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神竜エンシェントドラゴン

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 ソファーに座った俺達の手には、レミリアさんが配布した依頼書が握られている。
 依頼書にはこう記されていた。
 神竜エンシェントドラゴンの討伐または沈静化、と。

「神竜……エンシェント、ドラゴン……? なんですか、こいつ。 初めて見る魔物なんですが」

「ハッ、これだから新参者は」

「神竜も知らないとか、冒険者向いて無いんじゃないのー? 辞めちゃえばー?」

 こいつら、マジでムカつく。

「神竜とは、現存する五体の古代種の内の一体だ。 その力は凄まじく、魔王の支配すらもはね除けると言い伝えられている。 相当危険な相手だ」

 へえ、魔王の支配をねぇ。
 てことはこいつ、魔王かそれ以上に強い個体なのかもしれない。
 となると、血が滾るな。
 魔王はもうやられてて力試しが出来ないからな。
 代わりにこいつに協力して貰うとするか。

「とはいえ古代種は全て、我々人類との共生を遥か昔から望んでいる。 故にお前達には、穏やかな筈の神竜が何故突然暴れ始めたのかを調査して貰いたい。 そして、沈静化を成し遂げてくれ」

「しかし、神竜はその名に違わない実力だと想定されます。 どうしても沈静化が難しい時は、討伐も構いません。 責任はギルドが取ります」

 出来る限り沈静化して欲しいって事は、このドラゴン、この国にとって重要な存在なんじゃないか?

「ですので皆さんは後の事は考えず、出来る限りの仕事を……」

「あの、レミリアさん。 一つ質問良いですか?」

 手を挙げると、レミリアさんは間髪いれず。

「なんですか?」

「この神竜ってドラゴンの事が今一わかんないんですけど、こいつってなんなんですか? もしかしてなんですが、この国にとって何か意味のある存在なのでは……」

「よく気づきましたね。 実はそうなんです。 古代種は各国に一匹ずつ生息していまして、そのどれもが国の信仰対象になっているんです。 聖竜信仰って聞き覚えないですか? 協会で布教されてると思うのですが」

 ああー、そういえば昔、協会の司祭様から聖竜信仰だのとかいう宗派に入らないかと誘われたことがあったっけ。
 ステンドグラスにも確か、白い竜の姿があった気がする。
 そうか、あれが神竜エンシェントドラゴンだったのか。

「じゃあ沈静化させた方が良さそうですね。 とりあえず気絶させて捕獲してみるか。 その後どうするかは、また追々考えるとして……」

「おいおい、お前なに聴いてたんだぁ? 魔王並みに厄介って言われただろうがよぉ。 そんな奴をどう気絶させるってんだ?」

「そりゃまあ……グーパンで」

「プッ! 嘘でしょ、こいつ! どんだけバカなの!? ドラゴンを殴って気絶させれる訳ないじゃない! 頭おかしいんじゃないの、あんた! レミリアもそう思わない?」

 同意を求められるも、俺の実力をよく知るレミリアは、冷や汗を流して視線を泳がせる。

「カ……カズトさんなら可能かと…………むしろ神竜様の方が不憫と言いますか……」

「は……?」

 殺さないだけ優しくない?

「他に質問が無ければこれで会議は終了とするが」 

「あっ、なら後一つ。 今回のクエストって何人まで参加可能ですか? 見学したいってついてきた女の子が一人居るんですけど」

「今回は特に条件を決めてはいない。 参加したい者は、誰でも参加しても構わん。 此度のクエストは相手が相手だ、人手が多いに越した事はないだろう。 当然、自己責任だかな。 ああ、それと達成した暁には、参加した者全員に報酬を渡す予定となっている。 その旨も一応伝えておく」

