上 下
13 / 64

四年後に向けて

しおりを挟む
「────銀閃殿、この一年、我が領土を守っていただきありがとうございます。 ささやかですがお礼として、宴会の席を設けさせていただきました。 本日は存分にお楽しみください」

 セニアがヴァレンシール村に来て、今日で丁度一年。 
 彼女が来てからというもの、非常に楽になった。
 大型魔物には多少手こずるものの、中型、小型の魔物はほぼ瞬殺出来る腕。
 流石はSランクの冒険者である。
 斥候の騎士や他の冒険者が見つけてからしか討伐に向かえないから、どうしても騒ぎになってしまうのは致し方ないものの、よくやっている方だと思う。
 本当は俺みたく、半径20キロ以内に侵入した魔物を瞬時に発見して、誰にも見つからない内に処理して欲しいんだが、それは幾らなんでも高望み。
 四年後には少なくとも三年間、父さん達やセニアに丸投げしないといけないんだから、ここら辺が落とし所か。

「リュートちゃん、なに食べる? 好きなの頼んで良いのよ?」

「じゃあ焼き鳥追加で」

「はーい、注目するからちょっと待っててね。 あっ、貴女。 焼き鳥持ってきてくれる? タレ味を十本ね」

 注文し過ぎだろ、どんだけ食わす気だ。
 そんな俺の心境など知る筈もない店員のお姉さんは、「かしこまりました!」と元気よく返事をすると厨房へと急ぎ駆けていった。
 こんな居酒屋で飲み食いしてるが、うちはこの村を収めてる家系だ。
 焼き鳥の注文をするだけで騒ぎになってしまう。
 申し訳無さすぎて食事が喉に通らない。

「リュート、全然食べてないじゃないか。 食べ盛りなんだからもっと食べないと。 どれ、お父さんがオススメを注文してやろう。 君、この子にグラタンを持ってくれ。 急ぎで頼むよ」

「は、はい! すぐにお待ちします! 少々お待ちください!」

 ああ……厨房が火の車に……。
 良いんだよ?
 もっとゆっくり作っても。
 俺は急いでないから。

「くっ……くくく……」

 なに笑ってやがんだ、このアマ。

「セニアお姉ちゃん、どうしたの? 何か面白かった?」

「くく……いやなに。 リュートは随分とご両親に愛されてるのだと思ってな。 羨ましいよ、本当に。 ……ぷっ」

 殺すぞ。

「もー、セニアお姉ちゃんの意地悪ー。 そんなお姉ちゃんにはこうだ! えい!」

「ぐっ!」

 一見すると仲の良い知り合いのお姉さんとじゃれているようにしか見えないが、今しがた脇腹を小突いたパンチはやや本気のパンチ。
 セニアは耐えきれず悶絶した。

「あらあら、大丈夫? 顔が真っ青よ? ごめんなさいね、子供って手加減出来ないから」

「リュート、やりすぎだぞ。 ごめんなさいしなさい」

「はーい。 お姉ちゃん、ごめんね? 大丈夫?」

 これ以上笑ってみろ、今度はこのくらいじゃ済まさんぞ、の意を笑顔の裏に感じ取ったセニアは、無理矢理笑みを取り繕い。

「あ、ああ……大丈夫だ。 少し変な所に入っただけだから、気にしないでくれ」

「そう? なら良いけど……」

「それよりも、ほら。 料理が来たみたいだぞ、リュート様」

「ホントだ! 良い匂い! 美味しそ…………」

 ピシッ。
 振り向いた瞬間、時が止まった音がした。
 何故なら料理を持ってきた奴と言うのが……。

「はーい、お待ちどおさまー。 グラタンと」

「こちら焼き鳥になります! ゆっくり食べてくださいね、皆さん。 勿論、リュートくんも。 えへへ」

 アリンとリーリンの双子姉妹だったからである。

「ふ……二人とも、なんでここに!?」

「はあ? なんでもなにも、ここうちらの親がやってる店だし」

 そういえばそうだった。
 すっかり失念していたが、この店は二人の両親が経営する居酒屋。
 二人が働いていてもなんら不思議はない。
 
「にしても、あんたさあ。 相変わらず大人の前だと猫被ってんのねー。 あたしらには結構明け透けな癖に」

「な、なんの話かな。 全然わかんないや……あはは…………とっ、ところでさ!」

「あ、話題すり替えた」

 ちょっとは空気読めよ。

「リーリンが接客してるなんて珍しいよね! いつもは家で家事してるのに」

「えっと、それはそのぉ……」

「気になる? やっぱ気になる? だよねー、気になるよねー。 どうしてもって言うなら話してあげよっか?」

「!」

 やめて、お願いだから聞かないで。
 とでも言わんばかりに、リーリンが瞳で必死に訴えかけてきている。
 それほどまで人に言いたくない内容なのか。
 なら無理に聞くのも悪いな、と。

