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真っ白な膝掛けが“満開”のハナカイドウにより淡いピンク色に染まる。
そこに刻まれている“純愛”という文字を指先でソッと触れた後、私の隣に立っている砂川さんのことを見上げる。
「“1番良い部屋”に私の物を仕舞って、何してるの・・・?
バカじゃないの・・・?」
“純愛”のトコロを普通のパンツと一緒に握り締めながら口にした。
そしたら砂川さんは困った顔で笑いながら頷いた。
「うん、俺はバカだったらしい。
勉強も仕事も出来るけどね。」
そう言って・・・
「さっきから握ってるそれ、パンツ?
生理になった?」
普通に聞かれ、反射的に普通に頷く。
「痛み止めの薬を持ってこようか?」
「うん・・・。」
「分かった、待ってて。
すぐに戻るから。」
砂川さんがそう言い残し、淡いピンク色の世界から出ていった。
暗い廊下へと消えていった砂川さんの後ろ姿を見ながら思ったことは1つで。
「何を考えているのか全然分からない・・・。」
昔から思っていたことを今も口にした。
“分かった、待ってて。
すぐに戻るから。”
砂川さんが残した言葉を思い出し、乾いた笑い声が口から出た。
「戻ってきたらダメだよ・・・。
今更戻ってこないでよ・・・。」
私のことを拒絶した砂川さん。
その度に私は傷付き、泣く泣く諦めこの家から飛び出した。
なのに砂川さんは私のトコロに戻ってきた。
何度も何度も戻ってきて、そして私も砂川さんのトコロへと戻った。
戻ってしまった・・・。
砂川さんが何を考えているのかは全然分からなかったけれど、私のことを“人”として好きだと言って私のことを求めてくれていた。
凄く凄く、求めてくれているように私は思っていた。
そこに“恋”はないけれど、“純愛”ならあるのだと思っていた。
私の恋心を砂川さんに渡せる日はないだろうけれど、私はそれでも楽しくて幸せで。
こんな風に砂川さんと一緒に歳を重ねていくのなら幸せなことなのだと思っていた。
いつも何処か悲しくて、いつも何故か泣きそうになる瞬間もあったけれど、それに気付かないフリをしながら・・・。
砂川さんが羽鳥さんにホワイトデーのお返しを渡していたのを見た今なら分かる。
砂川さんと羽鳥さんが婚約をしている今なら嫌でも分かってしまう。
私は砂川さんに女の子として好きになって欲しかった。
普通の男女がするようなエッチを砂川さんとしたかった。
普通の女の子が感じるような幸せを砂川さんから貰いたかった。
私は砂川さんから貰いたかった物が沢山あった。
砂川さんは沢山優しくしてくれたし沢山私のことを考えてくれたけれど、私は砂川さんから貰いたかった物がもっと沢山あった。
「ただのセフレに鍵を渡すなんて、バカじゃないの・・・。」
私も勘違いをしてしまった。
何度も何度も何度も自分に言い聞かせたのに、私も勘違いを・・・いや、私の場合は、大きな勘違いをしてしまった。
「あんなの勘違いをしちゃうよ・・・。」
砂川さんが何度も私のトコロに戻ってきたのは、ただ私のセフレになりたかっただけだった。
“普通の男友達”ではなく、セフレになりたかっただけ。
「今度は慰めたいだけ・・・?」
“可哀想な純愛ちゃん”がそれを口にし、小さく笑いながら“満開“のハナカイドウを眺める。
最後の日になった“あの日”、また花を咲かせるハナカイドウを楽しみにしながら砂川さんの家を出ようとしていた。
砂川さんが異動をしたとしても私達の関係は変わらないと、そう自分に必死に言い聞かせながら。
きっと花を咲かせたハナカイドウも今年も見られると楽しみにしながら。
でも、私のハナカイドウは花を咲かせることなく終わってしまった。
いや・・・私のハナカイドウなんて始めから存在していなかった。
私はずっと幻を見ていただけ。
この家の中で、私はずっと幻の中で幸せを感じていただけ。
幻想的なハナカイドウを眺めながら幻のような思い出を次から次へと思い出していく。
