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南東京駅前ライブ
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7月13日月曜日は晴天だった。
みらいは遅刻することなく通学し、普通に授業を受けた。
放課後になり、仲間と共に樹子の家へ急いだ。
着替えをし、楽器やアンプを持ってあざみ原駅へ行き、電車に乗る。2駅先が南東京駅だった。
南東京駅はたいそうな名前だが、それほど大きな駅ではない。中規模のありふれた駅だ。
南東京市は神奈山県にある。東京都の南にある市だが、都内の市ではない。「え? 南東京市って、東京都じゃないの?」とは南東京市民がよく言われていることだった。
「どこで演奏するつもりなんだ?」とヨイチが樹子に訊いた。
「西口のバス停の前が広いわ。午前8時頃は桜園の生徒でごった返しているけれど、夕方は人もまばらよ。スペースがある」
「あそこならできそうだね」
5人はバス停の前へ行った。
午後4時30分ごろだった。
「ボーカルはこのあたり。未来人、ここに立っていて」
「うん」
「原田さん、未来人の左隣に立って。あなたはコーラスなんだから、ボーカルの隣がいいでしょう」
「わかったわ」
「ヨイチは原田さんの左後方に立って。良彦は未来人の右後方に」
「オッケー」
「わかったよ」
そして、樹子はみらいの真後ろにスタンドを立て、エレピを置いた。
「こんなものかしらね。未来人、あたしが後ろにいるからね! 安心して失敗して!」
「うん。失敗するよ、樹子!」
そのとき、バスが止まり、ジーゼンが降りてきた。
彼はきょとんとして、若草物語を見た。
「あれ? きみたち、何やってるの?」
「ジーゼン! おれたちは街のチンドン屋だ! ちょっと聴いていけ!」
「やるわよ! 原田さん、カウントをお願い!」
すみれがクラベスを4回鳴らした。
ヨイチがギターリフを弾き、4小節後にキーボードとベースが加わった。
「いけ、未来人!」と樹子が叫んだ。
みらいの視界は不思議と開けていた。
「あっちっちー、あっちっちー、わたしは愛の火だるま、ほいっ♪」
彼女は歌った。伸びやかに、爽やかに。ジーゼンがぽかんと見つめ、他の桜園学院の生徒が3人、みらいに目をやった。
あっという間に『愛の火だるま』が終わり、『わかんない』が始まる。
「わかんなーい、わたしはなんにもわかんない♩」
みらいが歌い、すみれがクラベスを叩きながらコーラスした。
ヨイチはギターでコードをかき鳴らし、樹子はエレピで装飾音を弾き、良彦はベースで8ビートを刻んだ。
別のバスが止まり、桜園の生徒を吐き出した。彼らは演奏に気づき、若草物語の前に集まってきた。
すみれがクラベスをマラカスに持ちかえ、シャカシャカと鳴らした。樹子、ヨイチ、良彦が『秋の流行』のイントロを演奏した。
「ある年、秋が近づくと、一つ目になることが、流行した♪」とみらいが歌い、「一つ目、一つ目、一つ目、一つ目♪」とすみれが合わせてコーラスした。
「なんだその歌はーっ!」と桜園の生徒のひとりが叫んだ。ヨイチの友だちだった。
「最高だろ!」とヨイチが叫び返した。
「冬が過ぎ、春が来て、二人目でいるのは、私一人♪」みらいの気分は高揚していた。なぜか、少しも緊張していなかった。「二つ目、二つ目、二つ目、二つ目♪」とみらいとすみれは歌った。息がぴったりと合っていた。
『秋の流行』の演奏が終わり、すみれはタンバリンを華やかに鳴らした。『世界史の歌』が始まった。激しい曲だ。良彦はベースで荒々しく16ビートを刻んだ。
ドドドドドドドドドドドドドドドド
「シュメール文明征服したアッカド人♬」
みらいは高らかに歌った。澄み切った高音の歌声。声を長く伸ばすと、自然に美しいビブラートがかかる。それは天性のものだった。
聴いている桜園の生徒たちは、その声のよさに気づいてきた。
「うおーっ、いいぞーっ!」と誰かが叫んだ。
指笛を鳴らす者もいた。
ジーゼンは手拍子をしていた。
若草物語の前には20人を超える生徒が集まっていた。
買い物帰りの主婦が立ち止まり、曲に耳を傾けた。
しめた、受けてる、と樹子は思った。
みらいは無我夢中で歌っていた。
ラスト曲は『We love 両生類』。
「We love 両生類
We love 両生類
We love 両生る イモリ カエル サンショオウオ♩」
みらいが切々と歌い上げた。すみれがコーラスでハモらせた。
そのとき、聴衆は30人以上になっていた。
みらいが歌い終わったとき、盛大な拍手が鳴り響いた。
「え……? こんなに人がいたの?」
彼女は初めて気づいて、周りを見渡した。
拍手は鳴り止まなかった。みらいはものすごい快感を覚えた。気持ちよかった。
嘘みたい。わたし、ちゃんと歌えたんだ……!
