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2章
2-32 お前、匂いとか……えーっと、好き?
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ベルさんとルースが歩き始めた。動くのなら今だ。
俺は身をひるがえし、ビデンスさんへと向かいながらサーベルを抜いた。それと同時にアマリネさんがフィラさんに魔法を放ったようだったが、それはクルトさんが庇ってくれたようだ。
魔法は真っ直ぐにしか進まない。二人が避けたのなら、一応は時間稼ぎが出来た、とカウントしてもいいだろう。
俺はこのタイミングでルースとベルさんに魔法を放とうとするビデンスさんにサーベルを振るい、魔法を使わせないようにする。
彼女は煩わしげに眉間に皺を寄せると、半ば踏鞴を踏むように後ろへ避けた。
思った通り、それほど強くは無い。俺が一人で相手にしているのであれば、だが。
「ジス先輩、危ないですわ!」
フィラさんの声が聞こえ、反射的に横に跳べば、魔法の光がビデンスさんへと進む。
何故? 明らかにこの魔法の軌道は、こちらに来るようなものではなかった。
俺の驚きを余所に、彼女はポケットから新しい魔陣符を取りだすと、その光の球の軌道上に掲げた。これは、どんな策だ。
魔法陣を見たくとも、光の球によって却って見えない。が、彼女の魔陣符が易々と光の球を受け止めたのは確認出来た。
受け止めるだけで、済むか? いや、済むはずがない。そして狙いは――
「な、なんっ、何だよそれ!」
「お二人とも、避けて下さい!」
慌てた声を上げるクルトさんと、驚いたままのフィラさんに早口で忠告をする。俺の想像通り、その魔法は軌道を変え、クルトさんとフィラさんへと向かった。
「こんっ、の……!」
クルトさんは俺の忠告に従い、フィラさんを巻き込んで転がりながら逃げる。
一瞬後に、光は二人が居た場所に着弾し、地面にいくつもの小さな光の粒を撒き散らして霧散した。間に合って、よかった。
「何なんだ! ありえないだろ、こんなの!」
クルトさんは起き上がりながら大声を上げ、きょろきょろと辺りを見回した。
「あのおかしな動きは、魔法を跳ね返す為の魔法によるものかもしれません」
「んなもんあるのか?」
あるのか、と問われれば、「登録されて使われている魔法は無い」と答えるしかないが、もっと簡潔に伝えよう。そして、魔法とはどう作るのかも。
「ありませんが、作った可能性は有ります。何も魔法を作れるのは、ネメシアさんのような面白い方だけではないのです。理屈の理解と発想があれば、理論上は可能ですから」
ネメシアさんは天才だとしても、だ。
彼女は学校に上がるよりも早く魔法の理論を覚え、入学当初には既にオリジナルの魔法を作っていたと聞く。
一応は同じ学校出身だ。目立つ彼女の噂は、いくつか知っていた。
「尤も、その発想がネックですから、魔法開発の出来る魔法使いは希少なんですけどね」
目をまん丸くしているクルトさんに続けると、フィラさんも呻きながら身を起こした。見た所小さな傷はいくつかあるようだが、それほど重篤な状態ではなさそうだ。
「か、仮に、お前の言うとおりの魔法だったとしても、オレに向かってきたのがお前の方に行ったのはどうなるんだ? こいつらは多分二人しかいないんだぞ。で、あの場合、もう一人あの魔法を使うやつが必要だったはずだ」
目をまん丸くしたままのクルトさんの意見は、確かにその通りだ。
あの光の球のような魔法は、ありえない角度から俺の――さらにはその後ろのビデンスさんへと向かって行った。第三者の存在を疑っても仕方があるまい。
俺は気配を探りながら、スン、と、辺りの匂いを嗅ぐ。
もう二人、やや遠くにいるが動く様子は無い、か。そしてあの距離だと、先程の魔法とは関係なさそうだ。
「そうですね」
「お前、匂いとか……えーっと、好き?」
クルトさんは首を傾げながら、謎の問いかけをしてくる。
「好き、とはどういった意図かは分かりかねますが、敏感な方ではあるかと思います」
「マジで、二人だけ?」
「この場で警戒すべきは、私とクルトさん、それからフィラさんを除くそこの二人だけです」
今の状況から匂いが好きという意味はよくわからないが、とりあえずは彼に目の前の二人に警戒して貰うようにせねばなるまい。
遠くのもう二人は、何か仕掛けてくる気配があれば、その時に考えよう。