“可哀想な人間”である私の女の子だった時の思い出。
それらを思い出してしまいながら、幻のようなハナカイドウを眺め続ける。
「砂川さんがゲイだったら良かったのに・・・。」
そっちの方が良かったのかもしれないと、そっちの方が幸せだったかもしれないと、今はそう思わずにはいられなかった。
女の最高峰みたいな羽鳥さんを夢中で求める砂川さんなんて、私は知りたくなかった。
私は砂川さんからの恋心だけではなく“純愛”も貰うことが出来ていなかったのだと、知りたくなかった。
知りたくなかった。
「痛い・・・。」
どんどん痛くなっていく胸を膝掛けの“純愛”で押さえる。
「はい、薬と水。」
私のトコロに戻ってきた砂川さんが私の隣の座布団に座り、痛み止めの薬と私のマグカップを渡してきた。
それを見て、私は小さく笑った。
「私はもう砂川さんのトコロに戻らない・・・。
だから全部捨てて・・・。
お願いだから、全部捨てて・・・。」
懇願する私に砂川さんは少しだけ無言になり・・・
「俺には捨てられない。
俺の所にある純愛ちゃんの物は全て純愛ちゃんが大切にしている物や気に入っている物ばかりだから。」
砂川さんが言う通り、私は砂川さんの家にはそんな物ばかりを持ち込んでしまっていた。
“純愛”の膝掛けを握り締めながら何も言えずにいると、私の目の前に砂川さんが痛み止めの薬とネコのマグカップを置いた。
「純愛ちゃんが昔飼っていたネコ、クロのことを俺は捨てられない。」
「そんなこと・・・覚えてたんだ・・・。」
「うん、田代君のお姉さんが拾ってきた死にそうになっていたネコを純愛ちゃんのお兄さんが引き取って、純愛ちゃんの家で飼い始めたんだよね。
このマグカップのネコにソックリな黒猫のクロ。」
「うん・・・ネコとか特に好きじゃなかったけどクロは可愛かった・・・。
私にも母性とかあるのか心配になっていたけど、クロだけはめちゃくちゃ可愛かった。」
本当のことを口にして、少し震えている指先でマグカップの黒い猫にソッと触れた。
「良いな・・・。」
思わず口にしてしまったその言葉。
溢れだしてしまった思いは止まることなく続けてしまった。
「私も赤ちゃんが欲しかったな・・・。」
砂川さんの隣で幸せそうに笑う羽鳥さんの姿を思い浮かべ、そんなことを口にしてしまった。
そしたら、砂川さんの大きな手が私の指先をキュッ────...と握り・・・
「佐伯さんの性別は女の子だからね。
俺の種で良ければいつでも純愛ちゃんにあげるよ。」
射精なんて片手で数えるくらいしか出来なかった砂川さんがスラスラとそう口にした。
羽鳥さんと婚約をしている砂川さんがそんなことを口にしてきた。
「バカじゃないの・・・。」
砂川さんの手を振りほどき市販薬を一気に飲み込み、ネコのマグカップを勢いよく床に戻した。
それからもう1度口にする。
「何考えてるの!?」
叫ぶように口にした私に、砂川さんは怖いくらい真剣な顔で私のことを見詰め・・・
「俺は純愛ちゃんのことだけしか考えていないよ。」
淡いピンク色に染まる砂川さんがそんなことを言ってきて、私の頬を涙が伝っていく。
「バカじゃないの・・・?」
「うん、俺はバカだった。
迎えに行かなくてごめんね、“純ちゃん”。」
砂川さんが“純ちゃん”に謝罪をしてくる。
「ごめんね、“純愛ちゃん”。」
“純愛ちゃん”にも謝罪をしてくる。
「もう、いいよ・・・。
もういいから気にしないで・・・。
私のことは、気にしないで・・・。」
“純愛”の膝掛けとパンツだけを手にゆっくりと立ち上がり、淡いピンク色の世界から走るように逃げ出した。
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真っ白な膝掛けが“満開”のハナカイドウにより淡いピンク色に染まる。
そこに刻まれている“純愛”という文字を指先でソッと触れた後、私の隣に立っている砂川さんのことを見上げる。
「“1番良い部屋”に私の物を仕舞って、何してるの・・・?