「実は、リーリンってば……」

「……ううん、気になるけどいいや。 聞かないでおくよ」

「……なによ、聞かないの?」

「うん、聞かない。 だってその方が良いんでしょ?」

 アリンではなくリーリンに向けて言うと、喜ぶ妹とは反面、姉はムッと頬を膨らませて。

「あっそ。 ならあたしもわざわざ教えてやる義理なんかないし、話してやんなーい。 今更教えてなんて言っても遅いんだからだから! リュートのばーか! ほら行くわよ、リーリン! まだ仕事残ってるんだから!」

「あ……待ってよ、アリンちゃーん!」

 よく領主の目の前で息子をばか呼ばわり出来るな、あいつ。
 どういう神経してんだ。
 度胸があるのか、はたまたアホなのか……。

「あらあら」

「ほほう」

「ふむ」

 ……ん?

「これはアレだな、俗にいう」

「春、というやつか」

「そうねぇ、春ねぇ。 青春ねぇ」

 …………うぜえ。






「シンシアー、紅茶のおかわりお願ーい。 ……シンシア? 紅茶のおかわり…………あいつどこ行った?」

 本から目を離して室内を見渡すが、シンシアどころかリルの姿すら見当たらない。
 あの二人が俺に黙っていなくなるなんて、珍しい事もあるもんだ。
 いつもなら俺に一言残していくのに。
 あ、でも最近はそうでもないか。
 気付いたら席を外していた事が、数回あったっけ。
 二人してなにしているんだか。

「……まあいっか。 その内帰ってくるだろ」

 二人の動向が気になるっちゃ気になるけど、今は小説の続きの方が気になるんだよなあ。
 ……よし、ほっとこ。
 と、一度は本に集中しようとしたものの。

「ん……んん…………ダメだ、やっぱり気になる。 少し探ってみるか」

 どうにも気になってしまった俺は、一旦本をソファーに置き、

「魔力探知」

 で、魔力を頼りに行き先を探査開始。
 二人の魔力は他より特殊だから探知がしやすい。
 案の定、すぐに見つけられた。
 が、これは一体どういう事なのだろう。

「シンシアとリルの他に誰か居るのか? この魔力反応は確か…………セニア?」

 屋敷の南に広がる森の中で、三人が何故か一堂に会している。
 なにしてんだこいつら、こんな森の中で。
 まさか俺に隠れて密会でもしてるのか?
 気になる……非常に気になる。
 ちょっと覗き見してやろうかな。

「えっと……この魔法式でいけたハズ…………おし、完成っと。 あとはこれを発動させて……」

 おっ、見えた見えた。
 位置的に、木の枝のどこかって所か。
 全体を俯瞰で見れて丁度良い位置だ。
 
 今しがた使用した魔法は「千里眼の瞳」。
 その名の通り、範囲内の距離ならどこにでも出現させられる一つ目で、遠くに居ながら覗き見る事が可能となる魔法である。
 例えるなら、監視カメラが近いかもしれない。
 少しばかりエグい瞳がカメラの役割を、俺の右目がモニターの役割を担っている。
 この魔法を使っている間は右目が見えなくなるのが、唯一の難点。