「んだよ、また雑魚が増えんのか? 足手まといは一人だけで十分だってのに、勘弁しろよ」

「まっ、あたしらは誰が死のうが関係ないけど。 きゃはは!」

 足手まといはむしろお前らの方だと思うんだかなぁ。
 頼むから無茶だけはしないでくれよ、Sランクのお二人さん。





「……またガキが増えやがった」

「とことん嫌になるわね。 ピクニックかっての」

「どうも」

「ふん……」

 俺達がひとまず向かう目的地は、昔コカトリスを倒した岩場近くの砦跡。
 そこに神竜の棲み家の周りを彷徨いてた怪しい奴らが居たらしい。
 なので俺達は馬車で向かおうと思ったのだが、よくよく考えたらあそこまではここからだと半日ほどかかる距離だ。
 話を聞く限りあまり時間が無さそうだから、悠長に馬車に揺られている訳にもいかない。
 ここはいっちょアレで行きますか。

「おい、クソガキ! さっきから何してやがる! さっさと乗りやがれ!」

「ちょっと待って。 馬を厩舎に置いてくから」

「なにバカ言ってんのよ、あんた! 馬無しでどうやって……!」

「アイン、私……嫌な予感してきました」

「奇遇だな、俺もだ」

 馬を厩舎に繋いだ後、俺は馬車だった荷台に戻って、少なく見積もっても200キロは固い荷台をひょいっと持ち上げる。

「うおっ、なんだ!?」

「え、嘘……あり得ないんだけど。 あいつ、あたしらが乗ってる荷台を片手で持ち上げてる」

「ああ、やっぱり……」

「兄弟って飛行魔法使えんだよな、確か。 つーことは……」

 アインの独り言に心なしか気が削がれた返事をするメリルの声に耳を傾けながら、俺は久しぶりに浮遊魔法を発動。

「こ、今度はなんだ!?」

「う……浮いてる…………カズトのやつ、魔法かなんかで浮いて……ぶっ!」

「ぎゃあああ! 速いぃぃぃ! 死ぬ死ぬ死ぬ! 兄弟、死ぬってこの速度はぁぁああ!」

「いぃやぁぁぁあああっ! 落ちるぅぅぅ!」

 そのまま分速10キロで滑空し、ものの数分で目的地へと到着した。

「ほい、到着っと。 お疲れ様、皆。 もう降りて大丈夫だぞ」

 と、荷台を下ろして声をかけるが、誰も降りてこない。
 不思議に思った俺は様子を確認しようと中を……。  

「母上が向こう岸で手振ってた幻覚見た……」

「死にかけてるじゃないですか、それ……」

「ハッ、クソガキ……てめえもな……」

「あんたもでしょうが……」

 あらま、グロッキー。
 これじゃあ調査に同行させるわけにも行かないか。

「皆はここで休んでて。 俺一人で行ってくるよ」

「おーう」

「チッ、クソが……」

 荷台から降りた俺は、前方に目を向けた。
 あれが例の廃墟と化した砦か。
 案外でかいな。
 話によると魔王戦争時代に防衛兼補給基地として建てられた建物だそうだから、そりゃでかくて当たり前か。
 とりあえず、向かってみるとしよう。

「魔力探知」

 ふむ、魔力を殆んど感じないな。  
 もう逃げた後なのか?
 若干魔力は感じるが残りカス程度の物で、人間一人が保有している魔力と比べると雲泥の差。
 考えられるとしたら、ここに潜んでた奴らの持ち物か何かだろう。
 他に手掛かりがあるわけでもないし、ひとまずはその場所を確認してみるか。

「……酷いな」

 魔力を辿って到着した場所は、中庭らしき広場。
 そこで俺は、とんでもない光景を目にする事となった。

「ここで一体何が……」

 どうやら魔力の残滓は、死体の衣服に染み付いた魔力だったらしい。
 衣服の切れ端や武器から魔力をほんのり感じる。
 にしても、これは酷い。
 切り裂かれ、ハラワタをぶちまけられてる奴はまだマシだ。
 黒こげになる程焼かれた奴、胴体が半分ない奴、果てには目玉だけ残された奴まで居る。
 これをやった犯人は、相当な火力をお持ちのようだ。
 砂がガラスになってしまっているのがその証拠。
 超高温で溶けた砂が冷えてガラスになったのだろう。
 こんな火力を出せる存在はそう居ない。

「ドラゴンか…………ん? なんだ、これ。 魔道具か?」

 見た事もない鉱石が嵌められているハンズフリーイヤホンに似た魔道具らしき物が、石畳に転がっていた。
 なんでこんな物が遺跡なんかに……。
 造形や表面の傷からして、最近の物のように見える。
 こいつらの持ち物だろうか。  
 だとしたら持ち帰って、ギルマスに見せた方が良いかもしれない。
 ひとまず、アイテムボックスにしまっておこう。
 と、異空間を開こうとした時────ドオン!