正直、クルトさんとフィラさんが「味方として」こちら側に居て動く限りは、あまり無茶な事も出来ない。目を離し過ぎる事が出来ない、と言い換えてもいい。
「に、匂いで判断した、とか?」
「……それも有りますね」
俺の回答にクルトさんは勿論、何故かアマリネさんまで驚いた表情でこちらを見た。
「人間には人間の匂いがありますからね。特に血の匂いや……クルトさんみたいな人の匂いは分かりやすいです」
「え、オレ、臭い?」
クルトさんは慌てて肩口の匂いを嗅いでいるが、俺は頭を振った。
「最近の食事はお肉を食べる機会が多いようですし、その関係でしょう」
別に臭いわけではない。が、食生活は体臭に現われるのだ。……アマリネさんほど強い香水をつけていては、本人の匂いまでは分からないが。
「それと、跳ね返す魔法陣は恐らく木に彫られているかと」
「え、へ? は?」
それ以外、この場ではありえないだろう。
「わ……わたくしだって、戦えますわー!」
一体どうしたのか。突然フィラさんはクルトさんの横から飛び出し、アマリネさんの方へと走り出した。
「え!? ちょ、ま、待て!」
「駄目です!」
反射的に大きな声を出し、俺は彼女の元へと走ると、思い切り自分の方へ引き寄せる。
すると、直ぐに彼女が飛び出した先をカマイタチのような攻撃魔法が抜けて行った。怪我こそ無かったが、俺達を傷つけずに通り過ぎた魔法は、いくつかの木々を倒し、轟音を響かせた。
「……ちっ、外したわ」
「あら、ダメよビス」
魔法を放ったのはビデンスさん。彼女をたしなめたアマリネさんは、やはり薄く笑う。
「彼女は大切なカードになるんだから、真っ二つにならないように気を付けて」
「なっても許されるわよ」
……こいつら、殺す気はないのか。いや、それでも俺がフィラさんを見捨てない事を想定し、的確に狙ってくるのだから、安心は出来ないか。
「だって彼女、1枚や精術師をバカにするじゃない。だから殺しても許される」
「き、気持ちは嬉しいけど、やめてくれ!」
どうも、これはおかしい。彼女達が精術師と繋がっているのは確定だとしても、まるで「差別の無い世の中にしたい」とでも言いたげな暴論だ。
「貴方の言葉なんてどうでもいいの。そこのお姫様はワガママ三昧、私の事だって本当はバカにしているのよ。父も亡くし、母に愛される事のなくなった私を」
「ちょ、待て、何の事だ」
昼間話した内容は、丁度クルトさんが眠っていた時の物。彼は目を白黒させている。
俺は身をひるがえし、ビデンスさんへと向かいながらサーベルを抜いた。それと同時にアマリネさんがフィラさんに魔法を放ったようだったが、それはクルトさんが庇ってくれたようだ。
魔法は真っ直ぐにしか進まない。二人が避けたのなら、一応は時間稼ぎが出来た、とカウントしてもいいだろう。
俺はこのタイミングでルースとベルさんに魔法を放とうとするビデンスさんにサーベルを振るい、魔法を使わせないようにする。
彼女は煩わしげに眉間に皺を寄せると、半ば踏鞴を踏むように後ろへ避けた。
思った通り、それほど強くは無い。俺が一人で相手にしているのであれば、だが。
「ジス先輩、危ないですわ!」
フィラさんの声が聞こえ、反射的に横に跳べば、魔法の光がビデンスさんへと進む。
何故? 明らかにこの魔法の軌道は、こちらに来るようなものではなかった。
俺の驚きを余所に、彼女はポケットから新しい魔陣符を取りだすと、その光の球の軌道上に掲げた。これは、どんな策だ。
魔法陣を見たくとも、光の球によって却って見えない。が、彼女の魔陣符が易々と光の球を受け止めたのは確認出来た。
受け止めるだけで、済むか? いや、済むはずがない。そして狙いは――
「な、なんっ、何だよそれ!」
「お二人とも、避けて下さい!」
慌てた声を上げるクルトさんと、驚いたままのフィラさんに早口で忠告をする。俺の想像通り、その魔法は軌道を変え、クルトさんとフィラさんへと向かった。
「こんっ、の……!」
クルトさんは俺の忠告に従い、フィラさんを巻き込んで転がりながら逃げる。
一瞬後に、光は二人が居た場所に着弾し、地面にいくつもの小さな光の粒を撒き散らして霧散した。間に合って、よかった。
「何なんだ! ありえないだろ、こんなの!」
クルトさんは起き上がりながら大声を上げ、きょろきょろと辺りを見回した。
「あのおかしな動きは、魔法を跳ね返す為の魔法によるものかもしれません」
「んなもんあるのか?」
あるのか、と問われれば、「登録されて使われている魔法は無い」と答えるしかないが、もっと簡潔に伝えよう。そして、魔法とはどう作るのかも。
