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従魔契約

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「ガアァ!」

 うーん、困った。
 なかなか警戒を解いてくれない。
 力量差を思い知ったからかもう戦う気はないようだが、大人しくなる気配は一向に感じられない。
 回復してあげたとはいえ、あれだけボコボコにしたんだからまあ、こうなるのは当然だけど。
 せめて話だけでも出来ればな。

「さっきはごめんよ、殴っちゃって。 でも止めるにはああするしか方法が無かったんだ。 都合が良いとは思うけど、許してもらえないか?」

「…………」

 おっ?
 なんか急に大人しくなったぞ。
 もしかして……。

「お前、人間の言葉がわかるのか?」

 コクリ。

 おお、ちゃんと意志疎通出来てる。
 こいつは重畳。
 これならなんとかなりそうだ。

「もう分かってるとは思うけど、俺はただお前に大人しくしていて欲しいだけで、殺す気なんてさらさらないんだ。 お前だってまた俺と戦うなんて、こりごりだろ?」

「…………」

 ドラゴンは俺の目をジッと見つめると、次にヴィクターとメリッサに視線を向けた。
 
「な、なによ……」

「……ガフッ」

 俺に対する態度と、ヴィクターとメリッサに対する態度はまったくの真逆。
 明らかに舐めきった目をしている。
 まあ、あれだけやって太刀打ち出来なかったんだ。
 舐められても仕方ない。
 
「チッ……」

 本人も自覚しているようで何より。
 冒険者は実力社会。
 ヴィクターもそこら辺はちゃんと弁えているのだろう。
 これで俺に対する態度も緩和すると良いんだが。

「…………! カズトさん!」

「え、なに?」

「下! 下見てください! 足元!」

「は……? 足元? 足元に何が…………うおっ! なんじゃこりゃ! 魔法陣!?」

 言われた通り目線を下げてみると、魔法陣が出現していた。
 魔法陣の色は赤。
 赤色の魔法陣は攻撃魔法を指す。

「まさか、攻撃まほ……!」

「お……落ち着いてください、カズトさん! それ、攻撃魔法じゃありませんから!」

 そんな訳あるか!

「はあ!? 攻撃魔法じゃないなら何で赤いんだよ! 赤色は攻撃魔法の証拠だろ!?」

「よーく見てください! その魔法陣、魔物のマークがついてますよね!」

 はい、ついてます。

「それが描かれている魔法陣は、世界にただ一つ! 従魔契約の魔法陣だけなんです!」

「あ、そうなの? 俺はてっきり攻撃魔法かと……で、その従魔契約ってなに?」

「簡単に言いますと、魔物を使い魔にする時に使用する魔法陣ですね」

 いわゆる、テイムってやつか。

「詳しい説明は省きますが、その魔法陣があれば神竜様と契約することが可能なんです。 しかも今回は向こうからの契約申請なので、契約は確実! なのでちゃちゃっと契約して、神竜様を使い魔にしちゃいましょう! これを逃す手はありませんよ、カズトさん!」

「あ……ああ、わかった。 ……でも俺、契約のやり方とかわかんないんですけど」

「えっと……やり方も何も、魔法陣にカズトさんの魔力を流し込むだけですが……」

 それだけ?
 思ったより簡単だな。

「よーし、んじゃいっちょ神竜と契約するとするか!」

 と、魔法陣に魔力をで注ぎ込んでいると。

「あっ、そうそう。 魔物の魔力より魔力を込めないで下さいね。 何が起きるかわかりませんから」
  
「え……」

 早よ言え。

「あの……もうかなり注ぎ込んじゃったんですけど……」

「ギャオオオオオン!」

 やべえ、ドラゴンが怪獣映画の怪獣が如く雄叫びを上げている。
 大丈夫なのか、これ。

「と、止めてください! はやく!」

「……ご、ごめん。 終わっちゃったかも」

 メリルが叫んだ時には既に魔法陣は紫色へと変貌し、魔法陣の範囲も拡大。
 俺とドラゴンをすっぽり囲んだ魔法陣は一瞬発光すると、跡形もなく消えてしまった。
 とりあえず、俺の身体に異変はない。
 魔力も特に異常は無いし、ひとまずは問題なさそうだ。  
 ……俺は。

「マ……マジかよ」

「あれってまさか……」

「ドラゴニュート!?」

 そう、俺は問題ない。
 むしろ問題なのは目の前の存在の方。

「んんー! やっぱ人型って最高! そうは思わない? ねっ、お兄ちゃん! にひひ!」
 
 人型になってしまった元神竜様の方が問題だ。
 なんてこった。






「というわけで、こいつが今しがた説明した竜人の……」

「神竜エンドラちゃんでーす! よろしくね、おじさま! てへっ!」

 銀髪に青のメッシュが入った少女が小さな拳で頭をコツンとしながらテヘペロすると、レミリアさんは眉を引くつかせて。

「というわけで、じゃないのですが!」

 ですよね!