「あたしたちはバンド若草物語です! 今日は記念すべき初ライブでした。聴いてくれて、どうもありがとう!」と樹子が言った。
「アンコール!」と誰かが言った。その声はたちまち広がり、みんなが「アンコール!」と叫んだ。ジーゼンも叫んでいた。
「ごめんね! あたしたちの持ち歌はこの5曲だけなの。アンコールはなし。明日もここでライブやるから、よかったら、聴きに来てください!」
みらいが後ろを向き、樹子と目を合わせた。
「わたし、失敗した?」
「いいえ、大成功よ!」
樹子はウインクした。
「さあ、撤収よ! 長居は無用!」
若草物語は颯爽と引き上げた。
みらいは遅刻することなく通学し、普通に授業を受けた。
放課後になり、仲間と共に樹子の家へ急いだ。
着替えをし、楽器やアンプを持ってあざみ原駅へ行き、電車に乗る。2駅先が南東京駅だった。
南東京駅はたいそうな名前だが、それほど大きな駅ではない。中規模のありふれた駅だ。
南東京市は神奈山県にある。東京都の南にある市だが、都内の市ではない。「え? 南東京市って、東京都じゃないの?」とは南東京市民がよく言われていることだった。
「どこで演奏するつもりなんだ?」とヨイチが樹子に訊いた。
「西口のバス停の前が広いわ。午前8時頃は桜園の生徒でごった返しているけれど、夕方は人もまばらよ。スペースがある」
「あそこならできそうだね」
5人はバス停の前へ行った。
午後4時30分ごろだった。
「ボーカルはこのあたり。未来人、ここに立っていて」
「うん」
「原田さん、未来人の左隣に立って。あなたはコーラスなんだから、ボーカルの隣がいいでしょう」
「わかったわ」
「ヨイチは原田さんの左後方に立って。良彦は未来人の右後方に」
「オッケー」
「わかったよ」
そして、樹子はみらいの真後ろにスタンドを立て、エレピを置いた。
「こんなものかしらね。未来人、あたしが後ろにいるからね! 安心して失敗して!」
「うん。失敗するよ、樹子!」
そのとき、バスが止まり、ジーゼンが降りてきた。
彼はきょとんとして、若草物語を見た。
「あれ? きみたち、何やってるの?」
「ジーゼン! おれたちは街のチンドン屋だ! ちょっと聴いていけ!」
「やるわよ! 原田さん、カウントをお願い!」
すみれがクラベスを4回鳴らした。
ヨイチがギターリフを弾き、4小節後にキーボードとベースが加わった。
「いけ、未来人!」と樹子が叫んだ。
みらいの視界は不思議と開けていた。
「あっちっちー、あっちっちー、わたしは愛の火だるま、ほいっ♪」
彼女は歌った。伸びやかに、爽やかに。ジーゼンがぽかんと見つめ、他の桜園学院の生徒が3人、みらいに目をやった。
あっという間に『愛の火だるま』が終わり、『わかんない』が始まる。
「わかんなーい、わたしはなんにもわかんない♩」
みらいが歌い、すみれがクラベスを叩きながらコーラスした。
ヨイチはギターでコードをかき鳴らし、樹子はエレピで装飾音を弾き、良彦はベースで8ビートを刻んだ。
別のバスが止まり、桜園の生徒を吐き出した。彼らは演奏に気づき、若草物語の前に集まってきた。
すみれがクラベスをマラカスに持ちかえ、シャカシャカと鳴らした。樹子、ヨイチ、良彦が『秋の流行』のイントロを演奏した。
「ある年、秋が近づくと、一つ目になることが、流行した♪」とみらいが歌い、「一つ目、一つ目、一つ目、一つ目♪」とすみれが合わせてコーラスした。
「なんだその歌はーっ!」と桜園の生徒のひとりが叫んだ。ヨイチの友だちだった。
「最高だろ!」とヨイチが叫び返した。
「冬が過ぎ、春が来て、二人目でいるのは、私一人♪」みらいの気分は高揚していた。なぜか、少しも緊張していなかった。「二つ目、二つ目、二つ目、二つ目♪」とみらいとすみれは歌った。息がぴったりと合っていた。
『秋の流行』の演奏が終わり、すみれはタンバリンを華やかに鳴らした。『世界史の歌』が始まった。激しい曲だ。良彦はベースで荒々しく16ビートを刻んだ。
ドドドドドドドドドドドドドドドド
「シュメール文明征服したアッカド人♬」
みらいは高らかに歌った。澄み切った高音の歌声。声を長く伸ばすと、自然に美しいビブラートがかかる。それは天性のものだった。
聴いている桜園の生徒たちは、その声のよさに気づいてきた。
「うおーっ、いいぞーっ!」と誰かが叫んだ。
指笛を鳴らす者もいた。
ジーゼンは手拍子をしていた。
若草物語の前には20人を超える生徒が集まっていた。
買い物帰りの主婦が立ち止まり、曲に耳を傾けた。
しめた、受けてる、と樹子は思った。
みらいは無我夢中で歌っていた。
ラスト曲は『We love 両生類』。
「We love 両生類
We love 両生類
We love 両生る イモリ カエル サンショオウオ♩」
みらいが切々と歌い上げた。すみれがコーラスでハモらせた。
そのとき、聴衆は30人以上になっていた。
みらいが歌い終わったとき、盛大な拍手が鳴り響いた。
「え……? こんなに人がいたの?」
彼女は初めて気づいて、周りを見渡した。
拍手は鳴り止まなかった。みらいはものすごい快感を覚えた。気持ちよかった。
嘘みたい。わたし、ちゃんと歌えたんだ……!
「あたしたちはバンド若草物語です! 今日は記念すべき初ライブでした。聴いてくれて、どうもありがとう!」と樹子が言った。
「アンコール!」と誰かが言った。その声はたちまち広がり、みんなが「アンコール!」と叫んだ。ジーゼンも叫んでいた。
「ごめんね! あたしたちの持ち歌はこの5曲だけなの。アンコールはなし。明日もここでライブやるから、よかったら、聴きに来てください!」
みらいが後ろを向き、樹子と目を合わせた。
「わたし、失敗した?」
「いいえ、大成功よ!」
樹子はウインクした。
「さあ、撤収よ! 長居は無用!」
若草物語は颯爽と引き上げた。
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