「うおっ、なんだ! 地震か!?」

 突然地面が揺れ、荷台の方から重低音の咆哮が響いてきた。

「……まさか! くそ、こんな時に……!」

 何が来たのか今の一瞬で把握した俺は魔道具をポケットにしまい、荷台の方へと駆け出した。
 みんな、無事で居てくれよ!





「ギャオオオオオン!」

「今よ、ヴィクター!」

「よくやった、メリッサ! 後は俺に任せとけやっ! 戦技、落葉槍!」

 やっぱりか!
 現場に駆けつけるとそこは既に戦場となっており、ヴィクターとメリッサが白銀のドラゴンと戦っていた。
 一応優勢は二人のようで、メリッサがドラゴンの注意を引いた所で、ヴィクターが上空から落下突きをお見舞いしようとしている。

 ──ガキンッ。

「チッ! こいつ、なんつう硬え鱗してんだ!」

 防刃属性の鱗か。
 だとしたらあの鱗がある限り、ハンマーでもなければ傷一つ付けられそうにない。
 なら……!

「だったらもう一度!」

「……っ! ヴィクター、逃げて!」

「冗談じゃねえ! この俺様が背中を見せるような恥を…………しまっ!」

 ドラゴンが振り落とそうと身体を大きく揺すった直後、耐えきれなかったヴィクターは空中に投げ出され、そして……。

「ヴィクター!」

「く……クソッタレがあああ!」

 鋭い牙で食い殺される直前。

「てやっ!」

 推定一トンはありそうなドラゴンは、数十メートルふっ飛び、瓦礫に激突した。
 俺の飛び蹴りによって。

「え……は…………? な、なに? 今、何が起きたの? なんでドラゴンが……」

「ぐっ……」

「……あ」

 おお、腐ってもSランクなだけはあるなぁ。
 地面に叩きつけられたのに、まだ息をしている。
 骨は幾つか折れてるが、この程度なら俺の治癒魔法でちょちょいのちょい。

「ヒーリング、っと。 おーい、あんた大丈夫か? 一応治したけど、他に痛いとこない? あったらそこも治すけど」

「て、てめえ……何しに、来やがった…………あんな奴、俺一人でも十分……」

 強がれるなら大丈夫だな。

「いんや、あんたじゃあいつには勝てねえよ。 だから……」

「ヴィクター!」

 駆け寄ってきたメリッサに任せ、俺は神竜へと歩みを進めていく。
 神竜もまだまだ元気なようで、唸り声を上げながら立ち上がった。
 大したもんだ、流石はドラゴン。
 三割とはいえ俺の蹴りを食らって物怖じしないとは、なかなか見所がある。
 これは期待してもよさそうだ。

「俺に任せとけよ、先輩!」

「おい、待てやクソガキ! てめえなんぞに何が出来……!」

 と、ヴィクターが叫ぶ間に、俺はドラゴンに接近。

「まずは小手調べの……ジャブ、ジャブ! からのアッパー!」

 噛みつこうとしてきたドラゴンにジャブを二回当て、仰け反った所で懐に入り込んで顎にアッパーをかました。
 
「な……」
  
 しかしドラゴンは倒れず、なんと耐えきった。
 こんな嬉しい事があるだろうか。
 今まで戦ってきた魔物はジャブの一つですら耐えきれず、死んでいった。
 なのにこいつはジャブどころか全力の二割のパンチを耐え、まだ戦おうとしている!
 これは喜ばずにいられない!