「確かに沈静化をお願いしましたが、人型化アルタライズさせろとは言ってません! 何をしてるんですか、カズトさん!」

「す、すいません……まさかこんな事になるとは思わなくて……」

 謝られても怒りが収まらないレミリアさんは、尚も頬を膨らます。
 そんなレミリアさんを宥めるよう、ギルマスが間に入ってきた。

「そう責めてやるな、レミリア。 彼が居たからこそ、大した被害もなく神竜殿を沈静化出来たのだ。 讃えこそすれ、責めるのはお門違いだろう」

「ですが、神竜協会にはどう報告を? あの頭の固い人達の事です、竜神様が竜神化したと報せても頑なに信用しないと思いますが」

「報告をする必要はない。 現教皇のエレオノールへ密書を届けておけば、後はあやつがなんとかする筈だ」

 些か納得出来ていない様子のレミリアさんだったが、上司の言葉には逆らえないようで、渋々……。

「はぁ……わかりました。 では早速仕事に取りかかります」

 レイシアさんはギルマスにお辞儀をすると、ギルマスルームから退散していった。
 直後、バタンと扉が閉まるや否や、ギルマスのガルさんは、本来埋まっている筈のソファーに目を向けながらある事を尋ねてくる。

「ところで、ヴィクターはどうした。 見当たらないが」
 
「ああ、それが実は……」

「ほーんとあいつって、無駄にプライド高いわよねー。 カズトに足手まとい扱いされたからって、一人で帰るとか子どもかっての。 これだから男ってのはめんどくさーい。 まっ、あたしは利用出来る物はなんでも利用するタチだから、遠慮せずエンドラちゃんに乗せて貰ったけどねー」
 
 やれやれとジェスチャーをしてみせると、鼻で笑ったメリッサは立ち上がり、ドアノブに手を伸ばす。
 だがまだ何か用でもあるのか、彼女はドアノブを回したあと立ち止まると、意外な言葉を口にしてきた。

「カズト、あんた結構やるじゃない。 あのバカよりよっぽど気に入ったわ。 金になりそうなクエスト見繕っとくから、今度一緒に稼ぎましょ。 んじゃね~」

「あ、ああ……」

 最初の頃の印象と比べてだいぶ雰囲気が変わった気がする。
 それだけ俺の力を認めてくれたって事か。

「カズト、お前は帰らないのか? まだ何か報告が?」

 さっき報告したのは所詮、エンドラが攻撃的になった理由のみ。
 話にあった例の謎の一団がエンドラの眠りを妨げ、怒り狂ったエンドラに砦跡で無惨に殺された、という一連の事件を報告したに過ぎない。
 ここからがむしろ本題だ。

「ガルさん、これが何かわかるか?」

 机に置いたのは、砦跡で見つけたワイヤレスイヤホンに似た魔道具。
 ガルさんはそれを手に取り観察すると、神妙な顔つきで尋ねてきた。

「これをどこで……?」

「……エンドラを捕えようとして逆に殺された奴らのアジト。 つまり、砦跡だ」

「…………」

 何か心当たりがあるのか、ガルさんは少し考え込む。
 そして数秒も経たない内に、こんな事を言ってきた。

「カズト、今から話す事は他言無用で頼む」

「ああ、もちろん。 ここだけの話に留めとく。 なんなら血判状でも用意しようか?」

「ふっ、構わん。 お前の事は信じているゆえ、そこまでする必要はない」

 嬉しい事を言ってくれる。
 俄然、口を固くせざるを得ない。

「……この魔道具だが、恐らく帝国軍で使用されている通信機だろう。 しかも、数回使用しても壊れない特別製。 こんな代物を持っている兵士はそう多くはない」

「将校クラスか一部の兵士のみに支給される特別な魔道具、か」

 となると……。

「奴らはもしかして、帝国の……間者?」

「そう考えるのが妥当だろうな」

 ようやく、これまで得た様々な情報が繋がってきた気がする。
 ここ数年で王都からヴェルエスタ領で目撃される山賊の増加。
 この全てが帝国兵という訳ではないだろうが、ヴェルエスタ領各地の村を襲った山賊や俺が直に蹴散らした賊共は、帝国の間者ないしそれに準ずる奴らで間違いないだろう。
 だが、なんの目的で?
 戦争間近だと聞くが、その事前準備として共和国を内部から崩壊させるのが狙いなのか?
 だとしたら、エンドラを捕えようとした理由はきっと……。

「エンドラ、奴らがどうしてお前を捕えようとしてたか見当はつくか? なんとなく、お前を本気で捕えようとしていたとは思えないんだが」

「んー、そういえばあいつらこんな事言ってたかも。 神竜を怒り狂わせ、王都を混乱に陥れよ。 そして我らの命を帝国に捧げるのだ。 とかなんとか」

「…………」

 どうしてこう、悪い予感ばかり的中するんだ。
 いい加減にしてくれ。
 と、歯軋りを響かせていた最中。
 唐突に、遠距離念話テレフォンが繋がった。

『主殿!』

「うおっ!」

「……?」

 あまりの声の大きさについ驚いしまったせいで、二人が怪訝な顔で俺を見ている。

『リル、もう少し声を落とせ。 思念量こえが大きすぎて、頭痛がしてきそうだ』

『も、申し訳ありません! ですが緊急事態ゆえ、何卒ご容赦を!』

 リルがこんなに慌てるなんて初めての事だ。
 それほどまでに切迫した問題が起こったという証拠だ。

『どうしたんだ、一体。 何があったって……』

『ヴァレンシール村が魔物の襲撃を受けました! その数、およそ一万! 皆、村へと避難しましたが、このままでは……主殿、どうか救援を! 我々だけでは守りきれません!』

「な……っ!」

 その話を聞いた瞬間、俺は頭の中が真っ白になった。
 だがそれは一瞬で、後悔は次第に自身への怒りへと移り変わっていく。
 今まで何をしていたんだ、俺は。 
 一万の軍勢、故郷の危機、大切な人達の安否。
 それを想うと、自分への怒りが押さえられなかった。
 こうなる可能性を予見していた癖に、何もしてこなった自分自身に、俺は怒りを感じざるを得なかった。
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