バカじゃないの・・・?」
“純愛”のトコロを普通のパンツと一緒に握り締めながら口にした。
そしたら砂川さんは困った顔で笑いながら頷いた。
「うん、俺はバカだったらしい。
勉強も仕事も出来るけどね。」
そう言って・・・
「さっきから握ってるそれ、パンツ?
生理になった?」
普通に聞かれ、反射的に普通に頷く。
「痛み止めの薬を持ってこようか?」
「うん・・・。」
「分かった、待ってて。
すぐに戻るから。」
砂川さんがそう言い残し、淡いピンク色の世界から出ていった。
暗い廊下へと消えていった砂川さんの後ろ姿を見ながら思ったことは1つで。
「何を考えているのか全然分からない・・・。」
昔から思っていたことを今も口にした。
“分かった、待ってて。
すぐに戻るから。”
砂川さんが残した言葉を思い出し、乾いた笑い声が口から出た。
「戻ってきたらダメだよ・・・。
今更戻ってこないでよ・・・。」
私のことを拒絶した砂川さん。
その度に私は傷付き、泣く泣く諦めこの家から飛び出した。
なのに砂川さんは私のトコロに戻ってきた。
何度も何度も戻ってきて、そして私も砂川さんのトコロへと戻った。
戻ってしまった・・・。
砂川さんが何を考えているのかは全然分からなかったけれど、私のことを“人”として好きだと言って私のことを求めてくれていた。
凄く凄く、求めてくれているように私は思っていた。
そこに“恋”はないけれど、“純愛”ならあるのだと思っていた。
私の恋心を砂川さんに渡せる日はないだろうけれど、私はそれでも楽しくて幸せで。
こんな風に砂川さんと一緒に歳を重ねていくのなら幸せなことなのだと思っていた。
いつも何処か悲しくて、いつも何故か泣きそうになる瞬間もあったけれど、それに気付かないフリをしながら・・・。
砂川さんが羽鳥さんにホワイトデーのお返しを渡していたのを見た今なら分かる。
砂川さんと羽鳥さんが婚約をしている今なら嫌でも分かってしまう。
私は砂川さんに女の子として好きになって欲しかった。
普通の男女がするようなエッチを砂川さんとしたかった。
普通の女の子が感じるような幸せを砂川さんから貰いたかった。
私は砂川さんから貰いたかった物が沢山あった。
砂川さんは沢山優しくしてくれたし沢山私のことを考えてくれたけれど、私は砂川さんから貰いたかった物がもっと沢山あった。
「ただのセフレに鍵を渡すなんて、バカじゃないの・・・。」
私も勘違いをしてしまった。
何度も何度も何度も自分に言い聞かせたのに、私も勘違いを・・・いや、私の場合は、大きな勘違いをしてしまった。
「あんなの勘違いをしちゃうよ・・・。」
砂川さんが何度も私のトコロに戻ってきたのは、ただ私のセフレになりたかっただけだった。
“普通の男友達”ではなく、セフレになりたかっただけ。
「今度は慰めたいだけ・・・?」
“可哀想な純愛ちゃん”がそれを口にし、小さく笑いながら“満開“のハナカイドウを眺める。
最後の日になった“あの日”、また花を咲かせるハナカイドウを楽しみにしながら砂川さんの家を出ようとしていた。
砂川さんが異動をしたとしても私達の関係は変わらないと、そう自分に必死に言い聞かせながら。
きっと花を咲かせたハナカイドウも今年も見られると楽しみにしながら。
でも、私のハナカイドウは花を咲かせることなく終わってしまった。
いや・・・私のハナカイドウなんて始めから存在していなかった。
私はずっと幻を見ていただけ。
この家の中で、私はずっと幻の中で幸せを感じていただけ。
幻想的なハナカイドウを眺めながら幻のような思い出を次から次へと思い出していく。
“可哀想な人間”である私の女の子だった時の思い出。