「へえ、なかなか頑丈だな! 流石は魔王に匹敵するドラゴンだ! これなら多少本気でやっても大丈夫そうだな! 頼むから死んでくれるなよ、神竜!」

「ガアアアアッ!」

 ドラゴンは先手必勝と爪で切り裂こうとしたが、俺はそれを手刀で砕き、腕を掴んで背負い投げ。
 
「なんなんだよ、あれ……なんなんだよ、あいつは……!」

「あ、あたしさ……さっき見ちゃったのよね。 あいつが、ドラゴンを蹴り飛ばしたところを……」

「……な、なに?」

 降参した犬のように仰向けになったドラゴンの尻尾を掴んだ俺は、そのまま振り上げ、ピザ回しの如くブンブン振る。
 そして、何度も何度もビタンビタンとドラゴンを地面に叩きつけた。

「夢でも見てんのか、俺ぁ……」

「ふふ、気持ちはわかりますよ。 あんな光景見たら信じられませんよね」

 おっ、メリルとアイン発見。
 なんだ、荷台に隠れてたのか。

「でも、あれがカズトさんの実力なんです。 あれがあなた方がバカにした、彼の本気。 よく見ててください、本物の強者の戦いを。 まあ、あれでもまだ半分も本気だしていないのでしょうけど」

「嘘、でしょ……」

「………………」

「マジで!?」

 いや、お前が一番驚くのかよ。
 
「……っと!」

 今の一瞬を突かれたか。  
 ドラゴンは俺の手から逃げ出すと、飛び上がり大口を開け始めた。
 口の中には炎がチラチラ見えている。

「ちょ、あれヤバくね? なんか吐きそうなんだけど!」

「チッ、ブレスかよ!」 

 俺だけなら火属性耐性レベル10で蚊に刺された程度の被害しかないが、後ろに控える四人は別だ。
 確実に焼け死ぬ。
 はぁ、しょうがないなぁ。

「ひっ!」

「う、うわあああああ!」

 吐き出された炎のブレスに十人十色の反応で死を覚悟する、が。

「属性は無、構成は半球、範囲は……全域! 結界魔法、アヴァドン!」

「わああああ……あ? あれ、熱くねえ……?」

 やや脆いが広範囲をカバーする結界魔法アヴァドンが、誰一人として火傷すら負わせなかった。
 恐る恐る目蓋を開く三人の視界に入った、半透明のバリア。
 それを見たヴィクターとメリッサは、目を見開いて。

「んだよ、こりゃあ……」

「じょ、冗談やめてよ。 なによこの、結界魔法は……こんなの……こんなの…………聖女の魔法そのものじゃない!」

 おばあちゃん、アヴァドン使えたの?
 聖女様、すんごい。

 ブレスは打ち止めなのか、視界が段々開けてきた。
 流石に連続では吐けないようで、ドラゴンはこちらを見下ろしながら、威嚇をしている。
 だが降りてくる気配はない。
 となると、近接攻撃は不可能だな。
 とはいえこのままだとまたブレスを吐かれかねない。
 それは少々面倒。
 
「なら……撃ち落とすまでだ!」

 言って、俺はギルドの試験で使った複合魔法の準備に取りかかる。
 右手に炎の魔法陣を展開し、左手には雷の魔法陣を出現させる。
 そしてその二つの魔法陣を掛け合わせて完成するのが、あの大規模魔法!

「ヴォルカノンバー────ッ!?」

「ガアアアアアッ!」

 こ、こいつ……!
 魔法を察知して突撃してきやがった!
 この距離じゃ撃つわけには……!

「だったら……! はああっ!」

 激突する間際、俺は大きく振りかぶった拳を思い切り振り下ろした。
 ドラゴンの頭へと。

 ドゴオッ!

「ギャウゥ…………」

 狙い通り眉間に直撃した拳が、あれだけ頑強だったドラゴンの意識を一撃で奪い取る。
 だけでなく、拳を通して放たれた衝撃波が大地を砕き、周囲の瓦礫という瓦礫を吹き飛ばした。
 お陰で遺跡の入り口は見るも無惨な状況に。
 はい、完璧に力加減間違えましたね、これは。
 もうね、怒られる未来しか見えない。
 
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