「ありませんが、作った可能性は有ります。何も魔法を作れるのは、ネメシアさんのような面白い方だけではないのです。理屈の理解と発想があれば、理論上は可能ですから」
ネメシアさんは天才だとしても、だ。
彼女は学校に上がるよりも早く魔法の理論を覚え、入学当初には既にオリジナルの魔法を作っていたと聞く。
一応は同じ学校出身だ。目立つ彼女の噂は、いくつか知っていた。
「尤も、その発想がネックですから、魔法開発の出来る魔法使いは希少なんですけどね」
目をまん丸くしているクルトさんに続けると、フィラさんも呻きながら身を起こした。見た所小さな傷はいくつかあるようだが、それほど重篤な状態ではなさそうだ。
「か、仮に、お前の言うとおりの魔法だったとしても、オレに向かってきたのがお前の方に行ったのはどうなるんだ? こいつらは多分二人しかいないんだぞ。で、あの場合、もう一人あの魔法を使うやつが必要だったはずだ」
目をまん丸くしたままのクルトさんの意見は、確かにその通りだ。
あの光の球のような魔法は、ありえない角度から俺の――さらにはその後ろのビデンスさんへと向かって行った。第三者の存在を疑っても仕方があるまい。
俺は気配を探りながら、スン、と、辺りの匂いを嗅ぐ。
もう二人、やや遠くにいるが動く様子は無い、か。そしてあの距離だと、先程の魔法とは関係なさそうだ。
「そうですね」
「お前、匂いとか……えーっと、好き?」
クルトさんは首を傾げながら、謎の問いかけをしてくる。
「好き、とはどういった意図かは分かりかねますが、敏感な方ではあるかと思います」
「マジで、二人だけ?」
「この場で警戒すべきは、私とクルトさん、それからフィラさんを除くそこの二人だけです」
今の状況から匂いが好きという意味はよくわからないが、とりあえずは彼に目の前の二人に警戒して貰うようにせねばなるまい。
遠くのもう二人は、何か仕掛けてくる気配があれば、その時に考えよう。
正直、クルトさんとフィラさんが「味方として」こちら側に居て動く限りは、あまり無茶な事も出来ない。目を離し過ぎる事が出来ない、と言い換えてもいい。
「に、匂いで判断した、とか?」
「……それも有りますね」
俺の回答にクルトさんは勿論、何故かアマリネさんまで驚いた表情でこちらを見た。
「人間には人間の匂いがありますからね。特に血の匂いや……クルトさんみたいな人の匂いは分かりやすいです」
「え、オレ、臭い?」
クルトさんは慌てて肩口の匂いを嗅いでいるが、俺は頭を振った。
「最近の食事はお肉を食べる機会が多いようですし、その関係でしょう」
別に臭いわけではない。が、食生活は体臭に現われるのだ。……アマリネさんほど強い香水をつけていては、本人の匂いまでは分からないが。
「それと、跳ね返す魔法陣は恐らく木に彫られているかと」
「え、へ? は?」
それ以外、この場ではありえないだろう。
「わ……わたくしだって、戦えますわー!」
一体どうしたのか。突然フィラさんはクルトさんの横から飛び出し、アマリネさんの方へと走り出した。
「え!? ちょ、ま、待て!」
「駄目です!」
反射的に大きな声を出し、俺は彼女の元へと走ると、思い切り自分の方へ引き寄せる。
すると、直ぐに彼女が飛び出した先をカマイタチのような攻撃魔法が抜けて行った。怪我こそ無かったが、俺達を傷つけずに通り過ぎた魔法は、いくつかの木々を倒し、轟音を響かせた。
「……ちっ、外したわ」
「あら、ダメよビス」
魔法を放ったのはビデンスさん。彼女をたしなめたアマリネさんは、やはり薄く笑う。
「彼女は大切なカードになるんだから、真っ二つにならないように気を付けて」
「なっても許されるわよ」
……こいつら、殺す気はないのか。いや、それでも俺がフィラさんを見捨てない事を想定し、的確に狙ってくるのだから、安心は出来ないか。
「だって彼女、1枚や精術師をバカにするじゃない。だから殺しても許される」
「き、気持ちは嬉しいけど、やめてくれ!」
どうも、これはおかしい。彼女達が精術師と繋がっているのは確定だとしても、まるで「差別の無い世の中にしたい」とでも言いたげな暴論だ。
「貴方の言葉なんてどうでもいいの。そこのお姫様はワガママ三昧、私の事だって本当はバカにしているのよ。父も亡くし、母に愛される事のなくなった私を」
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