「遅かったな、二人とも」

「すいません、セニアさん! リュート様の目を掻い潜るのが難しくて、少し遅れてしまいましたぁ!」

「がふっ」

 ふむ、やはり実際口に出した言葉じゃないと聞き取るのは難しいか。
 テレパシーの特性上仕方ないとはいえ、少し残念だ。

「リュート殿は何をするにも完璧だからな。 我々のような凡人では、そう易々と彼の目は欺けんさ」

「ですねえ。 流石は我らが崇高なる主ですぅ。 今この瞬間も実はどこかで見ておられたとしても、まったく不思議ではありませんよねえ」

「ふっ、確かに」

「わおーん!」

 こいつら、俺が居ないところではこんな会話してたのか。
 こっ恥ずかしいからやめてほしい。
 影でディスられるよりかは幾分マシだけど。

「さて、雑談はここまでにしようか。 折角の定例会なのだ、どうせなら有意義な時間にしたいのでな。 では、シンシア殿。 本日の議題を発表してくれ」

「はいぃ。 今回の影の円卓騎士団シャドウナイツ会議の議題は、主にこの三点となりますう」

 ちょっと待て。
 なんだ、影の円卓騎士団シャドウナイツって。
 お前らまさかとは思うが、自分達の事そう呼んでんの?
 これは痛い、痛すぎる。

「ほう……いよいよあの計画の話をする時が来たか」

 ホワイトボード風の木の板に貼られた紙に目を通したセニアはしたり顔で呟くと、更に意味深な言葉を溢す。

「リュート殿が後顧の憂いなく王都の学園に通えるようにするべく、我らが影より領主殿を支える計画。 四年計画を」

「「…………」」

 …………。

 いや、感慨深く頷いてなくて良いから、誰か話を進めろよ。 
 その四年計画とかいうの、すっごい気になるんですけど。  
 と、まるで映画鑑賞しているが如く、ソファーに寝転がって今か今かと待っていたら、そこへ予想外の男が現れた。

「む……? なんだ、お前も来たのか。 最近は何かと屋敷が騒がしいから、今回は欠席だと思っていたのだがな。 護衛騎士筆頭、ルーク=アルブレム殿」
  
「もちろんですよ、セニアさん。 僕とて影の守護者の一人ですからね。 余程の理由がない限り、欠席するつもりはありませんよ」

 言いながら丸太椅子に座ったこの金髪男の名は、ルーク=アルブレム。
 俺が秘密裏に進めてきた大型魔物退治やギルド活動を知る、最後の一人だ。
 ルークの登場には少しばかり驚かされたが、彼ならこの怪しい組織に加入していてもなんら不思議はない。
 なにせルークは雇い主である当代の父さんよりも、まだ子供の俺に忠誠を誓っている変わり者だからな。
 むしろ、収まるところに収まった気すらしてくる。

「それで、本日は何が議題に上がっているのですか? 特に決まっていないのであれば、自分は前回開催された、リュート様がいかに素晴らしいお方か語り尽くす議論をまたしたいのですが」

 おい。

「残念だが、今回の議題は他にある」

「と言いますと?」

「今回は皆さんお待ちかねの、あの計画について詰めていこうかと思っていますぅ」

「あの計画……? ………………! まさか四年計画を遂に!?」

「ああ、そのまさかだ」

 セニアが頷くと、ルークは待ってましたと言わんばかりに。

「なんと! であれば、こんな雑談をしている場合ではありませんね! すぐ話合いましょう、今すぐに! シンシアさん、お願いします!」

「は、はい! ではこれより、リュート様を快く送り出す作戦! 題して四年計画会議を始めようと思います!」

 遂に始まる謎の組織による謎の会議。
 一体、四年計画とはなんなのか。
 その全貌が今明らかに────!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

金貨1,000万枚貯まったので勇者辞めてハーレム作ってスローライフ送ります!!

夕凪五月雨影法師
ファンタジー
AIイラストあり! 追放された世界最強の勇者が、ハーレムの女の子たちと自由気ままなスローライフを送る、ちょっとエッチでハートフルな異世界ラブコメディ!! 国内最強の勇者パーティを率いる勇者ユーリが、突然の引退を宣言した。 幼い頃に神託を受けて勇者に選ばれて以来、寝る間も惜しんで人々を助け続けてきたユーリ。 彼はもう限界だったのだ。 「これからは好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きな子とエッチしてやる!! ハーレム作ってやるーーーー!!」 そんな発言に愛想を尽かし、パーティメンバーは彼の元から去っていくが……。 その引退の裏には、世界をも巻き込む大規模な陰謀が隠されていた。 その陰謀によって、ユーリは勇者引退を余儀なくされ、全てを失った……。 かのように思われた。 「はい、じゃあ僕もう勇者じゃないから、こっからは好きにやらせて貰うね」 勇者としての条約や規約に縛られていた彼は、力をセーブしたまま活動を強いられていたのだ。 本来の力を取り戻した彼は、その強大な魔力と、金貨1,000万枚にものを言わせ、好き勝手に人々を救い、気ままに高難度ダンジョンを攻略し、そして自身をざまぁした巨大な陰謀に立ち向かっていく!! 基本的には、金持ちで最強の勇者が、ハーレムの女の子たちとまったりするだけのスローライフコメディです。 異世界版の光源氏のようなストーリーです! ……やっぱりちょっと違います笑 また、AIイラストは初心者ですので、あくまでも小説のおまけ程度に考えていただければ……(震え声)

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

「元」面倒くさがりの異世界無双

空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。 「カイ=マールス」と。 よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

処理中です...