから、無理をするわけにはいかないし気持ち悪いのに食べに行くなどダメだとわかっている。この原因不明の体調不良はきっと寝れば何とかなるだろう。
 約束したのだって当日で何日も前から楽しみにしていたわけでもない。そうわかっているのに……会いたかったし、話したかった。例え短い時間だけでも傍に……。
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