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11話 死亡フラグ、眼前に迫る

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「……なんだと」

 いつも開けてる会議室の窓が閉まっている。これじゃ盗み聞きできない。
 既にいつもの面々がここテンプスモーベリ総合学院に来ているのは先程見たから分かっている。早く聞ける場所を探さないと。たとえ中身が遅々として進まなくても日々の会議の小さな変化を見逃すわけにはいかない。推しカプの幸せな未来と私の生存がかかっているのだから。

「わぶっ」
「おや、失礼」

 急いで建物内に進むと、曲がり角のところでぶつかってしまった。幸い相手が支えてくれたから転ばなくて済んだけど、これはお叱りを受けるやつだ。慎んで謝らないと。

「申し訳ござい、ま、せ」
「フィクタ嬢、お怪我は?」

 ふるふる首を横にふる。
 よりにもよってマーロン弟に突撃するとは!
 いい匂いに、肌触りのいい服はさすが侯爵というところ。
 シチュエーションは少女漫画も真っ青な状態だ。支えてくれたから抱き締められてるわけで。

「……あのマーロン侯爵令息?」
「はい」
「私は無事なので放して頂けますか?」
「ああ、はい」
「……ご無礼を」
「いえ、残念です」

 なにが?
 離してくれたのに左手だけゆるく掴んだまま離してくれない。

「あの、手を」
「んー……フィクタ嬢は何をそんなに焦っていたのですか?」

 疑われている!
 笑顔でぐぐいと迫ってきた。まずい、こういった不測の事態からバレてしまっても困る。早くこの人の前から姿を消して、適宜会議の内容を把握しないと。

「仕事の漏れを思い出しまして、その急がないとで……」
「それよりも少しお付き合い頂けますか?」

 私の話を聞いてた?! なんなの? 高爵位の輩は皆こんな自由に生きてるの? そんなことないのは小説読んでる私が一番知っているけどね! 言ってみただけだよ!

「しかし」
「理事長には私から伝えておきましょう。こちらへ」

 柔らかい物腰に優しい力で握られている。なのに有無も言わさず連れて行かれた。
 会議室の隣の資料室で少しカビ臭く、とても侯爵が入るような場所ではない。

「あの、こんなところへどうして」
「静かに……うん、このあたりでしょうか」
「?」
「ほら」

 資料室は会議室からも入れるようになっている。その行き来できる扉の隙間から会議の内容がよく聞こえた。

「え?」
「兄様がどんな話をしているのかずっと気になっていて」

 内緒にしてくれますか?
 上品な顔して悪戯っ子のような笑顔をした。珍しい顔だ。いつも大人びた微笑みしかしない人なのに。

「はあ」
「さしずめ私の我儘で学院の資料が見たいと無理を言って入らせてもらった体にしてもらえれば」
「は、い」

 それはあまりに私においしい話すぎる。
 もしや試しているの? 私が会議内容を聞きたくて仕方ないってのをなんとかうまくして引き出そうとしている?

「そ、それなら私は資料室の外にいた方が信憑性がありそうな気がしますが」
「部屋の事を知っている学院の人間が中にいた方が真実味が増しますよ」
「ううん?」

 ああでも、と思い出したように近づいてきた。避けようにも狭い資料室、背中がすぐ壁に当たる。人二人が並んで歩けるぎりぎりの狭い通路、片側は資料の山なのだからこうもなるか。って今はそうじゃない。
 悪びれもなく近づいて、手さえ壁に添えられれば少女漫画的に壁ドンだなと思った。耳元でマーロン弟が囁く。

「よからぬことを考える男性もいるので、男性とは二人きりにはならないようにしてください」

 私は大丈夫ですよと笑顔で離れていく。怖すぎるでしょ。ぶっちゃけ信用性もないぞ。マーロンを名乗るだけで死亡フラグだもの。

「ほら」

 促されて扉の前に近づき座り込む。
 確かに庭と同じぐらいよく聞こえた。

「……」
「……なんですか」
「いいえ?」

 盗み聞きしたいのは弟の方じゃないの? 一緒に座って会議内容聞きながら、こちらを見ている。
 年齢も背丈も同じぐらいだけど、あと十年もしたら少年から立派な青年になるんだろうなあ。この人見た目結構いいし物腰柔らかいままなら、上質な紳士になって爵位のある縁談きて平和に結婚するんだろう。死亡フラグと無縁で羨ましい。

「そんなに見つめられると緊張しますね」

 再び手に触れてくる。なんだろう、一度触れてしまったからか妙に接触が多い。
 会議もそこそこ盛り上がっている。連合設立はやっぱり政治的要因も絡むので難しいらしいし、なにより帝国の武力主義がネックのようね。失脚させるための平和主義への法整備が重要だとそろそろ手紙に書くとしようか。
 学院を連合管理にするには連合の設立が必須だし、それまでは継続してイルミナルクス王国所属が妥当だろう。良い中立国もなかなかないし。一先ず学院を独立させるとか? それはそれで悪目立ちになりそうな気がする。
 同時並行でやることが多すぎるのがいけない。困ったものね。精査して手紙を再度書くとしよう。

「ん?」

 お開きになる雰囲気に立ち上がろうとすると握られていた手がそれを阻んだ。

「マーロン侯爵令息、会議が終わりそうなので退出してもよろしいでしょうか?」
「……」

 含みのある笑顔だ。こやつ、まだ何かあるというの?
 と、がちゃりと目の前のドアノブが動く音がした。
 まずい。

「っ?!」

 急いで立ち上がろうにも握られた手が私の動きを止める。
 扉が開き、明かりがこちらに差し込んできて、絶望の音が近くなった。

「少し強引だったかな?」
「二年も経ち学院の件も叶ったのだからいいでしょう」
「だよね~」

 ここにきてやっと私が嵌められたと気づいた。
 まさか。
 見上げる先に良い笑顔の若い男が現れる。

「というわけで、子猫ちゃん。少し時間いい?」

 死亡フラグが眼前に迫ってきた。
 ……終わった。
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