それらを思い出してしまいながら、幻のようなハナカイドウを眺め続ける。
「砂川さんがゲイだったら良かったのに・・・。」
そっちの方が良かったのかもしれないと、そっちの方が幸せだったかもしれないと、今はそう思わずにはいられなかった。
女の最高峰みたいな羽鳥さんを夢中で求める砂川さんなんて、私は知りたくなかった。
私は砂川さんからの恋心だけではなく“純愛”も貰うことが出来ていなかったのだと、知りたくなかった。
知りたくなかった。
「痛い・・・。」
どんどん痛くなっていく胸を膝掛けの“純愛”で押さえる。
「はい、薬と水。」
私のトコロに戻ってきた砂川さんが私の隣の座布団に座り、痛み止めの薬と私のマグカップを渡してきた。
それを見て、私は小さく笑った。
「私はもう砂川さんのトコロに戻らない・・・。
だから全部捨てて・・・。
お願いだから、全部捨てて・・・。」
懇願する私に砂川さんは少しだけ無言になり・・・
「俺には捨てられない。
俺の所にある純愛ちゃんの物は全て純愛ちゃんが大切にしている物や気に入っている物ばかりだから。」
砂川さんが言う通り、私は砂川さんの家にはそんな物ばかりを持ち込んでしまっていた。
“純愛”の膝掛けを握り締めながら何も言えずにいると、私の目の前に砂川さんが痛み止めの薬とネコのマグカップを置いた。
「純愛ちゃんが昔飼っていたネコ、クロのことを俺は捨てられない。」
「そんなこと・・・覚えてたんだ・・・。」
「うん、田代君のお姉さんが拾ってきた死にそうになっていたネコを純愛ちゃんのお兄さんが引き取って、純愛ちゃんの家で飼い始めたんだよね。
このマグカップのネコにソックリな黒猫のクロ。」
「うん・・・ネコとか特に好きじゃなかったけどクロは可愛かった・・・。
私にも母性とかあるのか心配になっていたけど、クロだけはめちゃくちゃ可愛かった。」
本当のことを口にして、少し震えている指先でマグカップの黒い猫にソッと触れた。
「良いな・・・。」
思わず口にしてしまったその言葉。
溢れだしてしまった思いは止まることなく続けてしまった。
「私も赤ちゃんが欲しかったな・・・。」
砂川さんの隣で幸せそうに笑う羽鳥さんの姿を思い浮かべ、そんなことを口にしてしまった。
そしたら、砂川さんの大きな手が私の指先をキュッ────...と握り・・・
「佐伯さんの性別は女の子だからね。
俺の種で良ければいつでも純愛ちゃんにあげるよ。」
射精なんて片手で数えるくらいしか出来なかった砂川さんがスラスラとそう口にした。
羽鳥さんと婚約をしている砂川さんがそんなことを口にしてきた。
「バカじゃないの・・・。」
砂川さんの手を振りほどき市販薬を一気に飲み込み、ネコのマグカップを勢いよく床に戻した。
それからもう1度口にする。
「何考えてるの!?」
叫ぶように口にした私に、砂川さんは怖いくらい真剣な顔で私のことを見詰め・・・
「俺は純愛ちゃんのことだけしか考えていないよ。」
淡いピンク色に染まる砂川さんがそんなことを言ってきて、私の頬を涙が伝っていく。
「バカじゃないの・・・?」
「うん、俺はバカだった。
迎えに行かなくてごめんね、“純ちゃん”。」
砂川さんが“純ちゃん”に謝罪をしてくる。
「ごめんね、“純愛ちゃん”。」
“純愛ちゃん”にも謝罪をしてくる。
「もう、いいよ・・・。
もういいから気にしないで・・・。
私のことは、気にしないで・・・。」
“純愛”の膝掛けとパンツだけを手にゆっくりと立ち上がり、淡いピンク色の世界から走るように逃げ出した。
応援ありがとうございます!
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