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第十五話【記憶】後

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水分休憩と言われ、冬真は近くの椅子へと座りこんだ。時季外れの厚着に、日差しが強い中での撮影はこたえる。加えてここ最近睡眠時間が減り休みもとれてないことで、激しい運動をしたわけでもないのに息が切れる。
 不意に冬真の前に日差しを遮るように影が差した。顔を上げれば、深い帽子をかぶりメガネをかけ、口元をストールで隠した男がいた。男は冬真に水のペットボトルを差し出していた。

「あ、ああ。サンキュー」

 エキストラの一人だろう、男に差し出された水を受け取った冬真の耳元に男の顔が近づいてきた。

「お疲れ様」

 笑いを含んだ声に、冬真は口に含んだ水を吹き出した。対して見事、悪戯が成功し力也はケラケラと笑いながら色つきのメガネとストールをずらし軽く片目をつぶった。
本来は衣装を着ているときにするような悪戯ではないが、すでに汗で濡れているので大丈夫だと結論付けての悪戯だ。

「力也!?」

 水で服を濡らした冬真へ力也の持っていたスポーツタオルが渡された。

「なんでここに」
「エキストラのヘルプ頼まれたんだよ」

 冬真がいるとは思っていなかったが、偶然にも会えたことを力也は喜んでいた。

「傷は?」
「大丈夫だって」

 相変わらず、何事もなかったかのように笑う力也へ冬真は眉をひそめた。

「お前この後は?」

 心配と説教を混じらせた言葉を飲み込み、話を逸らす。

「終ったら帰るだけだけど、冬真の方が忙しいだろ?」
「これが順調に終われば少し時間あんだよ」

 移動時間を含めて二時間ほど空き時間がある。移動はマネージャーが迎えにきてくれると言っていたから力也を乗せればその分も一緒にいられるだろう。自分が次の現場についたら、力也を駅まで送ってもらえばいい。
 頭の中でシミュレーションした冬真の問いに、力也は一瞬驚くも笑った。

「じゃあ、NGださないようにしなきゃな」

 はっきりとした返事ではない物の、そう返した力也へ軽く指だけで手招きをすれば腰を折り顔を近づけてきた。

「おかえし」

 その額へとデコピンをする。目を見開いた力也だったが、次の瞬間少し首を傾げた。

「痛かった?」
「…ううん、違う違う。びっくりしただけ」

 力は込めていないが、痛かったかと思った冬真に力也は笑い返した。

「力也―!」
「あ、いまいく!じゃあ、また後で」

 エキストラたちの集合の合図がかかり、力也は軽く手を振ると走って行った。
 その後ろ姿を見送り気合を入れなおした冬真だったが、現実はそんなにうまくいくはずもなくこの後は何度も取り直しとなった。
 人数が多いだけに、小さい失敗が重なり、ついには冬真まで失敗をしてしまった。
 咄嗟に振り向くと、何度も繰り返されたダンスシーンの所為で息が上がり苦しそうな力也と目が合った。
 冬真と目が合うと力也は、軽く笑い返し“ドンマイ”と口には出さずにつぶやいた。

(ダメだな) 

 負担をかけたくはないと思っていたのにままならないことにいら立ちと、消沈心を感じつつ冬真は目線を元に戻した。
 この時、冬真は力也と長続きしないDom達の気持ちが少しわかった気がした。

 結局この日、何度もやり直しがあり、冬真には先ほどの予定を中止にしそのまま帰るようにいわれた。体調を気遣ってくれたのはわかるが、別に大丈夫だったのにと力也は部屋に帰りベッドの上に横になった。
 ひと眠りしようかと思うが、こんな時になって朝の夢が思い出される。

「コンビニでもいくか」

 意味もなくついていたテレビを消そうとした瞬間、柔軟剤のCMが目に止まった。
 冬真にデコピンされたあの時気になった、嗅ぎ慣れない甘い匂い、冬真の家にいったときはしなかったあの匂いはスタイリストによるものだろうか?
 どこかで嗅いだ覚えのある匂いだったそれを力也は思い出すことのないまま、コンビニへと向かった。

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