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「お帰りなさいませ坊ちゃま」
 馬車がノーウォルトの屋敷に到着すれば、すぐに屋敷の中から長年仕えてくれている老執事が出てくる。御者の手を借りて車椅子に座ったアシェルに深々と頭を垂れた。侯爵という地位にふさわしい広大で立派な屋敷が眼前に広がるが、出迎えは執事一人。しかしそれはなにもアシェルが冷遇されているという訳ではない。これが、ノーウォルトの現実なのだ。
「お疲れでございましょう。すぐに御夕食をご用意いたします。湯浴みの方はいかがいたしましょうか?」
 アシェルの身体を労わるよう、ゆっくりと車椅子を押す執事に申し訳なさを覚えながら、背凭れに身体を沈ませる。
「食事は部屋に持ってきてくれるか? あと、湯はもったいないから水と布を。後は自分でできるから、じぃは休んで良い。父上も今は落ち着いておられるのだろう?」
 見上げるほどの扉を超え、一階にある自室まで車椅子を押してもらいながら言えば、じぃは何とも言えぬ顔をした。己の後ろにいる為その顔を見ることはできないが、小さな嘆息だけで彼がどんな顔をしているのか、アシェルには容易に想像がつく。そんな顔をさせて申し訳ないと思うが、今のアシェルに力など無い。否、今までも、力など持っていなかった。アシェルに許されるのは、ただ流れる時に身を任せることだけ。
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